Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『九月大歌舞伎』『竜馬がゆく 最後の一日』一幕見

2009年09月26日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演九月大歌舞伎』『竜馬がゆく 最後の一日』一幕見

『竜馬がゆく 最後の一日』

歌舞伎版『竜馬がゆく』は3年続けて拝見し、すっかり思い入れをしてしまった演目です。とりあえず今の歌舞伎座での上演は最後だし最終日を見届けなくちゃ、という思いに駆られてしまい幕見をしました(笑)。

『竜馬がゆく 最後の一日』初日と23日と千穐楽の計3回、観たことになります。新作歌舞伎ということと若手中心の芝居、ということで伸びしろが大きいので観るたびに見ごたえが出ていました。なんというか回を重ねるたびに色んな想いが伝わってくるんです。『竜馬がゆく』のなかの登場人物それぞれの想い、そしてそこに重なるように役者さんたちや脚本家の想い、そんなものまでが届いてくる。受け止めなくちゃって気になりました。

『竜馬がゆく 最後の一日』は未来への情熱を断ち切られてしまった若者を見届けることなるので本当に切なくて切なくて胸が締め付けられてしまいます。幕末の何か新しい世界がひらけるのではないか?という予感に満ちた「時代」のなか新しい世界への希望と不安、その両方が綯交ぜになった空気感が見事に立ち上がっていた。人がより幸せになる方向へ、誰もが未来を信じられる世の中に、と奔走していた人たちがいる、それを実感として伝えてくれた芝居だった。「今の世の中」、私たちはそれをきちんと受け止めて「未来」を模索しなければいけないんじゃないか、それが出来ているのか?とそんなの想いもよぎる濃い1時間だったように思う。

新作歌舞伎として3年連続で上演されたこの作品、第一部から思い返して今回の『竜馬がゆく 最後の一日』を見ると贅沢で壮大な作品だ、ということがわかる。今の歌舞伎座のさよなら公演という枠のなかで今回はあえて竜馬最後の一日を題材に選んだとのこと。まだまだ「怒涛編」、「長崎遊興編」と作りたい題材はあるらしいので、ぜひ続編が続くことを、さらには通し上演が適うことを期待します。

それにしても染五郎さんの竜馬は本当に魅力的だった。まるで本当に風邪をひいて熱でもあるように瞳がうるうるしている顔のキュートなこと。ただ一人信じてくれる友がいればいいと、ひたすら真っ直ぐに自分の想いを信じて突き進む。誤解を恐れなさ過ぎる、そんな竜馬だからこそ愛されるんだと、そんなキャラクター像がそこにいた。本当に活き活きとしていて生きてることが楽しい、そんな竜馬だった。愛されキャラの空気を纏っていて、それが染五郎さんの地からくるものなのか、竜馬を演じているからなのかの境が無い。こういうのを、はまり役というのでしょうね。千穐楽のこの日、洟水をかむために、ちり紙をぐちゃぐちゃと(昔の紙は硬いから柔らかくするため)しているうちに破けてしまうハプニングがあった。結局、鼻をかまないでポイと投げ捨てる染五郎さん。でもそれすらも竜馬らしく見えてしまうという不思議(笑)

そして松緑さんの中岡慎太郎も一生懸命さが素敵だった。一本気で友人思いの、竜馬と同様とっても真っ直ぐな中岡だった。竜馬との距離感がとってもよくて、これは幼い頃から一緒だった染五郎さんと松緑さんとの間柄だからこそ出た雰囲気もあったとは思うのだけど、それでもその雰囲気を芝居で出せることが大事だし、出せるたのが見事だったと思う。こういうものは実は簡単ではない、技術なくしては舞台で表現することは出来ないと思うのだ、第二部で演じた中岡より、今回のほうが活き活きと活写していた。そういう意味でだいぶ芝居をする、という部分でも成長したと思う。最後の台詞にはダメだしをしてきたけど初日からみると台詞にだいぶ色んな思いや情感を含めてきて個人的には「良し!」って思えた千穐楽でした。

芝のぶさんのおとめちゃんの洗練されていない素朴な可愛らしさがまたこの芝居のポイントでもあったなと思う。女がまだ自由でなかった時代、新しい風を信じようとする素直で健気なおとめちゃんが幸せになってくれるといいなと誰しもが応援したくなったと思う。

桃助@男女蔵さん、初日から比べると本当によく演じてきたと思う。細かい部分で、もう少し頑張ってほしいなと思うところもあれど桃助なりの思いや屈折などはきちんと伝わってきました。

丁稚役の錦二郎くんが可愛いアホ小僧(笑)でよかったです。観客のクスクス笑いを誘っておりました。

歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等1階中央花道寄り

2009年09月23日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』 1等1階中央花道寄り

『竜馬がゆく 最後の一日』
とても切なかったです。新作歌舞伎『竜馬がゆく』を一部、二部と見続けてきた人間なので、思い入れたっぷりなこともあり…泣けてきてしまいました。き乃はちさん『宙へ』の尺八の音色が聴こえてきた瞬間、涙がぼたぁ、でした。このテーマ曲、ある意味反則。まさか3年前にこの芝居で聴いた時にはここまで思い入れできる曲になろうとは思ってもみませんでした。音色、尺八の響きが胸に沁みる。

今回の完結編、一部、二部に比べるとやはり地味です、演出も地味だし、脚本も劇的なドラマの部分が一切ないし、幕末に興味なければ「?」な感じじゃないかな。説明台詞も多いし平坦な感じは否めない。また演出も暗転の切り替えばかりでもっと工夫して欲しいと思う。それでも私はこの芝居、脚本はとても良いと思う。あえて竜馬の最後の一日だけを切り取り、そのなかにきちんと「時代」を取り込み、また今も続く「人の営み」を描き、そしてそのなかに竜馬の人となりを見事に立ち上げて見せた。その部分で見事だったと思う。

竜馬@染五郎さん、ごくごく自然体にとても魅力的な竜馬を演じていました。出てきた瞬間「あっ、染五郎さんが出てきた」じゃなく「あっ、竜馬だ」って感覚になるんです。それほどにハマっていた。ちょっと落ち着きの無いでもキュートな佇まいに、そして台詞の一言一言が竜馬として説得力があった。やっていること、言っていることの発想の突拍子のなさや、目線の広さ、深さ、そんなものが竜馬の言葉として違和感なく伝わってくる。竜馬なら言いそう、やりそう、そんな風に思える。だから暗殺されることもしらずにキラキラと夢を希望を語る竜馬に泣けた。

