Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

日生劇場『夢の仲蔵 千本桜』昼の部 2回目 A席前方センター

2005年10月22日 | 歌舞伎
日生劇場『夢の仲蔵 千本桜』2回目 A席前方センター

今回、先週観た時より全体的にかなり芝居が引き締っていました。特にラストの仲蔵と此蔵の愁嘆場のやりとりに緊迫感が増し、より哀切に満ちたものでした。

幸四郎さんの渾身のラストシーンは凄まじかった。なんだろうね、この方は。時に本当に凄まじい爆発力を見せる。仲蔵として「役者としての狂い」を本当にあの舞台で取り戻して見せた。そしてその業の深さのなかに此蔵への深い愛をも包括した知盛の「おさらば」の慟哭が胸の奥に響いてきた。

それといつもはもっと出来るはずなのに性根の部分でちょっと薄いかな?と思って気になっていた染五郎が良くなっていた。前回、染五郎@此蔵がどことなくピリッとしない部分があったのだけど、どこが?と思ってもどうしても2年前と較べるしかなくて雰囲気が変わったとしか書けなかったのですが、その薄さの原因がちょっとわかったような気がします。此蔵を演じることに気を取られかえって此のほうも忠信のほうも性根の部分があまりきちんと表に出てなかったのではないかと。それと体のキレを見るに前回は少々疲れ気味だったのかもしれない。特にいつもと何か違うと思っていた「四の切」が表情豊かになって元気いっぱいだったのが嬉しい。此として必死にやっているという部分の他に、きちんと源九郎狐としての親への愛情が体全身から出ていました。

また後半の「道行」はやはり暗さや狂気を纏いつつもっと入り込んだものになっていた。目つきがちょっと尋常じゃないんですよね。「何かが違う」そう思わせる。それが人ではない狐を演じているからなのか、此蔵という役者が殺人ということを忘れようと「狂い」なのかに身を投じているからなのか。きっとそのどちらでもあるような気さえ今回はしました。美しい忠信なのにどこか歪みを感じる。

そしてバックステージで此の部分ですが前回、役者バカと言われるガツガツしたものが2年前と較べてあまり感じなかったのですが、今回「役者バカ」としての意地がしっかり見えました。明るさを装った屈折、その部分が前に出てきたような感じです。此の素が見える部分でかなり負けん気の強さが表情に出ていました。そして、ラストの愁嘆場の此蔵のなんと哀しいこと。親恋しい、ただの子供でした。そして役者でしか生きていけなかった哀しい人でした。

私がどうしても秀太郎さん@里好の呪縛から逃れられないまま較べてみてしまった上村吉弥さん@里好。改めてきちんと観ることができました。この方の里好のプライドの持ちようはとても優しいんですよね。非常にまっすぐに生きてきた女形さんという感じで、素直に役者を評価できる懐の深さをもっている。クセの強さはないけど一言に説得力があって、今回この里好さんもとても好きだなあと思いました。

今回、もしかしたらこの方も一皮向けるかも、と思ったのが友右衛門さん@河竹新七。品の良いおおらかさが身上の友右衛門さんですが、いつもとかなり違った面を見せました。こんなに印象的な芝居が出来る人だったんだ。役者たちとは一歩引いた位置にいながら、彼らとは別の作家としての「業」を見せる。人死にを嬉しそうに語るその姿に怖さを感じました。品の良さを失わないだけに、かえって怖い。

今回初参加の市川段之さん@門四郎もかなり印象的です。表情の作り方がほんとに上手い。しかも美味しくできる役柄をほんとに美味しくしてる。とっても楽しくて明るくて、でも単純じゃない。どことなく不思議な役者さんです。

宗之助さん@常世の造詣もとてもよかったです。他の女形の役の人たちが「女」を強調しているのとは違って、「兄さん」なんですよね。可愛いんだけどただ可愛いだけじゃない、そんな雰囲気を見せてました。大人しい、そんな形容がついてしまう宗之助さんですが、そろそろ自己主張の時なんではないでしょうか。

ああ、もう一人一人語りたくなってしまいますよ。今回書かなかった他の役者さんたちも相当完成度が高かったです。彼らの役者としてのレベルの高さを思い知らされました。そして、それぞれのキャラクターに芝居のしどころを作っている「仲蔵」シリーズはもっと続けて欲しいなあと思います。そしてこれがきっかけで古典歌舞伎でもいつもと違う面を見せてくれることも期待したいです。新作ってこういう部分があるからやっぱり新作歌舞伎も必要なんだなあとも思いました。