私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』

2013-07-15 19:57:50 | 小説(海外作家)

ひたむきな自然児であるだけに傷つきやすい少年ハンスは、周囲の人々の期待にこたえようとひたすら勉強にうちこみ、神学校の入学試験に通った。だが、そこでの生活は少年の心を踏みにじる規則ずくめなものだった。少年らしい反抗に駆りたてられた彼は、学校を去って見習い工として出なおそうとする……。子どもの心と生活とを自らの文学のふるさととするヘッセの代表的自伝小説。
高橋健二 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)




「「車輪の下」はいささか古臭いところはあるにせよ、悪くない小説だった」

そう言ったのは、『ノルウェイの森』のワタナベトオルだ。
そして久しぶりに読み返した僕も、おおむね似たような感想を抱いた。

物語の骨子は古典的ではあるけれど、描写が丁寧でじっくり読ませる力がある。
そして主人公の転落と悲劇に、何かを思うことができた。


主人公のハンスは頭のいい少年である。
そのためか、大人たちからいろいろと期待されている。

神学校への試験を合格するのを周りから望まれ、牧師からもギリシャ語を教わるなどの特別講義を受けている。
みんなハンスが好成績を残してくれるだろうと期待し、バックアップしている状態だ。

そんな周囲の雰囲気もあってか、ハンスも常に勉強に励んでいる。
試験に合格して、釣りなどの遊びに興じようとしても、勉学に功名心を刺激され(あるいは功名心を周囲からあおられ)、さらなる勉強を重ねようとする。

それは一見、ハンスの自由意思であるようにも見えるけれど、実際は周囲の抑圧のパワーの方が大きいと思う。
頻繁に感じる頭痛などはその証拠と見える。

受験勉強の犠牲になった男の子の話という紹介をされる本書だけど、それもむべなるかな、とそういう場面を読んでいると感じた。


そしてそんなハンスのことをフォローしてくれる人はいないのである。
父親はどちらかと言うと、無理解な方で、無神経な言葉を吐いて、ハンスの気持ちを斟酌しない。校長たちも期待こそすれ、ハンスの心情についても、考慮しないのだ。

そんな彼を唯一理解してくれる人がいるとしたら、友人のハイルナーになる。
とは言え、ハイルナーは基本的に反抗的な人間だ。そういうこともあり、ハンスは周囲の目を気にして、ハイルナーと親しくなりながらも彼を突き放すような態度を取ったりもした。
それもまた周囲の押しつけがましい空気が取らせた行動だろう。

そんなハンスも、最後は彼との友情を大事にしようとする。
しかしその行為をきっかけとして、彼の成績はは少しずつ下降線をたどることとなる。
そして悪友と親しみ、成績も落ち続ける彼を、校長や教師たちは失望し、やがて見放すようになっていくのである。

彼らがハンスを見放すのは、結局彼らの期待を、ハンスが見事に裏切ったからだ。
彼らは自分の求める生徒の姿をハンスにあてはめ、それに合わないと突き放している。

それはずいぶん一方的だし、薄情でもある。
しかし彼らは、悪いのはハンスで、自分たちの方こそ悪いのだとは考えもしないらしい。
そういう部分を読んでいると、人はとかく無神経にふるまえるものらしい、なんて悲観的なことを思ってしまう。


そして転落を続けた彼は、最終的に神学校をドロップアウトすることとなる。
そこから見習い工になり、最期を迎えるまでの彼は大いに屈辱もあったことだろう。
そういう点、この物語は、あまりに哀れで、救いがない話だと思う。
しかしその悲劇はある意味では、普遍的でもあるのだ。

大人たちは抑圧するだけでフォローせず、ハンスは若く、それを上手くやり過ごす術を持たず、そして知らず、押しつぶされてしまう。
こんな悲劇は、むかしに限らず、現在においても起きてもおかしくないのかもしれない。
それだけにむごいのである。

派手さはないが、一人の少年の悲劇が切々と胸に響く一冊である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2014-04-03 12:15:33
つまらない評論だ。
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コメントありがとうございます (qwer0987)
2014-04-03 20:44:20
ご意見、肝に銘じます。
自分を客体視する能力のない人間なので、厳しい意見はありがたいです。
具体的にどこがつまらないか、ご教示頂けたら幸甚です。
返信する
Unknown (トニー)
2019-04-13 12:33:35
はじめまして。
オリジナルで小説を書いている者です。

ネット上にて公開している自分の小説を、とある出版社の方に読んでいただく幸運に巡り会いました。
「ここは良いけどここは悪い。この内容で原稿用紙120枚は少ない。もっと膨らませて書きなさい」とアドバイスされ、現在加筆・修正中です。

その作業の中で、ヘッセの車輪の下のことを思い出し、小説内の小ネタにぴったりだと考えて書き加えていたところ、ふと調べたいことが頭に浮かびました。ネットにて調べていたところ、こちらのような文学への深い見識が伺えるブログを見つけた次第です。

もしご興味を持って頂けたら、特に自信のある拙著を二つほど読んで頂けたらと思います。ご無理のない範囲でお付き合い頂けたら幸いです。

忘れ花火
https://ncode.syosetu.com/n6108ea/

あの日の二人はもう居ない
https://ncode.syosetu.com/n1740fj/
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