楽しいノコベン!
「ねえ、引っ越しするの?」
女の子が三人よってきた。
「プレゼントあげるよ」
「いらないよ」
「引っ越しするんでしょう」
「しないよ。プレゼントいらない。ほしくない!」
するのはボクじゃなくって、親だ……。ボクはついていくだけ……。心のなかではそういった……。
「そうなんだ、よかった……」
明日から夏休み、うれしいな。
四年生になると、また本校へ通っている。児童数が多いから、分校と本校にわかれているだけで、どちらも京都市内にある……。
夏休みの当番で、一年から三年まで担任をしてくれた仲川先生がいるので、会いにいくと母。
「ついて、らっしゃい。お世話になったんですからね」
「はい」
分校につくと、お茶をだしてくれる先生。
「引っ越しされるんでしよう……」
「はい、今度、府下のほうへ」
「女の子たちが、引っ越しするかしないかで、私のところまで来たんですよ」
「引っ越しするでしよう! 挨拶しなかったの?」
「うん」
「わかった! お別れ、さみしいから、あいさつできないのね」
「うん」
「さすがは、仲川先生。うちの子どものことをよく御存知で、ありがとうございます。先生が担任でなくなってから、またも、おとぼけが多くなって、なかなか……」
「おとぼけじゃなくって、いろいろ考えてるのよね」
「うん」
「あの先生は、よくいろいろと考えさせるのよ。上級生になったんだから、そのほうがいいのよ」
「そういうもんですか……。おとぼけじゃなくって、いろいろと考えているんですか……」
「たまに、おとぼけもありそうですけど……」
仲川先生は思い出し笑いをはじめて、お腹をおさえてわらっていた。
「どうされたんですか?」
「えっ、ちょっと思い出して、ほんとう、楽しい子どもさんですわ」
笑っているのをやめて、真剣な顔の先生。
「引っ越しするんですからね、女の子たちにあいさつ、先生からしておくね」
「うん」
「友達の分も、ここで、お別れのあいさつしてね」
「……」
「泣くのね……。わかった、わかった。だから、おとぼけくんだったのね……」
「やんちゃだと思うと、また小さな時みたいに、泣くんですよ」
「いいんじゃないですか? かわいらしくって……」
「そういってくださるのも、仲川先生くらいで、今度の担任は男性で、若い先生! どうなってしまうんでしようね。うちのおじょうさま……。まだ、泣いているのね。止まらないものね……」
「止めるとよけいに大きな声でなくから……」
「放っておくのが一番! 感情過多なんでしょうね……」
「先生にだけでも、さようならって言おうね」
「さ、よ、な、ら……」うぇ~んと肩をふるわせて泣く。
でも、母と仲川先生だけしかないのを確認してから泣いていた。
「悲しいのも漠然と悲しいでは、かなりつらいでしようね。作文とかとくいなんですから、おかあさん、こういうことも書いて、頭のなかを整理させたほうがいいですよ」
「そうですね。ありがとうございます。最後まで、お世話になりました」
「泣き虫はこまるけど、でも、大人になっても、泣いていてほしいわ」
仲川先生も泣いていた……。
自分であいさつができたのは、犬のジョンと、佐野のおばあさんだけだった……。
二人とも泣かないから、よかった……。でも、ボクはあいさつしたあと、ずっと泣いていた。
バカみたいによく泣く子だったけど、人が見てないところでなるべく泣いていた。
それにしても暑い!
片道、2キロの道をあるいていくのはつかれる……。
田んぼばっかり!
空気はいい!
--でも、ザリガニはいるなあ……。
おたまじゃくしも、カエルも……。
「何か、におうね」
「牧場があるのよ」と母。
「ほんとだ! 牛がいるよ」
--これでも、京都である……。
もちろん、京都市内ではなく、府下と呼ばれる……。
あるいは南山城……。
--田舎道は自動車も通らず、まんなかを歩いていく。
あぜ道には、蛇がいたりする……。
「まむしもいるんだって、気をつけてね」
「毒蛇だよね」
こわいけど、何か楽しい。
いっぱいの家がたっているより、好きだ。
--集落があって、そのまわりは田んぼや畑。
2つめの集落のなかに、めざしている小学校がある。
「ここよ! きっと」
フェンスがはってあるから……。母はそう思ったのだろう……。
古い平屋建ての校舎……。
そして、そこをとおって、神社がある方向へいく。
小学校の正門だ。
小さな庭はきれいで、両側に平屋建ての木造の校舎。
まんなかには、鉄筋コンクリート平屋建ての校舎。
入口には、歓迎の看板がある。
そして、下駄箱……。
母は待っておいてといって、真中の校舎のなかへ。
--ぼくは小さな庭を歩く。
二宮金次郎の銅像……。
歩きながら、漫画よんだら、叱られるんだぞ!
