浅草文庫亭

What is so bad about feeling good?
-気分が良くて何が悪い?-

なぜ合気道を始めたのか、という話

2012-05-01 09:05:14 | スポーツ
合気道を始めました、と人に言うと第一声はほとんど「なんで?」です。

ジョギングを始めました、釣りを始めました、冷やし中華始めました、と言ってもここまで「なんで?」とは言われないんじゃないかと思う。

「なんで?」と聞かれると僕はその場その場の「時間」に応じて答えている。

立ち話であれば「武道やりたかったんですよねー」で済ますし、ちょっと座って酒でも飲みながらという状態であればきちんと説明する。

ということでちゃんと説明しておきます。

まず、何かを体を動かすことの中で「習う」ということをやりたかった。

習う、というのは説明が難しいけど、きちっとしたフォームをまず教わってそれを自分の体で再現する、ということを繰り返すこと。

普通のスポーツとかダンスとかはそういうことをやると思う。

例えば野球だったらボールを投げるとき、足をこうして肘をこうして、、、という風に教わると思う。ダンスなんてもっとぴちっとしていると思う。楽器なんかもそうかもしれない。

そういう体の動かし方は僕はあまりやってこなかった。思い返すと少しあったかな、と思うのが中学校の時、部活でやっていた剣道くらい。

今はジョギングをしているけど、それだって誰に教わっているわけでもないので適当に体を動かしているだけ。

そういう「習う」ということをすると、頭でわかっていることを体で再現することがどれだけ難しいか、ということがわかる。

難しいけれどそれを繰り返すことで自分の体をうまくコントロールできるようになるんじゃないかと思う。


そして、何を習おうかな、と思った時に浮かんだのが「武道」だった。

こういう時代なんで日本文化ということをいろいろ考えるとけど、やはり日本人の根本には武道があるんじゃないかと思っている。

武道の何がポイントかというとおそらく「バランス」なんじゃないだろうか。

どこから攻撃が来てもすぐに対応できるように、どちらに偏るでもなく中間地点にバランスを置いておくこと。

これはある武道家の人の話として聞いたんだけど、いい運をつかむには「前のめりすぎても、腰が引けすぎていてもダメ」だそうです。腰が引けていれば(つまりnegativeな状態)運がやってきたときに掴むのが遅れる。一方で前のめり過ぎていても(つまりpositiveな状態)いい運は掴めない。なぜかというと「もう少し待っていればもっと大きなモノを掴めた」という状態になってしまうから。

negativeでもpositiveでもない、ではどういう状態がいいかというと「Acceptable」な状態。Acceptというのはつまり「受け入れる」ということでAcceptableとはつまり「受け入れ可能」状態。前のめりでも後ろ向きでもなく、どんなものが来ても対応できる状態。

で、これは仕事においても人生においても必要なことなんじゃないかと思う。

どうも僕はすぐに軸足がぶれるような気がするので、それをまず「身体」から修正していきたいな、と思っていた。

そう考えると武道だろう、ということで武道。

武道をやろうと考えると思い浮ぶのは剣道と柔道。だけど、前も書いたけど剣道は道具が多すぎる。そして両方とも「試合」が必要になる。

正直、試合には興味がない。

もともと「(戦い的な意味で)強くなろう」という気はまったくないし、相手と競うという意味での強さを求めていったらそりゃ果てしがないから。

じゃあ、試合のない武道、ということで合気道。

で、考えてみると合気道はいいんじゃないかな、と思った。

何がいいかというとまず、基本的に「受け」の武道である、ということ。自分から攻めることはなく相手の攻めをどう受け流すか、ということなので、それは仕事にも人生にも通じることがある。

つまり「どんなことが来てもバランスよく対応したい」ということ。

それから合気道は僕が考えるに「新しくて古い武道」だと思う。

武道として、剣道があって柔道があって、それら生まれたのが合気道なわけで、その意味では新しい。新しいということは何かしらイノベーション(革新)があるんだと思う。そのイノベーションの背景には剣道と柔道の何かしらの課題があるはずで、それらの経緯を知りたい。おそらくそれは戦国時代から明治・大正と来て今に至る「日本人の武に関する認識の変化」があるんじゃないかと思うから。

大きな戦争を経て、(一応の)平和となった現代における「武」とはなんなのか。僕は決して戦いに強くなって誰かを負かしたい、というわけではない。でも、起こりくる様々な問題にちゃんと対応したい。武とは結局そのためにあるものなのではないだろうか。では、武とは具体的にどういうことなのか。非常に大袈裟だけどそれがなんとなくでもわかればいいな、と思っている。


と、まぁいろいろあるけど単に「袴履きたいな」というのもあるんだけどね。僕、剣道やってたからか元からそういう体型だからか道着と袴があんがい似合うんです。

と、思ったけど袴を履けるのは段を取ってからだそうです。それまでは道着。がっくし。
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あいだにネット

2012-01-08 16:30:51 | スポーツ
ちょっと関係ある学校が春高バレーに初出場してたので応援に行ってきました。



僕はバレーについてはまったく何も知らない。

知っていることと言えばあいだにネットがある、ボールを落としちゃだめ、最近リベロってポジションが出来た、くらいかなぁ。

春高バレーってのも春高なんだから春にやるもんだと思っていたんだけど最近変わったそうです。どうやら春にやると主力(つまり前の年の3年生)が卒業してしまっているから。

