星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(7)

2008-10-31 02:34:58 | fortune cookies
 メールを送信し会場の席に戻ろうとしたとき、私の実父の姿が見えた。再婚した奥さんとその奥さんとの間に出来た子供も一緒だった。私は久しぶりに実父を見た気がした。普段はまったく接点がないし顔を合わすこともないけれど、親戚の冠婚葬祭では必然的に顔を合わす。私は話をするのが億劫なので顔を合わせても特に何も話さない。そもそも違う家族として何十年も生きてきた以上話題はまったくないし、それに再婚した奥さんはどうも私のことが嫌いなようだということが、私と接するときの態度で分かっていた。再婚した奥さんは実父よりも一回りほど若く、また再婚してしばらくしてから子供が出来たので、まだ子供は小学4,5年くらいに見えた。
「こんばんは。お久しぶりね。」
 私が目礼だけして通り過ぎようとすると、その奥さんから声を掛けられた。自分から私に声をかけてくることなんて今までなかったように思うのでずいぶんと珍しいことだなと思った。
「お久しぶりです。美樹ちゃん随分と大きくなって。」
 私は会話をする内容が見つからないので傍らにいた子供に半ば話すようにそんなことを言った。その時何年か振りに、というかこの子が生まれた直後写真で見せられた以降初めてだと思うのだが、私はその子の顔の造作を真近で見た。そして目を見張った。その子の顔は私の子供の時の顔とどう見ても瓜二つだった。奥二重の眼、はっきりとした眉、猫っ毛の髪。細かい全部の顔のパーツをそれぞれ見ていったら当然違いはあるのかもしれないが、ぱっと見たときの印象がまるで小学生の時の私の顔そのものだった。今までこれほど顔をまじかで見たことがないので気がつかなった。私の心の中を見透かしているかのように、実父の奥さんは話をしながら私の顔をじっと見つめていた。目が、口とは違うことを話しているような感じで喋っていた。
「もう始まるみたいです。」
 私はその直視をする視線に耐えられなくなってそう言った。葬儀社の人が会葬を始めると弔問者に声を掛けていた。人ごみをかき分け私はそそくさと席に戻った。

 葬儀の間、不謹慎かもしれないけれど私は死者を悼む気持ちで心を満たされていたわけでなく、まったく別のことを考えていたりした。父親を亡くした従妹は感情を乱すこと無く弔問客に丁寧にお辞儀をしていた。本当は父親や夫を亡くした家族というものはそれどころではない心境なんだろうけれど、こういう場ではそう振舞うしかないのだろう。叔父は会社を営んでいたので仕事がらみの弔問客は列をなして並び、丁寧な長いお経は永遠に続くのではないかと思われた。

 私は漠然と死ぬということについて考えていた。だが死というものと自分がどうもうまく結び付かなかった。例えば自分が癌だと宣告されて命があと数カ月しかないと分かったときに、死というものは突然に現実的な問題となるのだろう。死ぬ恐怖が自分の思考の大半を占め、その恐怖で夜も眠れなくなる日がくるのだろうか。その時自分は何をしておかなければと思い又何について後悔をするのだろう。今の自分にはそんなことは具体的に何一つ思い浮かばなかった。お経の後いろいろなお話を住職さんはしていた。仏教の難しい話を砕いてわかりやすく話ていたので私は退屈だと思っていた話に興味を持った。命の儚さについて説明をしていた。掌の上に落ちる雪のように命は儚いと。すぐに溶けてしまうように儚いのだから、毎日精一杯生きなさいと、そんな趣旨のお話だった。私は自分の人生のことについてそれほど深く考えたことはなかったが、自分の今の生活を見つめて精一杯生きていると言えるのだろうかと考えた。

 私が物心ついてから考えてきたことはとにかく自立をしたいということだけだった。家を出て自由になる、そのことばかりを考えてきた。その意味では今の生活は私にとってそこそこ快適だと言えた。仕事の面でも趣味の面でも、取り立ててこれを達成したいという野望のようなものも持っていなかった。私の目下の心配事は信次との関係くらいだった。だが信次と結婚したいという希望はなるべく持たないようにしていたし、信次との関係はいろいろと懸念事項はあるけれど問題はないほうと言えた。また恋愛が人生の生きがいのようなものというのもどうなんだろうという、冷めたもう一人の自分の意見もあった。
 
