日々史跡めぐり

日本のあちこちの史跡を巡っています

増福寺(大阪)

2016-05-20 | 仏閣
大阪市天王寺区にある増福寺は、慶長7年(1602)、良誉上人冥託大和尚が創建しました。





山門は創建当時からの門ですが、本堂は247年前の明和5年(1768)に焼失し、安永2年(1773)に再建されました。


山門の前に建てられている「薄田隼人正兼相碑」



大坂の陣で活躍した豊臣方の武将・薄田隼人が、この地で亡くなり、その墓が当寺にあるそうです。

残念ながら、この日は時間がなく、探すことができませんでした。





ブログランキングに参加しています!応援よろしくお願いしますm(__)m



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

興徳寺(大阪)

2016-05-11 | 仏閣

大阪の天王寺区を散策していたら、巨大な観音様の頭がひょっこり見えたので、誘われるように境内に入りました。



興徳寺は、聖徳太子在世中に現在の法円坂付近に「薬師院」として創建と伝えられますが、第二次世界大戦の大阪大空襲にて現在の山門以外はすべて焼失し、資料も喪失したため詳細は不明だそうです。



天平年間(729年〜749年)に行基によって薬師如来を発掘され、別に木彫の本尊を刻し、これを本尊として一宇を建立、薬師院としました。



大坂夏の陣ののち、松平忠明が現在の大阪市内に分散していた寺院を当時の小橋村、高津村、天満村の3か所に集めたときに小橋の現在地に「興徳寺」と寺号を改めて再建しました。
本尊は薬師瑠璃光如来。(興徳寺HPより)

私が訪ねたのは3月末でしたが、境内には、鯉のぼりが奉納されていました。





境内にはいろんなものがあります。

フクロウの石像





ドラえもんの石像???



そして准提観音さま



おそらく10mはあると思います。



近くに寄ると、圧倒される高さです!

とにかくいろいろ楽しめるお寺です(#^.^#)


大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線玉造駅より、南西に徒歩7分。
大阪環状線 玉造駅より、西に徒歩10分。

ブログランキングに参加しています!応援よろしくお願いしますm(__)m



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「あさが来た」ゆかりの地(5)五代友厚の墓

2016-05-01 | 
大阪市阿倍野の大阪市営南霊園・阿倍野墓地に、五代友厚はじめ一族のお墓があります。




阿倍野墓地の中央に、石の鳥居のある一際大きな墓で、「従五位勲四等五代友厚墓」と刻まれています。



友厚は、明治18年(1885年)9月25日、東京の別邸で、糖尿病のため、49歳の若さで亡くなりました。

北は淀川から南は大和川まで、御堂筋パレード以上の葬列の葬儀が中之島で行われたそうです。

五代友厚顕彰碑


五代豊子の墓


友厚の二度目の妻の墓です。

1870年に結婚 彼女の一族は奈良県田原本町の出身。実家は田原本町八尾村常磐町。安養寺から鏡作神社までの中街道筋に当たり、トヨは、そこで塾を開いていた儒学者、萱野恒次(通称・庸司)の三女として、嘉永4年(1851年)に生まれた。豊子の実兄 森山茂は維新政府の神戸外交官であり、友厚と深く交流があった。
(Wikipediaより)

長女・五代武子遺髪之碑


1886年に九里龍作 (1858-1938)と結婚。龍作は紀伊国(現・和歌山県)本宮の士族・高須兵太夫の次男だが、大阪で両替商をしていた叔父の紀伊国屋九里正三郎の養子となり大阪府平民となった。(Wikipediaより)

五代友順の墓


ブログランキングに参加しています!応援よろしくお願いしますm(__)m



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「あさが来た」ゆかりの地(4)大阪商工会議所の五代友厚像

2016-04-22 | 銅像
谷町四丁目駅を降りると、駅構内にはこんな大きなパネルがありました。



「あさが来た」ゆかりの地として、多くの方が訪れているのでしょうね。


谷町四丁目駅から歩いて10分ぐらいのところに、大阪商工会議所があります。



あさがなかなか言えなかった「しょうほうかいぎひょ」です(笑)

ビルの前に、大阪商工会議所の会頭3人の銅像が設置されています。



これらはいずれも堂島の旧大阪商工会議所ビルから移設されたものです。

向かって左から初代会頭の五代友厚、7代会頭の土居通夫、10代会頭の稲畑勝太郎です。

五代友厚






第1代会頭/明治11(1878)年9月〜明治18(1885)年9月
出身地/薩摩国鹿児島郡、天保6(1836)年12月26日生れ
職歴/金銀分祈所、大阪活版所、弘成館、朝陽館、大阪製銅会社、大阪株式取引所、大阪商法会議所、大阪商業講習所創設など



土居通夫

第7代会頭/明治28(1895)年4月〜大正6(1917)年9月
出身地/伊豫国宇和島、天保8(1837)年4月21日生れ
職歴/大阪府権少参事、大阪控訴裁判所所長、鴻池顧問、京阪電気鉄道(株)社長、大阪電灯(株)社長など
土居会頭時代には、関西・大阪の電気・鉄道網の整備等のインフラ整備を実施し、なかでも大阪・新世界で開催された第5回内国勧業博覧会の誘致・開催など大阪の近代化、国際化に大きな足跡を残しました。

稲畑勝太郎

第10代会頭/大正11(1922)年12月〜昭和9(1934)年7月
出身地/京都市、文久2(1862)年10月30日生れ
職歴/稲畑(株)、日本染料製造(株)、日土貿易協会、関西日仏会館設立など

稲畑会頭時代には、そのフランス留学の経験を生かし、大阪の国際化に大きな貢献を行った大阪貿易学校の設立や、欧米への視察団の派遣をはじめとした貿易振興の活動を積極的に実施し、我が国の国際関係の改善に力を尽くしました。

銅像の前の階段をのぼると、若宮商工稲荷神社があります。

若宮商工稲荷神社は、大阪商工会議所初代会頭の五代友厚が大阪の商工業発展を祈念して奉祀した「商工稲荷神社」と内本町の大阪商工会議所移転建設用地内にあった「若宮稲荷神社」のご神体と合祀され、新たに建立されたものです。

若宮商工稲荷神社






ブログランキングに参加しています!応援よろしくお願いしますm(__)m



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「あさが来た」ゆかりの地(3)大阪取引所の五代友厚像

2016-04-15 | 銅像
大阪市中央区北浜1丁目にある「大阪取引所」の前にも五代友厚像があります。



像の高さは7.6m。

見上げるように台座が高いです(^_^;)



諸藩の蔵屋敷があった江戸時代の大坂の米穀取引所を起源に、五代友厚らが発起人となって設立された大阪株式取引所が前身。

堂島米会所で行われた帳簿上の差金の授受によって決済を行う「帳合米取引」が、世界で最初の公設の商品先物取引と言われ、この伝統から、大阪株式取引所の草創期から帳合米取引をベースにした定期取引が行われていました。

ブログランキングに参加しています!応援よろしくお願いしますm(__)m



にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへにほんブログ村

神社・仏閣 ブログランキングへ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加