そもそも僕が好きなスポーツってあいだにネットがないものが多いんだよね。サッカーにせよラグビーにせよアイスホッケーにせよ。ボディコンタクトが観たいよね。

とか言いながら観に行ったらやっぱり良かった(笑)

何が良かったか。

まずねぇ、高校生が必死にボールを追いかけている姿はそれだけでいいね。こういうこと言うと年取ったみたいだけど。

タイムアウトのときにコートから選手がベンチに戻ってきて、回りにいる控え選手が献身的にドリンクを渡したり、選手の身体にタオルをかけてあげたりしている様子もいい。このへんはもうすぐウル(よく笑う人=ゲラ、すぐ涙ぐむ人=ウル)です。

あと良かったシーンが札幌山の手高校の選手たち。タイムアウトが終わりコートに戻るとき、コートに春前に必ず一列に並び礼をして入るの。「あー礼儀がちゃんとしているなぁ」と一発で応援しましたよ。

高校の部活においてはっきり言って勝敗よりこっちのほうが大事よね。

僕自身が高校生の頃は「スポーツなんだから勝敗が大事でしょ」と思っていたんだけど年取って考えが一気に変わった。

大事です、礼儀。高校スポーツは教育の一環なんですからね。


バレーというスポーツも今まで一切興味が無かったけど生で見たら面白かったよ。

これってさ、ポジション取りがとても大事なのね。相手のアタックに対してどうポジションを取っておくか、あるいはそのポジションを見越してどこにアタックするか、ということが。観客席から見ているとそのポジションの攻防が良く見えて興味深かった。

あと高校生とは言えけっこうすごいテクニックを使ってくる。

うまく説明できないんだけどトスに対してアタックするふりの人が一人飛び二人飛ぶその後ろをもう一人がターッと横切って端っこからアタックする、とか。

何を言っているのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

と、思わずポルナレフになったよ。
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ジョギングの始め方の一例

2011-05-16 20:04:23 | スポーツ
ジョギングにいい季節になってきましたね。

暑過ぎもせず花粉症も無いこの季節のよく晴れた休日の午前中、洗濯物を屋上に干した後、その太陽の下でのジョギングはちょっと何ものにも替えがたい。

「走り出すきっかけ」と言うのは人それぞれあるだろうけど僕が一つ、オススメしたいのは「ジョギングウェアを見に行く」と言うことです。

ジョギングを始めて数年になるけどこの時期ふと立ち寄ってしまうのはユニクロ。

この時期のユニクロはスポーツウェアが充実している。

僕のジョギングの時のウェアは99%ユニクロです。シューズだけが違う。

ユニクロのジョギングウェアはいいんですよ。機能はレースに出るくらいのランナーなら物足りないのかもしれないけど素人ランナーには充分。デザインもカラーもたくさんあるし何より安い。Tシャツももちろんいいし、ショートパンツなんかもがんがん履き倒しても惜しくない。

こないだもふとパーカを買ってしまった。なんだかセールで1,000円だったの。

まだちょっと肌寒い時とかジムに行く時に羽織るのにちょうどいい。ドライフィットかなんだかなので汗をかいてもすぐ乾く。

ユニクロでぷらぷらしながらこういうのとか見てると「あ、こういうの着て走るのはちょっといいかも」って思えて、ジョギングを始めるきっかけになると思うなぁ。
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走ることって楽しいよ、改めて

2010-12-17 20:32:28 | スポーツ
ジョギングし出したのはたぶん3年前。そのときはアホみたいにはまって月間100キロとか走ってた。

その後、ちょっと忙しくなってサボったり、んでもたまーに週末は走ったり、という感じだった。

でも最近やっぱり体重が増えてきたのでまた走り出している。

そしてこの2,3週間はまたアホみたいにはまってる。

日が暮れて仕事の終わりが近づいてくると「よーし今日はどこで走ろうかな〜」とちょっとワクワクしている。

人に誘われて飲みに行くことも(もちろん)あるけどそれで走れなかった次の日は早起きして朝ランしちゃったりする。んで夜は夜で走るんだから世話ないよね。これはさすがに自分でもちょっと病気だとは思う。

走ることの何がそんなに楽しいのか?

理由はいくらでも挙げられる。

健康にいいとか、汗をかくのが気持ちいいとか、走る毎に上達しているのが分かるとか、季節を感じられるとか、、、

でもそのどれも本当のことは表してないような気もするんだよね。

そういうこと考えてて僕、最近、ふと思ったんだけど、僕は今まで走り終わって後悔したことがない。

つまり走り終わって「今日は走るべきじゃなかった」と思ったことが無い。

例えば僕は食べることがすごく好きだけど、たまには食べ終わった後に「うーん、このお店、思ったほどじゃなかったな」って後悔したことは何度もある。そもそも「ああ、昨日食べすぎたんだから今日食べるべきじゃなかったんだよな」と苦しくなったお腹を感じながら後悔したことだって何度もある、そりゃもうほんとに何度もね。。。どんなことだってたまに「思ったほどは楽しくないな」と思うことがある。

そんなこと何においてもいくらでもあるでしょ。「あーこの映画大して面白くなかったな」「あーこの本別に買わなくてもよかったな」「あー今日は飲まずに家でゆっくりしれてたほうがマシだったな」とか。。ほんとにいくらでもある。

でも少なくとも走ることについては走り終わった後に「走るべきじゃなかった」と思ったことはないんだよね。

体調だとかそういう諸々のことで残念に思うことはあるよ。たとえば「ああ、やっぱりサボってたからあんまりスピード上げられないな」とか「前より短い距離で疲れちゃうな」とか「今日は体調悪かったんですぐ脚が痛くなったな」とか。

それでもね、走り終わった後には毎回必ず「ま、いろいろあるけど走ることっていいな」と思える。

これってすごいことだと思いませんか?

