ローマ人列伝、第一回スタートが実は2008年1月。1年半くらい続いてる、ってことになりますね。
アグリッパから始まり、最近だとアグリッピナ&ネロ。
ローマ史の僕が好きなところはやっぱりこの辺の時代なんです。(カエサルは別格。)カエサルの死んだ紀元前44年からネロの死ぬ紀元68年までの100年、ユリウス・クラウディウス朝です。やっぱり良かれ悪かれタレントはそろっていたし。
カエサルの活躍がたとえばスターウォーズで言うと「New Hope」(新たな希望、って訳はどうもね)だとするとアウグストゥスが「帝国の逆襲」、ネロあたりが「ジェダイの帰還」ということになるかね?もちろん内容はまったく違いますよ、単なる流れとして。そうなるとハンニバルはエピソード1ということになるわけで。
だからネロで一応第一シーズン終了、という感じです。
もちろんこれからも書くけど。
さて、今回は外伝。
この列伝は基本的に一人の人物について書いていっていますが、ここでちょっと趣向を変えてローマ史における奇妙な一年について書いてみたいと思っています。
それは後に「四皇帝の一年」と呼ばれる紀元69年です。
ユリウス・カエサルがグランドデザインを描き、初代アウグストゥスが形にし、第二代ティベリウスが磨いた「帝政ローマ」。
彼らの血統、ユリウス=クラウディウス朝による「皇帝」というシステムは約100年続きます。途中、第三代皇帝、悪帝カリグラにより一度はそのシステムが揺らぐものの、無事、第四代クラウディウス、第五代ネロと受け継がれます。
受け継がれた、とはいえそこはほとんど政略結婚による血統継承。事実を明らかにしてしまえばアウグストゥスからティベリウスに受け継がれた時点で彼らの間に血のつながりはほとんどありません。しかし、アウグストゥスが得意だったのは「フィクション」。事実はどうあれ体裁を整えるのは天才的でした。
そのフィクションを破ったのは他でも無い第五代皇帝ネロ自身。彼は皇帝につながる血筋を2つ持っていました。ひとつは初代皇帝のひ孫に当たる母アグリッピナ。そしてもうひとつは第四代皇帝の娘に当たる妻オクタヴィア。
ともあれ彼は「初代皇帝のやしゃ孫であり、第四代皇帝の娘婿」であるから皇帝になる資格があったのです。
そのフィクションとはいえ正統性を彼は自ら母殺し、妻殺しによって失います。
「血統が無くても実力があれば皇帝になれる」というノンフィクションに気づき利用をしたのがローマからは最も離れたところ、ガリアに住むローマ人、ヴィンデックスでした。
ローマ人、と言っても民族的にはガリア人の彼、フルネームをガイウス・ユリウス・ヴィンデックスと言います。
かのガイウス・ユリウス・カエサルと名前が似通っているのは偶然ではありません。
もともとローマ人には自らの部下となった人々に自身の名前を与え今後の協力と保護を約束する風習がありました。ですから彼の祖先はおそらくガリア戦争時代にユリウス・カエサルに服従しその代わりに名前をもらったのでしょう。
中心地から遠い土地ほど旧き君主に忠誠を誓い、旧き君主に反する政治を行う現君主の打倒を企てるというのは日本幕末の薩摩藩を見るまでも無く多いことなのかも知れません。
ヴィンデックスはガリアの地で反ネロ、そして旧き良きカエサル時代復興のため自らの皇帝就任をスローガンに反乱を起こします。
しかし残念ながらこの反乱はガリア提督により征伐されます。
おさまったかに見えたヴィンデックスの乱、しかし話はそう単純ではありませんでした。
反乱を収めたガリア提督はローマ帝国への忠誠のためヴィンデックスを倒したのであり、決して皇帝ネロのためではありませんでした。彼はガルバという名門の将軍を擁立し、更なる乱を起こします。
結果、ネロは自殺しガルバが皇帝に就任するのはネロ伝で記載したとおりです。
ネロの死とガルバの皇帝就任が68年のことです。
ガルバ皇帝就任により「血統」による皇帝システムという「フィクション」は終焉を告げ、「実力」のあるものが皇帝に就任する、という「ノンフィクション」が始まります。
そして「実力」で皇帝になったガルバが「皇帝としての実力」を備えていれば問題はなかったのです。
しかし、後の世にガルバの「資質」はこう伝えられています。
「良き資質に恵まれていた、というよりも悪き資質がなかったに過ぎない平凡な人物」
ガルバの「悪き資質のなさ」の露呈はまずローマ市民からの人気を失う出来事で始まります。いや出来事が「あった」というよりも正確に言えば為すべき出来事を為さなかったのです。
当時、ローマでは最高権力者は就任や戦勝のたびに「ボーナス」としてローマ市民に祝い金を配ることが通例でした。だいたい通常の年給の3分の1程度。少なくない金額です。このボーナスは市民からの人気に敏感だったアウグストゥス、カリグラ、ネロはとうぜん行ってきましたし、ローマ市民の人気に一切関心の無かったティベリウスですら行ったことです。つまりそれほどまで「やって当然」のことだったのです。
