星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

はるかぜ

2007-04-01 20:39:14 | 読みきり

昨晩の、冷たい春の嵐はどこかへ消え去って、今日は穏やかなあたたかい一日だ。雨上がりの生温い空気が、ゆるやかに風に乗って体を包む。寒かった昨日は、どこへも行かず家にこもっていた。天気のせいばかりでなく、何もやる気が起きなかったからだ。今朝起きて何気なくカレンダーを見ると、今日から4月になっていることに気がついた。そうか桜だって、もう咲いている。今年は桜のことなんて、すっかり忘れていた。

明日職場の先輩が転勤してしまう。私がいつも頼りにして憧れていた人だ。ああいう人にならなければと思っていた。すらりとして清潔感がある美しい風貌も、誠実な人柄も真面目な仕事振りも頭のよいところも、すべてに好感を持っていた。その先輩に、ささやかな、けれど何か記念になるものを贈ろうと考えていた。

重い腰を上げて、出かける支度をする。大きく開けた窓からは、春の匂いがしていた。お日様の匂いが混じったような花の匂いが混じったような、この時期独特の匂い。日の当たる窓辺で化粧をしていると、じっと汗ばんでくる。季節が一気に進んでしまったようだ。

外に出て駅まで歩く。半袖の上に上着を羽織ってきただけなのに、それでも暑かった。日差しは惜しげもなく全身に降り注いで、まぶしくて手をかざすと、少し先に淡いピンクの桜の木が見えた。昨日の風でも散らなかった桜は、満開でちょうどいい見頃のようだ。

歩きながら、こんなにいい天気なのに、こんなに綺麗な桜が咲いているのに、心が晴れないのは何故だろうと思った。何かふつふつと、すっきりしない感じがする。春はいつも、こんな気分になる。春のこの生暖かい空気を吸うと、私は不安で不安でたまらなくなる。

駅5つ分の電車に乗って、久し振りに来た目的地に下りると、先ほどより風が強くなっていた。改札の人込みや家族連れやチラシ配りやギターを弾く女の子などを見ながら駅前の広場を歩くと、ふと昔の、もう20年ほど前の春のことを思い出した。こんな風に生あたたかい風が吹く時期に、ある人と出会ったことがあった。その人と会う時はいつも、あたたかい空気がその人と私を包んでいた。その人とは、たったの数ヶ月でさよならをしたから、寒い時期の記憶がない。いつもいつも、長い袖か短い袖のTシャツを着ていたような気がする。私はあの時の、出会ったときの気持を、久し振りに今思い出した。春だったけれど、これからどんなことが起こるかなんてまったく考えていなかったけれど、私は不安なんてなかった。あったのは、静かにわくわくする気持、暖かい空気のような、その人と共有していた時間の心地よさ、そうなようなものだった。あの時の私は、春を嫌いではなかった。

私は久し振りに来た駅周辺の風景を見ながら、いつから春がこんなに憂鬱になったんだろうと考えた。考えている頭の隅で、春でなく、今の私の状況が、私自身を不安にさせるんだろうというのも分かっていた。春休みの日曜日、天気はよく桜は満開で、道行く人は家族連ればかりだ。私がこんなにざわざわとした気分でいたとしても、また気がつかないうちに夏が来て冬になる。そうして季節は巡っていく。うんざりする梅雨と、真夏の強烈な暑さを想像して、私は気が遠くなる。私はどうしたらいいんだろう。

寂しいのは、先輩が転勤してしまうから。もちろん、それもあって、でもそれだけじゃない。私はとても寂しいのだと思う。誰か、私のそばにいてください。

どこからか、はらはらと桜の花びらが舞ってきた。来週はもう、桜は散ってしまうだろう。

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