それは結果論ではあるけど走ることの楽しさを表していると僕は思う。

で、ちょうどスポーツ誌Numberの増刊号がランニング特集でした。

マクドナルドの原田社長とか東国原知事とか、タレントの安田美沙子なんかが走ることについて語ってる。

これ読んでると「まぁとにかくいろんな人がいろんな理由で走るもんだなぁ」と感心する。

そして確実に全員に共通しているんだけど、とにかくみんながみな「楽しそう」なんだよね。ランニングを趣味にしている人がランニングについて語るとき、なんでみんなこんなにも楽しそうなんだろう。

そして、これらのインタビューを読んで思うことは、孤独から感じる連帯感。

どういうことかというと、「走る」というスポーツは非常に孤独なスポーツだと思うんです。誰のせいにも出来ない。

でもその孤独なスポーツをこれだけ多くの人がやっている。孤独を感じているのは自分だけじゃないんだ、と妙な連帯感を感じる。これはこれで悪い感覚じゃない。

これって少なくとも僕は走ることからしか感じられない。

それから村上春樹のラン哲学の特集もあってこれまた興味深いです。

つーことで年末で体重増加が気になる方は(いや、そうでない方も)ぜひ走ることがおすすめですよ。
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おうさまがいないのでへいたいさんはおじいさんにまけましたとさ

2010-07-03 18:59:41 | スポーツ
しつこく見てますワールドカップ。やっぱりベスト8くらいになると見応えがあるねぇ。

ブラジル対オランダなんてこりゃもうすごかったですよ。

仕事の都合で大阪から帰ってくる日だったのでキックオフには間に合わず。家に帰ったらもう後半30分くらいでブラジルが1点先制してた。

見ながら思ったのは「ブラジルまとまってるなぁ」ということ。ブラジルの良さと言えば自由に想像力溢れるプレー、それは反面チームとしてはバラバラになりかねないけど今回のチームはひとつの「チーム」になってる気がした。

1点目のロビーニョのゴールなんか正にその象徴で空いたスペースに走り込むロビーニョもパス出すフェリペメロもまったく同じことを考えていたからの得点。さすがドゥンガ監督、と思ったね。規律あるチームを作ってる。

一方のオランダ。「なにやってんの?」って感じだった。ロビーニョの得点は明らかにDFの連携ミス。なにせ最後ロビーニョを止めに行ったのがFWのロッベンだけなんだもの。「なにこのサッカー?小学生?」って感じですよ。

言うなれば統率された鉄仮面の騎士団に戦う老剣士。前半終了時点ですでに剣は折れ楯も鎧もずたぼろ。

でもここで勝負が決まらないところがすごい。

後半始まってすぐブラジルのオウンゴール。ここから空気がおかしくなかった。

本来であれば言わばこんなゴールはちょっと足を滑らせただけ、何も気にすることはないはず。でもここからブラジルの空気が変わってしまった。

ブラジルチームのまとまりは一気になくなってしまった。みんながみんなただ不安そうな顔をしているだけ。

僕はもし、ドゥンガがピッチにいればなぁ、と思った。

ここで必要なのは技術でも得点でもない。ただ「シンプルな目標」。

「気にするな、1点取ろう」でもいいし「守って延長で勝負だ」でもいい、とにかく誰かがシンプルな目標を大声で叫ぶべきだった。

ドゥンガはそういう選手だった。常に誰よりも大声で味方を叱咤激励していた。

選手時代のドゥンガ。ほんとこの人怒鳴ってた記憶しかないなぁ。

でも残念ながら彼が監督になってそんな選手をピッチ上に置けなかった。それまで一つの生き物のようにまとまっていたチームがたった一つの「声」を出せないことでこんなにバラバラになるなんて。

気持ちのバラバラは苛立ちとなってプレーに表れイエローカードとなって舞う。

これだってドゥンガがピッチに居れば一人一人をぶん殴ってでも(もちろんそんなことする人じゃないけど、してもおかしくないような気がする)「てめーらなにやってんだ!落ち着け、ぼけ!」と落ち着かせただろう。でも残念ながらドゥンガはピッチではなく監督としてベンチにいる。

一方、既に攻め手を失ったかに思えたオランダ、ただの老人ではなく正にハーミット(隠者)だった。何も武器を持っていないように見せてもちろん胸元に毒薬を隠し持っていた。