しかしガルバはこれを行いませんでした。曰く「私に必要なのは金で擦り寄る人間ではない」。いや、それはそうでしょうけどさー。皇帝交代により当然この祝い金をもらえると思っていたローマ市民は落胆します。
更にガルバが行ったことはローマ財政建て直しのために「前皇帝ネロが贈った贈り物はローマに返すこと」という命令を発します。ネロは贈り物が好きな皇帝でした。その贈り先は政治家に限らず当時は身分の低かった歌手、剣闘士にまで至ります。その彼らに「返せ」と要求したのです。短かったとは言え皇帝ネロの在位期間は14年。14年も前にもらった物を返せと言われて困惑しない人間はいません。
この出来事でガルバの人気は凋落します。
更に彼は人事の誤りにより大きな敵を作ることとなります。
皇帝ガルバは右腕にローマ本国では名の通っていない軍団長を指名したのです。
この出来事でガルバは2つの敵を作ることとなりました。
ひとつはローマ元老院。彼らはガルバの家系のよさで彼を選んだにも関わらず彼が指名したのは名の通っていない人間。家系を重んじる元老院は反発します。
そしてガルバが乱を起こしたときに属州の提督の中で一番に支持を表明したオトーという軍人。このオトー、名門の出でこのとき36歳。彼がガルバを支持した理由はひとつしかありません。それはガルバの次の皇帝の座。60歳のガルバが皇帝になれば年齢的にはじゅうぶん狙える話です。それがガルバが皇帝になったとたん、役職的にはほぼ無視されたのです。
紀元68年10月に皇帝になったガルバがオトーにより殺害されたのは翌年1月15日のことでした。いよいよ『四皇帝の一年』、紀元69年の幕開けです。
時にノンフィクションはフィクションより残酷です。「フィクション」というベールに包まれたユリウス・クラウディウス朝はそれでも、最短の在位だったカリグラは別としてもネロですら在位14年、陰の薄いクラウディウスでも在位13年は続いていました。
しかしフィクションのベールが剥がされた瞬間、なんと皇帝の在位は3ヶ月。
後の歴史家はこの皇帝ガルバのことをこう称します。
「もし彼が皇帝にならなければ、彼こそ皇帝にふさわしいと誰もが言ったであろう」
…to be continued...
アグリッパから始まり、最近だとアグリッピナ&ネロ。
ローマ史の僕が好きなところはやっぱりこの辺の時代なんです。(カエサルは別格。)カエサルの死んだ紀元前44年からネロの死ぬ紀元68年までの100年、ユリウス・クラウディウス朝です。やっぱり良かれ悪かれタレントはそろっていたし。
カエサルの活躍がたとえばスターウォーズで言うと「New Hope」(新たな希望、って訳はどうもね)だとするとアウグストゥスが「帝国の逆襲」、ネロあたりが「ジェダイの帰還」ということになるかね?もちろん内容はまったく違いますよ、単なる流れとして。そうなるとハンニバルはエピソード1ということになるわけで。
だからネロで一応第一シーズン終了、という感じです。
もちろんこれからも書くけど。
さて、今回は外伝。
この列伝は基本的に一人の人物について書いていっていますが、ここでちょっと趣向を変えてローマ史における奇妙な一年について書いてみたいと思っています。
それは後に「四皇帝の一年」と呼ばれる紀元69年です。
ユリウス・カエサルがグランドデザインを描き、初代アウグストゥスが形にし、第二代ティベリウスが磨いた「帝政ローマ」。
彼らの血統、ユリウス=クラウディウス朝による「皇帝」というシステムは約100年続きます。途中、第三代皇帝、悪帝カリグラにより一度はそのシステムが揺らぐものの、無事、第四代クラウディウス、第五代ネロと受け継がれます。
受け継がれた、とはいえそこはほとんど政略結婚による血統継承。事実を明らかにしてしまえばアウグストゥスからティベリウスに受け継がれた時点で彼らの間に血のつながりはほとんどありません。しかし、アウグストゥスが得意だったのは「フィクション」。事実はどうあれ体裁を整えるのは天才的でした。
そのフィクションを破ったのは他でも無い第五代皇帝ネロ自身。彼は皇帝につながる血筋を2つ持っていました。ひとつは初代皇帝のひ孫に当たる母アグリッピナ。そしてもうひとつは第四代皇帝の娘に当たる妻オクタヴィア。
ともあれ彼は「初代皇帝のやしゃ孫であり、第四代皇帝の娘婿」であるから皇帝になる資格があったのです。
そのフィクションとはいえ正統性を彼は自ら母殺し、妻殺しによって失います。
「血統が無くても実力があれば皇帝になれる」というノンフィクションに気づき利用をしたのがローマからは最も離れたところ、ガリアに住むローマ人、ヴィンデックスでした。
ローマ人、と言っても民族的にはガリア人の彼、フルネームをガイウス・ユリウス・ヴィンデックスと言います。