 だが自分の奥底の願望はそうじゃないのだと、多分自分自身でも薄々分かっているのだ。安定した生活とか平和な結婚生活なんて、ちっとも希望していないのだと自分では思おうとしているのだが、本当は、自分の芯の部分ではそうではないのではないか。私は自分がその考えを今思いついたということを忌々しく思った。そんなことを望んでいないと思っているほうが幸せな気がした。そのほうが人生は生きやすいと思われた。期待してないと思っていたほうが気苦労もないし体力も使わないからだ。だめだったときの落胆も消耗も少ない。私は信次が本当は自分のことをさして大切にしないと思って、だから自分でも期待していないのではないかと思った。いや期待しているのだが期待していない振りをしている、期待してないと自分で思い込んでいるのではないかと。本当は信次は自分だけの信次でいてほしいし、離婚した妻や子供なんかより自分だけを最優先してほしいと、私だけのために存在してくれる信次でいてほしいのだと思っているのではないのか。でもそれが叶わないからそう思っていない振りをしているのではないかと、ぼんやりとそんなことを考えた。これでは私は最初からやる気がないようなものだ。
 一生懸命に生きるっていうのはどういうことなんだろう。

 私は失うことを恐れているのだろう。自分では私は身軽なのがよいのだと思っていた。心を依存する人間がいない方がよいのだと。だが信次だけは違った。私は信次だけは失いたくなかった。自分には心を許せる家族も、友達もいないと思っていたのだったが、信次にだけはそう思いたくなかった。私がいまいちばん死んだら困る人、それは信次だった。父や母が死んでもそれほど感情は乱れないと思うが、信次が自分のもとからいなくなることを想像すると、私は今の従妹の心境が理解できた。なぜいなくなってしまったのだろう。なぜ死んでしまったのだろう。恐らくその気持ちでいっぱいになってしまうだろう。さっきまで血の通っていた人間が、もう話すこともできない。肉体はここにあるのにそれは物みたいに動かない。

 私は今日初めて涙を流した。叔父を悼んでというよりは、自分の愛する人がこの世からいなくなったときのことを一瞬でも想像したからだった。弔問者に向かってお辞儀をしている叔母と従妹が、急にか弱い女二人に見えた。


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やっと

2008-10-25 19:31:28 | つぶやき
色々忙しくてずいぶんと更新をさぼっていましたが、今日でちょっとほっとひと息。
また、少しづつ書いていこうと思っています。
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fortune cookies(6)

2008-10-09 01:56:20 | fortune cookies
 通夜の会場で美沙子姉さんを前に話していると、他の親戚にはない親密な感じがするのが分かる。私が勝手に慕っているだけなのかもしれないが、こういう気の乗らない冠婚葬祭の席で美沙子姉さんを見つけると本当にほっとするのだった。私は姉さんを至近距離で見つめながら、相変わらず美しい顔をしていると思った。この間会ったとき、それも確か2年ほど前の親戚の葬儀だったような気がするのだが、その時よりもやや皺が増えたような気もしたが、それは却って不自然な若作りとは無縁の年齢を重ねた魅力というものを表しているように思えた。そんなことを思っていると姉さんの旦那さんが近づいてきて叔母さんが呼んるからと言って二人は向こうのほうへ行ってしまった。

 席に残された私は通夜の式が始まる前に携帯をオフにしておこうとディスプレイを開いた。メールが来ていた。私にメールをよこすのは信次くらいしかいなかった。ここまで送ってきてくれたのだから当然通夜にいるはずだと知っているし、明日も会わないことになっているので何だろうと思いながら開いてみる。終わったらまた迎えに行こうかとあった。私はその文面を何度も読み、そして考えた。これはどういうことなんだろう。そのまままたうちに泊まっていくのだろうか。明日は告別式だし、それに明日、信次は娘をどこかへ連れて行く日になっていたのではなかったか。