そして正に毒薬、と言えるオランダのコーナーキックで逆転。

ブラジルの最後の頼みの綱は10番カカしかいない。でも残念ながら彼は王様ではなく、心優しく献身的な騎士だった。決して傍若無人な王様にはなれなかった。

これもサッカー。

わがままな王様を排除し献身的な騎士だけで戦おうとした監督ドゥンガ、結果、残念ながら王様がいないがために負けてしまった。

カカ悔しかろうなぁ。。

一つの救いは4年後のワールドカップはカカの母国ブラジルで開催、ということ。次のワールドカップの頃にはカカは32歳。それまでに王様になれているか、それとも単なる兵士でいるのか。

僕、カカ好きなんです。絶対自分に娘がいて嫁にやるならこんな人ですよ。

泣いてるカカに言ってあげたいね。

「あんちゃんそない泣かんでもええがな、4年間日本でやるのはどや?鹿島はあんちゃんのオジキ(ジーコ)もカシラ(レオナルド)もいたんやでぇ。どや鹿島にこんか?」

(ちなみにカカは子供の頃、親善試合で日本に来ててその時、MVPでもらった賞金5,000円を「初めてのギャラ」としていまだに大事に持ってるらしい。ね〜いい子なのよ〜)
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ノーサイド

2010-06-30 21:52:18 | スポーツ
もし息子が生まれたらやらせたいスポーツはラグビーかアイスホッケー。なんたって男が一番かっこよく見えるスポーツだと思うんだもの。

もちろんサッカーもいいけど僕の気質として「多くの人と違うことやるのがいい」ってあるからやっぱり日本では(サッカーや野球に比べると)マイナーなラグビーとかアイスホッケーいいねぇ。

父親がやってたから、ってこともあるかも知れないけどラグビーかなり好きなんだよね。

ラグビーのどこが一番好きかというともちろんいろいろあるけど「ノーサイド」という言葉で終わるとこってのは好きだなぁ。

普通、スポーツというのはだいたい「ゲームセット」で終わる、つまり「ゲームが終わった」という意味ね。

でもラグビーは違う、「ノーサイド」で終わる。つまり「味方サイドも敵サイドも無くなって」終わる。これって素敵なことだと思いませんか?

人生というゲームはいつまでも続く、でも時にサイドなんて無くなってしまう。いや、むしろサイドなんて元から無いのかも知れない。

日本対パラグアイ戦、最後のPKが決まりパラグアイの勝利が決まった瞬間。

パラグアイのバルデスという選手が駒野のところに駆け寄った。泣きじゃくる彼を抱きしめ何かを言っているようだった。何を言ったかは分からない、スペイン語だから言われた駒野も分かってないかも知れない。でも駒野は確かに何度か頷いていた。



少なくとも僕にとってはこのシーンが今のところワールドカップ南アフリカ大会で最も美しいシーンだったと思う。

サッカーだって時に「ノーサイド」で終わることはあるんだ。



【追記】
あきさんが言ってたけど、このときバルデスは駒野にこう言ったらしい。

「お前が外したゴールは俺がスペインゴールにぶちこんでやる」
(ちなみにスペインは次の対戦相手)

そして、試合後の松井(駒野と同い年で仲良し)のコメント。

「ちょっと残念でしたけど、駒野を今日、酒に誘って死ぬまで飲ませたいと思います。」

サッカー選手の精神はなんて美しいんだろう。

いや、もっとも美しいのはサッカーというスポーツそのものなのかも知れない。
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彼は十分走った。

2010-06-30 01:47:21 | スポーツ
オシムの発言で僕が一番好きな言葉。

試合後のインタビューで記者から聞かれた。

「後半45分にディフェンダーがシュートを外しましたね」

オシムは言った。

「人は誰だってミスをする。それよりもなぜあなたは後半45分にディフェンダーの彼がゴール前まで走りこんでいたことを評価しないのか?」

その通り。

人は誰だってミスをする。人生なんてミスだらけだ。

PKなんて運みたいなもの。

あのロベルト・バッジョだってワールドカップの決勝でPKを外した。

イタリアの絶対的エースのバッジョがPKを外したとき、相手キーパーのタファレルはバッジョに言った。

「それでもあなたは偉大だ」

PKを外した選手が120分どれだけ走っていたか、懸命にボールを追っていたか僕は知っている。

いま僕が言えることは只ひとつ。

Good game.

うん、いいゲームだった。
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残酷で、そして理不尽で、時に人生を思わせるもの。

2010-06-22 01:18:56 | スポーツ
最近、ちょこちょこ走ってますよ。ええ、いちおうジョギングサークル「ハシレナクテモ」の部長ですから。

それまで「ジョギングなんて何が楽しいんだろう」と思ってた僕がひょんなことから走り出したのは2007年、だから3年前、ってことになるのかな。

その年の春夏はほんとアホみたいに走ってて一番走った月なんて合計100キロ走ってた。もうね、ジョギングが趣味の人はご理解いただけると思うけど中毒になってくるんだよね。

そこからだらだらと走り続けて、2年前くらいに十二指腸潰瘍で入院してからジョギング熱がちょっと冷めたかな。そのころ正直ほら、ジョギングっつーか生きてくので精一杯だったしさー。

