80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

冷めた珈琲 その1  ふと思うこと、思うがままに

2015年11月30日 09時51分08秒 | 考える
冷めた珈琲とアイスコーヒー
冷ました珈琲  

どこがどう違うか、よく分からないのだが・・・。
やはり、違うのか、どれも同じなのか?


そんなことが、ちょっと気になった。


明けない夜はないとはいうが、私の夜はいつ明ける? 

立場を変えて。
目覚めはいつも夕暮れで、日の出前には床に入る。

すねてるわけではないのだが、いつの間にやらそうなった。

お前と俺とを混在させて、明かりをつけて布団に潜る。

君の生き方、その生き方も、
こんなスタイル、あってもいいか・・・。

それならそれを認めよう。
どこで、どなたが、どう生きようと、
彼の時間も、私の時も、一分一秒、止まりはしない。 

在職中を振り返る。
自分としては精一杯に、仕事に励んだつもりだが、
実際、私はそれなりの、収益上げてきただろか?
正直、何とも心許ない。

今出来ることをやる。
何か出来ることを、増やしていく。
 

3歳の自分の子供に、働いて自分の食い扶持を出せという
そんな親はまずいない。

子を養うために親の財布が薄くなっていくのは、
これはその親自身の管理能力の問題で、
子供には何の責任もない。

3歳の子供が働かないといって怒る親はいない。
もしもいたなら、それこそは、親の方にこそ問題がある。


ふと思う。
自分が、やりたいと思って、
真剣にやり通したことが、あまりに少なかったのではないか?
人に真正面から向かい合うことが怖かったのかもしれない。

自信のなさ。
自分の限界を他人から指摘される事へのおびえ。
 

父兄参観日、母の目の前での失敗。
前にも書いたかもしれない。
小学2年(?)の授業参観日。

算数の問題、
「誰か解ける人は?」 に勢いよく手を上げ、黒板の前に立つ。
問題を解き始めたが、途中、手が止まる。

そのまま、固まってしまった。 

結局、再度、別の子が指名されてすらすらと解答。

惨めだった。
多分、母も。
それ以降、私は人前に出ることを怖れるようになってしまったらしい。
 

そろそろ、あの時以来の劣等感から
「解放してやらねば」 とは思っているのだが・・・。



通信暗ぁ、「松の老化」・・・。
「どの電柱でござる・・・!!」
「お話しくだされぃ、織田のみ、もう島津。 おでかい毛布っ・・・!!!」


こんないたずらは、赤穂藩の方々に叱られるかもしれない。


結果はともあれ、真剣にやり通したと胸を張れる人生を。
・・・今さらながら期待する。


これから、これから・・・。 
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少々早すぎるが、来年の抱負。 (忘れぬうちに)

2015年11月28日 21時26分47秒 | 考える
一杯の熱い珈琲。 
冷めた缶コーヒー。

語るべき話題もなくて、本を読む。 
想いが伝えられない、伝わらない。
引け目感はお互い様。

腹の奥底が冷たい。
体調不良・・・。 

腹の中に解凍前の私の人生が、こびりついている。
固まっている。
そんな気分だ。


真冬のど真ん中、ただ今、自然解凍中・・・。

11月28日(土)
6:00 窓の外が白み始めた。
   晴れているらしい。
6:15 バイクのエンジン音、新聞配達だろうか? 
 

上手な生き方、
「現状肯定と大きな夢」

あやふやな計画が、不安定である事はやむを得ないことなのかも知れない。
きちっとした計画ですら、計画通り進まないのが現実なのだから。

忘れ去られて消えていく・・・。
と言うよりも、そもそも記憶すらされない存在なのだ。



鯉のぼり、風あってこそ、空に舞う。
半年遅れの発想・・・。 (なぜ今頃?)

