Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』3回目 (特別席1階センター)

2008年11月24日 | 歌舞伎
国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』3回目 (特別席1階中央センター)

またまた国立大劇場に参上(笑)『江戸宵闇妖鉤爪』3回目の観劇です。中日以降評判を呼び、満員御礼が続いているらしい国立劇場、24日もチケットSOLD OUTの満員御礼でした。

3回目は特別席のちょうどいい感じのセンターど真ん中。本舞台を観るのにも花道&宙乗りを観るのにも絶好の位置でした。そのせいもあったのか「これ、すごく面白いよ」と無条件で言ってしまいそうになるくらい楽しめました。

観るたびに芝居がすごく進歩してて、なんだろ役者さんたちの力技でガッチリ見せてきた感じ。芝居の空間がとても密になっていて勢いがありました。脚本が変化しているわけじゃないので突っ込みどころはいっぱいあるのですが、その部分が気にならないくらいのパワーがあった。新作ってこうやってどんどん進化していく過程を見るのも面白いですよね。だからつい何度も通ってしまうのだけど(笑)

今回は明智と恩田の応酬のとこで人が生きていくという難しさがすごく伝わってきて、切なくなったりしてしまいました。世の中の闇の部分に焦点を当てたこの芝居。いつの世でも変わらない命題がクッキリと浮かんできました。あまりにストレートな台詞を一気に応酬させるので、台詞だけで浮いてしまがちな部分があったのですが、今回はそれがスコンと胸に突き刺さってきました。半獣半人の悲しい性を背負った恩田の言い分はただの善悪で割り切れないものです。この「人の闇」の部分をもっと踏み込んで芝居を作ったら、もっと濃い芝居になるでしょう。次回の乱歩歌舞伎第二弾に期待しまます。

『江戸宵闇妖鉤爪』という新作歌舞伎、まずは乱歩という題材を歌舞伎化しようという発想が本当に見事だったと思います。それから音の使い方、すべて邦楽に拘ったところも非常に良かったです。新内節の甘い切ない唄も今回の芝居の雰囲気にピッタリでした。この歌舞伎で新内節に触れた観客の方も多かったのではないでしょうか。また微細なところまでに拘った美術も見事でした。乱歩という難しい題材をきちんと歌舞伎の世界にもってきた脚本家の岩豪友樹子さんにも拍手。これからも歌舞伎作家として頑張っていただきたいです。

そして役者さんたち。本当に少数人数での座組みでの新作歌舞伎、よくぞやったと思います。個性的でいつもの歌舞伎とは違う方向性のキャラクターをきちんと造詣し練り上げて見応えのあるものにしていってくださったことに一観客として感謝。

染五郎さん贔屓なのでちょっと個人的に言及させてもらいますと、やっぱり染五郎さんは良いなあ、とまた思いました。恩田のワイヤーアクションや宙乗りでの姿勢が本当に綺麗だ。背筋がぶれないんですよね。悪役なのに思わずカッコイイって思ってしまうもの。宙乗りの時はどうしても染五郎さんから目が離せない。人間豹は哀しみを背負いながらも不敵な笑みを浮かべて天を駆けていきました。また芳之助の風情もたっぷりになっていて、道楽に生きてきて女性無しでは生きていけないタイプのヘタレ具合に哀れさがプラスされて色気がすごく出たなあと思う。鼓の演奏が今回はすごく良かったです。音が終始よく響いてました。雨模様だったので湿気具合が鼓には良かったのかも。

24日は拍手がなかなか鳴り止まず、なんとカーテンコールがありました。この日が初めてのカーテンコールだったようです。ラッキーでした。幸四郎さんがいつもの「歌舞伎にはカーテンコールは無いんですが」の前フリで観客、スタッフ、裏方、そして共演した役者さんたちへの感謝を気持ちを伝えてくださいました。こういう挨拶、お上手ですよね。染ちゃんと春猿さんのことは個別に褒めたりして。染五郎さん、恩田乱学のあの扮装で恥ずかしがってました(笑)。それと春猿さんが国立劇場優秀賞と鐵之助さんが国立劇場特別賞を受賞されたことも発表し祝していました。