で、体調も回復してまぁ昔ほどじゃないけど時間のある限りはね、極力走ってます。

こないだよね3のmixi日記にコメントもしたけど、走ってるとすごく「時間」を気にするようになってくる。

走り始めた当初って自分が何分走ったか、なんてぜんぜん気にしてなくて息の続く限り適当に走ってたんだけど、そのうちやっぱり「自分は何キロを何分で走っているのか?」ってことが気になってくるんだよね。

ついついLAPを測れる腕時計買っちゃったりしてね。

それで思うんだけど本当にランニングタイムというのは残酷で理不尽なもの。

僕はだいたい距離と時間を測るのは皇居をジョギングするときが多い。(近所を走るときは距離なんて測ってない)

皇居は約5キロなんだけど、調子いいときで僕は1周34分。すいませんね、遅くて。

で、疲れてて終盤歩いたりしても40分は切るくらい。

まずねここが理不尽だと思うんですよ。一生懸命走って息を切らして34分、適当に楽して40分、というのが。

もし「楽したらタイムが倍」というなら納得もいく。一生懸命走るのに比べて、最後歩くのって体感で言ったら倍くらい楽でしょ。でも時間はちょっとしか変わらない。

更に理不尽なのは、「とにかく今日は34分を切ろう」と思って一生懸命、いつも一生懸命で34分なのにそれに加えて一生懸命走るとする。

これ、ご理解いただけると思うけど、自分の「一生懸命」から更にがんばるってさー、もう地獄ですよ。

自分が学生だったときも、学校で教えてたときも、そして今の仕事でも思っていることがある。

「30点しか取れない人に倍の60点取らせるのは結構簡単。やれば出来る。でも90点取っている人に100点取らせるのはかなり難しい。」

あ、これあくまで高校か大学くらいまでの受験勉強の話ね。大人になってからの勉強は「二次曲線である」というのが僕の持論だけどそれはまだ今度。

受験勉強で言えば、残された時間のことを考えなければ(たとえば受験まであと1ヶ月、とかじゃなければ)僕は人に勉強教えていたとき、今30点でもまぁ60点くらい、少なくとも平均点取らせる自信はあった。特に高校受験はね。ああいうのって基本的には「やりゃ出来る」、っていう物だから。

日頃がんばってない人、あるいはがんばり方が分からない、がんばり方が見当はずれになっちゃってる、って人をちゃんとがんばらせればまぁまぁ平均点くらい取るようになれる。

でもね、いつも90点の人を100点取らせる、というのはすごく難しい。90点取る人って日頃からがんばってるわけだから。がんばってる上に更にがんばらせる、ってのは大変なんだよね。ついつい「90点取れるんだから後10点なんて簡単に取れるじゃん」と思いがちだけど違うんだよね〜。

そうそう、そう嫌つんくも同じようなこと言ってた。「誰だって65点は取れる。でも100点取るのは才能。だから65点を集めてモーニング娘。を作った」って。

話飛んできたんでジョギングの話に戻すけど、34分を切ろうと思っていつもの一生懸命に更に加えてがんばるとするでしょ。その努力たるやいつもの倍くらいの感覚ですよ。

そしてタイムを見る。

33分30秒、だったりするわけ。

「あれだけがんばってたったの30秒かよ!」とぶち切れそうになるんですよ。努力の量で言えばいつもの倍、だからはっきり言ってタイムなんて半分になってくれよ、って思う。

これがねー本当に残酷で理不尽だと思う。

すごく手を抜いて、いつもの半分の努力、でもタイムは4分多いだけ。

でもいつもの倍くらい(のつもりの)努力しても30秒しか縮まらない。

なにさ!

でもね〜これが人生だと思うんだよね〜。

手を抜いても結果は大して変わらない。でも自己ベストを更新しようと思えばとんでもない努力が必要。

どっちを選ぶか、ってことですね。

走ることって学ぶこと多いんだよなぁ。
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ここで食っとかないと、って自分は関係ないけどね。

2010-06-17 00:54:40 | スポーツ
ああ、よかったなぁ。。。

勝ちましたね、日本。対カメルーン戦。



今回は日本のいいところが出た試合だったなぁ。

個人個人の能力においてはスピードも技術も身体能力も何一つ相手チームに勝ってはいなかった。

だけども勝った。

うーん、いいですねぇ。

たぶん日本サッカーの良さって「くそ真面目」ってことだと思うんですよね。くそ真面目に守る、くそ真面目にボールを追う、くそ真面目に何度もゴール前にクロスを上げる、、、

相手チームが「おいおい、いくら勝負とは言えもうちょっと試合を楽しもうぜ…」って呆れるくらいくそ真面目、ってのが日本サッカーの特長だと思う。

こういう試合運びが伝統になればワールドサッカーにおいても結構特色あるいいチームになると思う。

そういう試合が見ていて楽しいか、と言われるとちょっと疑問だけど、まぁいいじゃないですか。

面白い試合するチームが勝つわけじゃない、勝つことが面白いんだもの。

関係ないけど23時からのゲームなんで、家に帰って一人で見ていた。時々ドッピオさんにメールしたりしながら。

久々に家で一人なのに「おい!」とか「そこ!!」とか「頼む頼む頼む…」とか騒いでましたね。

で、ハーフタイム中になんだかお腹減ってラーメン作って食べて、デザートにアイス食べたりしていた。

もう一人の友人からも「私もカップラーメン食べましたよ」とメール。

そしたらドッピオさんから

「緊迫しているゲームだと腹減るね。自分関係ないのに『ここで食っとかないと』みたいな」

とメール。

な〜る。さすが巨神兵ドッピオさん。

ということで日本がいるE組の現時点での結果はこんな感じ。

1位:オランダ・勝点3、得失点2
2位:日本・勝点3、得失点1
3位:カメルーン・勝点0、得失点-1
4位:デンマーク・勝点0、得失点-2

本当につくづくサッカーにおける「勝てば勝点3、引き分けは1、負けは0」「勝点が同じなら得失点上のほうが上位」というシステムはドキドキするしよく出来たルールだと思う。