中岡慎太郎@松緑さん、直情的で闊達な中岡くんです、竜馬と「信頼しあう仲」という距離感がとても良かった。喧嘩しながらも、お互いを認め合っている幼い頃からの友人、そういう暖かい絆を感じた。実際の中岡像からするとちょっと幼いし、知略家の側面というよりは腕っ節のほうが強い、という感じではあるのだけど、柔軟な染五郎竜馬に対しての剛の松緑中岡というバランスがいい感じだ。友情っていいな、そう思わせたラストの「竜馬~~~!」はもう少し、哀切さが欲しいなと贅沢なお願いをしたいけど、それはさすがに観客側のただの希望ってところ。

おとめ@芝のぶさんの朴訥な可愛い存在感がとっても良かった。この芝居のなかでかなりのポイントになるキャラクターをしっかりと演じていた。芝居の地力があるなあと感じました。

桃助@男女蔵さん、初日に比べだいぶ頑張っていた。無知ゆえに根の素直さにつけこまれてしまった青年。一生懸命に生きているから、おとめちゃんに好かれているのだ、という部分が今回きちんと見えていました。

近江屋新助@猿弥さんがさりげなく芯のある近江屋の主人を好演。

この芝居、脇の方々もしっかり個性的で魅力的なのも良いです。

そにしても歌舞伎版『竜馬がゆく』は練り直してエピソードを足して通しで上演して欲しいです。このまま終わりではもったいない。激動の時代を切り取ったこの芝居、いまだ「今」に通じる部分があるし、キャラクターがそれぞれ魅力的だし一気に通して観たほうがより面白いと思う。


『時今也桔梗旗揚』
さすがに後半日程だったので締まった出来になっていました。

春永@富十郎さん、プロンプが外れていたのが大きい。若干、間が空いた?と思うところもありましたけど気になるほどではなかったです。この芝居、やはり春永がどれだけ光秀を苛め抜くかで決まる芝居だなあと思う。春永がとことんやってくれればくれるほど光秀の立場、心情が際立つ。富十郎さんは口跡の良い朗々とした台詞術で光秀@吉右衛門さんを追い込む。明るい声なので陰湿な感じではなく、短気な暴君といった雰囲気を出されていた。とはいえ以前だとこういうお役で出されていたやんちゃな荒ぽい大きさが出てないのが少々残念かな。でも十分な春永だったと思う。

光秀@吉右衛門さん、春永@富十郎さんがきちんと光秀を追い込んでくれていたので、しっかりと役のなかに入り込めていたと思う。初日の時もかなり良いとは思ったのだけど、より心情が伝わる芝居になっていました。佇まいが物静かで感情をあまり露にせず、ことさらおもねることしないタイプがために、嫌われてしまった、という感じがした。恥辱に静かに静かに耐え、少しづつ怒りを溜めている様子をほんの少しの表情や台詞のトーンで積み重ねていく。そして一機に怒りから憎しみに転化させ、「愛宕山連歌の場」で爆発させる。この段階を踏んでいく芝居が本当に上手い。

桔梗@芝雀さんの品があって楚々として健気な娘らしい可愛らしさがとても良い。ただ可愛らしいというだけでなく光秀の妹としての芯の強さもきちんと持ち合わせていた。衣装がまたとっても似合ってて素敵でした!

四王天但馬守@幸四郎さん、やはり華がある。光秀@吉右衛門さんと二人で並ぶだけで見応えがある。舞台面が大きく華やかになり楽しいです。


『名残惜木挽の賑 お祭り』
風邪で途中休演されていた芝翫さんがお元気に復活されていました。芝翫さんの存在感や愛嬌は格別。

踊りのほうは個人的にやはり染五郎さんの踊りが好き。上半身の芯の通ったしなやかさに足捌きの確かさが見事。松緑くんは踊りは荒っぽいけど、イナセな感じがしっかりあるのがとても良い。歌昇さんはほんと上手いです、もっと押し出しが強ければ上手さがもっと引き立つと思うのですが。


『天衣紛上野初花 河内山』
役者が揃っていることもありとても楽しく面白く観ました。

河内山@幸四郎さん、楽しげに演じていらっしゃいます。高僧の品格がありつつ、やんわりといけしゃあしゃあと松江候をやり込めていく様が面白い。権力に楯突くような 人をくったような雰囲気のなかに愛嬌があるのが幸四郎さんの河内山。いつもより抑え気味な台詞回しで河内山がやらんとすることがストレートに伝わってきて、かえって表情豊かだったように思う。前半抑えたことで玄関先での開き直りと啖呵が際立ちメリハリの利いた河内山でした。

松江候@梅玉さん、我侭で尊大な殿様が似合う。こういうお殿様役は梅玉さんが一番だなあ。品が決して落ちないところがとっても良い。

高木小左衛門@段四郎さんはやっぱり上手い。存在感がまず良いのと、思慮深いところがしっかりあるのがいい。

北村大膳@錦吾さん、いい味だしていました。幸四郎さんとの息もピッタリ。人の良さそうな部分は今回はなく、短絡的な可笑し味のある敵役を上手く演じていました。

歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 夜の部』2回目 1等1階前方センター

2009年09月20日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方センター

初日以来、2回目の観劇です。初日もとても楽しかったですが中日過ぎて芝居にまとまりと締まりが出ていて、非常に充実した観劇となりました。役者さんたちが、活き活きしていました。

『浮世柄比翼稲妻』
「鞘當」
華やかな吉原の舞台が現れるだけでなんとなく気持ちが華やいでくるような気持ちがします。

不破伴左衛門@松緑さんと名古屋山@染五郎さん、初日は手順でいっぱいいっぱいな部分と若さゆえの未熟さが前面に出てしまっていました。今回は多少、余裕が出てきたのでしょう、それぞれの役としての押し出しがだいぶ出てきて華やかさが出てきたように思います。それでも空気を密にする、とまでの押し出しはまだまだ足りないですね。それゆえに、お互い譲らないライバル同士という反目しあう仲という部分があまり見えず、命の駆け引きではなく、ライバル心ありつつもじゃれ合いな雰囲気のほうが強いかも…。やはり、お京@芝雀さんが出た瞬間に場が締まりますね。経験と芸の積み重ねからくる空気感というものがあるのでしょう。

