磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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原発切抜帖-現場記者の証言-

2008年07月20日 | 読書日記など
『原発切抜帖-現場記者の証言-』
   能勢剛・編/青林舎1983年

このタイトルで映画があったようです。
--記者自身がマスコミは原子力推進と書いています。



「新聞と新聞紙のはざま--映画『原発切抜帖』のできるまで」土本・典昭・著。

「「原発と若狭」のこと」水上勉・著。下「」引用。

「いつまでも、美しくあれ、と私は故郷に合掌する。そうして、知足の心根をつちかわれた仏教国が、かえこんでいる文明の火のために、どのように燃え、どのように亡びるかを見ずに死ぬのかと思う。母のもとにゆくのかと思う。正しく諸行は無常である。」

美しくあれと思うなら、当然原発などあってもらっては困るものだろうとボクは思います……。
--本当に「美しい国」というならば……。司馬遼太郎も同様でした。

ジョン・ウェインの死を報じた新聞。下「」引用。

「62.1980.11.14朝日
「がん死のJ・ウェイン--、ネバダ・ロケ中放射能で汚染?」

広瀬隆をこのことで罵倒した著者がいますが、朝日新聞もその対象なのでしょうね?

推進派が台頭しだしたころのことも語られている。下「」引用。

「河合 -略-岩波の『科学』に菊池正士さんが「同じような内容の論文を書いたのだが、菊池さんの場合は「五年計画で何十億円か出してくれれば出来る」と-略-茅場司さんが同じようなことを言ったんだ。
関根 なるほど、その辺から推進派は芽を出し始めてるわけだね。」

タブーであったが、ビキニ報道で報じられたという……。下「」引用。

「河合 ビキニ報道というのは、戦後ずうっとタブーだった原子力報道の中で、初めて原子力について報じた記事でもあるわけだ。」

読売新聞……。そして、ミス・リードしていったのではないか? 正力松太郎なら、そんなことを考えても不思議ではないとボクは思う。下「」引用。

「関根 僕は思うんだが、読売の社主だった正力が原子力に手を出したのは、読売がビキニで世紀の大スクープを抜いた。それによってると思うよ。「読売がやったんだ」というね。そこら辺から、原子力について、彼の事業家としての勘が働きだしたんじゃないかなあ。
河合 なるほどね。読売はその前に「ついに太陽をとらえた」という連載をやってたから目をつけてはいたろうがね。」

ビキニ被災は、第五福竜丸だけではなかった……。

もうひとつのビキニ実験  1000隻をこえる被災船を追う

ビキニの海は忘れない 核実験被災船を追う高校生たち

隠されたヒバクシャ 検証=裁きなきビキニ水爆被災

三菱や三井の名前もあがる……。下「」引用。

「GEは三井、WHは三菱という提携企業を通してのり猛圧力だったんだ。」

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「避難の群れ まるで戦場 米の原発事故」という見出しの1979.3.31の朝日新聞記事。
--スリーマイル島事故のこと……。
決して、小さな事故ではなかった……。

「ジャーナリズムの責任」……。下「」引用。

「現在の日本の原子力発電のありように対してのジャーナリズムの責任ということを言えば、その場その場では反対しているようでも、長い流れでみると、やはりマスコミが推進の旗を振ってきたことは間違いないし、原発の夢をひろめてきたことは確かだと思います。-略-もし、平和利用というのなら、廃棄物処理から廃炉の処分問題まで含めて、技術的に完結させねばならないことが山ほど残っている、といいたいですね」

「原子力開発の歩み」高木仁三郎、西尾漠・著の年表がありました。


「記録映画「わが街わが青春--石川さゆり水俣病熱唱」1981年監督=土本典昭の宣伝がありました。









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