星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

知り合ったときには・・・(3)

2006-09-25 07:01:11 | 知り合ったときには・・・
(3)

 キャラメルバニラを食べて以来、あの日のように昼食を食べる機会は度々訪れた。それは同じ事務所で同じ仕事をする者同士の、特別な理由のない習慣となっていった。たいていは、彼と一緒に仕事をしている上司と、彼、私の3人だった。社食のときもあったし、外へランチに行くこともあった。女子同士で連なって昼休みを取るのが嫌だった私だが、さすがに上司では断れないというのと、男の人の場合は人の噂やだらだらしたゴシップをあまり聞かなくていいし、食事という目的が終わればさっと引き上げてくるので、連れ立って行く事はあまり気にならなかった。それに相も変わらず、込み合う蕎麦屋や定食屋で、あっという間に平らげて帰る、というパターンだったので、女同士の優雅なランチタイムとは少し違っていたのだった。話をするにしても、彼と彼の上司が二人で喋っているのを、横で黙って聞いていることが多かった。ある日、洋食屋でハンバーグ定食が出てくるのを待っていると、彼の上司が唐突に、中村さん付き合っている人はいるの?、と聞いてきた。
「ええ。いちおう。」
 この手の質問は会社に入ってから聞き飽きるほど聞いてきたのだが、あまり私生活を詮索されたくない私は、素っ気無く答えた。その時私には付き合って2年になる彼がいた。友人の紹介で付き合い始めたのだったが、正直、熱烈な恋愛とは言えないような感情しか持てないでいたのだった。一緒にいれば落ち着くのは確かだが、それ以上の、特別な熱い思いというのは、どうしても持つことができなかった。人から聞かれた時は、特に隠しもせずに彼がいると表明するが、自分から進んでその存在を人に言ったりすることはしなかった。
「そうか。そうだよなあ。いないわけないよなあ。いえね、前にいた支店の部長さんからね、誰か息子にいい人がいないかなと訊かれててねえ。中村さんなら、控えめで、しっかりしてるし、もしあれなら、いいかなあと思ったんだけどね。」
 プライベートなことを聞いて悪かったと言いながら、上司はそんなことを話した。そんな話なら尚更、彼がいると言っておいてよかった、と思った。人の紹介というのは、もううんざりなのだ。その話をしている間、私は彼の反応が気になって仕方がなかった。私に付き合っている人がいることを、どう思うのか。そして上司がどこかの部長の息子の嫁候補に、私はどうかと言っているのを、どう思うのか。だが彼はその話をしている間中、特に変わった表情もせず、テーブルに置いてあるメニューをちらちらと見たり、他のテーブルの人達をぼんやりと眺めたり、運ばれてきたコンソメスープを飲んだりしていた。つまり私の私生活や恋愛事情のことなんかには、まったく興味を示していないのだった。

 私もまた、依然として彼の私生活は闇のままだった。ただ私は、毎日彼を観察することができたので、ほんの些細なことから、彼の家庭でのあり方を想像してしまうことがよくあった。スーツの下のシャツが皺だらけのときは、奥様がアイロンを忘れたかクリーニングを忘れたんだろうと思った。喧嘩か何かして、家事を放棄されたのかなとも思った。ごくたまに手作りのお弁当を持ってくることがあると、きっとお子さんの遠足の日なんだろうと思った。またどんなに残業が遅くなっても、一切電話をしたりしないので、家庭での彼は、尻に敷かれている、という訳ではないのだな、と思ったりした。たまに奥様から電話が入るときがあって、その時はぶっきらぼうに答えていた。職場に電話を掛けられるのを、非常に嫌っているようだった。奥様が仕事でどうしても残業を外せないときがあるらしく、そういう時は彼が上司に理由を言って残業を早めに切り上げて帰ったりもしていた。そんな時、当たり前だけれども、私はまったくの部外者だと感じた。そういう時は、せめて私に出来る作業はないかと申し出て、早くお帰りになってください、と言うことくらいしかできなかった。と同時に、彼の奥様のイメージが、仕事も育児もばりばりとこなすキャリアウーマン、というものに近くなっていった。そんな風に想像が大きくなってくると、逆に私という存在はどんどんと小さくなってくるように感じられた。

 奥様からの電話で、残業を早めに切り上げて彼が帰ってしまうと、まだ数名人が残っているにも関わらず、事務所の中は急に寂しい場所に感じた。私は切りのいいところで作業を終わらせて、帰り支度をすると外に出た。駅までの道を歩いていても、電車に乗っていても、ずっと彼のことを考えていた。知りもしない彼の家庭のことについて、勝手に想像を膨らませていた。家に帰って、小学1年生のお子さんと、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、宿題を見てやったりするのだろうか、と考えた。お子さんといるときは、あの柔らかい細めの目で、子供を見つめているのだろうかと、考えた。その顔を想像すると、胸が締め付けられる感じがした。例えば、今付き合っている彼のほうは、あんな目をすることはなかった。表面的には、付き合っている彼は優しい人だと思う。言葉でも、態度でも、優しいことは間違いない。けれどもあの、彼のする表情の、あの何とも言えないあの目のような、こちらの胸がぎゅっと締め付けられる感じのあの目ほどの顔は、決して付き合っている彼からは見ることができなかった。あの目で真正面から、至近距離から見つめられたら、どんな感じがするだろう。どうしてあんな表情をするのだろう。あの目をしているとき、彼はどんなことを考えているのか、どんな気持でいるのだろうか。奥様を見つめるときは、あの眼差しなのだろうか。考えたからといって、特にどうなるわけでもないことなのに、ずっと頭を離れなかった。

 アパートに帰ると、付き合っている彼から電話があった。なんとなく会いたくなったので、これから行ってもいいだろうか、という内容だった。週末も半ばを過ぎ、残業の多い週だったので疲れのたまっていた私は、いつもなら絶対に断ることなんてしたことがないのに、今日は彼に会いたい、というよりも面倒くさいという気分が先にたってしまった。
「今日は少し頭が痛くて。早めに帰るのならいいけれど。」
 言ったあと、冷たかったかな、と思ってしまった。何となく会いたいから会おう、という理由は、会うのに目的なんていらない恋人同士にとって、至極当然の理由といえばそれまでなのだが、続けて「何か特に用があるの?」とさらに冷たいことを言ってしまった。「用って用はないけれど・・・。」と少し困惑したような調子が返ってくると、少し後悔の気持がしてきた。けれど、その気持は、きっと来ればそのまま泊まっていくに違いないのだから、もっときっぱりと断ればよかったかも、という気持に、瞬時に変わった。
「じゃあ行くけど、今日はすぐ帰るよ。何か買ってくものはない?」
 結局来るのか、と思いつつ冷たいものが食べたかった私は「アイスを買って来て。」と頼んだ。「いいよ。」と言って彼は電話を切った。比較的家の近くから電話をしてきたようで、彼は15分もしないでやって来た。一応電話を入れたけれど、最初から来るつもりだったのだろう。ゆるりした部屋着のワンピースに着替え、玄関立った私は、仕事の後はいつもそうだが、今日はなぜだか余計にだるさを感じた。

にほんブログ村 小説ブログへ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 知り合ったときには・・・(2) | トップ | 知り合ったときには・・・(4) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

知り合ったときには・・・」カテゴリの最新記事