不破伴左衛門@松緑さん、骨太な雰囲気で敵役としての無骨さがよく、不破伴左衛門というキャラクターに非常に似合います。また舌足らずな部分は相変わらずあれど、豊かな声量で台詞が前に押し出され聞き応えがでてきていたのには感心。それと、今年になって以前かなり雑だった体の置き方がだいぶ綺麗になってきているように思う。体全体で力強さ出せるようになったために、荒事の雰囲気をしっかり身に纏えていた。

名古屋山三@染五郎さん、初日、柔らか味を出そうとしすぎて、体の動きが馴染んでいない感じがありましたが、今回は動きに余裕が出て芯がありつつ柔らか味のある動きになっていました。特に手の動きが非常に美しく柔らか。傘を取った姿はいかにも和事の雰囲気のある艶のある二枚目風情でした。といっても弱さはなく剛に対する柔のしなやかさがあったと思います。台詞のほうは初日に比べるとだいぶ前に出てくるようにはなりましたが低めは響くものの高めの台詞の部分で音取りがまだきつそうです。染五郎さんは高めの声を必要とする二枚目を演じることが多いので今後の課題でしょうね。

留め女のお京@芝雀さん、年増女の貫禄や艶のなかに女性らしい可愛らしさがあるお京。柔らかい口調のなかにきっぱりとした意志があり、場を締めていきます。こういう役もだいぶ似合うようになってきたように思います。まず台詞が本当に良いです。これで華やかな押し出しの部分が出るともっと良くなると思います。

「鈴ヶ森」
前の幕と打って変わっての暗い舞台。その対比も面白いです。初日に比べ飛脚や雲助たちの存在感がだいぶ出てきて立ち回りに面白さが出てきていたと思います。

白井権八@梅玉さん、相変わらず若衆姿にまったく違和感がないのが凄いですね。さすがに17歳には見えないですが世間知らずな周囲が見えてない風情がとても面白いです。殺気を感じさせずにさっくりと人を切っていく部分にちょっと不気味さを感じます。

幡随院長兵衛@吉右衛門さん、もう言うことなし。当たり役としか言いようがないですね。貫禄のある押し出しのいい存在感が本当に見事。


『歌舞伎十八番 勧進帳』
初日以上に非常に見ごたえありました。

幸四郎さん弁慶の『勧進帳』で問答がこれほど面白い思ったのは実は今月が初めてです。いつもは後半のほうが幸四郎弁慶の本領発揮と思っていたのですが、今回ばかりは大きさのある吉右衛門さんの富樫が相手のせいでしょうか、幸四郎さん弁慶の義経大事の必死さがいつも以上に浮かび、問答の部分も極めて面白かった。兄弟だけあって掛け合いの間の絶妙なこと。初日はまだ間合いを計っている部分がありましたが、今回は腹の探り合いとお互いの突っ込みが前へ前へと出てかなりの緊迫感。相手の出方を絶えず見極め、神経を張り詰めつつ気迫に満ちたやりとり。お互い、どう出てくるかの探り合いが凄かった。相手の知力と人間性をどう見極めていくか、かなりスリリングで深いやりとりだった。これは兄弟だからこそできたやりとりかも。

武蔵坊弁慶@幸四郎さん、持ち前の「義経を守ること」への一点集中という心持が本当に崩れませんね。今回、それゆえの純粋でひたむき過ぎるその余裕のなさのある人間味溢れる可愛らしい弁慶、というのが際立っていました。富樫の厳しい詮議に対して絶えず頭をフル回転させ、どうにか突破口を開いていこうとする神経の張り詰めた弁慶です。豪胆さではなく神経の細やさと思い切りのよさの部分で切り抜けていく。

いつもより低音を響かせつつストレートで丁寧な台詞廻し。初日に感じたゆったり感は感じず、吉右衛門さん富樫との間合いは少しテンポが早くなっていました。「必死」さが特徴の幸四郎さん弁慶ですが、その人間味溢れた可愛らしさがここまで表立ったのは久しぶりではないかしら。富樫はこの弁慶の主君思いの純粋さに心打たれたんだろうな、と思わせた弁慶でした。また義経に労をねぎらわれる場での一連の流れがやはりいつも以上に良かった。とっても小さく小さくなって、わんこのよう(笑)。うるうる、ころころしている感じというか。義経への絶えず神経が向かっている、という部分への集中度がありました。時々、その集中度が欠けしまう仕草をしがちな幸四郎さんですが、今回それをいっさい見せない。泣きの部分も心から、という雰囲気で非常に良かった。

気力体力のバランスが良かったのでしょう、すべてに対して集中度が高く、終始気迫のこもった弁慶でした。それゆえ延年の舞もキレは十分に腰の入った一手一手が丁寧な舞。またへたをすると富樫と義経への目配りが切れてしまいがちな滝流しの部分も、その面持ちがぶれずに踊りきりました。とはいえ、さすがにいつもの大きさのある雰囲気が多少欠けていたかなとは思いますが、気持ちのぶれなさのほうが大事なので私はそれで良しと思いました。また、去り際、富樫の対して大した人だ、という気持ちが現れた表情をしていたのが印象的。六法では充実しつつ、やはり感謝の念と義経への気持ちが十分。手拍子は沸かず、万雷の拍手のなかの六法でした。

富樫@吉右衛門さん、本当に大きいです。人物像に篤みがあって、懐の深い富樫。またそれ以上に『勧進帳』のなかの関守として富樫という個の人物というだけでなく象徴のような大きさがありました。とにかく吉右衛門さんの富樫はかなり厳しいです。ただ、人の話を聞くだけの度量の広さと受け止める度量の深さがあります。詮議の厳しさ、通すまじといった気迫の裏の情がなんとも素敵です。じりじりと追い詰め、それに対し、明快な答えが何度も返って、ようやく納得する。その間合い、受け止めのタイミングの見事なこと。まさしく対等な問答であり、そして富樫のほうがさらに冷静。弁慶と富樫、お互いに確かめつつ、という腹の探り合いのドラマがぐわ~っと立ち上がっていました。