 信次は離婚した妻との間に小学生の娘がいた。彼女の母親が土曜や日曜に用事や仕事があるときは信次が預かるということになっているらしかった。急に予定や仕事が入るのか約束があっても前日や当日キャンセルになることも多かった。それであまり土日は期待をしないようにと心掛けていた。明日もその予定だと聞いていたのだが、急きょ予定が変更になったのだろうか。信次の予定は急に変更することも多く、そういう事情があるということを承知で付き合っているのだから文句も言えないのだが、それでも時折、楽しみにしていたことが不意に中止になることがあると、私は遠足の当日が雨だった子供のような気分になった。面と向って文句は言わないし、大人げないと自分でも思っているが、それが態度に表れているときもあるらしく、仕方がないだろう、とその都度言われた。そんなことは自分でも分かっていた。

 娘がいつ訪れてくるか分からないという理由で、事前に連絡を入れないで信次のマンションへ行くと困った顔をされた。子供がいない私には分からなかったが、自分の父親に新しい恋人ができるということは断じてあってはならないことなのだろうか。そんな時私の心の中では薄暗いもやが発生した。もしかしたら信次は妻と離婚しているのではなく、単に別居しているだけなのではないか。もう別れているのであればどんな女と付き合っていようが関係ないのではないのか。不安は私の頭の中でどんどんと膨らんでいった。子供をどこかへ連れて行かなきゃならないから会えない、と言われると、本当に子供と会っているのだろうかと思うときもあった。性格の不一致で別れたということだったが、本当はそうでなく信次の浮気で別れたのではないのか。考え出すと思考は際限なく悪い方向に向かっていくのだった。

 それにしてもさっきここまで送ってきてくれたのにまた迎えに来てくれるなんて珍しい。どうしたのだろうか。信次は時々気紛れなところがあった。私が疑心暗鬼になるような発言を次々に平然と言ってのけるときもあれば、こうして意外な優しさを発揮するときもあった。その都度私は感情の波を上下させられた。疑問に思う点はたくさんあれど、優しい時があるから嫌いになれないのだった。そもそも私から信次を嫌いになるなんて考えられないことだった。悔しいけれど、信次が私を思う気持ちより私が信次を思う気持ちのほうが断然強いというのを意識せずにはいられなかった。信次が私から離れていくことに恐怖すら感じていた。メールを打とうと、参列席の椅子を立ってロビーの隅の人気ないところに向かった。

 時刻はいつの間にか通夜の開始時刻に近くなっていて、親族は続々と到着してきているようだった。久し振りに見る顔の親戚とすれ違うたびに、逐一挨拶をしながらロビーを横切った。私と顔が会って挨拶はしたものの私が誰か分からない人も何人かいて、そういう人はたいてい傍にいる別の親戚に、あらどこの娘だっけ?と耳打ちしていた。ほら、○○の、とその人が私の実の父親の名前を言うと、ああ、○○のねー、とそれだけで後に続く言葉を納得するのだった。私はこういうとき自分が悪いわけでもないのに非常に気まずい思いにとらわれた。久しく会わない親戚の誰かと会うたびに、私は過去の自分を瞬時に連想し、そして親戚の中での自分の微妙な位置を感じずにはいられないのだった。やっぱり信次の言葉に甘えて迎えに来てもらおう。瞬時にそう思い手短に返信文を打った。ありがとう。じゃあまた迎えに来てくれる?先ほど別れたばかりなのに私は無性に信次が恋しかった。

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fortune cookies(5)

