興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

『音楽室は秘密基地』

2023-04-17 | プチ精神分析学/精神力動学

 SHISHAMOさんの『音楽室は秘密基地』という曲は、『みんなのうた』にもなっている曲なので、ご存じの方も多いかと思いますが、私がこの曲について私が知ったのごく最近でした。

 (ご存じのない方で、この記事をこれからお読みになってくださる方、その前にぜひYouTubeなどで聴いてみてください。ネタバレ、というのとも違いますが、この記事では、この曲の歌詞についていろいろとお話します)

 3月の中旬の朝、息子を幼稚園に車で送り届けた後、車内のFM横浜で掛かったのをたまたま聴いて知りました。

 ご存じない方のために、この曲は、ある転校生の女の子が、馴染みのない街や馴染みのない学校に戸惑っていたところ、音楽の先生と出会い・・・という物語の曲です。恐らくこれは、卒業のシーズンであり、入学が差し迫るシーズン、ちょうどタイムリーな曲だったから掛けられたのだと思います。

 運転中でそんなに集中して聴いていたわけでもないのに、なぜかとても心に残ったので、帰宅後にYouTubeで聴き返してみたら、なんだかすごく泣けてきて、その後も、何度聴いてもなぜか泣いてしまう曲です(随分たくさん聴いたのでさすがに最近はそうでもなくなりましたが)。

 自分が特異的にこの曲に反応しているとも思えずに、いろいろ調べてみたら、「大人も泣ける」という声が多くて、ああやっぱりね、と思いました。

 この曲を聴いていて私が連想するのは、愛着理論で有名な、「安全基地」や、精神分析学の「良い対象の内在化」です。実際この曲は、「安全基地」と「内在化」について、とても分かりやすく教えてくれていると思います。

 「安全基地」とは、我々人間だれもが必要としている、こころの拠りどころとなる存在です。

 この曲で、主人公の女の子は、知らない街の知らない学校の教室に馴染めずに、そんな自分に自己嫌悪に陥っていたところ出会ったのは、女性の音楽の先生と、彼女の奏でるピアノでした。

 「初めまして ピアノ好きなの?」と笑って話し掛けてきてくれた先生によって、彼女の孤独感は消え、学校が楽しい場所になっていきます。

 そういえば、ZONEの名曲『secret base~君がくれたもの~』も「秘密基地」であり、この曲の主人公の子も、転校してしまう相手の子との関係性が安全基地となっていました。

 どちらも「秘密基地」なのは、偶然ではなく、我々の安全基地となる対象は多くの場合、とても個人的で親密なものであり、どこか秘密基地を連想するものでもあります。

 もうひとつ、先ほど「良い対象の内在化」と言いましたが、良い対象の内在化とは、我々のこころの成り立ちに関わるもので、分かりやすく言うと、その人にとって良い対象(音楽の先生)との繰り返されるやり取りの中で、その対象が、徐々にこころの中に取り込まれていき、たとえその対象が生活からいなくなったとしても、その人のこころの中で生き続け、その人を励まし続けてくれるということです。

(もちろん、この逆で「悪い対象の内在化」もあります。たとえば、「良い親」の内在化された声が、その人をその後の人生で励まし続けてくれることもあれば、「悪い親」の内在化された声が、離れていても、たとえ親御さんが亡くなられても、呪縛のようにその人を苦しめ続けることもあります)

 先生は転勤でどこか遠くの学校に行ってしまったけれど、この女の子の中では生き続けていて、大人になってからも心の中で生き続け、元気づけてくれます(余談だけれど、この歌の最後で、彼女はまた先生と再会することになりますが、これはこの曲を書き下ろした宮崎朝子さんの優しさや慈悲深さの表れだと思います)。

 ところで、私がサイコセラピストとして常に心掛けていることは、クライアントさんにとっての安全基地となることです。

 実際、精神力動的心理療法は、「部分的育て直し」と言われていて、そのセラピーの進行や展開を通して、セラピストや治療関係が、クライアントの中に内在化されたり、その人がそれ以前の人生において内在化してしまった悪いものを良いものに変えていくプロセスであり、それゆえに、中期・長期的な力動的心理療法は、クライアントの既存の愛着タイプや内面世界、人格変容まで起こせるのです。

 セラピストや良い治療関係がこころの中に内在化されると、セラピストが近くにいなくても、その人が困難に直面した時に、「先生だったらこう言うだろうな」と自分で考えて、問題解決ができるようになっていきます。いわば、「自分自身が自分の良い親になること、良いセラピストになること」です。

 サイコセラピーはとても効果的で意味のあるものではありますが、多くの場合、遅かれ早かれ卒業のある「臨時の安全基地」ですし、私の狙いは、クライアントさんが、私を足掛かりにしながら、生活の中で、より長期的、永続的な安全基地を見つけて強化していくことです。安全基地というものが存在しなかった人生を歩んできた人が、カウンセリングを通して、人生に安全基地を作っていくプロセスも、力動的心理療法の醍醐味だと思っています。

 そうは言ってもやはり理想であるのは、皆さんや、皆さんの大切な人が、日常の中に安全基地を持っていることであり、また、皆さんが、誰かにとっての安全基地であることだと思います。

 持っている安全基地をより安全でしっかりしたものに強化していく事や、大切な人にとって、自らがより安全でしっかりした安全基地であるように意識して努めていくことは、それが親子関係であれ、きょうだい関係であれ、夫婦関係やパートナーシップであれ、友好関係であれ、仕事の関係性であれ、人が豊かな気持ちでいきいきと生きていくうえで、とても大切なことだと思います。これこそが愛着理論のかなめだと思いますが、SHISHAMOさんの『音楽室は秘密基地』は、こうした人間の営みの豊かさに気づかせてくれる名曲だと思うのです。