吉右衛門さんの富樫は強力が義経だということは問答の時点ではわかっていません。弁慶が信頼できる人物かを図っている感じ。そして、たぶん弁慶が強力を打ち据えているときに義経だと確信したのだと思う。弁慶の打擲を受ける義経の態度を見てなんだと思いました。頭を下げずに静かに打擲に耐える姿に確信し、そして驚いたんじゃないかと。吉右衛門さんは打擲をただ見てるだけではありません。刀に手を掛け、いざとなればという殺気を漂わせているのですが、途中で「あっ、」というように身じろぎします。弁慶の必死さ、そしてそれを甘んじて受ける義経、その主従の絆に心打たれたんだろうな、とそう感じました。

そして見逃すとの決意してからがとてつもなく深い。覚悟したからには、という潔さ。大抵、富樫には悲哀を感じますが吉右衛門さんの富樫には悲哀をあまり感じません。とてもカッコイイ男気というものが前に押し出されます。そして決意した瞬間にたぶん自分の死を受け入れてしまっているのですね。引き上げでことさら自分の感情を表に出しません。静かに決意を身に受け入れた富樫でした。

源義経@染五郎さん、初日に比べかなり良くなっていました。前回、なんとなく人物像に嵌りきれてない部分があったように思いますが今回はしっかり『勧進帳』のなかの義経としての存在感がありました。流浪の悲哀を感じさせる悲劇の貴公子ってだけじゃなく、武将としての品位があり、またそのなかで弁慶への思いやりの情がとても明確に表現されていたと思います。佇まいがなんとも美しく透明感のあるオーラを纏っていた。どこかで行き違ってしまった運命にどう立ち向かうべきかまだ悩んでいるとても切ない雰囲気の義経にみえました。こちらの役では声も安定し爽やかな若さ溢れるストレートで聞き易い台詞廻しでした。

友右衛門さん、高麗蔵さん、松江さん、錦吾さんの四天王は安定。弁慶を信頼している落ち着いた四天王。

幸太郎さん、吉三郎さん、吉五郎さんの番卒はしっかりと。きちんと富樫をフォローしている番卒たちでした。太刀持ちの梅丸くんは一生懸命にキリッとしている風情が可愛かったです。

実は今月の『勧進帳』、私が観た初日は非常に面白かったのですが、その後、何日かどうやらかなり不調のようだと耳にし心配していました。役者それぞれの芝居が噛み合わなかったり、幸四郎さんにかなり疲労が見え冴えなかったり、またそのせいなのか、手直ししてきたはずの不遜な態度にみえるしぐさをしてしまったりと、どうしてしまったのか?という声を友人たちから耳にし…。とはいえ、非常に良かったという声もやはり聞こえてきたりもしたので、今回、芝居の調子の波が激しいのだろうか?とも思ったり。私が拝見したこの日は心配が吹っ飛ぶ、非常に充実した芝居でしたのでのでこのまま調子よく千穐楽まで突っ走っていっていただけるといいなあと思います。


『松竹梅湯島掛額』
「お土砂の場」
この場は他愛のないお芝居です。ただゆるりと楽しめばいいかなと。

紅長@吉右衛門さん、2006年5月演舞場でも拝見しましたが、その時よりだいぶ肩の力が抜け、いやみのない愛嬌がありました。なので素直に笑えた感じ。無理矢理なネタもそれほど入れ込んでいなかったのも良かった。「ポーニョ、ポニョ♪」と歌いだしたのにはビックリ、大笑いでしたが。しかし、夜の部全部に出演ですべて雰囲気の違う役柄をこなしてしまうのですから幅のある役者さんです。

お七@福助さん、可愛いです。活き活きしています。世間知らずで吉三郎一途なお七さんを好演。ほどのいい娘ぶり。

吉三郎@錦之助さん、似合います。こういう役は錦之助さん、本当にいいなあ。優しい雰囲気があって品もあり。いかにも優男。この拵えだとお兄様の時蔵さんにもソックリですねえ。

おたけ@東蔵さんに存在感がありました。いかにも商家の母らしい佇まい。家と娘の間に挟まれオロオロと心痛めている風情に優しさを感じます。東蔵さんの女形、好きだなあ。

長沼@桂三さんの飄々としたおどけぶりも良かったです。

丁稚@玉太郎くん、可愛い。やはり彼には華があると思う。

「火の見櫓の場」
この場、好きなんですよね。ここ最近では菊之助さんと亀治郎さんのお七で見ています。二人ともタイプは違えどもとても可愛らしくて、また人形振りのなかに必死さ恋情がストレートに伝わってきて感動しました。

なので、福助さんは踊りも上手ですし、さぞかしと期待しておりました。が、人形振りはさすがに上手いには上手い。見事に文楽人形らしい、それでいて美しい形に決めてくる。大柄なので、軽さまでは残念ながら表現されてはいないのだけど、無表情だけに美貌も際立つ。なんだけど、人形、で終ってしまっている。恋情や必死な心持が伝わってこない。なぜなんだろう??振りのひとつひとつが綺麗なのに、そのなかにあるはずの恋情が前に出てこない。あらら?と思ってみているうちに人形振りを終え、人に戻った瞬間、見間違えるように一気に心情が爆発していました。ああ、この人は生身が活きる役者さんなんだなとつくづく思いました。福助さんには人形振りは似合わない。

国立小劇場『九月文楽公演 第二部』 1等後方下手寄り

2009年09月19日 | 文楽
国立小劇場『九月文楽公演 第二部』 1等後方下手寄り

劇場は満員御礼。第二部は人間国宝揃い踏みですから人気が高いのも当然。初心者らしき方々も多かったような気がします。まだまだ和ブームが続いているからかな? 第二部は『伊賀越道中双六』「沼津の段」、『艶容女舞衣』「酒屋の段」の二演目の上演。

『伊賀越道中双六』「沼津の段」
「沼津の段」は今年夏の歌舞伎巡業で観たばかりの演目。比べてみると歌舞伎「沼津の段」は本行に対し、入れ事がかなり多かった。ここまで歌舞伎独特の入れ事が多い演目も珍しいかも。歌舞伎はより華やかに、そして観客サービスの部分が多い。あと話の流れも少しだけ変えている。歌舞伎ver.のほうが道中のほのぼのと後半の悲劇の落差が激しく、その部分で泣かせてくる。文楽は物語が一貫しているので落差はないけど流れがとても自然で少しづつじんわりと泣かせてくる。

