星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(10)

2008-12-18 16:03:26 | fortune cookies
 アパートに帰りつくと私はソファもたれかかりそのままうずくまった。頭が酷く痛んだ。脈拍と同時にこめかみのあたりがずきんずきんと締め付けられるようだった。どこかに出かけて変に気を使うと必ず頭が痛くなるのだ。
「大丈夫か。」
 信次は私の顔を覗き込みながら言った。私の眼の高さに屈んで顔と髪を撫でた。私は反射的にその手の上に自分の手を重ねた。信次の手はごつごつとしていた。
「ただの頭痛。少しだけ寝かせてくれる?少し眠ると頭がすっきりするから。」
 私は信次の上半身を引き寄せて、すがるようにその胸に顔をくっつけた。シャツの上から伝わってくる体温と信次の匂いで私は少し落ち着いた。そのまま目を瞑ると地面がぐらんぐらんと廻っているような感覚がした。だが信次が、じっとそのままの体勢でいてくれたので私は安心して目を瞑っていた。
 
 しばらくして、ふっと時間が経過したような感じがして目が覚めた。信次の体は相変わらず私の顔の横にあった。体の上にはブランケットが掛かっていて、小さな間接照明ひとつだけが付いていた。壁に掛けた時計の秒針と、信次の呼吸の音しか聞こえなかった。私はしばらくじっとしていた。じっとして信次の体温を感じていた。頭痛は少し和らいでずきずきとした痛みはなくなっていた。私はぬるま湯につかっているようなほんのりとした温かさを感じた。このままずっとこうしていたかった。朝までこうして、一つのブランケットにくるまっていたいと思った。私が頭を少し動かすと信次が「起きたのか?」と呟いた。
「ごめん。相当寝てしまったみたい。今何時なの?」
 信次は時計を見もせずに、「うーん、夜中だろう。」と言った。
「先にベッドで寝ててくれればよかったのに。」
「何だか気持ちよさそうだったから。俺がどこうとしたら、お前が手探りでくっついてくるんだもの。子供みたいだな。」
 私は信次の顔を見ながら、思わず笑みをこぼした。顔がすぐそばにあったので、そしてそのまま軽いキスをした。

 その後熱いお風呂に入ってから、きちんとベッドに入って眠った。私は体を横にして丸くなり信次に後ろから包まれているような体制で眠りについた。私は満ち足りた気分だった。こういう時間には他のことを考えなくても済んだ。ただ温もりと、信次の体温と、体と、息遣いがすぐそばにあるのを感じているだけで良かった。こういう時間は最も幸福を感じる時間だなと思った。

 だが目が覚めるとまたしても信次は居なかった。途中ベッドを抜け出したのは覚えていたけれど、トイレにでも行ったのかと思っていた。カーテンの隙間からは朝日が弱々しく差し込んでいた。私は起きあがりのろのろと告別式に行く支度をし始めた。昨日確かに信次は私とぴったりとくっついて寝ていたはずなのに、今はもういない。今日はひとりで出掛けなくてはいけない。何時の電車に乗ればいいのだろうと頭の中で考えた。
 
 コーヒーをひとり分入れ、ゆっくりと飲んだ。頭は意外にすっきりとしていたけれど、なんとなくどこかに影があるような、ほとんど快晴なのにどこかで雲が発生しているような、そんな感じだった。信次は今日こそは子供のつきあいなのか仕事なのか。いつもこうして何も知らせずに去って行ってしまう。紙にでもメモをして、今日は子供の当番です、とか、急に仕事になりました、とか書いていってくれればいいのに、もしくはメールを入れておいてくれればいいのに、と思う。そんなに手間暇かかることではないのに。それともそういうことを逐一私に報告する義務もないのだし、またそういうことを私に言わなければならないということは彼にとっては縛られていると感じることなのだろうかと考えた。

 告別式は昨日と同じ雰囲気で滞りなく進められた。弔問に訪れる人は通夜よりはずっと少なかった。昨晩と同じようにじめっとした雰囲気ではなく、母娘は努めて明るい態度で列席者に接していた。
 
 出棺間近の時間になり、列席者はお棺に花を入れ始めた。順番に並んで棺の中を花で埋めていく。それから出棺の時間になり、列席者たちで少しづつお棺に釘を打って行った。その時、今まで毅然とした態度で臨んでいた叔母と従妹が突然嗚咽し始めた。それにつられて他の親戚も涙を流し出した。もう、この顔を見ることができない、この姿も灰になる、この世に姿さえ存在しなくなる、という事実が箱を閉めるという行為によって急激に訪れたのだろうか、と私はその光景を見ながら思った。叔母と従妹は「お父さん、お父さん」と何度も何度も言っては堰を切ったように涙を流していた。私はその姿を見て今までからっとした態度でいただけに、余計に母娘の気持ちを思わないではいられなかった。それと共に死んでしまってここまで悲しい思いに囚われる人が私にはいるのだろうかと思った。例えば育ての父親が亡くなっても私はこれほどまで悲しくなるのだろうか、実父ならどうなのだろうか、と目の前の光景を凝視しながら考えた。私はどちらの父が死んだとしてもそれほど悲しくはないのではないか、と想像してしまった。そしてそのことを考えついたということに罪悪感のような、後ろめたさのようなものを感じた。天涯孤独、という文字が急に頭の中に浮かんだ。私は最初から最後まで結局はひとりぼっちなのかも知れない。誰とも、明確な絆というものを結ぶことができないのかもしれない、と思った。


***ご感想などコメントいただくと励みになります***
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
人気blogランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする