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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

デザイン科の作品に刺激を受けた芸大美術卒業・修了作品展2024

2024年02月22日 | 美術展など

第72回東京藝術大学美術学部卒業・修了作品展を会期最終日に見に行った。公開で開催されるのは、おそらく4年ぶり、コロナ明けだからだ。
今回はデザイン科の作品が抜群に面白かった。
まず正門に近い芸大美術館に入り、上から順に見ようとして出くわしたの戸澤遥「大猩猩女学院(Gorilla Girls’School)だった。

一見、学校案内のビデオインタビューとパンフ・ポスター、そして制服の展示なのだが、制服の下は毛むくじゃらのゴリラの腕だ! しかし腕の先の白い指は可憐だった。説明には「ファーがありゴリラの腕の力強さを表現」とある。

教育理念は「互 凛 楽」(ごりら 互いの尊厳を護り、負けを作らない。凛とした姿勢で自己主張をする。ありのままを受け入れ、楽しんで生きる)、SDGsならぬ「21の行動指針G21」とある。教育内容の解説まであり、中学はゴリラ基礎演習で、ゴリラの生き方のレクチャーを受け、木登り・木の実探しなどの実習、高校はゴリラ実践演習で犬山の霊長類研究所ウガンダ国立公園ゴリラ留学し共同生活する、とある。冗談のようで、大真面目。
おそらく作者と思われる創設者のビデオインタビューが流れている。「女子高育ちの人はよく『私たちゴリラだから』と自称する。そこには無意識の『ゴリラ・コンプレックス』がある。真のゴリラとしてありのままで生きる誇りをもつ女性を」と語る。
観客目白押しの人気コーナーになっていた。

その裏側の谷口あかりShape of Life.は、四肢にLEDライトを装着し普段どおりに約100人の人に生活してもらい、光の軌跡を長露光で写真に記録したもの。「家事をする」「ゲームをする」「車で外食に出かける」「ダンスする」「油画を描く」などのタイトルの作品が壁面にたくさん並んでいた。
作家の意図は「デザインする」ことの意味を、利用者とその生活だと考え「人の生活」そのものが発想の出発点になる、ということだそうだ。たしかに柳宗悦、濱田庄司、黒田辰秋など民藝運動の食器、木工などと似た発想だが、人間の暮らしのなかの動作に注目しLEDライトという現代的な道具を使って表現したところがアイディア賞だ。

北野歩実「皮膚を着る」は、一見マネキンのようだが、表皮水疱症という病気の患者が、人口皮膚を移植するという「治療」の進歩を、2050年、80年、2100年にわけて解説表現する作品だった。
胡皓然「PlaySync」は、「既存の深海生物のデータセットを利用して新しいAI深海生物を訓練する」というもので、わたしにはどこまでが本当なのかはわからない。サイエンスやSFとアートを組み合わせた作品もいくつかあり、わたしのような年代からみると若い人の発想はファンタスティック!と思わせてくれた。

保科亜月「黒色の自画像」は、文字が並ぶ書籍を2p見開きずつ、和英両文で、20くらいのコンクリートブロック台の上に載せてひたすら展示した作品だった。一見インスタレーションのようだ。大谷海月「ほんとうのせかい」も同じ傾向で、文字にさし絵を組み合わせた拡大本を紐で吊るした展示だった。ブックデザインやグラフィックデザインはもともとデザインの本流のひとつなので美術展との相性もよく、こういうアーティスティックな展示方法もあると納得させてくれた。
資延美葵「音をなぞる」も面白い作で、音の広がりを可視化するもので、たしかにこんな感じの音があるよな、と感じさせる作品だった。

近藤ののか「外環の下を通るとき」はマンガと、若い人が強く関心を抱く地球環境問題をマッチングしたような作品で、今後こういう作品が増えるだろうと予感させる作品だった。
その他、まるでファッションショーのようなアパレル作品の平野太一「Figures」、指影絵を動画にした高美遥「SHADOW PUPPETS」、自作の人形を使った園田健二「THE ANCIENT DIARY? Written by Grimm」、装飾品のような里石真留美「千人結」、おもちゃの家具のような作品の木村かおる「See things」などもあった。「千人結」は戦時中の千人針のもじりかと思ったら、千本の水引をたくさんの人で一緒に編んで、繋げた作品だそうだ。「See things」はレゴ・ブロックのようなはっきり明るい色のパーツを組み合わせた印象の強い作品だった。
クリエイティブで個性あふれる作品がこれでもか、というほど並んでいた
北村徳郎「けんぽじ」のようにイラスト、アニメ、CG、SFX、動画を使った作品がたくさんあるのがひとつの特徴といえる。
デザイン科では 箭内道彦さんが第二研究室教授で、学生の説明文を読むと、先生を慕って入る学生も多いようだった。