綱大夫さんは少し語りが弱い部分はあったけど平作が非常にリアル。住大夫さんはお得意演目というだけあって、場の情景を非常にわかりやすく、そしてそれぞれの人物の情の部分を丁寧に語ってくる。住太夫さんもやはり平作が一番良かったな。住大夫さんの細やかな語りで老父の切ないまでの心情がじわ~っと伝わってきました。この年齢だからこその説得力かな。十兵衛の理に勝る情に納得させられてしまう。


『艶容女舞衣』「酒屋の段」
この話、ハッキリ言ってひどい話なんですよ。なのに、「きーーーっ、ひどいっ」って思わなかった。なんでだろ?お園さんがあんなにも清らかだったからだろうか。

文雀さんのお園が絶品だった。とても可憐で純粋で、そしてとてもまっすぐに半七を愛している。その切ないまでの想いがキラキラと輝いていました。その透明感のある佇まいに「聖」を感じた。美しかった、その美しさに涙が出そうになった。ドロドロとした感情をすべて包み込んでしまったような存在。ラスト、お園さんが皆を抱擁しているようなそんな錯覚さえ覚えてしまった私でした。ああ、やっぱり文楽っていいなあって思った。文雀さんのお園は文楽だからこそ成り立つ「女」だったように思う。

嶋太夫さんの語りも良かった。文雀さんのお園に集中していくうちに嶋太夫さんの語りがしっかり耳に入ってきて語りと人形のバランスの良さを感じました。

日生劇場『ジェーン・エア』 S席2階前方上手袖

2009年09月12日 | 演劇
日生劇場『ジェーン・エア』 S席2階前方上手袖

袖席なので若干見切れは出ましたがほぼストレスなし&役者が近いので大満足。古い物語(価値観が古い)&キリスト教の思想が底辺にあるという部分、そして中学の頃原作は読んだけど(大筋しか覚えてなかった)、そういえばメロドラマだったかも…な突っ込みどころが多々ありつつ、それを含めてとても面白かったです。大満足。音楽の力って偉大だわ~。聞いていて気持ちのいい楽曲が多かったです。

ほぼ全編、歌で物語が進むのだけど、ストレートプレイに近い感触なのも面白かった。単純と言えば単純なお話で、そういう意味では深みはない。でも歌と演出の部分がとても私の好みでした。題材が地味なのでもう少し小さい小屋のほうが合うような気もしましたけど主役二人の華と芸達者な脇の方々とで空間はしっかり埋められていたとは思います。

舞台装置はかなりシンプル。荒れ果てた荒野のなかに物語の象徴となるとちの木が奥に1本、そのセットが基本で、あとは小道具の出し入れと照明で場面転換をしていきます。屋敷のなかだったり庭になったり。観客の想像力を信じている簡潔な場面転換が非常に気に入りました。また様々な形を取り、一瞬で場を変化させる照明がとても美しかったです。この照明の美しさを堪能するには2階からのほうが良いかも。

ストーリーは長編を2時間40分にまとめる為にジェーン・エアの一個の人間としての成長譚を主体にした感じ。憎しみには憎しみを、と依怙地になっていた幼いジェーンが優しい親友を得て愛に芽生え、また人として未来への勇気を抱き、哀しみに彩られた人生を切り開いていく様を力強く描いていく。ただ、好みからするとジェーンとロチェスターの心の交流の場をもう少し深いところで表現する場が欲しかったかな。そこらへんが駆け足すぎて、だからメロドラマ的な印象も受けてしまったのよね。どうせならきちんと、ラブロマンスにもして欲しかったな。

ジェーン・エア@松たか子さん、まさしく芯に力強さを秘めたジェーン・エアそのものだった。物語の進行役も勤め2時間40分、舞台に出ずっぱり。キラキラとしたその存在感で物語を引っ張っていった。凛とした佇まいのなかにジェーンの揺れ動く感情を細やかに表現。また伸びやかな歌声の美しいこと。透明感があって、そのなかに力強いハリがある。唯一、ジェーンはお顔がブサでコンプレックスを抱いてるんだけど、そこの説得力だけは無かった(笑)。たか子ちゃんはいわゆる美貌の持ち主ではないけど超可愛いし華があるし(笑)。それでも全体的にいつもの押し出しの強さは押さえぎみにしてジェーンになりきっていた感があったのが大したもの。

それにしてもいつも思うのだけど口跡の良さにはまたまたビックリ。台詞というか歌詞が全部聞き取れたのはたか子ちゃんだけ。他にも歌の上手な人はいっぱいいるのに、でも歌詞の一言一言がこんなにもクリアな人はいない…。なぜこんなにも口跡がいいのだろうか??声質が聴きやすい声質だからかな?にしてもまさか歌でもこんなに口跡がいいとは、良すぎだろう(笑)。

ロチェスター@橋本さとしさん、現在はミュージカルを中心の活躍されている役者さんですが、ミュージカルではお初。佇まいに独特の雰囲気があり存在感があります。日本の俳優さんでこういう雰囲気を持った方はあまりいないように思う。これからもっと貴重な役者さんになっていきそう。個人的には前半はもっと人を寄せ付けない、偏屈ないかにも貴族的威厳を醸し出して欲しいかな。そのなかに悩み惑う部分がある、というところがあると、皮肉めいた口調のなかの心の弱さが際立つんじゃないかな。飄々としたところも魅力的ではあるのだけどね。歌のほうはすごくお上手という感じではないけど味がある。声質はとてもよく、伸びもいいのでこなれてくるともっと上手くなるかも。ロチェスターパートの歌、かなり難しそうですから。それともうひとつのほうにはビックリ。これもかなり難しいのでは?よくぞやってのけました、という感じ。

それにしてもこの方もロチェスターにしてはかっこよすぎですねえ。ジェーンと普通に美男美女カップルなのでお互い、顔がよくないと言い合ってるところで「おいおい」とツッコミがはいる(笑)。

フェアファックス夫人@寿ひずるさん、素敵だ。私がこういうお役が好きということもあるけど、とてもバランスの取れた人物像としてのフェアファックス夫人に説得力があった。存在感ありますねえ。