2008-10-05 21:50:25 | fortune cookies
 美沙子姉さんが私の家に滞在していた数日の間に日曜日が多分あったのだろう。学校が休みのある日、姉さんは「今日は里江ちゃんと一緒にクッキーを作ろうか。」と提案してくれた。クリスマスが近かったせいかもしれない。私は張り切ってエプロンを出してきて準備した。その日は朝から冷え込んでいて、北側にあった台所は午前中特に寒く朝からダルマストーブを点けていた。姉さんはクッキー作りに必要な器具を台所のあちこちの扉を開けて探し出したが、まず秤が見当たらなかった。ゴム製のヘラとかクッキー型とかも見当たらなかった。母はお菓子作りの類はいっさいしない人だったし、洋風の料理もほとんどしなかった。
「そんなにきっちり計らなくても多分大丈夫。」
 姉さんはそう言いながら、母が何かに使えるかもしれないと取ってあったイチゴの入っていたプラスティックの空きパックを使って、器用に粉と砂糖の分量を量っていた。粉ふるい器も無かったのでザルで粉をふるった。ゴムべらはないが普通のスプーンで粉と卵を混ぜた。私がやらせてやらせてと連発するので、姉さんは卵を割ったりとか粉をふるったりとかの作業を適宜私にやるように言ってくれた。母は台所を汚されるのを嫌って食事の後片付けはさせても料理の手伝いなどは一切させてくれなかった。私は自分が少し背伸びをしているような気がしてとても嬉しくなった。姉さんは生地の半分にココアを混ぜブラウンの生地を作り、それとプレーンの生地を海苔巻のようにぐるぐると巻いて輪切りにし、渦巻き柄の生地を作った。
「すごいー。美沙子姉ちゃん何でも出来るんだねー。」
 普通の食事もまるでお母さんのようにてきぱきと作ってしまうのですごいなと思っていたが、お菓子作りまで出来てしまうのを見て私はますます憧れの眼差しで姉さんを見つめていた。

「里江ちゃんも何か好きな形で作ってみる?」
 まだ生地は半分ほど残っていた。
「うん、作る作るー。」
 私は二つ返事で答えた。
「そうだ、フォーチューンクッキー作ってみようか。」
「フォーチューンクッキー?なあにそれ?」
 私は聞き覚えのない名前に興味を持った。
「あのね、クッキーの中にね、占いのようなおみくじのような紙が入っていてね、食べる時にそれが出てきてね、なんか素敵な言葉が書いてあるのよ、それを読むの。」
 そんなものは聞いたことがなかった。おみくじが中に入っているクッキーなんて。
「姉ちゃん食べたことある?」
「ないよ。」
「じゃ何で知ってるの?」
「うーん、映画かなんかで見たのかなあ。分かんないけど。アメリカにある中華料理屋さんで食事すると出てくるみたいなのよ。ちょっとそういうの作ってみたいよね。」
 私にはうまく想像できなかった。アメリカの中華料理屋さんに何でクッキーがあるんだろ?おみくじって外国にもあるのかな。英語で何かが書いてある?それとも中国語で?
 美沙子姉さんはいつも母がてんぷらを揚げたときにお皿に敷く紙を細く小さくハサミで切って、それを10本くらい用意した。
「これに何かいいこと書こう。何か嬉しくなることね。」
 
私と姉さんはそれぞれ背中を向けて紙に小さい文字で書きだした。私は、占いのようなもの、という姉さんの言葉を思い出し、何となくいつも読んでいる少女マンガの雑誌の占いページに載っているような文面を思い浮かべ書いた。今日のラッキーカラーはブルー、とか憧れのあの子に偶然出会えるかも、とかそんな類のものだ。
「じゃあ小さく畳んで生地に入れよう。」
 私たちは生地に紙を入れ丸め、オーブントースターに入れた。オーブンなど家には無かったが、姉さんは多分これでも大丈夫だろうとのことだった。私はクッキーが焼けるまでオーブントースターの脇を離れなかった。だんだんと甘い匂いが台所の中に漂ってきた。早く焼けないかな、と焼きあがるまでに何度も何度も言ってしまった。

 クッキーが出来上がると、姉さんはやけどするから、と言ってすぐには味見させてくれなかった。私はおみくじの入ったクッキーが気になって仕方なかった。あまりに私がまだかまだかと催促するので一つだけじゃあ開けてみようと言って開けてみた。二人でこれ、と選ぶとせーのと言って同時に中の紙を出してみた。
「今度の席替えで好きな子の隣になれるかも。」私は読み上げた。
「あなたは優しくて背の高い人と23歳で結婚できるでしょう。」姉さんも読み上げた。
 私は姉さんと顔を合わせるとなんだか恥ずかしくなって笑ってしまった。姉さんは私の浅はかな文面を「わー、23歳で結婚できるんだあ。そうなんだー。」と喜んだふりをしてくれた。

