磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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戦後日本の歴史-1945~1970-上

2009年11月24日 | 読書日記など
『戦後日本の歴史-1945~1970-上』
   藤井松一、大江志乃夫・著/
     青木書店1970年、1974年7刷

イデオロギーでなく、事実を歴史ではみていきたいものですね……。
でも、そんな本ばかりではありせんね……。



レッドパージ。下「」引用。

「アメリカは日本を極東の反共基地として再構築することをめざして独占資本の復活強化の政策を強行し、朝鮮戦争をひきおこして、NATOの強化と西欧諸国の軍備拡大、日本と西ドイツの再軍備、「台湾の中立化」、「インドシナ戦争の国際化」をめどした。そのため占領軍は、労働運動および共産党に対する弾圧を強化し、労働運動に対するフレーム・アップ事件が続発し、大量首切りが強行され、レッド・パージがおこなわれ、共産党はなかば非合法化された。」

戦後日本の独占資本主義。下「」引用。

「第八期は、六七年十月の佐藤首相のベトナム訪問までである。アメリカのベトナム戦争介入への本格化にともない、日本もまた日本なりのやり方でベトナム戦争への介入をおこない、アメリカの共犯者としての行動をとるにいたった。 -略-ベトナム派遣の代償である経済援助の肩がわりらとして急がされたこと、しかもこの経済援助が日本独占資本の公然たる大規模の資本輸出として機能し、日本の新植民地主義的海外進出の公然の一歩となりはじめていることなど、戦後日本の独占資本にとって画期的なできごとであった。-略-」

今はアジアでは、たぶん中国が第一番でしょうね?

無視と、「核ならし」政策……。下「」引用。

「日韓条約の批准にあたっては六○年安保をしのぐ強行採決による議会民主主義の無視となり、米原子力潜水艦寄港承認による国民への「核ならし」、六七年にはじまる自衛隊臨戦体制化の第三次防衛力整備計画は七○年における安保の継続を見越した計画であり、六七年七月には資本の「自由化」も段階的に実施された。」

日ソ中立条約……。下「」引用。

「ソ連は、四五年四月、翌年四月に満了予定の日ソ中立条約の不延長通告をおこない、条約は通告後一念で失効することになった。-略-日本は関特演によって、ソ連の三○箇師団、戦車三○○○台、空軍二八○○機をシベリアに釘づけにし、開戦当初のソ連に苦戦をしいた。こうして、中立条約は締結直後に早くも日本の手で反古にされた。さらに、独ソ戦開始後、日本は津軽海峡を封鎖し、アメリカからのソ連むけ援助物資を積んだソ連貨物船四隻を撃沈し、公然と中立を侵犯した。」

原爆使用はソ連にたいするものであったと書かれてあった。

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原爆と日本政府。下「」引用。

「日本の政府と軍は原爆を「新型爆弾」という言葉でごまかし、正しい事実を国民にかくし、放射能の危険についてさえ警告しなかった。そのためには、二次放射能などによる被害を増大させた。」

「新中国の誕生」 下「」引用。

「四八年十一月、中国人民解放軍は中国東北全土を解放し、十二月には北京に入場した。国民政府側では蒋介石総統が偽装下野をはかり、李宗仁総総統代理が「和平」を要求した。-略-」

ドッジ・ライン

原子力三法。下「」引用。

「“神武景気”といわれれる投資ブームのなかで、独占資本は原子力エネルギーに注目した。-略-」










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