ブランチ@幸田浩子さん、この方、一人だけオペラ歌手なんです。なぜに?と思いましたら、地味なジェーンと好対照にするために華やかな歌声が必要だったんだなと。また歌声が、という部分のみならず、芝居の部分でも貴族の娘らしい気位の高さをしっかり演じていらっしゃいました。コロラトゥーラ技巧も少しだけだけど聴かせてきて、さすがオペラ歌手だなあと思わせてくれました。拍手したかったんですが、残念なことに拍手が湧かず。思い切って先陣を切るべきだったかな。でもそれだけ観客の皆がジェーンのライバルの女性と認識していたってことかも。

ヘレン・バーンズ@さとう未知子さんが存在感あり。切ないお役を地に付いた芝居で演じていらっしゃいました。

他に子役がとっても良かったし、脇の方々がしっかりサポートしている感じで座組みの良さというかまとまりのあるミュージカルでした。

そういえばお話が『レベッカ』にすごく似てたかも。ええっと時代的には『ジェーン・エア』のほうが古いのか。

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『ジェーン・エア』
原作:シャーロット・ブロンテ
脚本・作詞・演出:ジョン・ケアード
作曲・作詞:ポール・ゴードン
出演:
ジェーン・エア-----------松たか子
ロチェスター-------------橋本さし
ブランチ・イングラム------幸田浩子
フェアファックス夫人-----寿ひずる
スキャチャード・他-------旺なつき
リード夫人・他-----------伊弘美
ジェーンの母・他---------山崎直子
シンジュン・他-----------西遼生
メイソン-----------------福井貴一
ブロクルハースト・他-----壤晴彦

歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄り

2009年09月02日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄り

夜の部は諸事情ありまして『勧進帳』まで。『松竹梅湯島掛額』も観たかったなあ。櫓のお七の場が大好きなんです。

『浮世柄比翼稲妻』
南北らしい複雑な筋立ての芝居。現在では『鞘当』『鈴ヶ森』の場が単独で掛かることが多い。通し上演は観たことがないので一度観て見たい演目。

「鞘當」
深編笠を被った不破伴左衛門、名古屋山三が吉原ですれ違う時にお互いの刀の鞘が触れ、言い合いになり斬り合いを始めてしまう。そこに引手茶屋の女房が止めに入り、抜いた刀を互いの鞘に納め合うことになる。不破伴左衛門の鞘を見て山三は「こいつが父の仇」と確信するも、この場は収めることにするというだけの場。なので役者の役者ぶりを見せるだけの場になる。

両花道を使うこともある演目ですが今回は仮花道は無し。

不破伴左衛門@松緑さんと名古屋山@染五郎さん、どちらも役者に柄に合ったお役。姿はどちらもお似合いで硬軟の対比もバランスが良いです。ただ、二人ともこなれておらず、まだ丁寧に段取りを追っていますという段階かな。伴左衛門と山三は顔を見る前からお互い虫の好かないライバル同士と感じている二人のはずなだけど、そうは見えませんでした(笑)。若者同士が単にじゃれあってる感じなんですよねえ。仲良しこよしに見えてしまう(笑)。二人ともなんとなく未熟な感じが出てしまっているからでしょうか?

不破伴左衛門@松緑さん、まだ敵役の憎たらしい雰囲気はありませんが骨太で硬なキャラクターにピッタリ。なるべく大きく動こうと丁寧に形を作っていました。後半良くなるでしょう。また声が前にきちんと出ていて台詞が聴きやすかったです。

名古屋山@染五郎さん、いかにも二枚目風情で非常に美しいです。しかし柔らかさを出そうと意識しすぎている気がします。その部分で体の動きが馴染んでない感じ。なので色気があまり出ていないです。無理せず、もっとキリッとした雰囲気でやってもいいと思います。立ち回りになってようやく染五郎さんの体の線の綺麗さが出てきました。台詞は強弱があってリズムはとても良いのですが時々、前に出てこない部分が。もっと思い切ってやっていただきたいです。後半こなれてくるのを期待。

茶屋女房お京@芝雀さん、さすがに場を締めてきます。粋にパシッと喧嘩を止めるその姿にどことなく貫禄も見えつつ、女らしい可愛さがそこはかとなく滲んでいるのが芝雀さんらしく、とても素敵でした。

「鈴ヶ森」
お尋ね者の白井権八が褒美金欲しさに討って掛かってきた雲助たちを切り捨てていく。それをたまたま見物していた幡随院長兵衛が権八の手並みに感心し、匿う約束をする。とこちらも役者の柄で観せる場。

雲助たちのコミカルな立ち回りも見せ場ですが、少々まったりと長いかな~。今の客に合わせてもう少しテンポアップしても良いんじゃないかとつい思ってしまいます(^^;)

白井権八@梅玉さん、前髪姿がとってもお似合い。今の幹部役者のなかでこれほど前髪の若衆姿が似合う役者はいないでしょう。とはいえ水も滴る紅顔の美少年としての艶があるという雰囲気よりは品の良い世間知らずな雰囲気のほうが強いかな。人を切ることに関して何も思わない、といった怖さがあります

幡随院長兵衛@吉右衛門さん、貫禄十分でカッコイイ。江戸の侠客風情、懐の深さが体全体から滲み出ている。駕籠から出てくるとこでうまく簾が上がらず引っかかってしまったのがもったいなかったな。

『歌舞伎十八番 勧進帳』
観客の大半がなぜか急に浮き足立ったような熱気に包まれた一幕でした。きっと観客の多くがこれを観にきたんだろうなあ。初日だから、というのもあるんでしょうけど。なんだかいつもの歌舞伎座の3階ぽくない雰囲気でした(笑)。

幸四郎×吉右衛門の兄弟対決、さすがの迫力でした。舞台が狭いこと狭いこと。物理的に大きいこともさりながら、お互いのライバル心からかいつもより存在感が大きくなるんですよね。いい相乗効果なんでしょう。

武蔵坊弁慶@幸四郎さん、今回が1001回目ですね。幸四郎さんの弁慶はいつものように主君、義経への一途な忠節に突き動かされて必死な想いで関所をやり過ごそうとしている人間味溢れる弁慶です。ただひたすらに義経の逃すことへの一点集中。そこはいつ見ても崩れません。あまりに純粋でひたむき過ぎるその余裕のなさに、かえって「命がけ」という言葉が浮かぶ、そんな幸四郎弁慶です。また台詞廻しはいつもよりゆったりと朗々と響かせてきますがいつものクセのある台詞廻しは影を潜め、かなりストレートに判りやすい。へたすると緊迫感が薄れてしまう可能性のあるギリギリの間合いだったように思いますがそこは相手が大きく受け止められる吉右衛門さんの富樫だったせいでしょうか、そこの間合いにお互い、落ち着いた深い気迫が生まれていました。