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反応

2008-10-05 19:47:34 | つぶやき
自分が悪いって分かっているんだけれど、さみしい。
さみしいって思っちゃいけないことも分かっているけれど、
やっぱりさみしい。
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fortune cookies(4)

2008-10-04 14:11:13 | fortune cookies
 それからの数日間、美沙子姉さんが家にいる間私は姉さんの後を四六時中くっついて歩いた。普段母親にはあまり学校生活や友達の事やまして好きな男の子の事など絶対に喋らなかったのだが、美沙子姉さんにはまるで友達に話すようにありとあらゆることを話した。美沙子姉さんは私から見れば大人と一緒だったが、正確には大人の中に分類されてはいなかった。友達、のほうに近い大人だった。姉さんは鬱陶しいという顔は何ひとつせず、いかにも子供染みた、途切れることの無い幼稚な話を丁寧に聞いてくれた。夜寝るときは私のベッドの隣に姉さんが布団を敷いて寝てくれた。普段は布団に入って数秒で眠りに落ちてしまうのだったが、姉さんと話をしているといつまでも起きていられるのだった。朝起きると、さほど長くもない髪を駄々こねて姉さんに結んでもらったり、学校に着ていく洋服も、いつもなら母に文句を言われるのでどれでもいいと思って着ていたのだが、少ない枚数の中からファッションショーのようにあれやこれやと胸に当てて、どれがいい、と姉さんに逐一聞いたりした。

 夕方また走って学校から帰ってくると、私はその日学校であったことを機関銃のように話しだした。私は学校の休み時間にいつも遊んでいるうちの一人のK君のことばかりを話していた。
「里江ちゃんK君のこと好きなのね。」
 美沙子姉さんは微笑みながらそう言った。私はいつも3人で遊んでいる中にたまたまK君がいたからK君のことばかりを話していたのだと思っていたが、そう言われてみると自分はK君のことが確かに好きなのだということに気が付いた。
「そうかあ、私ってK君のこと好きだったんだ~」
 自分で発見だった。
「ねえ、美沙子姉ちゃん好きな人いるの?」
 私は無邪気に聞いた。美沙子姉さんは少し困った顔をした。大人の美沙子姉さんが、きっと高校生の美沙子姉さんに戻ったのかもしれなかった。
「姉ちゃんにはいないなあ。誰か素敵な人いないかしらねえ。」
 私はこのとき体よくあしらわれたと思った。大人に何か質問をしたとき、それが都合の悪いことだった場合に、本当は知っているのに知らないなあ、と回答されるのと同じ言い方だった。だが子供心に、これ以上この件については聞いてはいけないのだということが暗黙のうちに分かった。

「里江ちゃんはK君のどこが好きなの?K君て格好いい?」
 姉さんは私に矛先を向け直した。私はそんなこと考えたこと無かったなあと思いながら、自分はK君のどこが好きなのかを考えてみた。K君はとりたててクラスの中で女子に騒がれるタイプでもないし、スポーツ抜群のサッカー少年とか野球少年でもなかった。顔は女子に人気のあるような甘いタイプではなく、どちらかと言うと生真面目なタイプだった。私ともう一人の女の子といつも3人で休み時間遊ぶことが多かったが、それ以外の女子と親しく話しているのはあまり見たことがなかった。K君が他の子より秀でているところは勉強ができるところだった。それと他の男子みたいに私の家庭事情についてあれやこれやと言わないことだった。幼稚園の時と小学校で苗字が違うということを、しつこく何で何でと言ってくる男子が数人いたが、そういう男の子は自分のもっとも嫌いな部類だった。
「K君はすごく頭がいいよ。あとカッコいい顔してるかなあ。」
 生真面目な顔、というのは当時の私には格好良いというのと同じことだったのだろう。
「そっか。里恵ちゃんは頭のいい子が好きなんだね。」
「うん。馬鹿な男子って嫌い。」

