80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

18年前の記録が出てきた。

2016年02月27日 19時22分45秒 | 考える
部屋を整理 (?) していたら、古いノートが出てきた。

平成10年 (1998年) 4月4日(土) ・・・ 18年前の記録だ。
 

夢を見たらしい。

会社帰りに、郵便局に郵便物を出しに行った。

(社内メール・郵便処理 → 当時の主な業務)
[定時に郵便局員さんが郵便の集荷にみえるのだが、
 時間に間に合わなかった分は、私が本局に持ち込んでいた。]


書留郵便が、何通かあり、局で書留用紙を貰い、その場で記入する。
最後の1通、記録するスペースが足りなくなり、
局員さんに追加の用紙を頼むが、
忙しいらしく、あまり真剣に対応してもらえない。 

・・・・・・ 時が経つ。

たった1枚の用紙が貰えずに焦りまくる。

閉店時間が来たらしく、局員が順次帰り支度を始めた。 

担当の局員は、いろいろ探してくれているらしいのだが、
どういうわけか、見当違いの用紙を持ち出して、
これに記入してくれという。

一応、記入はしたものの、間違った用紙であることは
承知の上なので、不安に焦りまくる。

順番が来て、確認すると、やはり
「この用紙では受け付けられません。」 とのこと。・・・ ???

「こちらの用紙にご記入を・・・」 というので確認すると、
これまた、違う用紙だ。


「もういい !!」 
半分、狂乱状態で、とうとうあきらめ  (いいのか ?)
最後の1通は、そのまま、持ち帰ることにする。

憤然として、局を飛び出すと、それを待ちかねたように
背中でガシャンとシャッターが下りる音。


その音で (?) 目が覚めた。
・・・悪夢だった。
 
(無論、実際の郵便局では、そのような対応は決してしない。
 ・・・・・・局と局員さんの名誉のために一言)


入社当初は、T 調査役と2人で始めたメール室。
郵便処理が中心の仕事。
いつの間にか、人が増え、業務内容も増えていった。

A 主任 ・・・ 年下の上司。
B さん ・・・ 年上の他部署担当者。

仕事に対する自分のプライド。
仲間意識もいいが、気のせいか、
何となく、見下されているような感覚がある。

もっとも、私ごとき小者が、他人を引っ張ろうなどということが
すでに不遜もいいところだ。

ならば、「闇の帝王」として君臨する・・・などと。
  (当時は、私なりに、結構頑張っていたようだ。) 

短所は無視し、長所を生かす。
本当は、みんなそれぞれにやる気の塊なのだ。

今は、一歩引け。
焦らずに、すべてを包み込んでいくことを目標とする。
究極の(?)リーダーシップとはそういうものではないか。
それが、いずれは自身の栄養となっていくはずだ。


「人は変わっていくもの。」

自分の立ち位置を確認する。
他人からの評価を求めて、まずはそれを受け入れる。
そこから、すべてが始まる。

古いノートを整理していたら、
大昔の、「日記 (雑記帳)」にそんな記録があった。
 
今思えば、いい思い出だ。

当時の充実感を、もう一度味わってみたいと思う。
体力的、気力的に、もう無理なのかなぁと思いつつ・・・。 


見返りを求めてはならない !!


起こることは すべて 必然必要   船井幸雄先生
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風間三平の独り言 5 ( 三平世迷い言 )

2016年02月26日 15時03分27秒 | 考える
三平世迷い言
(「よまよいごと」 と読んでいた。 正確には 「よまいごと」 らしい。)

行脚 ・・・ 人生は常に賭けだ。
2015.10.21 (水)

それも又良し、君なればこそ。
反応、評価が欲しい。・・・現状が、良いのか、悪いのか、不明だ。
対話・・・脳の活性化・・・期待・・・希望 → やる気につながる。

「介護技術」 もう少し早くやっておくべきだった。
夢の実現には、まず基本・土台が必要なのだ。
なんの、今からでも、今すぐに・・・。

意に添わぬ人生と言えども、結局は己自身の選択結果なのだ。

今からでも、気づいたところから処理する。
結果を気にせず、まずは現状に集中すべきだ。
人生は先が見えない、いわば、常に賭けなのだ。

「何かやりたい」
と、強く願う。
しかし、人は存在するというだけで、金がかかる。
まずは稼がねば・・・とはいえ、どうやって ?

働こうにも、「場」 がないという現実。
日が経つにつれ、気力が薄れていく。
・・・悪循環。

無駄な遠慮 ・・・ そもそも遠慮するだけの能力を、お前は持っているのか?
2015年10月19日(月)


人間関係 → バランス → 今、何をすべきか?
今さらながら・・・私が、今、やらねばならぬことは何か?
私は、誰ひとり幸せにすることが出来なかった。
思うほどに、無力感のつのる69歳

やけくそ・・・あるがままを認める。= あるがままで満足する。
挫折、そのもの ・・・ !!


君のこと・・・。
相談すべき相手なく。
どだい、「今のままでいいのか? このままでいいのか?」 などと、
私が考えること自体が、すでにおこがましいことなのかも知れない。

実際、他人に相談したとて、なんの解決にもならない。
心配するばかりで、手の打ちようがない。
それは、 「明確に私自身の役目」 以外の何物でもない。

何も出来ずに、オロオロしているだけの自分が、本当に嫌になる。

独りの人間の存在。
その隣で、上目遣いに彼を見つめている無力な私の存在。

「人生70年、夢幻のごとくなり」・・・といけばいいのだが。

納得して生きたい。
納得して死にたい。

無理だろうか・・・?