時に手馴れすぎている為ゆえの余裕があるせいなのか威圧感がありすぎて時々主君への忠節の部分が浅くみえてしまう事もあった幸四郎さんですが、今回そう見えてしまう所作の細かい部分ひとつひとつを見直してきたとなと思いました。、義経に労をねぎらわれる場での一連の流れが今回とても説得力があったと思います。物語る、という部分は相変わらず巧い。延年の舞は、昨年あたりさすがにキレがそろそろ失われてきたかな?と思いましたが、体調十分なのでしょうか、キレのある腰の据わった迫力のある舞に戻っていました。今回、簡略ver.ではありましたが滝流しを付けてきました。まだ芝居の流れのなかにうまく嵌め込まれていない感も無きにしもあらずですが、ここの振り付けは見応えがあるのでワクワクしてしまいます。

六法での引っ込み前の礼のところの目線がかなり上で空に向かっています。ホッとして笑顔で神に感謝、という感じに私には見えるのですが、一部お客さんには自分に向けれらたと思うようです。愛嬌のある笑顔ですから仕方ありません。


富樫左衛門@吉右衛門さん、懐の深い大きい富樫でした。私は吉右衛門さんの富樫は初めてです。厳しさのなかにたっぷりとした情を秘めた富樫。捌き役というよりももっと相手を受け止める度量が大きい。相手の言葉のひとつひとつをきちんと聞き真意を測っていきます。突っ込む部分より受ける部分が際立っていました。そこに気迫が十分で人柄の大きさが際立つ。また、幸四郎さんとの間合いはまだ計っている感じではありましたが、それでも受けるタイミングが絶妙。ここまできちんとお互い会話している弁慶と富樫って初めてかも。兄弟ならではでしょうかねえ。

それと少し痩せられたせいもあるのでしょうが拵えがすごく似合っていました。ここまで似合うとは思っていなかったので正直驚き。吉右衛門さんの富樫は覚悟が大きいので悲哀は感じさせず、その男ぶりがカッコイイと思わせてきました。

源義経@染五郎さん、幸四郎さん、吉右衛門さんの大きな二人のなかでどこまで演じられるかというところでしょう。全体の雰囲気は悲劇の貴公子然とした佇まい。格の高さがしっかりあったのは非常に良い出来。ただ、今年2月の絶品だった梅玉さん義経と比べると御大将のキラキラしたオーラは残念ながらまだまだ。まあ比べたら可哀相ですけど…。それと歌舞伎のなかの物語の中心にある義経という人物像に嵌りきれてない部分が。どうも衣装を着せられている感があるような…。全体的に義経という人物に馴染んでいないかなあと。位取りの高さや弁慶への情愛は十分感じさせてくれたのだけど、武将としてのキリっとしたかっこよさとか大きさ、それゆえに未来への悲哀を感じさせる佇まいとか、そんなものがまだ見えないのが残念。後半こなれてきた時にどうなっているか。

今回の四天王は友右衛門さん、高麗蔵さん、松江さん、錦吾さん。落ち着いた酸いも甘いも経験していた大人な四天王たちって感じでした。いきりたつ部分も激情に駆られてではなくこうせねばならぬと考えて、というワンクッションを感じる。四天王も座組みによってだいぶ雰囲気が変わりますね。

そういえば今回、六法のところで手拍子が起きてしまいましたが、3階の花道が見えない席の観客も嬉しそうに「弁慶、頑張ったね、よかったね」って感じで手拍子をしていたので、まあしょうがないかなと思いました。歌舞伎座での『勧進帳』で手拍子を聞いたのは三津五郎さん弁慶で体験して以来2回目です。團十郎さんの代役を見事にこなした三津五郎さん弁慶への暖かいものだった。役者が煽っているわけでもないのに、手拍子が起きたことを役者のせいにして非難するのはどうなのか?とも思います。私は六法での鳴物をきちんと聞きたいのでやりませんけど。

歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席上手寄り

2009年09月02日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席上手寄り

『竜馬がゆく 最後の一日』
三部作のラストです。新作のシリーズものを3年続けて上演する、という面白い試み。続けて観てきた観客にとっては感慨深い完結編。尺八奏者、き乃はちさん作曲の『宙へ』の曲もすっかりテーマ曲として馴染んでいます。特に昨年からは生演奏になり、今年は嬉しいことに作曲家自ら、黒御簾へ登場とのこと。

今回はサブタイトルにあるように竜馬が暗殺された一日の様子を描き出してきます。芝居は近江屋の場のみで進みます。セットは近江屋の玄関先、裏門先、路地裏、竜馬がいた上階の部屋。それを暗転、盆廻しで場面の切り替えをしていく手法。第一部、第二部で使われた、時空を越えた思い切った場面展開、セリ使いは今回は無し。たった一日を描いていくのですからかえって思い切った演出が難しかったのでしょうか。転換時間は短いのですが、暗転、盆廻しだけだと少々単調な感じがしてしまうのは否めません。どこか一箇所でもいいので、違う方法での場面転換が欲しかったような気がします。

また、最後の一日を描くうえで大政奉還後の竜馬たちがどう動いていたのかをすべて台詞で表現しなければならないので、説明台詞が多いのも、少々まだるい感じ。通し上演ではない部分で難しいところではあるのでしょうね。それでも、竜馬が暗殺されたその一日もその時代の人々は不安と希望を抱きながら生活していた、という部分をさりげなく活写していました。竜馬暗殺のその一日もある意味、淡々と過ぎていく日々のなかのひとつであったのだなあと思いました。しかし、また記憶に残る人物として宙のどこかに留められた一瞬でもあったのかもしれません。