国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪』 2回目 (3等3階上手寄りセンター)

2008年11月20日 | 歌舞伎
国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』2回目 (3等3階上手寄りセンター)

8日に1回目を拝見し、上から観たくなってチケットを追加し2回目の観劇です。今日は一番安い3等席。一番後ろ12列目での観劇です。国立はこんな天井桟敷席からでも花道の半分近くは見えるし、本来は舞台の奥の上のほうは見切れるのだけど『江戸宵闇妖鉤爪』は舞台を前のほうに作ってくれてるので見切れ無し。まったくストレスを感じずに済みました。

2度目の乱歩歌舞伎ですが8日に観た時よりだいぶ芝居が締まっててメリハリもついていました。でもやっぱり、良くも悪くも突っ込みどころ満載。おおっ、これだ!という感じではなく、もっと脚本練ってほしいとか、演出をもう少しなんとかとか、場を増やしてもいいなあとか、あれこれ突っ込みたいというか、突っ込まずにはいられない。「ここはもうちょっとなんだけど、惜しい」とこいっぱい。でもそれすらもとっても楽しいし、とっても楽しめました。ぜひ練り直して再演をと思いましたらなんと来年10月に乱歩歌舞伎第二弾が早々に決定とのこと。観客動員数の伸びや評判の良さで松竹と国立劇場と相談して決めたそうです。役者さんやスタッフの方々は嬉しいでしょうね。ぜひシリーズ化していってほしいです。

さて、今回センターの上から拝見したところ、前回(1階前方花外)見切れてしまっていて、ちゃんと全部楽しめなかったんだな、という所がいくつかあって、新しい発見多数。観ててもう筋はわかっているのだけど色んなシーンで思わず「ぎゃ~」とか「うわ~」とか声が出そうになった。お蘭の殺害シーンとか芳之助実は乱学の顔の拵えの早替わりとか、捕まえられた乱学が消えてしまう所とか、百御前がお文に爪を突き立てる所とか。あれこれ、こうだったんだ~という所がいっぱいでした。この芝居センター寄りのほうがより楽しめるかも。

それと一幕目の蕎麦屋の声、新内で語ってるって初めてわかった。こういう使い方もしてたんですね。前回、端からだと口パクが不自然に感じて録音?とか思ってた。違うんだ~。正面からだと新内語りでの蕎麦屋の台詞が不自然に感じない。不思議だ。

今日はとにかく役者さんたちが妙にノリノリでした(笑)8日に観た時も皆さん楽しそうだったけど、今日は役者さんたちのノリ具合がすごくて、観てて、おおやってるやってるって感じでなんだかニマニマしてきちゃいました。段取りがこなれてきて役を楽しめるようになってきたんでしょうね。

乱学@染五郎さん、ワイヤーアクションがかなり上手くなっていました。危なげなくて自在に動いてた。恩田乱学の最初の殺しの最後の見得んところがかなり不気味でした。クワッと歯をむき出しにして、異様な雰囲気でした。個人的にこの不気味さをもう少し引っ張っていってほしかったかな。後半脚本のせいもあるのだけど、人間味がありすぎるというか。なんだか可愛らしく見えてきちゃう。拗ねまくってる若者な雰囲気というか。半獣人としての切なさや悪の華の雰囲気はあるのですが、描写する部分がちょっと少なすぎましたね。個人的に衣装が着ぐるみぽいのも少々不満かな。もっと和テイストのほうが私は好きかなあ。そういう意味でラストの宙乗りの衣装は文句なく素敵。それにしても染五郎さんの宙乗りの姿勢は非常に綺麗ですし大きく見える。贔屓目で花道に立たせたら日本一と思っていますが宙乗りでも大きさと美しさを存分に見せ付けてくれたような気がします。はい、とっても贔屓目ですが。

