星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

さくら

2017-04-09 21:49:43 | つぶやき
毎年桜の時期になると、なんだかそわそわして居てもたってもいられなくなり、かといって平日は仕事で花見どころではないし、でも肝心な土日が雨とか用事があったりとかタイミングが合わず結局桜の時期はあっという間に終わる、そんな感じで毎年過ぎていく。

今年はどういうわけかあまり気にならなかった。心に余裕がないと風流なものには心惹かれないのだろうか、などと考えてみたのだが、桜を今年は全く見ていなかったのだ。一昨日家に帰る途中よくよく観察してみると、家の近所の桜が今年は目立たない。駅まで歩く途中にものすごく大きな桜の木があるお宅があるのだが、その家はいつの間にか枝をだいぶ切ったらしく今年は花がとても少なかった。それからバス通りにある小学校の校庭の桜も毎年見事なのだが今年はやけに目立たない。こちらもおそらく枝を切っていて例年ほど華々しくなかったのだ。今週末は雨の予想というのもあって今年は桜は見られず終わりだなと思っていた。

でも昨日無性に桜のことが気になりだし、昼過ぎから雨も止みそうな予想で、近所の公園の桜を見に散歩にでも出ようかと思った。しかし雨は止みそうで止まない。そこは夜は特にライトアップもしないし人がいなくなってしまう森の中なので諦めた。日曜にもしかしたら小田原方面に行く用事があるので小田原城の桜でも一人で見に行こうかなとまで考えていた。

それが今日、思いがけない場所で桜を見ることができた。こちらは小雨が降ったり止んだりの天気だったが出かけた先はうす曇りだけれど空気は暖かく春の気配だった。山の斜面やふもとやあちこちで桜が咲いていて、桜の他にも菜の花とか名前は分からないけれど春の花なども咲いていた。そこは遠い昔有名な戦が行われたところだったが、そんなことはまったく思えない平和で静かな春の里山、という感じの場所だった。

桜は厳しい冬を超えるほど綺麗に咲くのだとたまたま見たテレビで桜守をしている人が言っていた。温暖化などの影響で日本が亜熱帯化してしまうと桜は見ることができなくなるのだろうか。そう考えると一年のうちでたった1週間程度しか咲かない桜が余計に儚く貴重なもののように思えてくるのだ。自分があと何年生きるのかと考えても限られた回数しか見られない。

今日は非日常的な一日だったな。いろいろと。
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新年

2017-01-08 13:05:13 | つぶやき
昨年末から今年にかけて、穏やかで幸せなお休みを過ごしました。
この一年が、良い一年になると良いと思います。

お正月休みはずっと天気も穏やかで気持ちが良かった。
氏神様にお参りに行き、恒例のおもくじを娘と引くと娘も私も大吉。結ばず持ち帰った。
仕事が始まると携帯に見知らぬ電話が来る。申し込んでいた母の特養さんからの電話だった。
何年待つかもと覚悟していたので思いがけず早く連絡が来たのでびっくりした。

お正月らしいことは何もしなかったけど、本当に幸せなお休みでした。

今年もよろしくお願いします。
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悲観主義、楽観主義

2016-10-16 09:24:17 | つぶやき
 3年前の今頃、私は多分今まで生きてきた中で最大のピンチを迎えていて、今思い返すとよくあの中できちんと仕事に行き家事をしていたなと思う。仕事はともかく家事は最低限しかせず、家の中はひっちゃかめっちゃかではあったけれど。

 母が倒れホームが見つからず、入院している病院のソーシャルワーカーさんや市役所の窓口にも相談したがまったく頼りにならないと思った。同時に離婚に絡む調停の真っ最中で、裁判所の待合室では他の人はほぼ弁護士やら付き添いの家族やらが一緒にいる中、じっと一人で座っていると泣けそうになってきた。でも意地でもこんなところで泣けないと思った。そんな時普段風邪一つ引かない私が高熱を出した。その時の職場は忙しくて有給なんかで休めない。母のことも調停も気が滅入ったが、もう一つ発生した問題がいちばん堪えた。仕事中はもちろん、家でも常に子供がいる、誰にも愚痴は言えない。ベッドに入って寝るときにどっと涙が出てきた。一人車で運転しているときも涙が出て止まらなかった。

 あれから3年が経とうとしている。色々な問題は一応(満足なかたちではないが)片が付き、職場もその後2度変わり、落ち着いてきた。精神的にもあのときが辛いピークで、今はもう穏やかになりどっと涙が出てくるということは無くなった。

