ろっくぶっくのいつものように

身のまわりの出来事、思うこと、などなど。
絵手紙を始めました。見てください。

おうち時間ー2

2020-05-20 13:18:23 | 雑記(コト)
道具シリーズ


使っていた加湿器がどうも不調だったので、買い替えた分です。さすがに、冬場の乾燥機が終わり最近は使っていません。


ホームベーカリーも、7年くらい使って、なんだかパンが膨らまなくなり、中の部品を買い替えて試したもののやっぱりだめで、新しく買いました。
茶色なので、なんだか家の中になじみます。作っているときのあの幸せな香りが復活です。
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おうち時間

2020-05-15 16:24:51 | 雑記(コト)

新型コロナの影響による自粛生活で、おうち時間がたっぷりあるので、絵手紙を復活しています。 お花シリーズ

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祝!がん治療卒業

2020-03-27 17:03:13 | 術前・術後
月日の経つのは早いもの。
乳がん治療、10年にて卒業と相成りました。

ここ数年は、年に一度の診察のみで、昨年の診察時に「次の診察で何もなければ、卒業です」と言われてました。
時節柄コロナ騒ぎで、あまり病院には近寄りたくなかったのですが、昨年予約したとおりの3月某日に行って、何事もなく卒業と相成りました。

この10年、東日本大震災があり、時代は令和になり、今またコロナ騒ぎです。個人的には、鎖骨骨折など全くの余分なこともありましたが、なんとか過ごしてこられたという感じです。

またぼちぼち参りましょう。
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ウズベキスタンからのハガキ

2019-09-24 13:45:20 | 雑記(コト)
5月に旅行したウズベキスタンのサマルカンドから出した絵葉書が先週(9月21日)着きました。


なんと4カ月とちょっと、128日かかっています。2週間くらいかかるといわれていたので、もう着かないのかとすっかりあきらめていたところでした。
シルクロードの要衝地、青の都のサマルカンド、とても良かったので、郵便事情が悪いのは残念だなと思っていました。
4カ月かかってもちゃんと着くというのは逆に驚きです。
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謹賀新年-穏やかな年にいたしましょう

2019-01-04 15:14:05 | 雑記(コト)
明けましておめでとうございます。
(すでに4日ですが)


穏やかな一年にしたいです。
まずはいろいろな物を捨ててすっきりいたしましょう。
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正面観戦はとても良いですー横審総見2018観戦記

2018-05-04 20:08:41 | 相撲
昨日行われた大相撲横審総見に行ってまいりました。
雨風の荒天の中、頑張って行きました。国技館に着いたのが6時少し前。開場前の列に並びましたが、去年より随分と前の方です。7時開場ですが、こんな天気なので開場を早めてくれるかなと期待してました。
6時5分になったら列を整備しますと、係の人から案内があり、6時5分に国技館の入り口に設置されたテントの中に入れました。先頭の方は国技館の中に入口ホールに入っています。結局、その体制のまま7時の開場を待ちました。テントで雨風がしのげたのは助かりました。テントには入れなかった人たちはもちろん傘をさして雨の中7時まで待っていました。

今回は正面の桝席に座ることができました。


正面はとても良いです。力士がみなこちらを向いています。
今まで総見はたいてい向正面から見ていたので、横審の先生方は見えるものの、力士は後ろ姿を見ていました。正面からだと、力士は皆こちらを向いているし、土俵のこちら側はあけているので、土俵の上もよく見えます。

幕内力士の上位陣は出てくると、親方衆や横審の先生方に挨拶に行きます。


栃ノ心が随分と充実した稽古をしていました。
稀勢の里は、四股を踏んでいるときも何だか足先が垂れる感じで気になりました。申し合いも今一つ。去年の5月場所前の総見には出てこなかったから、出てくるだけましかも。5月場所、出場しても、千秋楽まで居られる気がしない。頑張ってほしいけど。
白鵬は、結構気合十分だったけど、立ち合いで手を出したり、足を飛ばしたりと、何だか、受けて立つ横綱相撲とはいいがたい。遠藤に対してのかわいがりも、そこまでやるかという感じで、見ていてあまり気持ちのいいものではない。ヒールに徹しようと決めたのだろうか。
照ノ富士は早くから土俵脇で体をほぐしていたけれど、結局土俵には上がらず仕舞。安美錦も最後のぶつかり稽古に出てきたので満足しました。勢や宇良や石浦の姿が見えなかったけど、5月場所は休場でしょうか。

最後に力士会長の鶴竜から挨拶があったのにはびっくり。

例年だと、「本日の稽古総見はこれにて終了いたします」のアナウンスで終わりになるのだけれど、今回は、「力士より皆様にご挨拶があります」みたいなアナウンスがあって、鶴竜から「本日は雨の中お越し下さいましてありがとうございます。一生懸命頑張ります」みたいなご挨拶があった。鶴竜は、早めに稽古を切り上げたなと思っていたけど、最後のご挨拶の大役があったのね。相撲協会も、いろいろあったから、なんとかファンサービスをして、イメージアップを狙っているのでしょうが、これは良いですね。

5月場所の熱戦を期待しています。




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謹賀新年-新しい年は必死三昧

2018-01-01 13:33:16 | 雑記(コト)
明けましておめでとうございます。



新年のご挨拶が出来るのは3年ぶりです。穏やかなお正月が迎えられるのは嬉しいことです。感謝です。
久しぶりに着物を着ます。

良い年になりますように。





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松江は良きところ-MATSUE , What a nice place!

