空地を利用した家庭菜園に、白っぽい植物が育っていた。
墓に供えるのだろうかと考え、帰宅してしらべてみたが、植物の名前はわからなかった。画像は30日、鹿児島市谷山中央で写す。
供華をもて落暉避けつつ詣るなり 草田男
供華を日傘代わりにしたのであろう。歳時記によると、盆に祖先の墓詣をする行事というわけで「詣る」は秋の季語だそうだ。
空地を利用した家庭菜園に、白っぽい植物が育っていた。
墓に供えるのだろうかと考え、帰宅してしらべてみたが、植物の名前はわからなかった。画像は30日、鹿児島市谷山中央で写す。
供華をもて落暉避けつつ詣るなり 草田男
供華を日傘代わりにしたのであろう。歳時記によると、盆に祖先の墓詣をする行事というわけで「詣る」は秋の季語だそうだ。
合歓の花が咲いていた。画像は雲南合歓が29日、緋合歓は今朝、鹿児島市谷山中央で写す。
雲南合歓
緋合歓
乳牛の角も垂れたり合歓の花 碧梧桐
合歓の花は睡魔の暗喩と受けとった。
あまり手入れがいいとはいえないマンションの玄関脇に、鬼灯が実っていた。
歳時記によると、鬼灯は花が夏、実が秋の季語だそうだ。画像は28日、鹿児島市谷山中央で写す。
少年に鬼灯くるる少女かな素十
こどもの頃、祖母から鬼灯をもらったことがあったが、鳴らせなかった。
媼ふたりが歩道と車道の境目に腰かけて、団扇を使いながら渡御や笛奏などの夏祭を見物していた。
画像は24日、鹿児島市の天文館あたりで撮す。
はとバスに乗りて貰ひし団扇かな 稜 歩
ふたりの団扇は同じだった。
夏祭が催され、渡御が目抜き通りを練りすすんだ。
神輿上の漢は渡された稚児をあやし、舁ぎ手たちもしばらくは成りゆきを見守った。画像は24日、天文館で撮す。
喧嘩神輿担ぎ血管みみずばれ 鈴 子
北総に住んでいたとき、よく観に出かけた成田の喧嘩神輿には、稚児を渡す親はいなかった。
木之下川の砂州に、夏鴨が自分の背中に首を乗せて目を閉じていた。
画像は23日、鹿児島市谷山中央で撮す。
己が背を褥となして鴨眠る 豊 水
カメラのシャッターを鳴らすと、鴨はすこし首を起こして目をひらいた。
木之下川の浅瀬に青鷺が佇んでいた。画像は今朝、鹿児島市谷山中央で撮す。
青鷺の眼の炯々と瀬の早し 郁子
カメラのシャッターを鳴らしつづけていると、青鷺はこちらを視ながら近づいてきた。いつもは迷惑そうな顔をして飛び去るのだが。
知人宅の裏に苦瓜が熟れはじめていた。画像は21日、鹿児島市谷山中央で撮す。
苦瓜をさくさく食むも島の性 月 城
引用句からは、輪切りにし種と腸をくりぬいた苦瓜をさっとゆでて、鰹節をまぶし醤油をたらした酒の肴が思いうかぶ。
民家の小さな花壇に撫子が咲いていた。日の丸に似ていなくもなかった。
画像は20日、鹿児島市谷山中央で撮す。
酔うて寝ん撫子咲ける石の上 芭 蕉
石は磧(俳句では河原と同じようにカワラと読ませる場合が少なくない)との解釈があるが、石の上かどうかは別として、なでしこジャパン快挙の日、引用句を実行に移したサポーターは多かったと思う。
薩摩の露草は大きいと思っていたが、じつは別種のトレニアと判った花が路傍に咲いていた。
別名は花爪草、蔓爪草、夏菫。画像は19日、鹿児島市谷山中央で撮す。
山路来て何やらゆかし菫草 芭 蕉
「ゆかしき」ではなく「ゆかし」と切れているのは「どういうわけか懐かしいと感じたので、立ちどまってあたりを見まわすと、足もとに菫が咲いているのに気がついた」という句意であろう。
引用句は「熱田三歌仙」の立句だそうだ。脇は、
編笠しきて蛙聴き居る 叩 端
まともには台風が来そうになくなったので、路地を散歩していると、民家の生籬に鹿子百合が咲いていた。
画像は18日夕方、鹿児島市谷山中央で撮す。
百合咲くや汗もこぼさぬ身だしなみ 諸九尼
クーラーどころか、扇風機もなかった時代の狭い茶室内での嘱目吟だろうか。
テレビの報道によると「マーゴン」の名がついた台風が近づいているらしく、山なみの雲行きが怪しくなってきた。
画像はけさ、鹿児島市谷山中央で撮す。
夕野分祈るかたちの木を残す 文 子
東日本大震災で、7万本のうち1本だけ残った陸前高田の松を思い出した。