 今考えてみると、それは私がそれ以後も男の人を好きになる基準となった。馬鹿な男は嫌い。頭の良い人が好き。小学校や中学の時にはまわりにいる男の子は皆どうでもいいことではしゃいでいて幼稚だと思っていた。自分の頭で考えていることとあの子たちの間にはものすごく距離があるような気がした。それで必然的に物静かな子は一見頭の良い子に見えたのかもしれない。表面だけ恰好がよく華やかで中身のない人というのが一番きらいだった。それで中学になっても高校になっても、まわりの友達が良いという男の子と自分が気になる男の子にはいつもずれがあった。
「美沙子姉ちゃんはどんな人が好き?」
 私たちは年齢を超えてガールズトークに夢中になっていた。
「姉ちゃんは優しい人が好きだなあ。あと背が高い人がいいなあ。姉ちゃん背え高いでしょ。だからね。」
 今度は姉さんは正直に答えているように見受けられた。美沙子姉さんは身長がかなり高かった。今の姉さんはすっきりと痩せているけれど、高校生当時の姉さんはもっと若い女の子特有のふっくらした感じがあった。そして姉さんの旦那さんになった人は姉さんよりも少し背が低かったが、この時姉さんがどんな人と結婚するなんて私はもちろん姉さんにだって分かっていなかった。

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fortune cookies(3)

2008-10-03 02:47:34 | fortune cookies
 私が小学3年生のとき母が手術のため入院することになった。お腹を切る手術、と聞かされていたが、大人になってあれは子宮筋腫だったということを知った。恐らく一週間ほど入院していたようだったが、その間母の姉妹達が代わる代わる何かと世話をしに家に来てくれていた。ある日、どの伯母も都合がつかないという日があったのか、美沙子姉さんが来てくれることになった。その時の美沙子姉さんは多分高校生くらいだったろうと思う。小学生の私から見たらもう大人と同じだった。私と美沙子姉さんが長時間過ごしたのはそれが初めてだったが、最初から私は美沙子姉さんには他の従姉妹にはない親近感を持っていた。それで美沙子姉さんが来てくれると知った時とてもはしゃいで喜んだ。美沙子姉さんは綺麗で優しく、私の憧れのお姉さんだったのだから。

 私と美沙子姉さんは同じような運命を生きてきた、と言っても良かった。私たちは共に養父母に育てられていた。私の場合は3歳の時に母親が蒸発した。男手ひとつで私を育て切れないと判断した父親は、自分の姉夫婦に私を養子に出した。子供を欲しがっていたにも関わらずずっと出来ずにいた伯母夫婦は養子を探していたのだ。同じように美沙子姉さんの両親も姉さんが小学生のときに離婚し、父親の兄弟夫婦の元へ養子に出されていた。当時の私は美沙子姉さんの生い立ちについて詳しいことを知らなかったが、美沙子姉さんの家の中で彼女だけが貰われっ子であるということだけは知っていた。それをどこからか聞いた時、ああ、私と同じなんだ、と強く思ったのを憶えているのだ。

 私が正式に今の両親の養子になったのはもう物心ついた年齢であったので、私は自分が貰われてきた子だ、という自覚を常に持っていた。そのせいか自分は居候をしている、という感覚がいつまでも抜けなかった。どんなに月日が経っても私は両親に甘えることができなかった。なんの躊躇いもなく、お父さん、お母さん、と呼ぶことができたけれども、心の中ではいつまでも伯父さんと伯母さんだと思っていた。そういう心情が態度になって表れていたのかもしれない。母親はいつも私のことを可愛げがないと言っていた。まったく可愛くない子供だね、というのが母親の口癖だった。これは私の推測であるが、養子をもらってまで子供が欲しかったという母親は、確かに自分で言うとおり子供好きなのには違いなかったのだろうが、その分子供というものに対しての自分のイメージが確立していて、そのイメージから私はあまりにも遠すぎたのかもしれなかった。それでその失望や期待外れが余計に私への苛立ちになっていたのではないかと思うのだ。

