ろっくぶっくのいつものように

身のまわりの出来事、思うこと、などなど。
絵手紙を始めました。見てください。

壁の時計が死にました

2016-09-30 00:09:33 | 雑記(コト)
 昨日、朝起きたら壁の時計が4時1分で止まっていました。電池切れだと思って、単3電池2本を換えたものの動きません。リセットボタンを押したりいろいろしたけどダメでした。意識していませんでしたが、普段は何気なく壁の時計をかなり頻繁に見ているようで、いつもあった場所に時計がないとなんだか不便です。
 今日、その時計を買った近所の時計屋さんに持って行って見てもらったところ、私が換えた電池を調べて、「電池は問題ない」で、電池を外して見ていて、「電池はいつ換えましたか?」と聞いてきます。昨日の朝止まったので、昨日の昼くらいに換えましたと答えると、「電池の液漏れですね。こういうのは電池換えてダメなら、もうだめですね」だそうです。まあ確かに、中にはきっと小さな基盤が入っているだけでしょうから、直しようもないのでしょう。結構気に入っていた壁掛け時計だったので、ほぼ同じものを買って帰ってきました。違いは、以前のは文字盤のところが白い地にベージュの細い縦縞が入っていたのが、新しい方は縞はなし。長針と短針の透かし彫りになっている模様が少し違う。電池は単3ですが、以前は2本、今回は1本になっていました。あと、楕円の感じが少し違う感じです。以前の方がやや細面のようです。電池の液漏れって、またあったら嫌なので聞いたところ、電池が切れて、そのままにして長いこと置くと液漏れすることがあるとのことで、止まってすぐ換えたのなら、それは珍しいとのことでした。まあ普通に使っていればいいみたいです。
 家に帰って、元の場所に掛けたところ目がほっとしました。在るべきところに在るべきものが在るのはなんだか安心です。それにしても、止まるまではきっちり動いて、ぱったりと死んでしまうのは、時計にしては困ったものですが、人間だったら、あっぱれかもしれません。
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杉原 千畝記念館-心震えます

2016-08-17 23:07:48 | 雑記(コト)
 岐阜県八百津町にある杉原千畝記念館に行ってきました。
木をたくさん使ったしゃれた感じの小ぶりな記念館です。(写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました)
これは入場券です。

 第二次大戦中に、リトアニアの日本領事館に赴任していた外交官ですが、ナチスの迫害から逃れるポーランド系ユダヤ人達に日本の通過ビザを発給した人です。命のビザと言われているものです。外務省にお伺いを立てるも、返事はNOだったにもかかわらず、人道的見地から自身で決断しビザを発給しました。日本通過ビザが取得できたことで、ソ連の通過ビザも取得でき、唯一のルートであるシベリア鉄道経由で、ウラジオストック、舞鶴と渡り、その後、中国やアメリカ、オーストラリアに渡ったそうです。6000人もの命がそれによって救われたといいます。
 本人は帰国後、結局外務省の外交官としての職はなく、貿易会社に職を得てモスクワ勤務などしていました。千畝氏のビザで助かったユダヤ人が戦後随分と経った1968年に千畝氏を探し訪ねてきたことから、話が広く知られるようになったようです。

 記念館内は、千畝氏が発給したビザや、助かった人たちのその後の写真、外務省との公電などの展示があります。千畝氏の生い立ちもあり、さらに、リトアニアのカウナスの日本領事館執務室が再現されています。説明文は、日本語と英語、それにもう一つ見慣れない言葉で書いてあります。受付で聞いたところ、ヘブライ語だそうです。イスラエルからの見学者が結構来られるのだそうです。

 まわりは「人道の丘」と呼ばれる公園のようになっていて、モニュメントなどもあります。千畝氏の出身地である八百津町が力を入れているようです。

 リトアニアのカウナスにも杉原記念館があるようです。機会があればそちらにも行ってみたくなりました。

 話は少しさかのぼりますが、6月に広島へ行く機会があり、原爆ドームを初めて見ました。原爆資料館は、心の準備が出来ず入ることはできませんでした。



 という訳で、ポーランドへ行く気持ちの準備は少しできてきたつもり。単に観光ですけど、アウシュビッツとかピルケナウに行くのに、自国のそれなりの場所を全く知らないで行くのは気が引けるというものなので。
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体操は美しいのが一番:男子団体金メダルおめでとう!