これからのオランダ戦とデンマーク戦でどうなると予選突破できるのか、なんてことをシミュレートしていると夜も眠れませんね。


ぐーzzz
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ロッベンの誤算とエトオの献身、そしてモウリーニョの野望

2010-05-24 00:06:31 | スポーツ
今年のチャンピオンズ・リーグ(以下、CL)決勝の話。

結果ネタばれしているんで知りたくない人は飛ばしてくださいね。

共に国内リーグを制覇したイタリアのインテルとドイツのバイエルン・ミュンヘンという戦い。

日本では午前4時からの中継だったんで寝そうになりながら生で見ましたよ。

戦前の話題は勝敗よりもインテルの監督J・モウリーニョの去就。

念のため説明しておくとインテルの監督のモウリーニョという人は現在、世界で一番年棒が高いサッカー監督として有名。約10年前にポルトガルのFCポルトという中堅クラブをヨーロッパ一にした実績からイングランドのチェルシーを率い、2年前からインテルの監督。どこに行ってもしっかり実績を出している。

その彼がレアルに行くかも知れない、という話が出ていてこれが一番の話題。

まぁモウリーニョに関しては今度またゆっくりということで、試合の結果。

試合中、最も「こんなはずじゃない、何かがおかしい」と思っていたのはバイエルンの10番ロッベンだったかも知れない。いつもの切れ切れのドリブルはことごとくインテルディフェンダーにつぶされていた。突破してからシュートは一本も打てずミドルレンジから苦し紛れのシュートを打つだけ。

僕が今だに鮮明に覚えているドイツW杯オランダ対セルビア・モンテネグロ戦での輝きは一切なかった。(あの試合は正にロッベンのゲームと言っても良かった)

このことからもインテルがロッベンをしっかり抑えていたことが分かる。

一方、インテルのストライカー、エトオはどうだったか?

点に絡むシーンは確かになかった。だけど献身的にプレーをしていた。

しっかりと守備をしていた(時折、サイドバックの位置にいて見間違いかと思ったくらい)し、ゴール前ではおとりとなって相手DFをひきつけていた。ミリートの得点はエトオの動きが無ければ決まっていないはず。

ここが試合の分かれ目だったと思う。

両チームともキーパーは神がかり的にいい仕事をしていた。他のプレイヤーだって決してわるくは無かった。しかし両チームのエースの出来が、あるいは敵エースの抑え方の差が結果に出た試合だった。

言うなればバイエルンはいつもどおりの自分たちのサッカーをしようとした。

一方、インテルは徹頭徹尾、対バイエルンのサッカーをした。

自分のスタイルを貫く、という美学から言えば一見、インテルはそれに沿わないように見えるかも知れない。

でも僕は思うんだけどインテルは、というよりモウリーニョはしっかり自分のスタイルを貫いた。モウリーニョのスタイル、それは「勝つ」ということ。


しかしまぁモウリーニョはすごいね。ほんとに勝っちゃうんだもん。

(左の人。右はインテルのモラッティオーナー)
異なるチームを率いてCLを制したことがあるのは史上3人のみだとか。しかも一回目はFCポルトという決して強豪とは言えないチーム、今回のインテルだって1964年以来の優勝だって。

更にレアルに行って3回目の制覇をしようとしている。

僕は実現しちゃうような気もするけどね。

モウリーニョの考えを予想すると、レアルに行ってCLを制し「異なる3つのチームでCLを制した監督」になった後、彼はどこかの代表の監督になるんじゃないかな?

時間的にも来シーズン、レアルに行き2年かけてCLを制し(インテルも就任から2年でCLを制した)、その実績を持って代表監督になれば2014のW杯にぴったり合う。

そこでW杯優勝、なんてストーリーを彼は考えてるんじゃないかな。

どうだろう?
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様々な思い出と共に。

2010-05-13 18:09:08 | スポーツ
2006年初夏と言えば思い出すのは熱い恋をしていたこと。

もちろんこれからも恋愛はするだろうけど、あのくらいの熱さはもう無いかも知れないなぁ。熱いからいい、ってわけじゃないけどちょうどいい年齢だったんだよな、僕も。その頃の恋愛がベストだったとは思わないけど今とは質が違って「もうああいう恋愛は」という意味ね。

その女性との本格的な始まりはワールドカップドイツ大会の日本対オーストラリア戦をバーで一緒に観たことだったなぁ(遠い目)。

こんな風にワールドカップはその時の思い出と共に思い出すことが多いね。

98年ワールドカップは大学時代GM-KURAさんちで見てた覚えがある。覚えてるのはオランダ対アルゼンチンでのベルカンプの綺麗なシュート。あれでベルカンプ好きになった。

探したら動画がありました。冒頭画像粗いけど0:14くらいからのスロー再生はちゃんと見られます。美しいッ!百万倍美しいッ!