 自分で振り返ってみても私は全くもって可愛げのない子供だった。子供らしい遠慮のなさや屈託のなさ、というものが私には決定的に欠けていた。子供特有の喜怒哀楽の表現も苦手だった。私が頭の中で思い描いていたことは、大人になったら少しでも早くこの家を飛び出すのだということだけだった。私は自由になりたかった。その為には最小限の借りしか作りたくなかった。私は甘えたことや物的な要求やわがままは一切言わなかった。借りを作るとそれだけ家を出にくいと思っていた。勿論、小学生の当時の私がそんなことを具体的に思案していたわけではない。もっとぼんやりとした、屈折した感情、というものを持っていただけに過ぎない。けれどもその様な思考は大きくなるにつれて徐々に確立されていった。

 毎日代わる代わる家にやってくる伯母達は、母親が入院して私がさぞかし心細くしていると思ったらしく普段以上に優しく接してくれた。私は正直さびしいという気持ちは微塵もなく、普段言いつけられている様々な制約や家事の手伝いから解放されいつもにはない開放感を感じていた。そこへ今度は美沙子姉さんがやってくると知って、私は本当に浮かれた気分になった。

 美沙子姉さんが家に来たのは、多分冬休みの直前だったのではないかと思う。寒い時期だったのを記憶している。もしかしたら高校3年の冬で、大学受験をしなかった姉さんはもう学校にもあまり行く必要がなかったのかもしれない。今日から美沙子姉さんが来る、と知った私は授業と帰りの会が終わると走って家まで帰ってきた。玄関に普段ないようなスニーカーがあるのを確認すると、ああ美沙子姉さんが本当に来たんだなと思いばたばたと家の中に入った。
「おかえり。里江ちゃん久し振りだね。今日からお姉ちゃんをここに泊めてね。」
 美沙子姉ちゃんは私に温かいココアを作ってくれた。普段は牛乳しか飲ませてくれないのでそれは一層特別な感じがした。
「姉ちゃんいつまでいてくれるの?お母さん退院まで?もっと?」
 開口一番そう質問した。私にとってはできるだけ長くいてほしかった。美沙子姉ちゃんは曖昧な微笑をして、「うーん、どうかなあ。」と答えた。予定だと母親は3日後くらいに退院してくるはずだった。
「姉ちゃんも学校とかバイトとかもあるからね。そんなに長くはいれないのよ。」
 無暗に期待感を抱かせない言い方だったけれど、その声はとても優しかった。
「里江ちゃん宿題はないの?おやつ終わったらやろうね。」
「はーい。すぐやるね~。」
 いつも母親に言われると嫌な気分になるこのセリフも、なぜか楽しいことのように感じた。

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fortune cookies(2)

2008-10-01 02:53:55 | fortune cookies
葬儀場には告別式の始まる1時間ほど前に着いた。信次は車でここまで私を送ってくれた。
「僕もお焼香してこようか。」
 葬儀場にもうすぐ着きそうになる場所までくると、ぼそっと信次は言った。そんなことを言い出すのが意外だったので思わず「どうして?」と聞いてしまった。
「どうして、って、ここまで来たのだからそれぐらいはしてもいいかなと思って。」
 私は信次の顔を覗き込み、またその首に顔を埋めたい衝動にかられた。けれども運転中なので当然そんなことはしなかった。
「ありがとう。そう言ってくれて。でも今回はいいわ。そのつもりで来てないだろうし、あなたのこと私母にも話してない。」
 母にも話してない、という一言がどういう反応を起こすのだろうと思うと一瞬口にするのを躊躇したが、私は特にそのことに意味を持たせたわけではなく、客観的な事実として言ったまでだった。
「そうか。じゃあ今日はやめておくか。」
 信次はあっさりそう言った。

 ロビーを抜けると親族の待合室があった。他の親戚の人に交じって父も母はもうその場所にいた。母に会うのも久しぶりのような気がした。県内ではあるが電車でも車でも2時間弱はかかる場所に住んでいるので、長い休みにでも入らなければ実家にはほとんど寄り付かなかった。母は私を見つけると叔父が最後どのようだったのかをざっと私に説明し、今日と明日の予定やら香典をちゃんと用意してきたかとか自分たちは今日は帰らずに近くの親戚の家に泊まるのだとか言うことを一気に話した。私は久しぶりの母の連続トークにうんざりしながら、叔母さんに挨拶してくる、と言ってその場を離れた。