2016-08-09 21:11:30 | スポーツ(主に観戦)
 12時間時差のあるリオデジャネイロ・オリンピックをついつい見てしまいます。毎日とんでもなく暑い日々で、日中はぐったり状態ですが、夜の割と遅い時間と早朝はリオ観戦です。スポーツはライブでなくては感動を共有できません。
 体操男子、予選がなんだかピリッとしなかったので、どうなんよと思っていましたが、すごかったです。つま先までピタッと決まった美しい体操は良いです。あんだけひねったり、離れ技をした後で、マットに吸い付くような着地は見ていて気持ちがいいです。
 2004年のアテネの体操金の時も見ていました。あの時は最後の演技者の富田選手の鉄棒の着地が本当にきれいに決まって、その後何年も何度もあの場面が流れましたけれど、今回の最終演技者の内村選手のゆかは、全種目やりきって、やや疲れ気味だったのでしょうか、最後の着地が少し動いたのがちょっとだけ残念かも。

 余談ですが、客席にたくさん両親とかが応援に来ています。皆さん若いのでびっくり。
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哀悼 千代の富士様

2016-08-06 00:11:20 | 相撲
 なんということでしょう、九重親方が逝ってしまいました。61歳という若さです。
膵臓ガンを患っていることを知りませんでした。北の湖理事長が急逝した時に、八角さんが急遽理事長になって、次の正式な改選時にも引き続き八角さんが理事長になったので、ちょっとびっくりしてました。八角さんより九重さんの方がどう考えても先でしょと、素人は思ってました。
 千代の富士の相撲で心に残っているのは、なんといっても双葉山の60連勝を超えようと連勝記録を伸ばしていたときに、千秋楽に大乃国に敗れた一番です。あの時は既に千代の富士の優勝は決まっていて、片や大乃国は全く星が上がらず、見ている方は千代の富士の勝ちを疑っていませんでした。それがなんと、大乃国が勝ってしまい、千代の富士が土俵の(テレビ画面で)右下の方に尻もちをついて、何とも天真爛漫な顔で見上げていました。九州場所の千秋楽の出来事で、年が改まってすぐに昭和天皇が亡くなり、結局あの一番が昭和最後の本場所の相撲になってしまいました。そういえば、天皇崩御で初場所も初日が一日延びました。

 九重部屋に献花台が設けられたというので、よほど行こうかと思いましたが、北の湖理事長の時に行かなかったのに、九重さんの時に行っては、北の湖理事長に対して私の気持ちとして申し訳が立たぬと思い、行くのはとどまりました。今回の報道で、弟子の育成に力を尽くしていたと知りました。もっともっと弟子の育成をしてほしかったです。千代大海の佐野山親方が九重部屋を継ぐそうです。いい相撲取りを育ててほしいです。

 九重親方(千代の富士)のご冥福をお祈りします。
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自転車後輪タイヤ交換

2016-06-10 00:24:05 | 雑記(コト)
 2-3日前に自転車の後輪タイやがつるつるになっているのに気が付きました。いつの間にとびっくりして、自転車置き場の他の自転車を見ても、自分のほどつるつるのはありません。結構怖いものだと思って、自転車屋さんに行って交換してきました。タイヤとチューブを一緒に交換するのだそうで、5000円でした。前輪はまだちゃんと溝があったので、自転車屋さんのおじさんに聞くと、「後ろの方がどうしても負荷がかかるからね。」とのことでした。「今度は前がつるつるになるんでしょうか?」と聞いてみると、「次も後輪かもしれないよ。」だそうです。
 自転車は4台目ですが、タイヤを替えたのは初めてです。かなり乗っているということでしょうか。
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安田 靫彦(やすだ ゆきひこ)展-すっきりした線と清明な色調

2016-05-14 18:15:49 | 展覧会
竹橋の東京国立近代美術館で開催中の安田 靫彦(やすだ ゆきひこ)展に行ってきました。「飛鳥の春の額田王」が見たくて、会期(3月23日から5月15日)ギリギリでしたが行けました。


「飛鳥の春の額田王」は意外に大きくて上衣の赤に金の模様がきれいです。あと、背景の飛鳥の町の塔の屋根の緑と柱の赤のコントラストがきれいです。背景上部の大和三山もやさしい感じです。

どれも線が迷いなくすっきりとしていて、色調も透き通ったような清明な感じです。
歴史画が多いのですが、私達が、教科書などでなんとなく知っている源 頼朝や、豊臣秀吉の顔が全く違和感ないです。既に描かれている相貌をしっかりと受け継いでいる感じです。あと、歴史考証なども随分ときちんとしているらしく、装束など細かい部分までしっかり描かれています。

金曜日は夜8時までオープンしています。入場は7時半までですが、なんだかゆっくり見れて良いです。昨日も結構大勢の方が見えてました。
明日までなので、もはや手遅れかもしれませんが、お薦めです。