2017-07-30 23:56:28 | 雑記(コト)
松江に行ってきました。友人と観光旅行です。
玉造温泉と松江しんじ湖温泉に泊まってまったりしてきました。
足立美術館です。手入れの行き届いたお庭が素晴らしいです。


一畑電鉄の出雲大社前駅です。こじんまりとして可愛らしい駅です。一畑電車はなんだか地元に溶け込んでいい感じです。


松江城の周りの堀川を乗り合い小船で巡ります。船から見上げる松江城です。

城内には松江武者応援隊が笛や太鼓を鳴らしながら回っています。


小泉八雲記念館と小泉八雲旧居も行きました。小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)さんは、とても素敵なお顔をしているのですが、写真が必ず横顔です。集合写真でもしかりです。若い時に左目を怪我して失明したとのことで、写真撮影時には左側を見せなかったようです。記念館ではちょうど「文学の宝庫 アイルランド」と題した展示をやっていて、それを見れたのもちょっとうれしかったです。

#1年近く記事のアップが開いてしまいました。久々です。
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壁の時計が死にました

2016-09-30 00:09:33 | 雑記(コト)
 昨日、朝起きたら壁の時計が4時1分で止まっていました。電池切れだと思って、単3電池2本を換えたものの動きません。リセットボタンを押したりいろいろしたけどダメでした。意識していませんでしたが、普段は何気なく壁の時計をかなり頻繁に見ているようで、いつもあった場所に時計がないとなんだか不便です。
 今日、その時計を買った近所の時計屋さんに持って行って見てもらったところ、私が換えた電池を調べて、「電池は問題ない」で、電池を外して見ていて、「電池はいつ換えましたか?」と聞いてきます。昨日の朝止まったので、昨日の昼くらいに換えましたと答えると、「電池の液漏れですね。こういうのは電池換えてダメなら、もうだめですね」だそうです。まあ確かに、中にはきっと小さな基盤が入っているだけでしょうから、直しようもないのでしょう。結構気に入っていた壁掛け時計だったので、ほぼ同じものを買って帰ってきました。違いは、以前のは文字盤のところが白い地にベージュの細い縦縞が入っていたのが、新しい方は縞はなし。長針と短針の透かし彫りになっている模様が少し違う。電池は単3ですが、以前は2本、今回は1本になっていました。あと、楕円の感じが少し違う感じです。以前の方がやや細面のようです。電池の液漏れって、またあったら嫌なので聞いたところ、電池が切れて、そのままにして長いこと置くと液漏れすることがあるとのことで、止まってすぐ換えたのなら、それは珍しいとのことでした。まあ普通に使っていればいいみたいです。
 家に帰って、元の場所に掛けたところ目がほっとしました。在るべきところに在るべきものが在るのはなんだか安心です。それにしても、止まるまではきっちり動いて、ぱったりと死んでしまうのは、時計にしては困ったものですが、人間だったら、あっぱれかもしれません。
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杉原 千畝記念館-心震えます

2016-08-17 23:07:48 | 雑記(コト)
 岐阜県八百津町にある杉原千畝記念館に行ってきました。
木をたくさん使ったしゃれた感じの小ぶりな記念館です。(写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました)
これは入場券です。

 第二次大戦中に、リトアニアの日本領事館に赴任していた外交官ですが、ナチスの迫害から逃れるポーランド系ユダヤ人達に日本の通過ビザを発給した人です。命のビザと言われているものです。外務省にお伺いを立てるも、返事はNOだったにもかかわらず、人道的見地から自身で決断しビザを発給しました。日本通過ビザが取得できたことで、ソ連の通過ビザも取得でき、唯一のルートであるシベリア鉄道経由で、ウラジオストック、舞鶴と渡り、その後、中国やアメリカ、オーストラリアに渡ったそうです。6000人もの命がそれによって救われたといいます。
 本人は帰国後、結局外務省の外交官としての職はなく、貿易会社に職を得てモスクワ勤務などしていました。千畝氏のビザで助かったユダヤ人が戦後随分と経った1968年に千畝氏を探し訪ねてきたことから、話が広く知られるようになったようです。

 記念館内は、千畝氏が発給したビザや、助かった人たちのその後の写真、外務省との公電などの展示があります。千畝氏の生い立ちもあり、さらに、リトアニアのカウナスの日本領事館執務室が再現されています。説明文は、日本語と英語、それにもう一つ見慣れない言葉で書いてあります。受付で聞いたところ、ヘブライ語だそうです。イスラエルからの見学者が結構来られるのだそうです。

 まわりは「人道の丘」と呼ばれる公園のようになっていて、モニュメントなどもあります。千畝氏の出身地である八百津町が力を入れているようです。

 リトアニアのカウナスにも杉原記念館があるようです。機会があればそちらにも行ってみたくなりました。

 話は少しさかのぼりますが、6月に広島へ行く機会があり、原爆ドームを初めて見ました。原爆資料館は、心の準備が出来ず入ることはできませんでした。



 という訳で、ポーランドへ行く気持ちの準備は少しできてきたつもり。単に観光ですけど、アウシュビッツとかピルケナウに行くのに、自国のそれなりの場所を全く知らないで行くのは気が引けるというものなので。
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