Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『五月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方上手寄り

2008年05月10日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方上手寄り

『通し狂言 東海道四谷怪談』
半通し。色んな場面をカットしているでこの物語の複雑な人物関係を知らない人にはどうにも不親切な上演。まあそれでも場面場面楽しめてしまうところが歌舞伎。特に南北はわりとそういうとこあるし。それでももう少し丁寧な場の繋ぎ方ができなかったかなあとは思う。いずれきちんと通し狂言として上演してほしい。

全体でいえばまだかなり段取りくささが抜けない。ほとんどの役者が初役の人ばかりのせいか微妙にまだハマりきっていなくて、どことなく戸惑いが見え、こなれてない。だけどそれでも「四谷怪談」という物語の面白さが基幹にあるのでかなり面白く見れた。また今回、庶民の話ではなく「武家」の話なんだ、という部分が浮かび上がってもきていた。だからこそカットしまくりの上演はほんとにもったいなかった。

今回、一番のみどころはなんといっても「伊右衛門浪宅の場」でのお岩さまの福助さんと宅悦の歌六さん。ここがすごかった。まだまだ、な部分もあったけど、一気に空気を締め、濃い空間を作り上げていた。福助さんの気迫が恐ろしいほど伝わってきた。なんだろ、いつものやりすぎ感があって切なさより疎ましい女な部分があったりもするんだけどそこにお岩さまの人としての「狂気」があってそこに魅入られてしまう感じ。ギリギリのバランスで生きてきたお岩さまだったなあ。伊右衛門におびえながら生きてきたんだろうって感じがした。もう好きの感情も擦り切れてしまってた。単に父の仇を討ってもらうため、他に生きていける手段を持たない女が生きて行くためだけ、だけに。

観客がどんどん緊張していくのがわかる。息を詰めながらお岩さまの運命を見つめている感じ。宅悦がもたらす抜けの部分とお岩さまの恨みの気のバランスがよかった。笑いが続かないんですよ。ヘタすりゃ笑いの方向へいきそうなギリギリの部分でぞっとさせる。間の溜めかたがとにかく凄い。たっぷり、たっぷり。それでいて緊張感が解けない。福助さん、やっぱ上手いです。化粧のやりすぎを抑えてくれるともっといいんだけどなあああと一応ダメだしも(笑)それと二役の小仏小平がねえ、似合わなすぎ。ただのキモい男になってしまってて。ここら辺、勘三郎さんは上手かったんですが。女形さんだからしかたない部分もありますが、二役じゃないほうがよかったな。早替りも活きてなかったし。

この場、贅沢な「間」の使いかただと言われた。もう歌舞伎でしかできない「間」だと。そういえばそうかもしれない。

前後しますが他の場の印象:

「浅草観音額頭の場」
役者が揃っているわりにはなんとなく薄い空気。場のメリハリがまだ無いんですよね~。単にストーリーを追っている感じ。

直助@段四郎さんはしょっぱなから濃いんだけど、台詞の間がまだ少々微妙かも。お袖@芝雀さんは可愛いけど弱々しすぎかな。不幸を背負ってる運命なのね、を見せるにはもう少し輪郭がハッキリしたほうがいいような。

与茂七@染五郎さんはもう少し俗ぽさと武士としての芯を垣間見せてほしい。浮世離れした綺麗さで、確かにもてるでしょう、というのはよーくわかりましたけど。

庄三郎@錦之助さんは落ちぶれてるけど赤穂浪士としての芯がしっかりしててうまかった。

お梅が京妙さんでビックリ。トウが立ちすぎじゃあ…。色気ありすぎですよ。あっ、でも吉右衛門さんの伊右衛門とのバランスはよかったけど(笑)

「按摩宅悦内の場」
ようやく少しだけ空気が温まってくる感じかな。でもやっぱり芝雀さんと染五郎さんがまだどことなくしっくりこない部分も。お袖と与茂七のバカップルなやりとりは楽しいんですが。

芝雀さんはニンなお役だけど昼の部のお蔦のほうに気が取られてるかな?と。受けに徹しすぎな感じ。お袖は弱いだけの女性じゃない。たくましさも持ち合わせいる、その部分がまだ足りない感じ。

染五郎さんは俗な雰囲気をもっと出していいかな。与茂七は息抜きに女郎屋へ行くような人間だからね。ニンじゃないのかな?でも一応二枚目の役なのでそういうわけでもないと思うんですが。そういう意味では「砂村隠亡堀の場」と「仇討の場」では衣裳も似合っててカッコイイですし、非常にらしい与茂七でした。まあ、個人的に染五郎さんは伊右衛門のほうがニンだろうとは思いますけど。刹那的な欲望に弱い小悪党さとか、女が寄ってくるのはあたり前な傲慢さとか、崩れた時にとことん弱くなるとかそこらへん、出せると思う。まあいずれやるでしょうが。今回の配役、伊右衛門は染五郎さんのほうが良かっただろうというのは、私が思っただけでなく一緒に行った歌舞伎初級者の友人二人から「伊右衛門は染五郎がやったほうが納得できる」と言われましたし。

ということで吉右衛門さんの伊右衛門、違うよな、と思っていたけどここまでニンじゃないとは…。色悪じゃ全然ないんですよ。ただの極悪人。純粋悪の人でした。ずっしりと「悪」が重すぎるんですよねえ。伊右衛門のようなチマチマした悪からはみ出しちゃって、「そういうタマじゃないでしょ、あなた」と言いたくなるわけで。「砂村隠亡堀の場」なんて国崩しですか、ってな具合。「首が飛んでも~」じゃなくて「絶景かな、絶景かな」とか言い出すかと思ったよ。なので『四谷怪談』のなかの人の弱さの部分が際立たないというか。なので「蛇山庵室の場」がまーったく活きてこなかったです。なぜ伊右衛門がおびえてるのが全然わかんないんですもの。

母のお熊がちょっとキャラが弱かったのも残念かな。役者さん、誰だったのかな?筋書きを買ってないのでわからないんですが。この母にしてこの伊右衛門あり、ってところもしっかり見えたら面白かったと思うのですが。

しかし、「蛇山庵室の場」のお岩さまはどーかなあ?うーん、ここはさすがの福助さんもちょっとゆるんだ感じ。怖さというより少しばかり滑稽味が加味されてしまい怖さがあまり感じられず。お花役のほうはそれこそ花を添えるという役割でしかなかったですがとても綺麗でした。

ラストの「仇討の場」でのこれぎりは良かったです。後味が悪くなくて。仇討ちもの、という部分をみせて終わるのは忠臣蔵サイドストーリーの「四谷怪談」に相応しい。

いつもにましてとっちらかった感想になってしまった…。こなれた後半で見たかったです。