 私は子供のころから泣き虫でよく泣いていた。人見知りであったのと家庭の事情が事情だったのでからかわれることも多く、けれど言い返すほど気が強くなく悔しくて泣いてしまうのだ。そのことをあの3年前はつくづくと思いだしたなと思った。ああ子供の頃よく泣いてたな私、と。

 しかしこの3年で、なんというかかなり自分で言うのも何だけれど強くなった気がする。強くなったというか図々しくなったのか。何かあってもどうにかなる、と思うようになった。子供の頃や若い頃は、起こりうる一番悲惨なことを想定して、ああやっぱりそうなる、という思考回路だったようなきがするが、今は、どうにかなるだろ、と思ってしまうことが多い。

 しかし昨日母のころである事があり、私は3年前を思い出し久々に楽天主義から一気に悲観主義に逆戻りしてしまった。あまりのショックに夕食の支度をする気もなくなり、子供たちに仮病を装って部屋に閉じこもりふて寝してしまった。すごく久しぶりに、一気に涙が出てきて止まらない。多分悔し泣きなのだろう。けれど泣いたら翌朝怒りやら不甲斐なさやら訳の分からない感情は少し収まった。

 やっぱりそんなに強くはないのかもしれない。
 

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電球と柿の木と私

2016-10-10 10:32:32 | つぶやき
 離婚をするには物凄いエネルギーがいるとよく言われるが、私はあまりそうは感じなかった。色々調停やら役所や銀行の手続きやら職場の上司に説明やらあったけれども、自分が想像しているほどではなかった。まあ自分で決めたことなので自分で解決するしかないのだからそうするより仕方ない。

 しかし、日常生活の細かいところで、ああ男手が無いって、と思うことはある。まあ男は一応大学生の息子がいるのであるにはあるのだが、何か「これやって」と頼んで嫌な顔をされると腹が立つのであまり頼らないようにしている。

 で、ある日玄関の電球が切れた。玄関の外のである。椅子を置いても届かないし、うちの脚立に乗っても届かない。玄関の中の電気がつくからまあいいだろう、と思いそのままにしておいた。別のある日、玄関の内側の電球が切れた。これは下駄箱に乗ってかろうじて私でも届いたので交換できた。そしてまたある日、今度は1階の廊下の電球が切れた。これもまた椅子でも届かず脚立でも届かない。1階はもう母もいないし誰も使っていないので諦めた。息子は私よりは背が高いがそれほど高くはないので、おそらく届かないだろう。この電球を変えるためには高い脚立を買わなくてはいけないのだろうか。

 家には私が小学1年の時に植えた柿の木があるが、2階に届くくらい伸びていて2階ベランダの半分を伸びた枝が占拠していた。おかげで洗濯物を干すスペースが半分ほどになってしまっている。小さな枝はなんとか切れるがこうたくましく育っているともうこれは植木屋か何かに頼むしかないかもしれないと思っていた。ある日思い立ってホームセンターに行き、園芸用品のコーナーで鋏を買ってきた。家に帰り、一緒に買ってきたフマキラー(庭に蚊がたくさんいる)を振りまき、長靴長袖帽子日焼け止め、の完全防備で鋏を片手に柿の木と格闘した。脚立に乗り、塀に乗り、木に登り半日枝を切りまくった挙句、ベランダは明るくなり洗濯物は以前のように干せるようになった。隣家にはみ出していた枝も切れた。

 私でもやれば出来るんだ、大袈裟かもしれないが本当にそう思った。硬い枝を両腕に力を入れ切ったせいか翌日の筋肉痛が半端なかった。全身筋肉痛。しかし、この達成感は何とも言えないもので、私はその後1週間くらいはベランダの見える窓に立ち、ああきれいになった、と一人悦に入っていた。

 たぶん、何とかなるんだ。何事も。20年かもっと昔の私は、人に依存しないと生きていけない種類の人間だと思っていた。いや、人に依存しないで生きていける人間なんて多分いないので、今でもそれはあるに決まっているのだけれど、でもひとりでも何とかなることはたくさんあるんだ、と思うことは多くなった。

