80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

ウィスキーを飲みながら

2016年10月31日 20時09分08秒 | 考える
今度、 「20歳」 になったら、もう一度やり直そうと思う。 
あと50年・・・、我ながら、随分と気の長い話だ。


街角で、ふと知り合った女性と、
ここ何度か、たわいのないおしゃべりをしている。 

と、言うより、ほとんど相手がしゃべっている。
こちらは、ほとんど聞き役だ。

お互いに相手を思いやっているつもりなのだろうが、
根本の所で意志の疎通が為されていないから、
結局は、思いと行動とが、ちぐはぐになってしまっている。


私は彼女にどう思われていたのか?
別れ際に 「じゃあね、おじいちゃん」 と言われて
はたと気が付いた。 

「おじいちゃん」
・・・ そうなんだよなぁ !! 
いやいや、何と情けない話だろう?
結局の所、私は、市民広場で、たまたま数回出会っただけの
「イケメン」 の、寂しい年寄りの域を出ないのだ。 

ふと、旦那さんの話になる。
いい旦那だそうだ。
本当にそう思っているのだろう。

ともかく、旦那の話が出てくるのは、先方も大して反応のない私に
そろそろ飽きてきたのだろう。

まぁ、 「おじいちゃん」 としては、かなり 「その気」 だったのだが。
 
・・・どう 「その気」 だったのかについては、触れないでおく。

言うまでもないが、女性は謎である・・・。

まぁ、人生は、流れのままに、流れに任せて生きていけばよかろう。
流されていくしかない・・・??

これが言い訳に過ぎないのは、半分自覚しているつもりなのだが・・・。

「捜し物は、何ですかぁ~♪・・・
 見つけにくいものですかぁ~♪・・・」
 

運のない人生なんてどこにもない。
ただ、運をつかむのが、難しいというだけのことだ。
 

思いどおりにいかないのが人生。
昔から、誰もが、繰り返し、繰り返し言っている。

私は 「触れ合いを怖れている・・・。」
他人と触れ合うとろくな目に合わない。


H. H.・・・(大昔、「私の同僚」だった男である。)。
今は、どこでどうしているのだろうか?

多分、どこぞで、「いいおじいちゃん」 を演じているに違いない。
私に、「他人を信用するな」と教えてくれた当人だ。

おそらく、私は、自分の「触れ合いのない人生」を、
それを思い出すことで、正当化しているのかもしれない。

想定外とは、よくある事だが、大方は、先方、また当方の
勘違いによるものだ。


つまるところ、何事も全面的に当てにしてはならない。
そういう事なのだろう。

と言って何事も、他人を信用しないと、何ひとつ始まらない。

ウィスキーのグラスを片手に、しばらく、そんな事を考えていた。
今夜は、一人、やけ酒だぁ・・・!!

人間関係とは、かくも妙ちくりんなものらしい。 
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風来流想記 ― 日々に想う ― (5) 死して 屍 拾うものなし。

2016年10月30日 19時25分42秒 | 考える
隠密同心 心得の条、
死して 屍 拾うものなし。
死して 屍 拾うものなし。


昔、そんなテレビ番組があった。 
「隠密同心」
けっこうおもしろかったがなぁ・・・・。

どこかに DVD が無いかな?
無いだろうなぁ・・・。

それはともかく、
他人の人生に、臆面もなく、土足で踏み込んでいく。
しかも、大抵、本人にはその自覚がない。


相手が何を考えているのか、
ちょっとその気にすれば、分りそうなものだと思うが、
当人は自分に夢中で、他人の眼の色には気づかない。 

私も、小学生のころ、友達の家に上がり込んで、夕食の
時間になっても、ずっと居座り続けていた。

今思い出すと、顔が赤くなる思いだ。


今、自分には金がない。
お前には貯金があるじゃないか。
知らぬ間柄じゃないんだ。
補助してくれて、当然だろう。

最初はいい。
そのうち、要求に慣れてくると、「正常」 が物足りなくなる
当然のごとく、平然と要求してくるようになる。


実際問題としては、金が無いのは確かなのでやむを得ないこととは
言うものの、こちらも 「打ち出の小槌」 を持っているわけじゃない。

そう言えば、「打ち出の小槌」 から飛び出してくる大判小判は
一体どこから持ってくるのだろうか?


世の中に、「当たり前」だの、「当然のこと」 などは、どこにもない。

他人事ではない。 ・・・大反省 !! 

最近、「当たり前のように」 煙草に手が伸びる。
 
本当に、困ったことだ。

たばこ税の納付もいいが、「財布の中身」 も合わせ考えねば。 

そう言えば、また消費税が上がるとか、上がらないとか・・・。
たばこ税もだが、パン、牛乳の消費税、こちらののほうがより深刻だ。  

パン、牛乳を、買う金もなく、
・・・ 死して 屍 拾うものなし。


誰かっ、屍ぐらいは、拾ってくれぇ~・・・!!
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風来流想記 ― 日々に想う ― (4) 探し物は何ですか?

