興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

リモートワークとテレセラピー (remote work and teletherapy)

2020-05-20 | プチ臨床心理学

みなさん、こんにちは。

いかがお過ごしですか? なかなか先の読めない大変な時ですね。

今回のパンデミックで、いわば強制的に様々な業界の多くのお仕事がリモートワークに移行しましたが、それはメンタルヘルスの業界でも言えることです。

日本に住んでいるとなかなか聞きなれない言葉ですが、例えばアメリカでは、ずっと以前から、テレセラピー(teletherapy)と呼ばれる、遠隔の心理療法や精神科治療が提供されてきました。

ビデオ通話や電話、電子メールなどによるメンタルヘルスサービスです。

精神医療、臨床心理学最先進国で、心理カウンセリングが社会に浸透していて、しかも巨大な大陸国で、個人主義社会で、引っ越しの多い国民性であるということなどが関係ありそうです。

心理カウンセラーの数が多いほどに、クライアント側にもオプションが増えるわけですが、セッションを受けたいセラピストが他州で実践していたり、もともとは同じ地域に住んでいて、セッションを重ねて強い治療関係を築いていたけれど、クライアントまたはセラピストの引っ越しにより、遠く離れてしまい、それでも治療を受け続けたい、というクライアントには、こうしたテレセラピーによって治療を続けるオプションがあります。

私としても、6年前に日本に帰国して以来、スカイプなどのビデオ通話や電話やメールによる心理療法を提供し続けてきました。

それでも大半のクライアントさんとはセラピールームによる対面セッションでしたし、まさか今回のようにすべてのクライアントさんとテレセラピーをする日が来ることなど夢にも思っていませんでした。

これまでの私のテレセラピーの実践のパターンとしては、1)もともとクライアントさんが海外在住または遠方にお住まいで、実際にオフィスに来るのが不可能であり、初めからテレセラピーを提供するパターン、2)もともとはメールセラピーでやり取りをしていて、対面のサイコセラピーを行う必要がでてきたけれど、やはりクライアントさんが遠方にお住まいで、対面が現実的でなく、代替としてテレセラピーを行うパターン、というケースがほとんどでした。

こういうわけで、今回のように、対面でセッションを重ねてきたクライアントと遠隔セッションに移行するというパターンはあまり馴染みのないもので、どんな感じになるか、いささかの不安もありました。それはクライアントさんの方でも同じだったと思います。

しかし、実際に行ってみると、思いのほかうまくいきました。

最初はテレセラピーに難色を示されていた方も、挑戦してくださり、「結構普通にできるものですね」と、安心してくださいました。

「これいいですね。普通にできますね」、「どこからでもカウンセリングができるんですね」、「移動が難しい時に便利ですね」、「いつまででもこれで良いんですけど」、「対面とは確かに違うけれど、できますね」、などなど、予想外に肯定的な意見が多く、嬉しくなってしまいます。

実際、個人的な感想ですが、テレセラピーでも、対面に準ずる効果も出せますし、大きな遜色もありません。

しかし、一方で、非常に多くの心理カウンセラーが、遠隔カウンセリングに強い苦手意識をもっていたり、敬遠しがちであり、こういう事態になっても、遠隔はしないという立場を崩さない方も大勢おられます。

私としては、こんな便利なツールはないと思っていますし、こういう状況下で駆使しない手はないと思っていますので、どうしてこうした先生たちが遠隔を避けるのか、大変興味深く観察していました。

お話を聞いていると、いくつかの共通事項が確認されます。

そのなかで代表的な意見として、1)治療構造が違い過ぎる、2)対面に比べて情報量が少ない、3)インターネットでカウンセリングという考えがそもそも馴染まない、4)インターネットで誰かと話すということ自体馴染みがなく苦手、5)緊急事態に対応できない、などが挙げられます。

いずれの意見も理解できるものですが、この中にはやはりカウンセラー側のテレセラピーに対する先入観や苦手意識、誤解や偏見が少なからず含まれています。世代的な問題など、やむを得ない事情もあります。