見つかるとだけどね……。
--都会は、上靴なんてなかったけど……。
上靴がいる……。お客さまようのスリッパがおいてある……。
ピカピカの床……。
生徒たちが雑巾掛けをする。
まるで時代劇! そんな生徒のひとりに自分がなるとは思わなかった……。
京都といっても、都会と田舎ではちがう……。
--母が出てきて、なかに入り、教頭先生と三者面談。
やさしい女性で、学校を案内してくれる。
体育館もあるし、プールもある……。
「京都市内にいるときは、学校にはプールはなかったんですよ」
「そうですか? じゃ、水泳の授業は困るかもね」
「水泳学校にいっていたので、一応は泳げます。でも、水はこわいみたいです」
「水はこわくて当たり前! このあたりでは、毎年、どこかの小学生が水死しています。ちかくにある木津川や、ため池で泳いで、亡くなります。こわくて、よかったです」
「いい先生だ!」と、ボクは笑った……。母も女の教頭先生は人格者だと喜んでいた。
「すべての学年が一クラスですから、みんな家族みたいなものなんですよ。全校生徒の名前を覚えている子どもも多いですよ」
たくさんのクラスがあった、市内とは大きく異なる……。ひと学年で、この学校より人数多かった市内の学校……。
--団地ができるまでは、2学年で1クラスだった学年もあったそうだ……。
団地ができて、そこに引っ越してきたのが、ボクの家族……。
団地もんと、地元の人にきらわれる立場であったようだ……。
でも、団地もんは都会の人間だから、地元の人たちはバカにされたくなかったみたいだ……。
バカにされるボクは、すぐに地元の子どもたちと仲良くなった……。
いきなり、お笑いをかましたようだ。
それは、別の日のこと……。
--ぞろぞろと団地から、学校まで……。
初日はPTAつき!
学校では、集団登校をすることを教えてもらう。
集団下校と、集団登校!
都会では考えられない、大名旅行!
みんなで行列つくって歩いていく。
六年生が集団登校のリーダー!
--上履きなんて、幼稚園いらい。
幼稚園は好きだったので、うれしかった。
自然もいっぱいだし、近所に神社もあるし、本当、幼稚園みたい!
たのしいね。
夏休みの宿題の提出日……。
みんな出していく。
出せないのは、ユウジとトモヤ……。
「おまえたちは、いつも、やってこないな!」
欽一ちゃん先生は、おこっているけど、目がたれていてやさしい感じがする。
「転校生たちも、提出してください」
他の転校生は出していく。
「あれ、君は?」
「夏休みの宿題はないよ!」
「あれ、京都市内から来たんだよね。京都で夏休みの宿題のない学校ってなかったと思うよ」
「でも、前のはやめたから、関係ない」
「えっ、関係ないの?」
「うん! かたるくって、やってられない」
「おいおい、ユウジとトモヤの仲間がふえたよ」
教室中が爆笑のうずだった……。
「夏休みの宿題をかってになくすなよ」
「おもろい奴! おれも引っ越ししたとき、同じこといってやろうと!」
「いい考えだよね」
欽ちゃん先生は、まわりの生徒にもあきれていた。
「なあ、夏休みの宿題はやってもらう。いいですか! 必ずやってもらいますよ」
先生はいかっている。
「また、夏休みもらえるんだ! やった!」
ボクはうれしかった。
「また、夏休みもらえるって、夏休みの宿題なら、夏休みでないと! そのとおりだよね」
ユウジがよろこんでいる。
「明日から、学校お休みだ」
「えっ、ユウジたち、うらやましい!」
「そんなことあるわけないだろう!」
欽ちゃん先生は頭をかかえている。
「ノコベンだな」
当時はノコベンなどというのは、当地ではいわなかったけど、ノコベンという言葉は好きだ。ノコベンは心配ごとがなかったら、けっこう好きだった……。
「あれほど、いったのに、トモヤとユウジ、それに転校生! ノコベンだ」
「新婚なのに、先生かわいそう!」