天然的発想には、
恋(鯉)も風も、共に「必要要素」なのだ。

過ぎ去った日々。
願ってもいないのに、時は過ぎていく。

仲間がいるって、素晴らしいことだなと改めて感じる。
facebookを覗いて、ふと思った。

親の介護を他人任せっ放しというのも、
何かまずいような気がする。
 


人生の勝ち負けは・・・?
まだまだ先に先がある。

「介護技術」
そろそろ真剣に学ぶべきだ。
少々遅すぎたきらいはあるが・・・。

今の私、杖の必要を感じていないのは、幸運なことだ。 
周囲を見まわして、本当に、そう感じる。

これも、母の育て方にあったような気がする。

大感謝・・・!! 


来年は、何とかせにゃならないだろう。

できるだけ、そばに、隣りにいる。 

それと、できるだけ旅行に出掛けよう。


出来れば、が主役になるべきだ。

もともと、本来、そうあるべきものなのだ。
いつの頃から狂いだしたのか?


ともかく、出来るだけそばにいる。
そもそも家族とは、そういうものだろう。


安定感、安心感。

青空に 柿の実赤く たわわなり
風なくて 陽だまり熱し 師走前


11月も、残り2日半。

古着屋を覗いてみるが、短足の私に合うGパンが、
なかなか見つからない。


店先に吊してある Gパン、
どれも、10センチ位は折り込まないと、はけない。


体調管理と言っても、「短足」、こればっかしはなぁ・・・!! 

<来年のために>
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今さら、人生

2015年11月26日 07時14分47秒 | 考える
私の人生は、本当にこれで良かったのだろうか?

私はよく自分に問いかけることがある。 
しかし、考えてみると、この問いは、あまり意味がない。

過去を振り返って見せても、
過去が変わるはずもない。
 

そう、過ぎ去ったことは、今さら 取り返しがつかない。

だからと言って、一秒先の事でさえ、何一つ分からない。

私は本当は何をしたかったのか?
これからの人生、どう生きていけばいいのか? 

過去は、未来に連動してこそ意味を持つ。

私には妻がいない。

愛し合った女性も、残念ながらいない。
憧れた女性が、いなかったわけではないが、
ただ、それだけで終わってしまった。  

言い換えると、幸いなことに、不幸にした相手もいない・・・かな?
その代わり・・・と言うか、幸せにした妻も、女性もいない。


これって、幸せなことなのだろうか?
それとも・・・?

人は誰でも、自分の相手にとって、
常に良かれと思って行動する。
できれば、常に相手から感謝されたいと思っている。


しかし、自分の行動、行為に対して、相手が、何も言わなければ、
こちらは、何も理解することは出来ない。

これは、お互いの不幸だろう。 

確かに、他人の評価など、良かろうと悪かろうと、
それ自体で、何も変わることはない。

悪いところが良くなりはしないし、
良いものが悪くなることもない。

老人が少年になることはないし、
子供が親になる (入れ替わる) こともない。

もちろん、子供は、年を経て、親になり、
さらに老いて、老人となる。 
しかし、これは、全然別次元の話だ。

ふと、思う。

ニッチでもいい、専門家になる。
さらには、それを、武器にして、成長していく。

いちいち、つじつま合わせをしようと、
ジタバタする必要もない。

いずれ、どこかで、つじつまが合うか
でなければ、
それは、つじつまの合わない話 だということなのだろう。
 

私の中心におくべきもの。
それは、常に、私自身が自分の生き方を決める。

これだ!!

そう、他ならぬ自身の人生にあっては、
自分は、端役ではなく、
れっきとした「主人公」でなければならない。
 

気持ちだけでも・・・。
・・・などと、注釈をつけて、一息つく。
   ムム~~・・・!!  

 で・・・、

↓↓


みっともなく
死ぬかもしれないけれど、
その姿を見せることも、
後に残る者たちが考える一つの材料に
なるんじゃないでしょうか。
与えることのできない人などいないのです。 
   曽野綾子先生(作家)
 
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人生、これから・・・?