順を追って見ていきましょう。

まず1)ですが、確かに治療構造は大きく異なります。

治療構造を特に大事にする精神分析的・精神力動的心理療法を実践するセラピストにとっては、これはまず大きなハードルになります。

精神分析的心理療法において、クライアントとなるべく同じ曜日の同じ時間の同じ部屋で会うことや、クライアントとセラピストの境界線(Boundaries)などが特に重要で、同じひとつの部屋で実際に会って互いに所定の位置に座って対話をするという基本的なところから異なります。

ちなみに、2)も、1)と関連性の深い懸念事項です。実際の対面のセッションで得らえる情報量というのは非常に膨大です。

まず、対面セッションは、3Dであり、視覚情報としても、クライアントの全体像が見えます。

クライアントの体全体の動き、身振り手振り、細かな表情の変化、姿勢の変化、呼吸の仕方、まばたき、アイコンタクト、震えなど、様々です。服装やアクセサリーなども意味があります。

一方で、ビデオ通話で得られる視覚的情報は2Dであり、多くの場合、クライアントさんの上半身の上の部分のみです。

証明写真ぐらいの範囲の映りです。

体全体がみえず、カメラに写っていない部分が相当にあります。

ただ、視覚情報で一番重要なのはやはり表情です。

聴覚的な情報は、回線の接続が良好な限り、あまり遜色はありません。

最近のイヤホンやヘッドセットのマイクは精度が良いですし、スカイプ、LINEのビデオ通話、Zoom、Google hangouts、iPhoneのFacetimeなど、かなり小さな音も拾ってくれます。

クライアントの声のトーンやテンポなど、発言がどのようにされるか、いわゆるParaverbal(パラバーバル)な情報はある意味発言内容以上に重要ですが、これは電話以上に拾いやすいです。それでも確かに実際の対面には敵いません。

しかも、情報はこれだけではないんです。

嗅覚情報です。

一人ひとりのクライアントさんのご家庭で使っている洗剤やシャンプー、香水などの匂いなど、千差万別です。

煙草の匂いもありますね。普段結構な煙草の匂いのする人が、ほとんど煙草に匂いがしない場合なども、大きな情報です。

人によっては、普段感じない体の匂いや口臭などもあり、これも大事な情報です。それはクライアントさんの体調や精神状態を如実に物語っているからです。

当然ながら、こうした嗅覚情報は完全に失われます。

3)、4)、については、カウンセラー個人の問題なので、割愛します。

5)は、非常に重要な課題です。テレセラピーは万人に適切なものではなく、たとえば、生命に関わるような自傷または他傷の差し迫った危険のある人に対して行うものではありません。

誰にテレセラピーを安全に提供できるか、サイコセラピストは慎重に考慮する必要があります。

話が長くなってしまいましたが、5)は別として、私が重要視している議論は1)と2)であり、集約すると、「テレセラピーの、対面のセッションと比較して不足している情報は、決定的なものか」という疑問になります。

私個人としては、決定的ではないと思います。

確かに情報は対面と比べると少ないけれど、メールよりも電話よりも圧倒的に豊富な情報量であり、十分に効果の出せるサービスです。

事実、一度も実際にお会いしたことのない、テレセラピーのみのクライアントさんで、抱えていた問題や課題が大幅に改善あるいは克服され、無事に終結に辿り着いたという事例はたくさんあります。

新型コロナウイルスは深刻な問題ですが、こうしてテレセラピーを提供するサイコセラピストや心理カウンセラーが増えたことは、それだけより多くの人が心理療法に辿り着けるチャンスであり、また、人々が、自分に合ったセラピストと出会える確率が大幅に上がるということでもあるので、新型コロナウイルスが収束した後もこの流れが発展し、テレセラピーが日本でも普及することを願っています。

と、今回の記事はテレセラピーの普及のための啓蒙が目的でしたが、それでは私はテレセラピーだけでやっていきたいのかと言えば、そんなことは決してありません。

やはり、実際の対面のセッションならではの良さというものがあります。

ふたりの人間が何かのきっかけで巡り合い、約束して、それぞれが毎回、決まった場所に足を運び、会い、互いに顔を見て、ひとりの人間の課題について、2人でゆっくりと時間を掛けてとことん考え話し合っていく。

