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いつもわくわくしていたい

沖縄、残波岬灯台へ②

2017年06月23日 07時49分41秒 | 旅行(灯台など)
沖縄の旅、飛行機に乗ったところまでしかかいてなかったです。すみません、、、

旅のblogって、実況を書くのはなかなかこまめじゃないとできませんね。
時間もかかるし。

あのあと、那覇につき、LCCのターミナルがすごく安っぽい倉庫みたいなところなのに驚き、
レンタカーの送迎バスにのり、
日産レンタカーでデイズを借りて、さぁ那覇の街へ。
国際通りは少し混んでる。
わたしの宿は宜野湾市。
目的の残波岬は宜野湾市読谷村。なので、宜野湾市の民泊を選びました。
宿へ行く前に灯台へ行っておこうと、ナビの目的地を灯台に。
もう地図はいらないのか・・・

ナビに導かれて走り、道を曲がったとたんに視界に入った灯台。
あったー
会ったー

階段は螺旋ではなく直線。

南西諸島では一番高く、31メートルです。
建設中はまだここは米軍演習地の一部だったそうです。
1974年3月30日初点灯。

中国人観光客がたくさんいました。

夕日スポットなのですが、暗くなると宿が探せなくなるので点灯を待たずに帰る。
途中、読谷村のパン屋さん、ベーカリー水円に寄り、遅いランチ。

あばら家風の外観。



パンは自家製酵母と石釜のおいしいパンだった。


スーパーでトマトとチーズとおにぎりを買って宿へ。
迷ったけど無事到着。
アメリカ人が住むために作られた家で、玄関がない。ドア開けたらすぐにリビング。床で靴を脱ぐ。
部屋が三つあり、ゲストは二人。もう一人は外出してた。
ケビンと名乗るホストさんは若い男性で、自由な感じに生きてる方。
部屋は白で統一されて気持ち良く泊まれました。

次の日は朝早く目覚め、4時に出発して、古宇利島(こうりじま)へ。
橋でつながっている。
ここにも灯台はあるが、たどり着くのは難しかった。



朝早いし、誰もいなくて、ハブが出そうで怖かった。

さっさと立ち去る。

最北端の辺戸岬までドライブ。



大石林山へ行きたかったけど9時まで入れないとのことで諦める。
樹齢千年のガジュマルがあるのだ。

南下して浜比が島へ。
海中道路って書いてるからてっきりトンネルかと思ったら海の上の道路だった。そのあと橋。
島の道路を走り、小さなプレハブのカフェ笑結(わらゆい)に寄ってランチ。
シルミチューへ。
そこは子供が授かる神様で、雅子さまもお忍びで来られたとか。
島にはアマミチューという女の神様もいて、二人が世界の始まりだとか。
浜比が島が神の島と言われる由縁です。
シルミチューは、神社というより岩穴の祠。
鬱蒼とした南国の植物に覆われた暗いこけむした祠は、なにかいそうな気配。
誰もいなかったら怖かっただろうけど、若いカップルが二組、たぶん子供が欲しい方達だろうか。
樹齢600年のガジュマルをみて帰る。

宿へもどり、シャワーして、5時に寝てしまう。
運転疲れたー

一度夜中に起きて、また寝て朝4時起床。
ケビンさんにはきのうお別れをしたので、静かに車を出す。

もう一度、今回の旅の目的地、残波岬灯台へ。
あかりがついてましたよ!


首里城の城壁の回りを散歩して、
約束の8時にレンタカーを返す。
また空港へ送ってもらい、搭乗手続き。
9時50分、成田へ。
お隣りの女性とお話できて、彼女はアメリカ兵と結婚して、彼は今度軍を辞めて、沖縄で暮らすそうです。今回は彼の家族がアメリカから来るので、東京見物だそうです。すてきな方でした。




いやぁ、沖縄はすごいです。
命が力強いです。
人々は明るく、でもただ明るいのではない、悲しみを飲み込んでのりこえてきた明るさ。
沖縄に憧れて移住してきた人も、何年かで本土に帰ってしまう人が多いそうです。受け入れてもらえないのだそうで。


灯台、これで12基クリア。
あと3基。

また格安で、今度は宮古島。
(沖縄から宮古島へは飛行機代が高くて行けませんでした)

角島(山口県)、都井岬(宮崎県)、
いつになるでしょうね。


今はまず夏のバルト海の旅の計画で忙しいです。
旅するわたし、本気で生きてる気がします。
お金がないという制限の中での旅、それもまたいいですね。