Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『第八回 亀治郎の会』 1等席1階上手前方

2010年08月21日 | 歌舞伎
国立大劇場『第八回 亀治郎の会』 1等席1階上手前方

『義経千本桜 -忠信編-』
「道行初音旅」
澤瀉屋ver.の「道行初音旅」、音羽屋型と随分と違います。清元ですべて通していきます。詩章も多く、その分静御前の踊りや忠信と静御前の連れ舞が多い。全体的に華やかですが舞踊の色合いは柔らかい印象です。

忠信@亀治郎さん、終始本性の狐を意識した造詣のように見えました。鼓への意識が強いというだけではなく、たぶん亀治郎さんの舞踊の柔らかい持ち味も加味されたせいもあると思いますが終始、体の使い方が柔らか。戦語りにも忠信が語るというより狐が語っているような柔らかさしなやかさがありました。

戦語りには勇壮さや格の大きさのキレを求めてしまうのでちょっと輪郭が柔らかすぎるなという印象。語りが柔らかい舞踊に取り込まれてしまっている。もちろん、語りのカドカドがしっかりしていて情景はしっかり活写していたと思うのですが、単なる伝聞のようにみえてしまう。これもありなのでしょうが、私は武将、忠信の部分で語るほうがメリハリがあって好みです。猿之助さんがこういう戦語りの舞踊が非常にお得意で大きさやキレがあってそこに勇壮さを見せていたので、ついそこを求めてしまいまいました。なので、個人的には前半の静御前を慰める連れ舞の部分が一番好きでした。静御前@芝雀さんとのバランスもよく、華やか。お互いを気遣う意識のなかで舞に没頭していく感じが面白かったし、観ていて気持ちがよかったです。

静御前@芝雀さん、存在感がありました。しっとり艶やかで、義経一途ゆえの愁いを見せる。そこにあるオーラが濃いです。忠信に頼るというより主の心持ちが強く、そのなかで主従としての信頼を隠さない、そんな雰囲気。亀治郎さん忠信をゆったりと受けとめている雰囲気がありました。さすがですね。

「四の切」
亀治郎さん、全体的にビックリするほどしごく丁寧に演じていました。基本に忠実にの意識が強い感じ。台詞廻しや、佇まいなど猿之助さんを丁寧に写してきていました。もっと押し出しの強い狐を演じてくるかと思ったのでちょっと意外でした。

狐忠信はしなやかな柔らかさが狐らしく、小柄なのでとても可愛い感じでした。狐言葉は義太夫のノリ地が上手く非常に丁寧に。高音部分は女形の発声を駆使して自然で素直な台詞廻しとなっていました。また何より良いと思ったのは狐忠信の心情を丁寧に丁寧に拾って演じていたところ。健気さ、切なさがあって、鼓を与えられた時の嬉しさが際立ったように思います。ただ、ケレンのある所作の部分で少しメリハリが足りなかったかな。猿之助さんは所作のひとつひとつが明快で大きく鮮やかでしたが亀治郎さんはどちらかというと流れるようにしなしなっと動くんですよね。なので視覚的に鮮やかに入ってくるというよりは、さらりとしてしまう。ただ、後半の喜びの部分の所作は本当に嬉しそうにそれでいて鼓を柔らかく扱うので「親大事」の心持からの所作として鮮明に映りました。またクルクルと回転する様の膝の使い方の柔らかさが綺麗です。

本物忠信のほうは手堅く演じてはいましたがやはり武将オーラというか格がちょっと足りないかなあ…。こういう役はあまり演じてこなかったせいか、細かい部分での動きにまだメリハリがないんですね。偽者忠信と捕まえようと縛り縄を扱うとこや、引っ込みで、次の間を伺う仕草などがちょっと流れ気味。楷書で演じようとする意識が強くですぎてまだ試行錯誤中な感じがあったので細かい部分はまだまだこれからなんでしょう。こういうのは回数をこなすことも大事ですから次回の楽しみに、ということに。

それにつけてもつくづく猿之助さんが稀有な役者なんだなあと思い知りました。そこを目指す若手は大変です。また猿之助さんは兼ねる役者ではあるけどあくまでも立役が本業。亀治郎さんは女形が本業。忠信の印象の違いはそこの違いもあったような気もします。今回の亀治郎さんの狐忠信を「女狐」と評した方がいますが、そう考えると納得します。狐の性別はハッキリしていませんから、アプローチ的に柔らか味を前面に出すのもありかなと。私は今回は男ぶりがよく、所作のひとつひとつが大きく鮮やかな猿之助さんの忠信を求めてしまったのでちょっと違和感も多少感じてしまったのですが、持ち味の違いを考えたらそこを求めるのも違うかなとも。亀治郎さんはどの方向でいくのでしょう。次回が楽しみです。

静御前@芝雀さんの存在感が舞台を全体的に締めていたような気がしました。義経の愛妾としての可愛らしさと格。そして忠信への詮議での凛とした強さ。この強さがないと狐忠信が活きてこないと思うんですよ。受けと攻めの緩急が非常に上手い。そして情の厚み。芝雀さんは静御前は当たり役と言われていますが伊達じゃないですねえ。

義経@染五郎さん、格の高さがしっかりとみえるノーブルな殿様でした。梅玉さん系の浮世離れした流転の悲劇の貴公子ですね。狐忠信の身の上話を聞き自分の身に置き換え、狐忠信に情をかける心持ちがしっかり出てたのが良かった。これで声がもう少し前にでると存在感が出ると思います。

駿河次郎@門之助さん、亀井六郎@亀鶴さんは丁寧に。お二人ともきっぱりとしてて良かったです。

『上州土産百両首』
お話そのものがなかなか面白かったです。役者さんの組み合わせで色々楽しめる演目だと思いました。普段なかなか掛からないお芝居ですがもっと掛かってもいいかも。以前、猿之助さんと勘三郎さん(当時、勘九郎)で上演したそうですが、さぞや面白かっただろうと思います。今回は歌舞伎役者だけで演じるのではなく映像で活躍する役者さんと女優さんが入ったため、場によって芝居のトーンが変化し歌舞伎味はちょっと薄い感じでした。

正太郎@亀治郎さんは場面ごとにしっかりと年月を感じさせる芝居。こういう細かいところが上手いです。才気活発だけど、横道に反れてしまったがゆえに真っ当な道を歩ませてもらえなかった正太郎を正攻法で演じていました。

牙次郎@福士さんはドジでまぬけだけど心がピュアな牙次郎を非常に素直な芝居で演じていました。空気感は現代劇の役者さんなので軽いんですけど、透明感があって可愛らしく、とても良かったです。「あにき~」「あじゃあ」の台詞廻しが非常に印象に残ります。

三次@亀鶴さんが鋭い目つきで演じ、なかなかの存在感。江戸の人物なんだなという説得力がある。亀鶴さんは拝見する機会が少ないのですがお上手です。

金的の与一@渡辺哲さん、独特の雰囲気を持っている方です。また台詞回しも独特。キャラクター造詣がとても、らしくて印象に残りました。

十手持ちの親分(同心かな?)勘次@門之助さん、心の広い親分さん。最後美味しいとこ拾っていきます。

おせき@吉弥さん、ぽんぽんといかにも江戸の同心のおかみさん。

おそで@守田菜生さん、三津五郎さんの娘さんだそうで目元がお父さんに似てました。