芳之助@染五郎さんのほうはもう似合いすぎ。自分で二枚目ってどうぞ言っちゃて、という感じです。お甲との待ち合わせのそわそわ加減がよくなっておりました。小鼓のシーン、最初の音がやたら良かったですが後半少々弱くなったかな。。掛け声は傳左衛門さんにソックリでした。お稽古してもらったんでしょう。それにしても物狂いのホケホケ加減が超可愛いです。踊りも色ぽいし。どうせなら芳之助が死ぬシーンまで描写してほしかったな。もっと哀れさがでたと思うんだけど。

明智小五郎@幸四郎さんは存在感がやはり抜群。また前回、染五郎さんに少々押され気味だった台詞がかなり良くてたっぷり聞かせてきました。やっぱこの人すごいわ。今日、台詞のイチイチに拍手もらっていましたよ。なんというか聞かせ方が上手いんだよなあ。溜めとか間とかがね、他の役者さんとちょっと違う。思わずおおって思わせちゃうんだよね。でもちょっと重厚すぎな雰囲気も。飄々とした部分も見せていただけるとと思ったり。しかし、なぜに名乗りを芳之助にまかせちゃったの~。自分で名乗るのがいいんじゃん!いかにもって感じで好きだったんだけどなあ。

春猿さんはやはりお文さんが素敵。小五郎@幸四郎さんとのやりとりがますます夫婦な雰囲気でとってもよかったです。旦那のこと心から愛していてそのために命までも投げ出す覚悟がきっぱりとした表情に表れていました。春猿さん、今回のこのお役が本当に似合います。お蘭さんもだいぶいい感じで色気も出てきたし、芳之助@染五郎さんとの会話もいかにも恋人同士という空気がありました。お甲さんに関してはもう一歩かな。前回よりはだいぶいいんですが、なんだろな、もっと可愛げな色気が欲しいかなあ。

鐵之助さんの百御前がもうノリノリでした~。不気味でいやらしくて、とことん非情なのだけど百御前なりのゆがんだ愛情があって。ここまでノッて演じてくださると人物像に深みがでますよね。楽しいという言い方はヘンかもしれないけど、観ててニンマリしてしまいました。

は小林新八@高麗蔵さん、目明かし恒吉@錦吾さんコンビは味があっていい。江戸の風情が立ち上がります。ぜひ明智ファミリーとして第二弾も同じ役をしていただきたいですね。お文@春猿さんと林太郎@錦政くんもこのまま続行していただきたいな。

お蘭の弟子、お英@広太郎さん、お京@笑野さんコンビもほのぼのしてよかったなあ。

歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄センター

2008年11月15日 | 歌舞伎
歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄センター

風邪で、調子が良いとはいえない状態での観劇。『盟三五大切』で体力の限界だったので『廓文章』はパスしてしまいました…。『廓文章』に出演の役者さんたちには申し訳ありません。

『盟三五大切』
この演目は観たのがこれで3回目。役者それぞれの解釈方法や芝居の方法がまったく違ってて面白いです。近年になって復活させた芝居ということと、生世話で型にハマりすぎてない芝居なので役者が工夫する幅があるのでしょう。

私は2003年に観た源五兵衛@幸四郎、三五郎@菊五郎、小万@時蔵の『盟三五大切』がとても好きなんです。とにかくこの時の芝居はいまだに映像がチラつきます。「とんでもないものを観た」という感覚を覚えた芝居のひとつ。これがもうデフォルトになっている、ということもあるのと、私の体調の悪さという部分がかなりある、ということを念頭にしておいて読んでください。

