タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

テスト

2024年01月13日 | 携帯から投稿
テスト

雨の中の登山

2023年06月02日 | 山歩きから
仲間たちとの裏山歩き、今日も雨です。でも、タカ長は行くつもりでした。

Kohdai君にレクチャーすることが残っているからです。しかし、Kohdai君の都合が悪くなって、、、、、、、

他の仲間も裏山に行く雰囲気がないので、タカ長もお休みにしました。寒い時期の雨中登山は嫌ですが、この時期になれば問題ナシ(?)

と言うことで、これからは、たまには雨の裏山を歩くつもりになっています。

    

女房殿と夏山登山の思い出を話しました。北アルプス、燕岳登山のことです。

その日は雨が予想されたので、雨具のズボンだけは着用して出発するように指示していました。しかし、女房殿ともう1名はタカ長の指示を無視したようです。

タカ長はそこらの具体的なことは忘れているのですが、女房殿は「縦走中に雨が降り出し、雨具を着るのに苦労した」と言っていました。

    

Kohdai君にレクチャーしたかったのはそのことだけではありません。雨具のたたみ方、もその一つです。

7月に富士登山を予定しているKohdai君ですが、早々に東京の親戚に行くようです。そのため彼と話が出来る時間も多くないのです。

このようなレクチャーは玄関先でも出来るので、言い残したことは「押しかけレクチャー」することにします。

アメリカから帰国して、忙しい時間をやりくりして富士山に登りたいという彼の希望が無事に叶うことを願っていますから。

    

タカ長も今年は仲間に世話してもらい乗鞍岳に行くつもりです。

標高の高いところでタカ長の体がどのように反応するか、それは行ってみないと分かりません。空気のうすいところを歩くと心臓に負担がかかるようなら、バスの中からハイマツの風景を見るだけでもヨシとする。そのような思いで行くことにしました。

その日は雨登山にならないよう願っています。


キレンゲシヨウマ

2022年08月02日 | 携帯から投稿



安蔵寺山の一発でゲットしました。

現地に下りるのは健脚向きだと思います。

私有地なので詳細は内緒です。

名前が見えない

2021年10月10日 | タカの渡り
先月タカ長の山ときどきタカ見に投稿した記事の再録です。

タカの渡りの季節です。

色々な事情があってタカ見旅が出来なくなりましたが、他所の情報も気になるのでこの時期になるとタカの渡り全国ネットワークの情報をチェックしています。

各地を渡ったタカの情報も気になりますが、それとともに何か所かの観察地の観察者名を見ているのです。

A観察地に○○さんの名前が見えない
B観察地に□□さんの名前を久しぶりに見つけてひと安心

そのようなことを見ているのです。

    

タカ長の鳥友は各地にいて、その人たちの活躍される様子が上記の観察地やFacebookの情報で見られると嬉しいのですが、名前を見ることが無くなった人も複数います。その中には一緒に海外まで出かけた鳥友もいます。

    

タカの渡り観察は思いのほかキツイことなので、加齢とともに観察地から遠のくのは仕方ありません。

でも、名前が見えないとそのように良くは考えませんね。歳を取って来たので仕方ない事かも分かりませんが、、、、、。

ご無沙汰が続いている内外の鳥友たち、皆さん元気にしているのかなぁ?


向山

2021年09月19日 | 携帯から投稿

向山でハチクマの飛来を待つています。

二つの軸

2021年08月02日 | 日々雑感
以下はタカ長の山ときどきタカ見と同じ内容です。

コロナの感染拡大が止まりません。

緊急事態宣言を連発されると「緊急」では無くなり、オオカミ少年の感じになります、、、、、

と言うようなことを書き始めるとキリがないので、今日は別の話題です。

    

この本を読んで、本間真二郎医師の発言に「わが意を得たり」の思いを強くしたことです。

感染症対策には二つの軸があります。「外側の軸」と「内側の軸」です。
「外側の軸」というのは、自分の外から来る敵であるウイルスを防ごうとする対策です。手洗い、マスク、ソーシャルディスタンス、ロックダウン、これらはすべて外側の軸です。もちろん、これらにも意味はあると思います。でも、それ以上に私は「内側の軸」のほうが大切だと思っています。つまり、自分の免疫力、抵抗力、解毒・排出力をあげることで、ウイルスに対抗する力を高めようという対策です。

私は外側の対策は必要ないとか、間違っていると考えているわけではありません。ただ、それ以上に大切なことを忘れていませんかと言っています。内側の軸のほうが本質ではないですか。


    

コロナ問題が起きて1年半、今では膨大な情報を見ることが出来るようになりました。しかし、政府からの情報も、マスコミからの情報も「一方向」からのもの、と言うのがタカ長の不満の一つです。

今日の話題で言えば、「外側の軸」だけが報道されています。しかし、それは間違っていると思っていました。

「外側の軸」より大切なのは免疫力を落とさないことだと最初から考えていました。マスク至上主義ともいえる風潮に批判的なのは、下手にマスクを着用すると免疫力の低下を起こしかねないと危惧しているからです。

必ずしも健康体だったといえない子ども時代、お世辞にも屈強とはいえない青春時代を過ごしてきたからか、自分の免疫力を大切にする気持ちが人一倍強いのかも分かりません。

    