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ミャンマーもろもろ

2016-05-07 21:29:32 | 懐かしくも心落ち着く国-ミャンマーの旅
3月に訪れたミャンマーの報告の最後です。
いろいろ雑記です。

アウンサンスーチーさんの家です。

門の真ん中にスーチーさんの父親のアウンサン将軍の写真が掲げられています。両側にはNLDの看板。木が鬱蒼としていて、中の住居らしきものは見えず、随分と大きなお家のようでした。

通貨はチャットです。両替は米ドルからです。20ドルが2200チャット。米ドルも小額紙幣より50$や100$紙幣の方が交換レートがいいとガイドブックに書いてあったので、100$紙幣を用意していきましたが、小額紙幣でもOKでした。ただし古い紙幣はNG、しわのある紙幣もNGでした。

現地のガイドさんから聞いた話ですが、年金は無い。子が親を養うのだそうです。祖父母が孫の面倒を見るそうです。重婚は懲役7年。以前は黙認だったそうです。

ヤンゴンのシエダゴンパゴダ。この金ピカ感が、ザ・ミャンマーという感じです。


最初に書きましたが、街も村もきれい(clean)です。人もなんだか穏やかな感じです。個人的にはベトナムより好きになりました。『ビルマの竪琴』って読んだことないですが、読んでみようかなという気になりました。

ミャンマーは経済発展が急激に進んんで、どんどん変わっていくと思います。興味のある方は一度早い機会に行ってみることをお勧めします。
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日本のバスがそのまま走っている。ロンジーも素敵。

2016-05-06 21:42:35 | 懐かしくも心落ち着く国-ミャンマーの旅
ミャンマーでは、日本のバスがそのまま走っています。

大型だけではなくて、マイクロバスなども、○×幼稚園などと書いてあるのがそのまま走っています。バスの中も、「シートベルトをお締め下さい」などと書いてあります。最終日に乗ったバスは、ハングル文字が書いてあったので韓国製のようです。
勝手な想像ですが、車体を塗りなおして自社の宣伝をするより、日本語をそのまま残して、これは日本車の中古車であるということの方がステータスのようです。

こちらは現地の方のロンジー姿。ホテル前でのお見送りです。女性は巻きスカートのようですが、男性は、筒状になっている中に身体を入れて、両脇を前で合わせてくるくると縛っている感じです。

街中でも、ロンジー姿を結構見ました。ロンジー姿と、普通の洋服とが違和感なく共存している感じで素敵です。

私も一つロンジーを買ってきましたが、はたして着る機会はあるかしら。
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風光明媚なインレー湖

2016-05-05 21:44:30 | 懐かしくも心落ち着く国-ミャンマーの旅
ミャンマーの観光地の一つ、インレー湖です。随分と大きな湖です。丸1日、5人乗りのボートに乗っての観光です。

古くからの漁のデモンストレーションです。

この他にも、板で湖面を叩く漁などもありました。湖の何箇所かでやっていました。
水草もいっぱい。

これは水上レストラン

湖岸には織物工場もあって見学しました。色がとってもきれいです。

首長族の集落にも行って一緒に写真を撮りました。おばあさんと娘と、その子供の三代です。

これは水上コテージ。ここに宿泊しました。


インレー湖を上手に観光するルートが出来ている感じです。
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バガン絶景-無数の仏塔に沈む夕日

2016-05-04 15:56:36 | 懐かしくも心落ち着く国-ミャンマーの旅
3月初めに訪れたミャンマーの報告の続きです。

ヤンゴンから飛行機で1時間半ほど北上したイラワジ川流域にバガンはあります。世界三大仏教遺跡の一つだそうです。あとの二つは、カンボジアのアンコール・ワットと、バリのボロブドゥールだそうです。かって都があった地で、大小さまざまな仏塔や寺院などの仏教遺跡があります。うろ覚えですが、以前は4000を超える仏塔があったそうで、今でも2600くらいあるそうです。

大きい仏塔から、小さい仏塔までいろいろです。

別の方向です。


実は急な階段で登れる塔がありそこから夕陽の観賞です。

幻想的な風景です。


こちらはバガン郊外にあるポッパ山です。ミャンマー仏教の聖地だそうです。

下からずっと屋根つきの回廊になっていて、素足で登っていきます。

こんな風に担がれて登っていくおばあさんもいました。結構苦しい体勢だと思うのですが、そうまでして登りたいのでしょう。

頂上には寺院があるのですが、なんだか金ピカの仏像や、背中に電飾の光背をつけた仏像なんかがありました。ミャンマーではそういうのが好まれているようです。
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