まあただ単に図太くなっただけかもしれない。
 

 
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秋の長雨

2016-09-18 12:52:42 | つぶやき
雨がずっと続くと、不安になる。

これで終わっちゃうんじゃないかと、思う。



暗雲。秋の気配。祝日。


私はあれから20年以上歳をとったはずなのに、
成長してない。

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ネコと喋る

2016-05-04 15:44:47 | つぶやき
私は猫と喋ることができるんじゃないかと思っている。家の近所に野良猫と思われる縞のネコがいる。もう使わなくなった縁側に、捨てようと思って置いてあるダンボールがあるがそこに丸まって日向ぼっこしているときがある。またベランダのカーテンを開けると、すっと逃げていく影が見えることもある。陽当たりが良く家は昼間は誰もいないので、邪魔されない格好の昼寝場所なのであろう。

私が3階のベランダで洗濯物を干していた時は、地面にいる彼女(多分)と目が合って、かなりの距離なんだけれどそこでピタッと立ち止ってこちらを見詰めている。しばらくして歩き出そうとするので、にゃーお、と鳴き真似して気を引くと、また立ち止まってこちらを見つめる。

何度かそうして彼女を見かける時はにゃーお、と声を掛けるのだが、大抵は反応してくれる。また彼女だけでなく道端で出会う見知らぬネコにもそうして話しかけてみるのだか、大抵は立ち止まったり、またニャーオ、と返事をくれる。ただし、私もいい年をしたおばさんなので、周りに人がいる時はそんなことはしない。ただの変人と思われるだけである。

今日、雨が上がったので、やっと車を洗う気になり長靴を履いて脚立など用意していると隣の敷地に彼女がひっそりといた。立ち止まりこちらを見ている。にゃーお、と声を掛けた。たぶんいつもの縞の子だ。ニャーオと返事をする。また声を掛ける。また返事する。手を差し出したら寄ってくる。まったく警戒心がない。飼い猫何だろうか?でも毛並みはボサボサだし首輪もしていない。首を撫でてやる。頭も撫でてやる。逃げるかと思ったら気持ち良さそうにじっとしている。しゃがんだ私の横を体を擦るように歩いていって水道のバケツの水を飲んでまた戻ってくる。私が何か食べ物をくれると思っているのかしら。でも私は中途半端な事は動物にしないので、そういうことはしないのだ。

しばらくそうしていたのち、またお隣の敷地に入っていった。ネコちゃん、私の気持ち、分かった?
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もやもや

2016-03-22 06:42:30 | つぶやき
嬉しいと虚しいが同居。
慣れてるはずなのに。
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GW

2015-05-05 22:56:41 | つぶやき
連休4日目。あと一日で休みも終わり。

なかなか5連休というのはないのでとにかく家の中を片付けようと思っていた。
とくに外出の予定もないし天気も良いので、すこぶるはかどってもいいはずなのだけれど、それほど進まず。まあやりたいなと思っていた片づけの7割がたはできたのではないかなと思う。

1日目草むしり、ベランダの掃除。2日目冬物のニットやマフラーなどの洗濯。それと今は居ない母の部屋の片づけ。3日目はどうにもこうにもやる気が起きなくて、一日うだうだと落ち着かなくしていたけど、納戸の片づけを少しした。本当は朝から出かけようと思っていたけれど出かける気力もなくて、でも夕方になってやっと重い腰を上げて、行ってみたかった湘南T-SITEに行ってきた。

ちょっと前に、代官山の蔦屋書店に行ったのだけれど、こんな本屋さんがもっと家の近くにあったら頻繁に行くのになあ、と思ったらなんと藤沢にできていたのだ。それで絶対に行ってみたいと思っていた。娘と二人で行ったけれど、出かける直前でお腹が痛くなってしまってゆっくりできなかった。今度はもっとゆっくり行ってついでにランチでもしてきたいと思った。

そして今日は、やはりやる気が起きずに、でもゴミの日だったのでこの数日で出た大量のごみを出し、納戸の片づけ中に見つけた以前買った小説を数冊取り出しもう一回読んで、そうこうしているうちに一日が終わっていた。

今日も落ち着かない。
休みは嬉しいが早く連休が終わってほしい。

海の様に広くて深い心が欲しい。
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卒業

2015-03-15 13:58:35 | つぶやき
 娘の受験が終わった。第一志望の公立高校は落ちて、一応受けておいた私立高校に受かったのでそちらに行くことになった。
合格発表の日、私は職場でずっと連絡を待っていた。娘は学校に携帯は持って行けないいのでいったん家に帰ってきてから電話をくれることになっていたから、そんなに早く電話がくるとは思っていなかったが、なかなか電話が来ないのにちょっと不安がよぎった。でもなぜか落ちるとはまったく思っていなくて、多分受かると思っていた。子供もそう思っていたようだ。