とても贅沢な時間です。

心理療法の醍醐味です。

私は皆さんとのこのプロセスが大好きです。

これは何ものにも代えがたいものです。

先述した5感情報の、嗅覚や、全体的な視覚刺激なども、きっとここに含まれます。

全人的な関わりであり、関係性です。

先ほど読んだ新聞記事で、あるスナックの経営者の女性が、遠隔のサービスを始めたというものがありました。

利用したお客さんの感想で、「楽しかった。会いたくなったけれど、また利用します」というものが印象的でした。

「実際に会いたい人」。

私にとって、すべてのクライアントさんは、実際に会いたい人たちです。

それは、クライアントさんが海外暮らしでまだ一度も実際にお会いしていない場合でも同じことです。

私はクライアントさんたちが大好きです。

会いたいのです。

それでも、治療完了まで一度も会わず、生涯会うことのない方もたくさんいます。

それはそれで、致し方ないことですし、そういうものだと思ってます。

それでもひとつ言えることは、双方に、多かれ少なかれ、「会いたい」という気持ちがあるから、その強い関係性があるから、ひとは遠隔のセッションでも良くなっていくのだということです。

 


お天気

2020-05-18 | 戯言(たわごと、ざれごと)
夕方。

在宅ワークが終わり、霧雨の中を息子と散歩していたら、彼は嬉しそうに、「おてんきだね!」と言った。

だいぶいろいろな事が話せるようになってきて、結構な会話もできるようになってきた。

それが嬉しくて、ついつい言葉についていろいろ説明しそうになるのだが、この時も、反射的に説明しそうになった。

お天気っていうのはね・・・と言い掛けて、ハッとする思いがした。

「お天気だね」という時の「お天気」は「良い」お天気の事なんだよ、と言いそうになったのだが、今日のこの天候が悪天候だと思うのは自分の主観に過ぎず、彼としてみたら、霧雨の中を歩く事はまだ新しい事で、楽しくて仕方がないようだった。

彼にとってはこの鬱蒼とした空のひんやりと冷たい雨の粒子たちが「良い天気」なのだろう。

刹那の逡巡の後で、そうだね、お天気だね、って答えたら、彼は嬉しそうに、「おてんきだね」を連発して走り出して、そんな彼を見ていたらこの天候もなかなか悪くないなと思えてきた。

いつものように、我々は駅に向かって歩いていた。彼の大好きな電車を見るためだ。

ここは結構な田舎で、2メートルどころか10メートル以内に人がいることも少ない。そんな片田舎の自宅から最寄りの駅は通常1時間に1本しか電車が来ないが、帰宅ラッシュ時は30分に1本来るので、夕方のこのタイミングに行くと上りと下りで大体2本は見られる。


到着する電車が目の前で見られるいつもの見送りスポットに着くと、ちょうどもうすぐ電車が来るという時で、駅には働きに行く服装の人たちが5人ぐらいプラットホームに立っていた。

不謹慎な話かもしれないけれど、自分にはこの在宅ワークが本当に合っている。

三度の飯より好きな心理カウンセリングの仕事だけれど、家族との時間はまた別次元の楽しさで、この2つのバランスにいつも葛藤していたら、こういう事態になった。

1セッションが終了して部屋の扉を開けるたびに、「パパ おかえり〜!」と満面の笑みで息子が走ってきてぎゅーしてくれるのだ。妻との時間もずっと増えた。

こんな日々が期間限定である事はもちろん分かっていて、オフィスに戻る日の心の準備をしなければと思いつつ、なかなかできずに日々は瞬く間に過ぎていくけれど、このおごそかな空気の夕方に仕事着で車内に入っていく人たちを見ていたら、ふいに、電車に乗ってオフィスに行く日が少し楽しみになってきて、そんな自分に少しだけ安心した。