拙宅の向かいにお住まいの土肥先生はこの本の中で、自己免疫力が大切なことを説いておられます。

患者さんの治癒の手助けをするのが医師の仕事、主役は患者さんご自身の自然治癒力なのです。

「内側の軸」が健全であってはじめて「外側の軸」が機能するのだと愚考します。「内側の軸」が弱いと砂上の楼閣のようになり、治る病気も治らなくと思うのです。

しかし、目にする情報は「外側の軸」ばかり、その一方的な報道が不満なのです。

ササユリが見ごろ

2021年05月20日 | 日々雑感
    

団地ののり面にあるササユリが見ごろになりました。

こののり面はそばに住む人の私有地ですが、その人に話を聞きました。

最初は1本だったササユリが、環境を整えることに専念していたらのり面全体に咲くようになった、と言うことでした。

いわゆる「園芸種」みたいなものを移植したわけではありません。

    

ここは私有地ですし、急な斜面なので「花ドロボー」も入りこめません。

そのため順調に数を増やしているのでしょうが、、、、、

このようなことを書くのは良いことではありませんね。

    

取材したことは団地のホームページや団地新聞にも紹介します。

団地の中には花を楽しんでおられる人が多いので、来春は「花特集」を組んでみたいと考えたことです。

山ではほとんど見ることが無くなったササユリの花を、団地の中で見ることが出来るのは嬉しいものです。



丸山

2021年02月28日 | 携帯から投稿

広島県安芸太田町の丸山に登りしました。

小さな山ですが、骨がありました。

とてもいい山でした。

タカ長の山ときどきタカ見は毎日更新するよう頑張っています。

こちらもご覧頂けると幸いです。


伯耆大山の想い出~3

2021年02月20日 | 山歩きから
タカ長の山ときどきタカ見と同じ内容です。

伯耆大山の想い出を書いていますが、タカ長が初めて大山を縦走したのは三鈷峰から剣ヶ峰、弥山だと思っていました。しかし、それはタカ長の記憶違いであることが分かりました。

机の奥の方を探していたら、捨てないでおいた古い山日記が出てきたのです。

初めて山らしい山に登った。と言う文で始まる山日記の骨子を紹介します。

1960年7月16日18時15分貸切バスで出発。 三次・米子経由
   7月17日 2時30分 大山寺着  仮眠

        5時45分 登山開始 夏道を登る
        8時10分 頂上着  ガスが巻いてくる
        時間記録ナシ 縦走開始
             ユートピア着  時間が遅れているので三鈷峰には登らない
             上宝珠越えから砂滑りを通って元谷に下りる

      
             画像はネットより借用したものです

今では信じがたい気持ちですが、大山の尾根を団体で縦走していたことは間違いありません。

その頃は今ほど崩落が進んでいなかったのでしょうが、それでも難所続きで、「細い所では1尺もない尾根」と山日記にも書いていました。

「終始ガスっていたのは残念だが、ガスが無かったら足がすくんでいたかも」とも書いています。

大山には何度も登っているので記憶が錯綜していますが、初めての大山であの尾根を団体で歩いたことは間違いありません。

その頃、大山登山と言えば縦走するものだと思っていました。

要するに、あの頃の登山者は若かったということでしょう。もし今、あの尾根が縦走禁止で無かったとしても、この歳になると縦走は絶対に無理ですね。


伯耆大山の想い出~2

2021年02月17日 | 山歩きから
伯耆大山には何度も登っています。

伯耆大山は広島から一番近い、アルペン的な風貌を持った山です。だから、タカ長だけではありませんが、広島の山好きは大山に通うことになるのです。

その頃の記録は手元にありませんが、3月と9月以外は一応大山に登っているはずです。その中で一番の思い出は昨日も紹介した初めての冬山大山です。

    

その頃、この遭難者のルートを下りて亡くなった登山者がいたはずです。その罠に落ちないためリーダーのKは実に慎重に行動していました。

リーダーのKを信頼していたからでしょうか、グレイアウトの状態になっても怖さは感じませんでした。

しかし、無事に生還して、大山寺から雲のかかった山頂を見た時には泣けてきました。生還の喜びと山の怖さを教えられた瞬間でした。

初めての夏山は三鈷峰から山頂、弥山への縦走でした。

三鈷峰で北壁の展望を楽しんでいたら冷たい風が吹いてきて、北壁はあっという間に雲の中に消えました。山の天気は一瞬で変わることを体感しました。

その二つの経験がタカ長の登山の下敷きになっています。

慎重な登山活動をするためには、最初の段階で山からぶん殴られるような経験をするのが良いのかも分かりません。

    
                  画像はネットより借用したものです

甘い言葉で誘われて、運よく天気に恵まれて、良かった良かったで終わってしまうと、その後の登山で隙が出ます。

初めての冬山でこのような尾根を歩いてしまうと、冬山は怖いものだと言われても、もう一つ実感がわかないのではないでしょうか。

体力も能力もないタカ長が、時にはバカなことをしながらも、今日まで事故なく登山が出来ているのは、最初の段階で、伯耆大山からぶん殴られたような経験をしているからかも分かりません。

その意味で、伯耆大山はタカ長の大切な山の先生です。