 電話が来て「落ちた」と言われて、冗談で言っているのかなとちらと思った。それくらい落ちると予想していなかった。でも電話の向こうの娘は泣いていた。間違いなかった。最初受けようと思っていた学校よりもこちらのがいいんじゃないと勧めたのは私だったので、あ、と罪悪感をまず感じた。 
 
 私はどちらかというと、同じ中学から受験する子がほかに誰もいなかったので、当日雪が降ったら無事行けるだろうかとか、インフルエンザに罹ったらどうしようとか、そういったことばかり心配していた。学力もそれほど高望みの学校を受けたと言う印象もなかったし、いちおう様々な模試やらデータを考慮したうえで通っている塾とも相談して決めたのだから、まあ余程へまをしなければ落ちないだろうと思っていた。

 でも落ちてしまった。逆に言ったら何のトラブルもなく当日のコンディションも悪くなく落ちたのだから、これはもう仕方のないことだ、としか言いようがないのだろう。実力が足りなかった、それだけだ。娘にはお前の実力が足りなかったのだから仕方がない、頭を切り替えて私立のほうで頑張ればいい、大学受験の時にリベンジすればいいのだと言い聞かせた。言っているうちにさまざまなこれまでのことを思い出し、なんだか泣けてきた。電話を切ってどうだった?と聞く同僚に「落ちたってー」と言うと、同僚まで一緒に涙が出てきて泣いていた。なんだか知らないけど私まで泣けてきちゃったー、と普段超クールな同僚が言うのでその顔を見て二人で泣き笑いしてしまった。

 私立の高校も、受験時の内申が2年の時と比べてかなり上がったために何とか受けることができた学校だったので、それはそれでかなり頑張った結果だったのだから、嫌々行くような学校でもなかったのがまだ幸いかもしれない。

 仕事が終わるまで落ち着かなかった。落ちた、という事実が親である私もなんだか呑み込めなくて、本当かな、と思う感じだった。娘は夜家に帰ると意外とさっぱりした顔でもう落ち着いていた。

 一昨日は卒業式だった。娘の行っていた中学は普通の公立中学なのだが、なぜか合唱に非常に力を入れていてこの子たちの歌う合唱はとても上手い。式が始まってすぐ校歌斉唱だったのだけれど、素晴らしい歌い方だった。私自身も行っていた中学なのだが、こんなに一生懸命校歌を歌う学校ってそうないんじゃないかと思えるくらいすごい声量できちんと歌う。もうこの子たちの歌も聞けないのだと思うと少し寂しい。

 私は自分が最悪な中学時代を過ごしたせいもあって、子供たち二人とも中学の間が特に心配だった。上の子の時は割とすんなり溶け込んで生活していたが下の子は一見上手く世渡りできそうな感じなのにかなり不器用で人間関係にいつも心配させられた。色々とあったけれど無事に卒業出来、希望を持って高校に行ける、それだけで本当にほっとすることだ。


 まだまだ心配の種はつきないけれど、楽しい人生を送るために頑張ってほしいと本当に思う。


 
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20150214

2015-02-15 17:15:47 | つぶやき
予期しないメールって、すごく嬉しい。
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2015.1.1

2015-01-01 21:43:34 | つぶやき

あけましておめでとうございます。
昨年もぼちぼちとしか更新していませんでしたが、見ていただいた方大変ありがとうございました。
今年もまた気まぐれに更新とは思いますが、よろしくお願い申し上げます。


昨日は大晦日だったけれど、受験生の娘のやっと空いた日だったので娘と買い物に出かけた。クリスマスのプレゼントも買ってなく、すぐ来るお誕生日も買ってなかったのだ。大晦日の駅はなんだかいつもより人がいなく、店もがら空きでデパ地下だけが込み合っていた。結局娘の気に入った物は見つからなかったので、そのまま大したものも買わず家に帰った。

大晦日と言う感じがまったくしないまま新年を迎え、いつも元旦に父の墓参りに行くのが恒例となっているのでお墓参りに行った。午前中から雪が舞ってきて、お墓に着いた頃には結構な雪だった。家に帰ってきてからもだんだんと雪は激しくなり、うっすらと景色が白く変わっていく。