芝居は新作のわりに全体的には纏まっていたと思いますが、やはりまだメリハリやアンサンブルがまだこなれていない部分がありました。それでも竜馬を中心に未来のことをそれぞれが一生懸命考えて、あきらめずに試行錯誤していた人々が交差し、そして擦れ違いながら生きていたその一日が見事に立ち上がっていたと思う。もっとこなれてくれば、見応えがでてくるんじゃないかなと思いました。生きていくことの切なさが伝わってきた『竜馬がゆく 最後の一日』でした。これで最後はもったいないですねえ。いつか一部~三部をエピソードを足して通して一挙上演する機会があるといいなあ。

竜馬@染五郎さんが、この舞台を引っ張っていました。思い入れの深さ、情熱がそのままストレートに出ていたように思います。竜馬@染五郎さんが出てくると空気が締まり何か物語が動くだろうとな、とそんな感じを観客に与えていきます。風邪ぴきで小汚い竜馬なんですが、飄々とキラキラした瞳でどこまでも真っ直ぐに純粋に生きてきた竜馬を見事に体現していたと思う。また、あまりにも真っ直ぐゆえに理解されない哀しさを秘め、でも夢を信じることにひたすらな竜馬でした。とてもかっこよかったです。一部、二部、そして今回とどんどん素敵な竜馬に成長していったなあと思いました。

中岡慎太郎@松緑さん、骨太で熱い熱い中岡くんでした。硬軟を演じ分ける染五郎さんに対して、松緑さんは一直線に未来を憂う中岡を演じてきています。二人の対照がとてもいい感じ。また気心しれている二人の間柄の距離感がとてもうまく出ていたと思います。ただ、台詞がまだこなれていない部分があり、もう少し情感を含めてきてもらえたらな、と。特にラスト、たった一言でこの芝居の締めをしなければならないので大変でしょうけど、悲痛さ、無念をぜひとも表現していってほしいです。

淡海槐堂@竹三郎さんがいい味わい。

おとめ@芝のぶさんがとっても可愛かったです。健気でしっかり者であの時代のごく普通の女性として一生懸命に生きているおとめさんでした。

桃助@男女蔵さん、根はいい人なのに、あまり物を考えないで行動してしまう、桃助を演じます。悪くはないのだけど、もう少し頑張ってというところでしょうか。作りこめる役のはずなので。考えないことの愚かさ、小物ならではの悲哀をもっと体現してほしいです。

『時今也桔梗旗揚』
我慢の芝居。観客側も我慢(笑)動きが少なく、いわば台詞劇のような芝居なのでよほど場が締まらないと観続けるのが大変です。まだ初日感たっぷりで段取りめきどうもこれぞという部分が少なく、もうひとつ締まらない出来だったのが残念。

光秀@吉右衛門さん、イジメに耐えに耐え、堪忍袋の緒がプチッと切れてしまい謀反を決意する光秀という役が似合うし上手い。真面目すぎてしっかり筋を通してしまい、上司のご機嫌におもねることができない一本気な雰囲気。大きな体を小さくして我慢している様、そして底の部分に怒りを溜めていく様子が明快に伝わってきます。謀反を決意したときの大きさが吉右衛門さん。こういう重厚さのある空気を作ることが出来るのが素晴らしい。少し痩せられたようで白塗りの拵えも似合い、とても良かったです。

春永@富十郎さんが初日で台詞が多い役ということもあるのでしょうが台詞がまったく入っておらず全部プロンプ頼り。なので台詞の間が悪い…。それでもきちんと芝居が出来ているのはさすがだなとは思うものの、この芝居は春永が光秀を追い込んでナンボの芝居なので間が悪いとどうしてもだれるし、芝居のメリハリがなくなってしまう…。後半、良くなっていきますように。

四王天但馬守@幸四郎さん、最後の場面での注進役。いわばご馳走役ですが、出てきた瞬間、場がかなり華やいで一気に場面が締まる。観客がワッと沸きます。吉右衛門さんとの並びのバランスもよく兄弟揃って見得を切るだけで、ワクワクしてきます。兄弟が並ぶとそれだけで見応えが出ますねえ。

桔梗@芝雀さんが可愛いし健気。品の良い持ち味が生きています。

森蘭丸@錦之助さん、力丸@種太郎くんがしっかり演じていて存在感ありました。

『名残惜木挽の賑 お祭り』
10分程度の短い舞踊ですが華やかで楽しい。さよなら公演の口上があり手打ちがあります。

中堅・若手を従えての芝翫さんがとにかく可愛いしさすがの存在感。この方の愛嬌に観客が引き込まれていきます。

鳶頭では歌昇さんがさすがの上手さ。染五郎さんと松緑さんコンビでの踊りが華かでいいです。染五郎さんはしなやかで、松緑さんは骨太な雰囲気。しかし並んで踊ると染五郎さんの上手さが目立ちますね。体の動きに余裕があるので踊りにキレがあって姿も綺麗だし一枚上手な感じ。とはいえ松緑さんもだいぶ体の使い方は上手くなってきたと思います。

『天衣紛上野初花 河内山』
松江宅内、玄関先のみの上演。この演目に関してはやはり、みどり上演より通し狂言で観たほうが断然面白いと今回も思いました。それでも、この場だけでも楽しいことは楽しいですね。

河内山@幸四郎さん、出てくるだけで華やかです。やはり、お客さんがワッと沸くんですよねえ。幸四郎さんの河内山は愛嬌のあるアウトロー。存在感がありつつ大悪党というよりは、はみ出し者のどこかズレた場所にいる雰囲気を持ちます。権威に楯突く皮肉を持ち合わせ、そこに独特の愛嬌が滲み、観ていてとても楽しいです。ちくりちくりと松江候をいたぶる様や、開き直ったふてぶてしさに拍手喝さいしてしまう。幸四郎さんの芝居の上手さ、間の作り方の上手さがよくわかる一幕でした。

松江候@梅玉さん、良いですねえ。殿様然としたあの雰囲気は梅玉さんにしか出せない味です。我侭だけど、どこか鷹揚としていて殿としての品位が崩れることがない。

高木小左衛門@段四郎さん、芯のあるしっかりものの家老。家を守る、という一本筋が明快。この方はこういう役で本当に存在感がありますねえ。いかにも、いそうよね、というキャラを造詣してきます。

北村大膳@錦吾さん、こういう役をなさるのは珍しいのではないでしょうか。ふてぶてしくって、短絡的でいながらきちんと格のある大膳でした。人のよさがなんとなく滲んでしまっていますが、こなれてくると存在感のある大膳になりそうな気がします。