外は青空、雲一つない。
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「蒼春時代」 ど真ん中

2016年02月24日 09時34分43秒 | 考える
ここしばらく旅に出ていない。
先立つものが・・・と言ってしまっては身も蓋もないが、

2月23日(火) 曇り すこぶる寒し。
2月24日(水) 今日もまた曇り さらに寒し。


・・・やはり冬か。

人には好き嫌いがある。
物を思うと、なぜか腹の奥が冷え冷えとする。
分かり合えぬ恐怖、分かりすぎる恐怖。

人間っていうのは、自分の人生観とか
世界観とかシステムを持ちながら生きているわけですが、それをどこかで
揺り動かすものが恐怖であるわけですよ。
・・・(略)・・・
だから、生きる体験の中には、恐怖というものが、どうしても入ってくるわけです。 
存在を揺るがされるというのは、うまくすればね、新しいことが開かれるという
ことですから。 
で、ヘタをすれば、破局を迎えてしまうと。 
つまり、恐怖体験っていうのは、その両者のちょうど境目になるわけです。
その意味では、それを完全に拒否してしまったりすると、ダメになってしま
うんです。    (「人生学」ことはじめ 河合隼雄)


何が真実か・・・?
もう一度、考えてみる。


何を語れば良いのか?
語り合うつもりが、独り言となる、その虚しさ。

君の背を 眺めてじっと 声もなし。

人には人の生き方がある。
無論、この私にも。

それはそれで、よく分かっているつもりだが・・・。
なお考えてみると、「相手を認める」という言い方で、
自分の責任を放棄している気がしないでもない。

「絆、絆・・・」と連呼する、空しい声の凍りつく空。

独り、旅に出てしまいたい。
今さら見つけ出しても仕方ないと思いつつ、「本当の自分」捜し。
こういうのを、「現実からの逃避」というのだろうな。

現在、風来居士、「蒼春時代」 ど真ん中。
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吹っ切れ・・・!!

2016年02月23日 16時11分01秒 | 考える
仕事、会社、雇用、 ・・・70のお前には、すでに無縁のものだ。
言うまでもなく、会社の席には「若者」が座るべきなのだ。

私も、そろそろ気持ちの上で会社から自立する必要がある。

言えば、一つの人間関係からの独立。
・・・と、いうことは、まだ自立し切れぬ自分がいるという自覚・・・


お前さんは、お前さんの出来ることを、まずやってみることだ。
そこから 「新しい別の人間関係」 が始まる。
そこから何かが発展していく・・・はずだ。

そんな気がする。

また、人は言う。
何だかんだ言いながら、
結果、人は自分がやりたくないことはやらない。
やりたいと思うことは、何としてもやろうとする。


つまるところ、 「やる気」 がどれだけあるか?
そういうことなのだろう。

利用出来るものは、道端のゴミだって利用すべきなのだ。

・・・って、私は「道端のゴミ」
(どういう発想か?) か ?
まぁ、自覚していれば、世話はない。

いやいや、私はクリーン・ウオーカー
拾って処理する側でありたい。

誰かが、玄関のチャイムを鳴らした。 ・・・ドキッ!!
もしかすると、私 (ゴミ) の処理に来たのかも知れない。
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思わぬ人間関係

2016年02月22日 21時24分02秒 | 考える
先日、北の国から電話が入った。
大昔、 「北海道独り旅」 で知り合った漁師(?)さんからだった。
毎年、一度は、電話をくれる。

なぜか、ロシアから一時帰国を許された (???) とか。
ロシアで何やらお祭り (?) の準備をしているとか、やっている最中だとか。
今回も、「おいしいタラバガニ」 が採れたという。

「ぜひ、あなたに食べてもらいたくて電話した。」 と言う。
いつもながら、本当に売り込みの上手な方だ。

私の名前を連呼する。
たたみかける様な話し方。


この話術は、見習うべきかもしれぬ。
その前に、話し相手の 「名前」 は、ちゃんと覚えねばな。
・・・ねぇ、風来君 !!

これは、一つの技術 ・・・ 話術のうちだ。
結局、量を減らして買うことになった。

まぁ、これもひとつの勉強代なんだろうな。
美味しい勉強代だ。

同時にかなり危険な勉強代である。
よくよく注意せねば、 「破滅」 に結びつきかねない。


とは言え、私にとっては、数少ない 「人脈」 ではある。
 ・・・・・・・・・・・・ !!


今夜は、冷凍してある 「タラバガニ」 を食うことにする。

解凍して食うも良し、ご飯に炊き込んで 「かに飯」 なんぞもいい・・・。

人と人との関わり合い。
本当に、人間同士の関わり合い、
どこで、どう役立ち、
どこで重荷になるか、知れたものではない。


相手は真剣(?)に語りかけてくる。
商売だ・・・と言ってしまえば、それまでだが、
それがまた 「人生における真剣勝負だ」 と言えなくもない。

まぁ、言ってみれば、そういう事なんだろう。

思わぬ人間関係。
思わぬ出来事。
思わぬ出会い。
そして思わぬ出費。


ぼやぁーっと 生きていると、
「思わぬこと」 が積み重なっていく。
生かすも殺すも当人次第・・・。


困った事と言うべきか、否か?
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