神社にお参りに行こうかと思っていたけれどあまりの寒さになんだか尻込みしてしまい、作ろうと思っていたさつまいものケーキを作った。その間も雪はどんどん降って、雪の舞い降りる中出かけたいという衝動と、受験生の娘の為に元旦にお参りに行った方がいいのではないかという思いと、もしかしたらこの雪だから神社空いてるんじゃないかというちょっと不謹慎な思いが交差し、雪の舞っている中近所の氏神様へお参りに行った。


雪は出てすぐに止んでしまったけれど、景色は白一色になっていた。こういう中歩くのは大好きだ。いつもの元旦なら神社に行く人で結構通行人がいる道路も、誰も歩いていなかった。

かなり寒いので、ヒートテックとセーターは二枚重ね、ダウンコートにスノーブーツにマフラーに手袋にお腹にカイロ、と防寒対策ばっちりで出かけた。小さな地元の神社なのだけれど毎年1時間かそれ以上並ぶのだからそれくらい並んでも寒くないようにと。だが誰も並んでいなかった。こんなのは初めてだ。

お参りをしてお札を買って、おみくじを引いた。娘は吉、私は末吉だった。私の気にしている項目はただひとつだけなのだけれど、その項目に関しては私の思っていたことは間違いなかったと思えるようなことが書いてあった。娘は今年大吉だったら5年連続大吉らしかった(本人談)らしいが、吉だったので不満げだったみたいだが、ここで大吉が出てしまうと油断して勉強しなくなるのだから吉ぐらいで良かったのだと言ったら妙に納得していた。

寒い中を暖かいなあと思いながら歩いて帰った。こういうのって結構好きだ。

帰ってきてから急に思い立ち、母がお世話になっていたお家に手土産を持って出かけた。そのお宅もうちと同じく、おじさんが昨年から老人ホームに入ってしまったのだ。やはり、と言ってはいけないのかもしれないけれど、お正月っぽいことはあまりしていないようで、夕方なのですぐにお暇しようかと思っていたのにちょっとお喋りしてきてしまった。家もそうなのだが、家族がひとり欠けるだけで、何だかお正月する気分ではない感じなのだ。1時間くらいお話しして、家に帰った。

どんな一年になるのか分かりませんが、今年もよろしくお願いいたします。











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お休みに入った

2014-12-28 10:24:47 | つぶやき
 年末年始のお休みになった。今年は長いお休みな(のような感じがする)のでちょっと嬉しい。というか最近仕事に行くのが嫌で嫌で仕方がないので、休みはとにかく嬉しい。

 最近野菜をたくさんもらう。ほとんど買わなくていいほど結構もらう。野菜をたくさん食べられるのは嬉しいし、値段も高い時はものすごく高いので何を貰っても嬉しい。けれど平日ちょっと飲み会の日があったり子供たちが夕食いらない日があったりすると、たちまち腐らせてしまう。時間がないと泥付きの野菜は処理に時間がかかるのでつい避けてしまったり・・・

 それで休みになったので早速野菜の始末にかかった。泥付きネギはあらってすぐ使えるように冷蔵庫へ、大根の葉っぱは茹でてお味噌汁に使えるように冷凍へ、ホウレンソウと九条ネギはスープにどっさりと入れ、キャベツはお昼のラーメンにたくさん入れた。ああ、野菜がたっぷり食べられる生活ってなんて幸せなんだろう。キャベツもネギも、値段が高いと買うのを躊躇してしまう。でもこんなにたくさん遠慮なく料理に使えるなんてありがたい。

 言い訳に過ぎないのは分かっているけど、もう少し平日時間に余裕があったら、もっときちんとした暮らしができるのだろうなあ、と思う。面倒くさいと思うのは時間が無い殻のような気がするが・・・まあ時間が無くてもやる人はやるのだろうから能力の差かもしれない。

 塾へ行く娘がいるので朝も七時半には起きたが、それでもいつもより三時間も寝坊できる!ああ早起きしなくてよい幸せ・・・休みの日って嬉しすぎる。でも休みってあっという間に終わってしまうから、すぎに年明けて憂鬱な気分になってしまうのだろうなあ・・・

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土曜日

2014-12-21 10:45:44 | つぶやき
 雨の中、用事が出来て出掛けた。急に出掛けることになったので急いで家族の夕食を作った。夕食を作りながら出掛ける準備をした。