今回、きちんとした芝居を観たという感じで面白かったには面白かったのですが正直物足りなかったです。何が物足りないってエロスと得体の知れない狂気。

まず三五郎@菊五郎さんが枯れちゃった~~~(涙)と思ってしまいました…。2003年の時に感じた、とんでもなくエロスを感じさせた色気が見えない…。もちろん、菊五郎さんのああいう小悪党風情な役にある色気は健在です。でも直裁的なSEXを感じさせるエロスというものは今回なかったです。あっさりだよ、あっさりすぎるよ。年齢とかあるのだろうか?。なんというか少々分別のある雰囲気が出ちゃってたような。以前演じた時はもっと自信過剰な能天気なガキ大将的な三五郎だったんだけどなあ…。「ああ、ばかだね、こいつ」って感じで。だからそんな無分別な男が父親のために死んで行くという、そのギャップというか、結局は「忠義」かよ、なばかばかしさが際立ってシュールな感じになっていて、その雰囲気が好きだった。今回は、「忠義」のためにの心持のほうが強くて、そこを掛け違っただけな雰囲気。筋が通り過ぎて、そのすんなり感がどうにも物足りなさの一因かな。

そして源五兵衛@仁左衛門さん、なにかが違う…理詰すぎる。私の好みからすると仁左衛門さんの源五兵衛は人として一貫性がありすぎ。最初から最後まで「小万に惚れちゃった不破数右衛門」でした。だまされた悔しさ、に突っ走る。私からすると狂気に入り込んだという感じがしない。刹那的じゃないんだよね。だから私は殺しの部分が怖くなかった。得体の知れない不気味さを感じなかったのだ。歌舞伎の殺しの場の美学に昇華されすぎてる感じもした。仁左衛門さんはとても美しい。凄惨な横顔は絵のようだった。確かに恐ろしい姿ではあった。でも私は「どこかおかしい…パーツがどこか狂ってる?」と思わせるような歪んだものが見たかったのだ。仁左衛門さんは「盟三五大切」なら三五郎のほうが似合うし、なにより南北なら「四谷怪談」の伊右衛門のほうがニンだろうと思う。仁左衛門さんを見ながらずーっと「伊右衛門だ」「ニザさんは伊右衛門だ」と思ってた。

私はこの芝居には前半と後半に落差が欲しいのだ。江戸の生活のなかの表と裏、陽と陰。ただの大量殺人者だったものが赤穂浪士としてヒーローとして名をあげる、そんな歪んだ世界をもっと体現してほしかった。私は5年前にその歪んだ空間に触れてしまったのだと思う。たぶん、2003年の座組みを今やってもあの空間を感じることはできないかもしれない。だから追い求めるのはやめよう。違う芝居を観るのだと思ってこれからは「盟三五大切」を観ていこう。ただ、源五兵衛は個人的には今のところ幸四郎さんが一番のニンだと思う。

さて、個人的に二人の主役は物足りなかったのだけど、すごく良かったという役者さんも勿論いた。

小万@時蔵さん、この役は本当にニンに合っているのだと思う。小万@時蔵さんは婀娜な雰囲気と女房の雰囲気が混然としている。それが小万という人物を端的に現していると思う。源五兵衛が入れあげてしまうほどの芸者然とした姿のなかに三五郎の女房としての顔がしっかりある。ただの悪女ではないということが伝わるからこそ、殺される場が哀れなのだ。子供を自分の手で刺すことになる時の悲痛に胸が痛む。時蔵さん独特の静かさのあるオーラが際立った美しい小万だった。このところ、役者として乗ってるなあと感じる。

八右衛門@歌昇さんも良かった。いかにも実直な家臣。主人思いという部分にぶれがなく八右衛門の台詞のひとつひとつが真っ直ぐに伝わってくる。

小万の兄の弥助@左團次さんが一癖ある家主を演じて印象的。確かこの役、いつも左團次さんが演じてらっしゃるかな。滑稽なほどの強欲さをうまく体現なさっていて感心します。

全体的に役者は粒ぞろいだったという印象でまとまりのある芝居ではありました。

国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』(2等1階花道外前方)

2008年11月08日 | 歌舞伎
国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』(2等1階花道外前方)

