誰からも愛される子に、という母の祈りが叶えられ、少年は人々の愛に包まれて育ったが……愛されることの幸福と不幸を深く掘り下げた『アウグスツス』は、「幸いなるかな、心の貧しき者。天国はその人のものなり」という聖書のことばが感動的に結晶した童話である。おとなの心に純朴な子供の魂を呼び起し、清らかな感動へと誘う、もっともヘッセらしい珠玉の創作童話8編を収録。
高橋義孝 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)
メルヒェンというタイトル通り、どこか寓話を思わせる作品群である。
『デミアン』や『シッダルタ』といったヘッセの作品群同様、内面への探求を感じさせるストーリーが多かった。
『車輪の下』好きの僕としては、苦手な路線である。
だが一篇一篇はそれなりに悪くない。
個人的に一番好きなのは、『アウグスツス』だ。
内容としては、放蕩息子の帰還という言葉がしっくりくる。
母は息子のことを思って、誰からも愛されるようにという願いをかけたのだけど、それが結果的には彼をスポイルさせる結果になってしまう。
だがアウグスツスが享受する他者の愛は、所詮与えられた環境がもたらした結果でしかないのだ。
それらの愛は、彼の本当の魅力ゆえに受けるものではない。
だから人から愛されるという恩寵を奪われたとき、初めて彼はこの世と向き合えたのだろうと思う。そして虚心に世界を眺められたのだ。
その流れが非常に胸に沁みた。
何ともキリスト教らしい愛の話である。
そのほかの作品も心に残る。
『別な星の奇妙なたより』
冒頭の地震による破滅のイメージは震災のことを思い出して悲しい。
しかし残された者は悲惨な中でも、あくまで死者を弔おうとしている。
それでも世の中には、そんな弔いを踏みにじるような理不尽もある。戦争などはその絶望の極致だろう。
作者の語り口からは、世界を覆う理不尽を厳しく見つめているように感じられた
『ファルドゥム』
因果応報的な説教話になりそうな展開だけど、そうならないところがおもしろい。
この話で重要なのは山になった男だろう。
彼は要するに引きこもりなのだが、それが高じて山になることを選択してしまう。
しかしそれによって、年を取ってからは孤独になっているように見える。
重要なのは、人間の間で生きていくことなのかもな、と思ったりした。
『アヤメ』
僕から見て、イリスはアンゼルムの過去の象徴に見える。
イリスはアンゼルムの求めに対して、とりあえず距離を取ったが、心のどこかで、そんなアンゼルムの感情を何とはなく察していたのではないか、と思った。
どこか失われた時代に対する哀惜に満ちた作品にも見え、何かと心に残った。
評価:★★★(満点は★★★★★)
そのほかのヘルマン・ヘッセ作品感想
『シッダルタ』
『車輪の下』