--ノコベンが決まり、母に話す。
「あら、熱心な先生なのね。おもしろいだけの担任じゃないのね。よかったわね」
「うん、けっこう厳しいらしいよ」
「しっかりノコベンがんばるのよ。終わるまで逃げ出さないでしっかり楽しみなさいよ」
掃除がおわると、ノコベンがはじまる……。
欽ちゃん先生がきて、三人机を並べてすわるようにいう。
「おまえら、大サービスなんだぞ」
「いらないよ、そんなサービス」
「そういうなよ。これでも、生徒思いなんだぞ」
「宿題ないほうがいいよ」
「勉強しないとなあ。よし、するぞ」
丁寧に教えてくれて、まるで授業みたいだった。
宿題って感じがしなかった……。
--翌日は先生は忙しくて、優等生のトモちゃんが先生役をしてくれるそうだ。
でも、錦ちゃんみたいに、ならべてなんて、嫌だそうで……。
わからないことがあったら、言ってと話していた。
それでいいと欽ちゃん先生は話していたそうだ。
ボクは窓がわの席にすわって、へちまがあるのを見ていた。
木漏れ日っていうのがとてもきれいだった。
「何、見ているの?」
エリちゃんがいうので、木漏れ日と話した。
それで、四人で絵をかくことにした。
どの勉強をしていいのか言われてなかったので、自由に工作の授業にした。
2キロも通うので、絵の道具はロッカーにおいていた。
勉強という感じはぜんぜんしなかった……。
--その翌日は欽ちゃんがきて、国語の授業……。
ときどき、錦ちゃん先生は職員室に呼び出されて行く。
「何、ドジふんだんだろうねえ」
三人のドジは笑っている。
そして、ユウジとトモヤはゲンジをだしてきて、闘わせてあそんでいる。
「すげえ、でっかい、ゲンジ!」
「ノコギリ、クワガタっていうんだぞ!」
「そうか。都会もんには珍しいんだな!」
「そんなこともないけど、こんなに大きのはいなかった!」
「そうか、今度、とりに行く時、いっしょにいこうぜ!」
ノコベンはとても楽しかった……。
--その翌日は忙しくって、優等生の室田さん。
「トモちゃんの時、絵かいたんでしょう?」
「うん」
「楽しかったっていっていたわよ」
「そうだよね」
「まあな!」
「セミのヌケガラって、きれいだよね」
「本当かよ」
「いがいにきれいよ」
「本当だ」
「アマガエル、かわいいぜ」
トモヤが出してきた……。
「かわいい、分校にもアマガエルいたよ」
「おまえ、分校なんかに通っていたのか? 田舎もん?」
「京都市内だけど、山のなか!」
「おれたち、丘の上!」
「丘の上にすんでんだぞ。それも、古墳の上にすんでんだぞ」
「今度、遊びにこいよ。飯だしてやっから!」
ノコベンは楽しく、夏休みはもらえないといわれたけど、夏休みみたいだった……。
やはり友達のいる方が楽しい!
トモヤは宿題を女の子にやってもらって、ノコベンはなくなった。
ユウジは女の子にやってもらうなんて恥だと続けている。
熱いので、欽ちゃん先生は、放課後プールを1時間開放するという。
これは、ボクらを、がんばらせるニンジンだということらしい。
もちろん、放課後楽しませてくれることが一番だと思うけど……。
特にボクは何を考えているんだ! と先生は思っているらしかった。
ユウジもプールに入りたくて、早く算数をとこうという話しになった。
ぼくはスラスラとといた……。
ユウジは女の子じゃなくて、男からだったらいいやと、それを写した……。
そして、プールに急いだ。
欽ちゃん先生は、「やっぱりできるんだ」とつぶやいた。
授業ではもっと、むずかしいの解いているから、当然といえば当然だけど、どうして解かなかったの?
しっかりノコベン、楽しいノコベン! 最後まで楽しかった。
「いろいろ楽しんだね」と、欽ちゃん先生は笑っていた。
母もよろこんでいた。
だけど、宿題はやらないといけいないと注意された。
(※)このストーリーはボクをモデルにして書きました。エヘヘヘ……。