稀覯本の蒐集に凝っている男がいた。いつも考えるのは本の事ばかり、
友人達を古書の話でうんざりさせて少しも反省の色が無い。
そこで、ちょっとばかり蒐集狂を懲らしめることにした。
友人達は、若い俳優と相談し、筋書きを作って、蒐集狂を昼食に招いた。
すると、蒐集狂はたちまち古書の話を始めた。
「それですよ、あの古本。あんな役立たずな代物はありませんよ」
と共謀している役者は口をはさんだ。
「実は、この前も、うちにあった古いドイツ語の聖書を捨ててしまったところです。
そのかび臭かったことといったら!」
「どこの印刷でした?」と蒐集狂は膝をのり出した。
「さあ、良く覚えてませんが、グーテンなんとかって名のドイツ人が・・・」
蒐集狂は、ポトリと手に持っていたフォークとナイフを膝の上に落とした。
「ま、まさか、グーテンベルグじゃないだろうね」
「ああ、それだ。グーテンベルグです」
「そりゃ大変だ。すぐ拾いに行こう。こうしちゃいられないんだ」
「いや、駄目なんです。そんなはずありませんよ」
「どういうことだ、それは?」と蒐集狂は金切り声に近い声で叫んだ。
「だって僕は確かめたんです」と役者は言い張った。
「本の中にびっしりと書き込みがありましてね、駄目なんです。そう、ルター某とか、
そうだ、マルティン・ルターとかいう男が、余白なんか全然見えないほど
何か書き込んでしまってるんですよ・・・」