2016年10月30日 06時13分59秒 | 考える
10月27日(木) 続き

お互い、相手を気遣っているつもりで、その実、自分の本心を
語らないから、結局は、自分の行動が、相手のためにはなって
いない。
と、言うより、相手の気持ちに反した事、何の役にも立たない
事を繰り返す事になる。
   

相手の気持ちが判らないもの同士が同居して、共同生活を送り、
お互いが相手に何をしたらいいのかが、判らずに戸惑っている
というのが、本当のところなのかも知れない。
  

捜し物は何ですか・・・?  
自分の生き甲斐、あるいは、自分の存在感・・・?


「あんたと彼、本当によく似ているな。」
不意に言われて、ちょっと戸惑う。

「彼」とは、つい先頃、知り合ったばかりのご老人。

・・・って、誰が誰に言っている・・・?

★対象者3名・・・いわゆる、三角関係
 ①当面の話し相手・・・会館では、よく話すが、お互い名前も知らず。
 ②あんた・・・私、いわゆる「風来居士」と名乗る爺さん。
 ③・・・顔見知りのお年寄り。 出逢うとちょこっと言葉を交わす。


全然そんな所はないと思うのだが、見る人が見たら、
どこか似たところがあるのかも知れない。
   

人はいろんな所から、思わぬ角度から、他人を見るものだ。

私は、他人に対して、どうしても自己アピールができない。 
自分の行為に自信が持てない。

たとえば、良かれと思ってすすめても、
ひょっとして断られるのではないか?
結果、断られるのは、自分の全存在を否定されること。
そんな風に感じてしまう。


私が求めているのは、一体 何なのだろうか? 

共同生活とは本当に難しい。
相手を思いやって考えている事が、
結果として、逆に取られてしまう。
 
そんな事がままある。

結局、他人の事は判らない。
だからこそ、強いて、判るための「努力」をせよと言うのだろう。

会館で、隣に座った女性たちは、ずぅぅ~~~っと 話し続けている。
話題が途切れないのだろうか?


全く羨ましいかぎりだ。
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風来流想記 ― 日々に想う ― (3) ちょこっと古~い話

2016年10月29日 15時33分41秒 | 考える
★ 10月27日(木) 
4:20 目覚める。
弟が、入れ替わりに、パソコンを切って布団に潜り込む。
少し早すぎるが、目がさえてしまった。

確かに、4時20分は、少々早すぎるような気もするが、仕方がない。

二人暮らしは、片方の都合だけでは進展しないのだ。

多少のリスク、この場合は睡眠不足か・・・は、やむを得まい。
まぁ、少々早目に眠ればいいだけの話だ。

人間同士が、出会う意味を考えている。
答えは、まだ見えてこない。


なぜか、お互いが(?)、すっきりと、相手を信じ切る事が出来ない。
共に(?)、主役を演じようとしているのだろうか。
それぞれが、リスクと責任を合わせ持つ「自己責任」

大昔、父親が教師だったせいか、周囲に教師が多く、
それに感化されたのだろう。

私も当然のごとく教師になるつもりでいた。 

私が、高校 2 年の夏、
突然、父が教師を辞め、三重に行く (三重は、私の故郷だ。) と言い出した。

その理由は書かない。

今さら何を追求しても仕方がない。 

私は独り立ちを選択した。

主役となって、主導権を握らねば、人間は成長しない と考えたのだ。

(本当かね・・・?? それは・・・? まっ、忘れたという事で。)

そうか、よく考えてみれば、今の私は、弟に主導権を握られている。
まぁ、それは多分に 「当方の思い込み」 の面が強いのだが。

いずれにせよ、主導権を握る簡単な手段は、相手に本心を明かさない事だ。 

いや、実際は、そうではないのも知れないが、
そう感じている自分がいる。
何とかせねばと焦っている自分がいる。 

まぁ、よくよく考えてみれば、こんな人生も、ある意味、波乱に富んでいて(?)、
意外に面白いのかも知れない。

真剣に主役を張ろうとするのは、何かと面倒だ。

どう言おうと、今さら、過去を書き変える事は出来ない。 
また、過去を、どう言い繕ってみても、ごまかし、言い訳にしか聞こえない。
 
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風来流想記 ― 日々に想う ― (2) 自己満足

2016年10月28日 07時17分39秒 | 考える
★ 2016/10/24(月)
・・・・、私は、まだ少々頭がボーッとしている。 
少し眠り足りないか?

「睡眠不足とかではなく、いつものことじゃないの・・・。」
「ふんっ・・・」
 

電気代を取り返す。
いや、使った電気代を生かすのだ。 

私は、ゴミ箱でも、ましてやゴミでもない。
ちょいと足踏みをしていただけさ。

他の人たちは、自分自身のことを、
一体何者だと考えて生きているのだろうか?

まぁ、はっきり言って、私には、どうでもいいことなんだろうが。

自分には、何が出来ないと考えているのか?
まだ、全然何もやっていないというのに・・・。


ひたすら、自分が信じることのために
ゆっくりと・・・、


何も、今さら、あわてる必要はないのだ。


私は何を求めて生き、何を求めて行動しているのか? 

もしかすると、何かは分からないが、
自分の行為行動に対する見返りを求めているのかもしれない。
自分の思いに釣り合いのとれる見返りが欲しい。

そう、多分そういうことなのだ。

自己満足だと言わば言え。
  
いわゆる、聖人君子の行動だって、究極のところは 「自己満足」 なんだろう。
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