磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

平和・人権「聞きとり」教材集-----戦争の実相をこえ伝えよう-----

2007年12月16日 | 読書日記など
『平和・人権「聞きとり」教材集
   -戦争の実相をこえ伝えよう-』
     平和・人権プロジェクト(編)/
       大阪府同和教育研究協議会1987年

たぶん、共産党系の方たちもおられる組織あるいは団体だと思いますが、共産党関係者が昭和天皇や永井隆にされてきた記事に対して、人権が守られたと彼らは思っておられるのでしょうか? 自分たちの側ならば許されるのでしょうか? 平等とか人権は対立するものではないとボクは訴えたいです!



北朝鮮の拉致家族の方たちに対して、右翼のカードといわれる左翼の人がいますね。

この時の朝鮮人被爆者は、左翼のカードだったのでしょうか?

読んでいて、差別を訴えれるばかりで、交流が成功した感じがしないから、そんな感じを強く受けてしまいます。残念なことだと思います。

ゼロサム」ゲームをされているのでしたら、カードと言われても仕方がないと思います。

拉致家族の方たちはゲームなどされていませんよ。

切実に家族のことを心配されて苦しんでおられる方がほとんどだと思います。


叫ぶことのできる社会は大切だと書かれあります。下「」引用。

「みなさん方、勉強されていることは平和をさけぶことができる時代に、それができないようにならないようにする、と共に本当にみなさん方一人一人が平和に生きていく世のなかを作るために、手をとりあって、仲良く、人間の知恵をだし合って、本当の人間の良心によって団結していただきたいと思うわけです。」

でも、本当の平等などは、叫ぶことよりも、理解しあうことではないでしょうか?

『聞きとり地 浦上天主堂』東大阪市意岐中学校
--片山津代さんに聞く というレポートがありました。

宗教的な部分があって削ろうとされたという。下「」引用。

「ただ、永井さんなんかさっきの話にあったように、原爆は天命やというような受けとめをするわけですね。それ故に、長崎の平和運動は十年後退するんですね」

具体的に何が十年遅れたのでしょうか?

「ゼロサム」ゲームをしている共産主義者にとっては、そうであるかもしれませんが、平和運動がどうして十年後退したのでしょうか?

長田新の『原爆の子』よりも前に子供たちの文集も永井隆が編集しています。

それはカトリック的要素も含まれるけれど、とても個性的であり愛情をもって生きようとされてもいます。
--それは人類共通のもので、いい意味で普遍性があると思われます……。


浦上は被差別地域であったという。下「」引用。

「それから、ぼくらも言われたんやけど、浦上自身が被差別地域なんやと。があり、キリシタンがあり、昔から長崎の浦上言うたら、本町から比べたら被差別地域や。原爆落ちた時も、長崎の旧の街は、出島とかオランダ坂とか被害は少なかったのに、救援活動はほんませえへんかった。ものすごい差別観言うか、その話聞いた時、ぞっとした。よく松原三中なんか、長崎と言わずに浦上、浦上言うでしょう。浦上は被差別地域なんですね。」


四番崩れなども理解していただきたいと想います。

五番崩れ

もちろん、時代は変わる……。






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