叔母と従妹は他の親族の相手をして話をしていたが、私に気が付いてそばに寄ってきた。1年近く続いた看病や事態が急変したことで二人とも憔悴しきっているのではと想像していたが、意外にも湿った空気は流れていずに普段通りの母娘の姿があった。気が張っていて弔問客に対する気遣いから気丈な態度でいられるのか、それとも元々が湿った雰囲気の似合わない母娘だからなのか、またはその両方なのだろう。従姉妹は特に明るく振舞っていた。本当の父親が亡くなる、という事態に遭遇したら、もっと心の中深くに例えようもない感情が湧くのではないか、と想像している私にとって、平常と同じ態度でいるということはうまく理解ができなかった。表面では普通を装っていても、どうにもならない喪失感というものがあるに違いない、と思うと、平常に振舞っているということが余計に涙をさそうような気もした。

亡くなった叔父の姿を見てお線香を上げていると従姉の美沙子姉さんがいつの間にか後ろにいた。私はその姿を見るとほっと安心した気分になり、随分と久しぶりに見る美沙子姉さんが相変わらず年を取らないなと、会う度に思うことを同じようにまた思った。私より7,8歳年上の美沙子姉さんはすらりと背が高く、痩せすぎというほどではない程度の体格でいつも手入れの整った綺麗な髪をしていた。もともと目鼻立ちがはっきりとしているので化粧を濃くしているわけではない自然な肌は年齢よりもずいぶんと若く見えた。

「美沙子姉ちゃん久し振り。」
私が少しはしゃいだ声を出すと姉さんは微笑んで「ほんとうね。随分と会ってなかったわね。」と穏やかな声で言った。横では美沙子姉さんの旦那さんが同じように静かな表情をして立っていて「里江ちゃん、久し振りだね。」と優しく言った。旦那さんは相変わらず真黒に日焼けをしていて、いつまでも若く見える姉さんとどんどん年の差が開いていくように見えた。
「元気だったの?仕事は忙しいの?彼氏できた?」
まだ弔問客のいない会場の椅子に座り私たちは数年ぶりかの話を始めた。私はこの従姉妹が親類の中で唯一気を許せて話せる人だとなんとなく思っている。兄弟姉妹のいない私にとって、実際に姉がいたらこんな風なのだろうなと思っていた。こんな姉がいたらいいなとずっと憧れている存在でもあった。
「うん、私は元気。美沙ちゃんもぜんぜん変わらないねえ。いつも旦那さんと仲良さそうだし。」
確か美沙子姉さんは旦那さんの実家の家業の手伝いをしながらその家族と同居をしているはずだった。本当に私の聞きたいことは、例えば子供できたの?とか旦那さんとの家族と同居してストレス溜まってない?というようなところだったが、旦那さんがすぐそばにいることもあり、どちらも聞いてはいけない類のことのように思って口には出さなかった。
「最近犬を飼いだしてね。」美沙子姉さんは携帯をするっと鞄から取り出して私に見せた。
「ミミ、っていうの。ミニチュアダックスなんだけどね。女の子。」
画面には犬の顔のアップの写真が待ち受けに使われていた。
「ああ、可愛いね~。じゃあ今日はお留守番してるんだ。」
可愛いには違いなかったが、犬の顔は私にはどの犬も同じ犬に見えた。もしかしたら子供を作るの諦めて犬を飼いだしたのではないかということがふっと頭をよぎった。そんな私の頭の中を見透かしたように美紗子姉さんは続けて言った。
「子供ももう年齢的に諦めたしね。だからと言うかなんか可愛がるのが欲しくてね。」
私は自分がそんなことを推測してしまったことがまるで悪いことだったように感じてしまった。だがやっぱり、とも思った。私は美沙子姉さんを見ると、いつもどこかに諦めのような雰囲気を感じてしまい、そのことで一層姉さんのことが心の中に引っ掛かってしまうのだと思った。

美沙子姉さんとの一番幼い時の思い出は、私が小学校3年のときだった。

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