 いつも使う駅は、雨なのに混雑していた。年末だし、クリスマス前の週末なのだからかもしれない。親子連れやご夫婦やカップルや、いろいろな人が暖かい恰好をして電車を待っていた。

 いつもの駅で乗り換えて、席が空いたので座った。電車の中は、暖かくいい具合に揺れていて、気持ちがいい。このままずっと、こうして電車に乗り続けられたらいいのになあと、ふと思う。小さい頃電車に乗るとよくそう思ったことを思い出した。父の車に乗った時も、このまま家に着かないでずっと車に乗っていたいって思ったことがよくあった。今日は雨だけれど、そんなに嫌な雨じゃないなと思う。でも窓ガラスが曇っていて、外が見えない。

 私の向かいに、私と同じくらいか、やや年が上に見える女の人が座っている。髪を肩の上にきれいに切りそろえて、前髪もまっすぐにそろっている、私の好きな髪形だ。ここ数年、私は同じ歳くらいの感じのいい女の人を見るとよく観察してしまう。綺麗に年を取っている人は素敵だし、どうしたらそうなれるのかと気になるのだ。その人をさりげなく観察していると、横に座っている小柄な女の子と親子なのが分かった。口元が、そっくりなのだ。二人とも母親はスマホを見て、娘は文庫本を読んでいるので下を向いている。きゅっと結ばれたちょっとへの字になった口元がそっくりだ。よく見ると鼻も目も似ている。娘は高校生くらいだろうか。娘さんが年を取ると、ああなるのだなあと見ていて思う。
 どこかにお買い物に行った帰るなのだろう。たくさんのショップの紙袋が網棚の上に載っている。

 私は二人を観察しながら、今ここにいない娘のことを思った。私たちもこうして電車に二人で乗っていたら、ああそっくりな親子だなあとか、思われるのだろうか。私たち親子もそっくりなのだ。二人を見たことのある知り合いはは、皆娘さんは瓜二つだねと言う。受験生である娘は、今日も塾に行っている。受験が終わったら、あの親子みたいに二人で買い物に行ったりするのだろうか。正直あの子と出かけるのはあまり好きではない。べたべたとくっついてわがままで甘えん坊で疲れてしまうのだ。一人で行動した方が疲れない。人はよく、娘がいると一緒に出掛けられていいねと言うけれど、私はあまりそうは思っていない。どのみち大きくなったら友達と遊ぶ方が楽しくて親となんかいないと思っているし、子供を当てにしたくはない。

 でも。私は考えた。日頃から、自分は天涯孤独なんだ、と思っていたけれど、やはり子供がいることは良いことだ。目の前の親子を見て思う。二人の醸し出している雰囲気を見ていると、なんだか娘がいるのもいいものだ、と思えてきた。わがままで甘えん坊で、面倒くさくて、自分勝手で、でもやはりあの子は愛しいなと、急に思えてきた。そうしたら何故だか急に涙が出てきた。どうしてだろう。年を取ると涙もろくなって困る。なんだか原因が分からないのに涙が出てくることが多々ある。どうしてだろう。

 電車の中は暖かい。冬は寒いけど、寒いから暖かいと嬉しくなるんだ。

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romancecar

2014-09-06 20:54:49 | つぶやき
通勤に小田急を使っているので、たまにロマンスカーの通過を待つことがある。下り方面に乗る人を見ると勿論通勤等に使っている人もいるのだろうけれど、ああ、これから箱根方面にお出かけに行くのだろうか、などと考え、ちょっと羨ましいなと思う。

この間仕事の後に下り方面に用事があったので、ちょうどホームに停車していたロマンスカーに、急いでチケットを買って飛び乗った。予定していたよりだいぶ早く行けたし、いつもいいなあと眺めていた電車に乗れたのが嬉しかった。

子供の頃、ロマン・スカーという電車だと思っていたけれど、これはロマンス・カーなんだった。


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2014-08-18 08:01:04 | つぶやき
嬉しい時に嬉しい顔をする、
簡単なことなんだけど、いつから出来なくなったんだろう。
そういえば、私小さい時も人から物を貰った時、もっと嬉しそうな顔しなさいって
よく親に怒られた。嬉しいことは嬉しかったんだけど、わー、嬉しいー、ありがとー、って
言葉は瞬時には出てこなかった。

私の人生、これで結構損してるな。
女は愛嬌、よく実父が言ってた。その通り。
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