かのガイウス・ユリウス・カエサルと名前が似通っているのは偶然ではありません。
もともとローマ人には自らの部下となった人々に自身の名前を与え今後の協力と保護を約束する風習がありました。ですから彼の祖先はおそらくガリア戦争時代にユリウス・カエサルに服従しその代わりに名前をもらったのでしょう。
中心地から遠い土地ほど旧き君主に忠誠を誓い、旧き君主に反する政治を行う現君主の打倒を企てるというのは日本幕末の薩摩藩を見るまでも無く多いことなのかも知れません。
ヴィンデックスはガリアの地で反ネロ、そして旧き良きカエサル時代復興のため自らの皇帝就任をスローガンに反乱を起こします。
しかし残念ながらこの反乱はガリア提督により征伐されます。
おさまったかに見えたヴィンデックスの乱、しかし話はそう単純ではありませんでした。
反乱を収めたガリア提督はローマ帝国への忠誠のためヴィンデックスを倒したのであり、決して皇帝ネロのためではありませんでした。彼はガルバという名門の将軍を擁立し、更なる乱を起こします。
結果、ネロは自殺しガルバが皇帝に就任するのはネロ伝で記載したとおりです。
ネロの死とガルバの皇帝就任が68年のことです。
ガルバ皇帝就任により「血統」による皇帝システムという「フィクション」は終焉を告げ、「実力」のあるものが皇帝に就任する、という「ノンフィクション」が始まります。
そして「実力」で皇帝になったガルバが「皇帝としての実力」を備えていれば問題はなかったのです。
しかし、後の世にガルバの「資質」はこう伝えられています。
「良き資質に恵まれていた、というよりも悪き資質がなかったに過ぎない平凡な人物」
ガルバの「悪き資質のなさ」の露呈はまずローマ市民からの人気を失う出来事で始まります。いや出来事が「あった」というよりも正確に言えば為すべき出来事を為さなかったのです。
当時、ローマでは最高権力者は就任や戦勝のたびに「ボーナス」としてローマ市民に祝い金を配ることが通例でした。だいたい通常の年給の3分の1程度。少なくない金額です。このボーナスは市民からの人気に敏感だったアウグストゥス、カリグラ、ネロはとうぜん行ってきましたし、ローマ市民の人気に一切関心の無かったティベリウスですら行ったことです。つまりそれほどまで「やって当然」のことだったのです。
しかしガルバはこれを行いませんでした。曰く「私に必要なのは金で擦り寄る人間ではない」。いや、それはそうでしょうけどさー。皇帝交代により当然この祝い金をもらえると思っていたローマ市民は落胆します。
更にガルバが行ったことはローマ財政建て直しのために「前皇帝ネロが贈った贈り物はローマに返すこと」という命令を発します。ネロは贈り物が好きな皇帝でした。その贈り先は政治家に限らず当時は身分の低かった歌手、剣闘士にまで至ります。その彼らに「返せ」と要求したのです。短かったとは言え皇帝ネロの在位期間は14年。14年も前にもらった物を返せと言われて困惑しない人間はいません。
この出来事でガルバの人気は凋落します。
更に彼は人事の誤りにより大きな敵を作ることとなります。
皇帝ガルバは右腕にローマ本国では名の通っていない軍団長を指名したのです。
この出来事でガルバは2つの敵を作ることとなりました。
ひとつはローマ元老院。彼らはガルバの家系のよさで彼を選んだにも関わらず彼が指名したのは名の通っていない人間。家系を重んじる元老院は反発します。
そしてガルバが乱を起こしたときに属州の提督の中で一番に支持を表明したオトーという軍人。このオトー、名門の出でこのとき36歳。彼がガルバを支持した理由はひとつしかありません。それはガルバの次の皇帝の座。60歳のガルバが皇帝になれば年齢的にはじゅうぶん狙える話です。それがガルバが皇帝になったとたん、役職的にはほぼ無視されたのです。
紀元68年10月に皇帝になったガルバがオトーにより殺害されたのは翌年1月15日のことでした。いよいよ『四皇帝の一年』、紀元69年の幕開けです。
時にノンフィクションはフィクションより残酷です。「フィクション」というベールに包まれたユリウス・クラウディウス朝はそれでも、最短の在位だったカリグラは別としてもネロですら在位14年、陰の薄いクラウディウスでも在位13年は続いていました。
しかしフィクションのベールが剥がされた瞬間、なんと皇帝の在位は3ヶ月。
後の歴史家はこの皇帝ガルバのことをこう称します。
「もし彼が皇帝にならなければ、彼こそ皇帝にふさわしいと誰もが言ったであろう」
…to be continued...
本当は忘れてま
完全に不意打ちです。
正直時系列が大混乱で何が何だかわからなくなっていますが、面白いのでじゃんじゃんラム・ジャムかまして下さい。
ばっちこーい
しっかりハンニバル伝で予習してってください。