江戸川乱歩『人間豹』を歌舞伎化したという乱歩歌舞伎を観てまいりました。江戸川乱歩先生のツッコミどころ満載な『人間豹』のおばか探偵小説のイメージ壊さない「おばか歌舞伎?」でした~。この「おばか」は「愛すべき」という意味でございます、念のため。

良い意味でも悪い意味でもツッコミどころ満載。脚本、演出とも練り切れてない、こなれていない部分は多々。それでも徹底して娯楽ものに仕立てようという気持ちが伝わってきてとても楽しく観ることができました。こういうお芝居をまじめにしっかり演じてくださるからこそ、愛すべき作品になるのですよね。役者の皆さんの一生懸命ぶりも観てて気持ちよかったです。芝居がこなれてくる後半、どんどん盛り上がってきそうな雰囲気でした。

乱歩を歌舞伎化という部分は原作はほんとに骨格をいただいただけ、ですがきちんと乱歩らしさもありました。そして原作を読んだ誰しもがどうするの?と思ったに違いない歌舞伎化困難では?なシーンがしっかり使われていたり(笑)、乱歩へのオマージュ的台詞や他の乱歩作品からの転化という部分もあり、乱歩ファンにはニンマリと思うところもわりとあるんじゃないかと思われます。

そしてそれが、あまりにきちんと歌舞伎なのに驚きました。この題材ですからもしかしたら「歌舞伎ぽくない」と思うと思っていたのですが違和感無かったです。演出は従来の歌舞伎らしかぬことを多様してるんですが「これは歌舞伎」としか言えない。なんだかそういう部分で嬉しくなったりもしました。

余談:染五郎さん、これからこういう観客に愛される「おばか歌舞伎」というジャンルを作っていったらいいよ、と思いました。復活狂言『染模様恩愛御所』や『うぐいす塚』もちょっとそういうとこあったし、染五郎さんの資質のなかにそういうものがあるのでしょう。歌舞伎としてしっかり骨格がありつつ楽しく突っ込めるというとこがミソでございます。

さて作品ですか最初に書いたように突っ込みどころ満載です。練られてない感はまだまだたっぷりです。もっとここはこうしたら?というツッコミが入りつつの観劇ですが、そのツッコミが楽しい芝居でもあります。だからもっと、なんとかと思いつつ楽しめてしまうという不思議な感覚の歌舞伎でした。

まず脚本ですが乱歩『人間豹』をよくぞここまできちんと江戸に移し変えてくれました、という感心が先に立ちました。また原作の明智小五郎と怪人のキャラそのままで勝負し、また原作のツッコミどころ(着ぐるみ対決など)を漏らさずに入れてきたのも凄いと思いました。そのうえで、父親を母親に変え、蛇娘という存在を書き込んできたのも見事だなと。乱歩の世界観を岩豪友樹子さんなりに解釈してきた人物像たちではないかったでしょうか。女性ならではの視点が入り込んで良かったなと思います。ただし、昭和から幕末へ移し変え、は割と成功したと思うのですが、その幕末という時代を意識しすぎたのか、説明台詞が多すぎます。なんでもかんでも台詞で説明させようとしてしまい、説明過剰。特に一幕目は役者の風情で十分見せられるところまで説明しては芝居の流れが停滞します。そのせいか乱歩作品といえば「エログロ」でしょうの部分をたっぷり見せてこれないという部分が…もったいないです。また、クライマックスでも得体のしれない部分での「怖さ」が何であったかも説明してしまっている。かといって恩田のその心情を最初のほうで表現していないので唐突感が否めず。そしてそこに整合性を求めているわけでもないところが少々中途半端。

そして演出。まず場面転換の仕方はかなり上手です。転換の間の取りかたが上手いし。舞台機構を存分に使って観客に飽きさせない。幸四郎さんは照明の使い方が独特ですが今回も幸四郎さんらしい照明でした。タイトルにある宵闇をうまく表現していましたし、人間の闇の部分とシンクロさせるような使い方。それと音楽の使い方は本当に良かったですね。まず邦楽に拘ったところで「歌舞伎」として成功している。神谷というキャラを表現するのに新内節を、恩田というキャラには太鼓をという使い分け。特に新内節を使用したのは神谷の場でしっとりとした色気ある空気感を醸し出す効果があり見事だと思います。また人間国宝の新内仲三郎さんに協力していただいたのも大きな成果でしょう。一流の音の説得力が大きい。全体的な演出はかなり良いと思うんです。