特にさ、0:23くらいの足裏でのボールコントロール!何!?この人?神?
超一流選手なのに飛行機嫌いでアメリカワールドカップはアメリカまで船で行ったという伝説の男。いかんいかん、ベルカンプの話したら止まらない。

2002日韓の時は今の会社に入ってすぐくらい。札幌でアルゼンチン対イングランドが行われてるのを「行きたいですねー」と上司と言い合ってた。やっぱり覚えているのは日本代表ワールドカップ初ゴールになるベルギー戦での鈴木のゴール。

小野のパスがいいんだよな〜。この瞬間はアントラーズファンとしても発狂するくらい嬉しかった。

2006ドイツ大会では日本代表はあまりいいところがなかったんで、やっぱり覚えてるのはインザーギ。チェコ戦でのゴール。0:30くらいから。

「どうせパスをくれないだろう、とは思ってたよ。Pippo(インザーギ)のことだからね」byバローネ(でも一応、最後まで走りこんでた17番)

このゴールは感動したな〜。って生で観られてないなんだけどね。ブログ読み返したらこの試合の時、僕、仙台の年上の友人に誘われてキャバクラにいました。(言っときますが僕、あんまりキャバクラ好きじゃないです。この時以来行ってない。ほんとだってば)

なーんて考えてたらワールドカップがもうすぐですね〜。

早いもんだ。

前回のドイツ大会からもう4年も経ったの?そりゃ僕も25歳になるはずだ(うそ)

とにかく楽しみですね〜。
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試合の作り方、そして壊し方

2009-12-20 03:41:16 | スポーツ
クラブワールドカップ決勝、バルサ対エストゥディアンテスのネタばれです。知りたくない方は飛ばしてください。




「クラブワールドカップもさー、海外でやってるとどうも盛り上がらないね」とか言ってたくせに結構見てます。

特にやっぱり決勝はね、しっかり見た、こんな時間まで。

エストゥディアンテスの先制から始まり。

しかしまぁこの得点はすごかった。見てて「ああ、止められたな」と思ったらゴールしてるんだもの。ディフェンス2人に挟まれても決める、という強さがすごいよね。

で、後半。

バルサはいい形を作るけど決めきれず。イブラヒモヴィッチもどうも輝いていない。

悔しがるグアルディオラ監督が映し出される。

このまま終わりか、と僕は思った。ここで負けたとしてもバルサは今シーズン5冠、立派なもんだろう、と思ってた。

でも選手は思ってなかった。

後半44分に同点。


「ドーハの悲劇」、と呼ばれることになる日本代表対イラク代表の試合の後、当時の日本代表監督、オフトはこう言ったらしい。

「ゲームの作り方は教えたがゲームの壊し方は教えることが出来なかった」

つまり、ゲームの組み立て方、自分たちのゲームのやり方を教えることは出来たけど、逃げ切り方、相手にゲームをさせない方法を教えられなかった、という意味。

エストゥディアンテスはよくやってた。ゲームを作っていた。試合の大部分のシーンではゲームを壊してた、バルサの良さを消してた。

でも、壊しきれなかった。

そして延長後半5分。

世界一の舞台で、劇的な逆転ゴールを決めるのは、自国アルゼンチンのチーム相手に、ゴールを決めるのは。

今年のバロンドール(世界最優秀選手)、メッシ。

そして延長後半最後のプレー、エストゥディアンテス、ベロンのフリーキック。ああ、これもいいキックだった。これ以上無い、というくらいの。それが残念ながら外れたのが最後のプレー。倒れこむベロン、でもその顔に陰りは無い。

今、僕に言えるのはただ一言。

「Nice game」
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我、もし野球を愛すならば

2009-12-16 22:53:37 | スポーツ
僕が観るのが好きなスポーツは、サッカー、アイスホッケー、ラグビー、棒高跳び。

このくらいですなぁ。

野球は観ないし知らない。

昔は嫌いだった、と言ってもいいくらいかも知れない。だって、野球のシーズンになるとテレビ中継で延長して見たい番組が見られなくなったりさ。

でもまぁ僕も大人になったんで「野球?まぁいいんじゃない?」くらいは思ってるかな。

でも好んでは観ないなぁ。

僕の仲の良い友人が野球好きなんだけど、彼はスーパーなんかに奥さん子供と行って子供がうるさいときは子供と車の中で奥さんの買い物を待ってるそうです。

で「そういうとき何してんの?」と聞いたら「ラジオの野球聞いてる」んだとさ。

長いときは1試合聞いたりしてるんだって。

うーん、信じられん。

野球中継をテレビで観てる、ってのなら分かるけどラジオですからね。

彼はあまり話が巧いほうではないけど、それでもたまに飲みながら野球選手の話を聞いてて「ああ、そいつは面白そうだね」と思う選手は広島の前田智徳。

話ちょっとずれるけど、どんな人でもひとつは「これ!」という笑える、あるいは興味深い話を持ってるもんだと思う。

話は巧くないけど名古屋の悪口言わせたら天下一品、って奈良県民がいたり。。

ドッピオさんの三国志話なんてやっぱりありゃ名人芸ですよ。昔、部室でかなり楽しませてもらった。あと彼の「ヨーディッパディー」の歌は何回リクエストしたかわかんないんだけど毎回笑う。