デザイン科以外にもいくつも興味深い作品があった。

たとえば、GPA(Global Art Practice)康天虎美術館での宴会――権力と凝視への介入」はドッキリカメラのような作品だった。川原慶賀という19世紀に長崎で活躍した絵師の作品を素材に、いきなり「《長崎出島館内之図》展示中止のお詫び」というパネルがあり「本作は公開直後に意図的な損傷を受けました(略)現在、当館の修復チームは作品の現状復帰のため、入念な作業に取り組んでいます」と和英両文の説明があり、ご丁寧にも「ご迷惑をおかけしますが何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。(ロゴ入りで)東京芸術大学大学美術館」とあり、作品の前には「立ち入り禁止」の黄色の規制線まで張られ床に「Mind youe head!」とあるので、ほぼ信じてしまう。しかしモニターに映し出されるのは、赤い和服の女性が作品をみてペンキをかけ破壊する犯行実行中の数分のビデオ画像だ!

王之玉My Angel Record(油画技法材料専攻) 
ちょっとみると、パステルカラーのかわいい3体のフィギュアのようにみえる。しかし3体には一角獣=陸の天使、イルカ=海の天使、五老星=空の天使と、陸、海、空という3つの領域分担があるそうだ。なんとなく天使というと「空」だけのように感じていたが、陸や海にもいたのだ。高いフロアの教室に展示されていて、窓の外の高層ビルと天使の対比が「妙」だった。
永島悠伊「Fatherlandへ至る(壁画専攻)も変わった作品だった。壁画とはまったく関係なく、韓国籍の自分の父へのビデオインタビューを作品にしたものだった。作者は在日三世、両親とも韓国人だが、12歳で通名をつかうようになり、20歳で日本に帰化した。しかし自分のアイデンティティの確立に関し自信がもてない。林相珉『戦後在日コリアン表象の反・系譜――〈高度経済成長〉神話と保証なき主体』という本の「保証なき主体」という概念に深い影響を受けた、と解説にあった。この本の内容も知らないし、ビデオも時間の関係でほんの少ししか見ていないが、作者の人生にとって重大な問題であることはわかる。一見ドキュメンタリー映画の作品だが、これも修了展出品作品になりうることがわかった。
西村柊成「echo(染織)、西村昂祐「潮目を探す(油画)は、青緑やブルーのグラデーションの作品で、もともとわたしが好きなタイプの作品だった。

森聖華七河豚神(陶芸)は七福神の河豚の七変化である。作者が会場にいるときは、貝のお札に願い事を書きそれを折りたたみ、御利益に沿った河豚の口に入れて食べさせて「御祈願」をしていたらしい。
堀内万希子「mother,father,sister,and I.」(彫刻)はアニメ人形のような4人家族の立体作品で、ジュディ・ガーランドの「オズの魔法使」の世界を思い出させた。
14時前に入館し、閉館の17時半ギリギリまで粘って観たが、まだまだ見切れなかった。最後のほうは飛ぶスピードで移動したので見落としている作品も多いはずだ。都美術館の会場にも行きたかったが、まったくその余裕がなかった。また最終日の午後だったからだと思うが、大変混雑していた。
少し困ったのは、全体の地図がないことだった。スマホで平面図は見られるが、方向がわかりにくい。かつ建物しか表示されておらず、何階に作品展示があるのかは、行ってみないとわからない。行ってはじめて「このフロアには作品展示はありません」という表示パネルを発見し仕方なく引き返すということを繰り返した。探検隊のようで楽しいといえば楽しいが、時間がなく切迫しているときは、つらかった。
帰りは正門ではなく、正木記念館の先、都美術館方向の門から出た。こんなところに門があったことは知らなかった。

前に書いた音楽学部の修士学位審査請求試験だが、その後1月末に打楽器とオペラを少しだけ聴いた。打楽器はストラヴィンスキー「兵士の物語」から6曲、打楽器以外にヴァイオリン、クラリネット、トロンボーンなど6楽器の演奏なので、室内オケの20分ほどの演奏会のようで楽しめた。この曲はもともと朗読劇付きであることは知っていた。ウィキであらすじを読むと面白そうなので、機会があれば全曲聞いてみたい。
オペラは、マスネの「ウェルテル」からテノールとメゾソプラノの二重唱とアリア、演出は粟國淳さんだった。奏楽堂でどうやってオーケストラを入れるのかと思ったら、前方の座席をつぶし、床を下に下げてボックスをつくる方法だった。もちろんこの日はオケはなくピアノと指揮者だけだった。奏楽堂が、なかなか音響のいいホールであることがよくわかった。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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