しかし細かいところであれこれ気になる部分も。まずこれは脚本のせいもあるのでしょうけど、恩田の姿を一気に見せすぎです。恩田の出の場面が驚きもないし怖くないんですよ。じわじわと見せていってほしかったです。お甲ちゃんを殺す場面はハッキリ姿を見せないほうがよかったかも。黒い影、で十分。あの場面は血糊ももっとドバッと個人的に欲しいです。

それと恩田の「人間豹姿」ではない「人間に扮した姿」をきちんと見せるべきだろうと思う。髪をまとめ、鉤爪は着物の袂で隠せばいい。顔は隈取半分くらいにして醜い感じにしたらどうだろう。そしてまずはお甲との最初の遭遇を見せたほうがよかった。それと話し的に見世物小屋は一番最初に見せたほうが効果的なので見世物小屋の外で神谷とはぐれたお甲ちゃんを見初めて、って感じの部分があるといいんじゃないかな。似た女たちを襲うという行動様式が際立つと思う。恩田がなぜ似た女を襲うのか、という部分が今回まったく際立たず、友人曰く「恩田が神谷が欲しくて相手の女を殺してるというように見える」そうで(笑)まあそれもありですし、結構この説はツボに入ったんですが、たぶん違う…。

あと恩田が超人なのはわかるのですがラスト大凧のままで良かったのでは?大凧から落ちて大凧の下の部分に鉤爪を引っ掛けてでもいいじゃんとか。

舞台美術のほうですが、ウズメ舞の場はもう少し大きく作って欲しかった。下手から見るとお蘭さんの殺しの場がよく見えない。なので大きな蝶がどういう感じで出てきたのか判らないので、あれも舞の舞台美術のひとつにしかみえなくて不気味さがわからず。そういえばウズメ舞は春猿さんと染五郎さんファンサービスな場でもありますが、もう少し色っぽい踊りでも良かったんじゃないかと。

さて、役者評を少しばかり。

染五郎さん、神谷と恩田の二役です。割とノリノリで演じていたような雰囲気。恩田乱学は 原作の気持ち悪い粘着系なキャラではなく、化粧・衣装ともにいかにも国崩し的な悪役な格好。黒尽くめでカッコイイ系。でも今のとこ凄みが少々足りないかな~。もっと得体の知れない雰囲気が欲しい。特に一幕目あたりはぴょんぴょん飛んだりするのが黒豹というより黒猫ぽかったりして時々着ぐるみ系のラブリ~な雰囲気になるのはどーしたものか。二幕目あたりからは恩田の憎悪の部分がクローズアップされるにしたがい大きさが出てくるし、鋭さも出てくる。宙乗りの恩田@染五郎さんは問答無用でカッコイイ。恩田が出てくる度に鳴る和太鼓のドンドコドンドコの「恩田のテーマ?」はかなりいい感じで好きです。でも原作を読んでいる私からすると一幕目は『生きている小平次』で演じたジトーッした不気味な粘着系のキャラで演じて欲しかったかなぁ。

神谷芳之助@染五郎さんのほうはかなり良かったです。武士にも関わらず、道楽に身を持ち崩した、頼りない~アホぼんぼん。こういう柔らかい役はかなり上手くなってきましたねえ。二枚目の優男風情がしっかりありました。また愛しい女を二人も殺され、気狂いになってしまったあとの切ない雰囲気もとても良し。お文さんがついかいがいしくお世話したくなるのもよくわかる。どことなく可愛げで女がほっておかないオーラが(笑)。どーにもこーにも柔らかさが足りなかった3年前の『封印切』忠兵衛の頃から比べると段違い。 また染忠さんが見たいなあと思う私でした。