話戻して彼のイチローだとか新庄の話は興味深いし、彼らなんて誰から聞いても興味深い人なんだけど、前田は「ああ、もし僕が野球好きだったら前田を好きになるなぁ」と思うよ。

野球が好きで、広島カープが好きで、前田のファン、っていう人生は豊かな人生なんだろうと思う。

えーっとなぜそう思うのか、前田がいかにすごいのか、ということをあまり語れないのが非野球ファンなので申し訳ないけど。

詳しくはこちらをご覧ください。

ほぼ日刊イトイ新聞連載「こういうやつがいたんだよ」より
「みんなが前田を語りたがる」


無理くり話をサッカーに変えましょう。

横浜マリノスに木村和司が就任しました。

これもまたJリーグ開幕戦をテレビで見た人間からするとたまらない話題ですね。

就任した木村監督の言葉がまた痛快。

マリノス低迷の理由を聞かれて。

「要はヘタクソ。楽しんでない」

痛快ですね。

木村和司の逸話としては好きなのが二つあって。

ご紹介。

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小学生とのチャリティマッチで負けて一言。

「いいか、よく覚えておけ。今日はワシらは確かに負けた。でも次はこうはいかんからな!」

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解説者として解説してて一言。

「お願いだから、15分だけワシも混ぜてくれんかのう」
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いい人だよねぇ。
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あ、ありえねぇ

2009-10-24 00:45:25 | スポーツ
名古屋監督ストイコビッチ、ピッチ外からダイレクトシュート。

head coach Dragan Stojkovic got a fine goal and was sent off


キーパーが蹴りだしたボールをダイレクトでシュート、ゴール。

すげーよ、ストイコビッチ。

こんなゴール見たこと無いよ。
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人の形をした神

2009-09-19 16:00:13 | スポーツ
いつだってどのスポーツだって一時代を築きそのスポーツのレベルを一段上げてしまう選手がいる。

たとえばサッカーならペレ、マラドーナ、ジーコ、R・バッジョ。

野球なら今ならイチロー。

プロレスなら猪木、馬場。三沢と前田を加えてもいいかも知れない。

棒高跳びならイシンバエワ。こないだ負けたけど僕、彼女好きなんです。彼女のプレイを見てると単純に「人が空を目指すのって美しいなぁ」と思う。

彼ら彼女らは先人が作った常識を、「この競技の限界はこのあたりだ」という常識を、いともたやすいかのように覆す。

バスケットボールで言えばそういう存在はなんと言ってもマイケル・ジョーダン。これは疑う余地がないよね。



この度、彼がバスケットボールの殿堂入りしたそうです。「え!?まだ入ってなかったの?」って感じだけど。。

バスケットボールの殿堂入りは「引退から5年経過後」という決まりがあるそうです。

「いやそれにしたってさ」と思って調べてみたらそうそうジョーダンって2003(なんと彼40歳!)まで現役だったのね。ワシントン・ブレッツで復帰したんだよなぁ。

ちなみに今回同時に殿堂入りをしたのがデビッド・The Admiral・ロビンソンとジョン・ストックトン。この二人だってもしジョーダンがいなければ今以上に尊敬され称賛されていてしかるべき選手たち。


(左から2番目がジョーダン、ロビンソン、一人飛ばしてストックトン、となりがチャコ)

ストックトン小さいなーって思うでしょ。これでも185cm。ドッピオさんくらいかな?

懐かしいな、第一次ドリームチーム。

ロビンソンとストックトンのスピーチはこんな感じ。
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・ロビンソン
「あなた方は、ひざをついて心から何かを祈ったことがありますか? ティミー(当時のチームメイト)こそ、私の祈りに神が応え、授けてくれた贈り物でした」

・ストックトン
「30年間、競技としてバスケットボールをしてきたけれど、私は一度もチームで最高の選手だったことはありませんでした」
 さらに、長くコンビを組んだカール・マローン(ジャズ)を「18年間、私たちのチームのベストプレーヤーでした」と称えた。
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うむー、これだけ超一流となっても尚、仲間を称える姿勢なんてのには無条件で感服してしまうね。

で、一方、ジョーダンのスピーチがもうエアー汁たれまくり。

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「今日、私はバスケットボール殿堂入りという栄誉を与えられたわけですが、これがバスケットボールとの関係が切れてしまう瞬間だとは思っていません。ただ単に、ずっと前に始めたことをこの先も継続するだけのことです。
そのうち、皆さんは私が50歳でバスケットボールをしている姿を見ることになるかもしれません。笑わないでください。絶対ないとは決して言いません。何しろ、多くの場合、限界も、恐怖と同じように幻想に過ぎないのですから」
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この人まだやる気だ!!

スゲー!!!

本当にすごい人だと思うよ。

ジョーダンの姿勢を表す名言。

「失敗をすることは耐えられるが、挑戦しないでいることは耐えられないんだ。」




「あれはジョーダンではない。ジョーダンの形をした神だ」(ラリー・バード)
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