2015年11月24日 11時28分25秒 | 考える
役に立つ 立たないの問題ではない、
考えたいから考えるのです。
他に目的がない時、その仕事に純粋になれるのは、
自然の意志にかなっていることだと 僕は思いますね。
真理先生  「馬鹿一」 より
 武者小路 実篤



失敗は当然・・・。
失敗の中から 「可能性」 を発見していく。


私の人生は、失敗続きだった。 
と言うことは、これから、いくらでも
成功するチャンスがあるということではないか。
 

ものは見方による。

「けりをつける。」とは、
和歌の締め 「・・・けり」 からだとか。


なるほどなぁと思う。 

まだまだ、知らぬ事が多すぎる。
簡単に死ぬわけにはいかないと思う。


他人のこともそうだが、まずは自分自身の
体調管理にも気を遣わねばと思う。
自分が不調では
他人の体調をとやかく言う資格はない。



今までの人生を振り返る。
今さら振り返ったとて、どうなるはずもない。 

それはそうなのだが、
もそっと、何とかならなかったものか?
・・・とは、単なる愚痴にすぎにない。

今さら、10代、20代に戻って、
やり直すことは不可能だが、
私には、まだ70代、80代、90代が控えている。
そこで何も出来ないはずがない。


と、これは私の 「思い込み」 にすぎない。
すぎないが、この 「思い込み」 を外してしまったら、
私が私では なくなってしまう。

もっとも、「思い込みに過ぎない」 というなら、
そんなもの、外そうが、外すまいが、同じ事だ。
私は私のまんまでしかないじゃないかとも思う。


変わらねばと考えるすぐ横から、
「何も変える必要なんざぁないよ。」 と、ささやく声がする。
「・・・いずれ、あんたの存在価値なんざ、
  社会の隙間ふさぎでしかないんだから。」
  

「・・・隙間ふさぎだろうと、
  それで、風が入ってこなけりゃいいだろう。」

と、これは負け惜しみだ。


どのみち、私は、ずっとこのまま、アップデートせずに、
人生の終末 (何となく、格好いい言葉だ) を迎えるような気もする。


武者小路先生、板東先生、どう思われます・・・??


「無縁社会」と言われるように
孤立した人たちがとても増えています。
地縁も血縁も社縁もないなら、
志や支え合いで結びつく「支縁社会」を
作っていかなければいけないんじゃないのかな
と思います。
板東眞理子(昭和女子大学学長)



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夢を見た。(その2) 段ボール

2015年11月22日 07時55分58秒 | 考える
朝方、夢を見た。 

私は大きな段ボールの箱を抱えて運んでいる。
重くて、ヨタヨタしている。

あとから来た先輩が、何やら私に声をかけた。

次の瞬間、私は段ボールを、盆のような台の上にのせ、
台の両端をしっかりと手のひらで掴んで運んでいる。


「なるほど、これなら運びやすいですね。」
 

などと言ったとたんに目が覚めた。


隣の部屋で弟がパソコンを覗いている。 

時計は、4時35分・・・。  外はまだ暗い。

何となく見た夢を、頭の上の手帳に図解して、もう一眠り。 


何やら、再び夢を見て目が覚める。 

時計は、6時55分
 1時間20分 眠ったらしい。

窓の外は曇っているが、かなり明るい。 


起き上がって、やかんの水を飲む。

メモをとらねばと、シャープペンを握ったものの、
・・・どんな夢だっけ?? 
直前まで覚えていたはずの夢だったが、
思い出せない・・・。


今日は11月22日(日)・・・カレンダーにチェックを入れる。 

明日は勤労感謝の日・・・か。


夢は・・・?
思い出せない
!!


「今、俺、どんな夢を見ていた・・・?」
・・・なんて、弟に聞いてみてもしょうがないか ?! 


・・・まぁ、いいか。

夢一つ (半分かな?)、GET !! ・・・などと。




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