春猿さんは商家の娘お甲、女役者お蘭、明智女房お文の三役です。きちんと声の調子を変え三役を演じわけておりました。新作歌舞伎に慣れているのが大きいのでしょう、すんなりと乱歩歌舞伎のなかにハマっておりました。まずとても良かったのが意外にも女房お文。さっぱりとした気性で気丈ではあるけど根が優しいお文さんでした。衣装も似合ってて、姿もすっきりといい女ぶり。お甲はとっても可愛いんですがもう少し芳之助ラブな雰囲気と殺される時に色気が欲しいです。ちょっとさっぱりしすぎかなあ。女役者お蘭はとても綺麗でした。でも欲を言えばやはりここでも色気が欲しいなあ。カリスマ性のある色気、というのは出すのが難しいのでしょうが…。意外とちょっと硬め。神谷芳之助@染五郎さんの色気に対抗してほしいです。そうすると乱歩作品の「エロ」の部分が際立つと思うんです。

幸四郎さん、明智小五郎です。とっても楽しそうに演じておりました。ヒーローとしての明智小五郎として存在感たっぷりでした。さすがに出てくるだけで場を締めます。「明智小五郎だ」の一言で乱歩作品のなかの人物がここにいるよと納得させちゃいますから。この名乗りでクスクス笑いが出ますが「おお、明智小五郎キターー」の歓迎の意味の良い笑いのように感じました。ただ、幸四郎さんは存在感ありすぎかもしれません(笑)隠密同心というよりは大目付な雰囲気が…。もう少し飄々とした部分を作ったほうが明智らしい雰囲気が出るんじゃないかなあと思います。あと菊職人として家に戻ってきたとこは職人さんの格好、風情で出てきて欲しかったです。あれじゃ、菊職人に化けて隠密同心してるってという部分が明確に伝わらないかなと。

えーここで、同心、明智氏にひとつツッコミをば…なぜに犯人が「豹」だとわかりましたか?鉤爪を持つ動物は数多いるかと思われ。で、なぜ部下もそれで納得しますか、しかも「人間豹」って、よく連想できましたねっ。

鐵之助さんの百御前。筋書きでおっしゃっているように『奥州安達原』の岩手のような凄まじいキャラです。ニンじゃないかも?と思いましたら、非常に不気味な雰囲気が出ていてとても良かったです。このままもっと得体のしれないどこか境界線を外れているようなキャラを作りこんでいっていただきたいです。それほど出てはこないですが作品のおいて重要なキーを握る人物。

高麗蔵さんは小林新八と蛇娘お玉の二役。立役と女形ですのでまったく違う役柄です。高麗蔵さんを知らない観客が観たら同一人物だとわからないかもしれないですね。小林新八はいかにもマジメな同心というキャラで錦吾さんの目明かし恒吉といいコンビ。蛇娘お玉のほうはキツメな風貌のなかに寂しげな雰囲気があり哀れで切ない女性として存在しててとても良かったです。お玉は原作『人間豹』には登場しませんが乱歩的なキャラだなあと思いました。

錦吾さんの目明かし恒吉、食いしん坊のすごーく楽しいキャラで似合ってました。こういう軽めの役もお上手です。かといって存在が軽いわけじゃないのがいいです。しっかり江戸時代の目明かし然とした佇まい。

錦政くんのお文の甥・林太郎は小林少年の変わりでしょうか。色々と大活躍です。


『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』
第一幕
第一場   不忍池、弁天島の茶屋の前
第二場   江戸橋広小路の支度小屋
第三場   ウズメ舞の場
第四場   隅田河畔の茶屋
第五場   浅茅ケ原

第二幕 
第一場   団子坂、明智小五郎の家
第二場   笠森稲荷
第三場   団子坂近くの一本道
第四場   洞穴、恩田の隠れ家
第五場   浅草奥山の見世物小屋
エピローグ 同    見世物小屋裏手