記憶の上澄み

2017-05-30 17:10:23 | Weblog
私の生まれ育った土地は千葉県の市川市、若宮という地域だ。下総中山の中山法華経寺と船橋市に入る中山競馬場の中間、若宮小学校と道一つ隔てたところに家があった。今は土地も家も人手に渡って、家は房総の上総一宮に引っ越した。子供の頃を過ごした家のあたりも今はすっかり変わってしまって、昔は畑の中にぽつぽつと数軒の家があるきりだったのがすっかり宅地化されてしまっている。

小学校の脇の道を降りていくと、元は田んぼばかりだったのが、今はそこもすっかり住宅地だ。その先に行くとカトリック市川教会の教会墓地がある。近くに幼馴染の女の子の家があったから子供の頃は毎日のように遊びに行ったり来たりして、昔の小さな墓地の頃もよく覚えている。で、カトリック市川教会の存在は知っていたのだが、家からだとかなり遠いから実際に行ったのはかなり後のおとなになってからのことだ。

聖書バプテスト教会に違和感を感じて本当は昔から行ってみたかった市川カトリック教会に初めて行った頃、当時の市川教会の聖堂内部の脇の方に、小さなケースに入った美しいマリア様のご像が置かれてあって、隣に座っていろいろ案内してくださった奥様が、これはファティマのマリアさまですと教えてくださったのだ。

こちらは十字架も聖像も縁のない聖書を唯一の規範としているプロテスタントの教派にいたからファティマもマリア様のご出現も何も知らないで初めて聞いたから興味を持って、その後、昔の聖三木図書館に通って、ファティマのマリア様について調べて、本当は何があったのかはわからないけれど、これだけ多くの人が何かを実際に見ているとすると、何か、よくわからないけれど何かが起こったに違いないと思ったのだった。でもそのときは、それきりで忘れてしまったのが、カトリックに改宗して数年たって、ある時、当時参加していた講座の神父様が旅行のおみやげにみんなにポストカードを下さり、見るとそれがファティマのマリア様のご像の写真だったのだ。それでまたあの不思議な話を思い出したわけだ。

それからまた何年かして、ある時ニュースに大きく、科学者たちの研究結果として、今、核戦争が起これば核の冬現象で人類は絶滅するかもしれないという話が出てきて、当時会社の出勤の前に四ッ谷の早朝のミサに出てから会社に行っていたのが、ある日、その日は今は亡きポーランド人のオボンク神父様のミサで、神父様がなんだか真剣に人類の危機とおっしゃり、はてなと思ったのも覚えている。

実はその当時、変てこなご縁で遠藤周作先生や霜山徳爾先生に時々雑談のような手紙を書いて出していたのだが、まさかそれがとんでもない結果になるとは想像もせず、その時もたしか遠藤先生に当時のソ連の状況が心配だと書いた覚えがあるのだ。実は実は話はまだあって、そのころから、おそらく遠藤先生経由のような気がするが今となっては確認もできない話しだが、ただのタイピストだった私の周辺に異常が起こってきて、どこでどうなったのか会社にマスコミの取材が来ているのは感じて、神経質な私はピリピリしまくっていた時期だ。なにしろマスコミは巫女だのシャーマンだのと書きまくってくれていたからだ。当人だってなぜそうなるのかなど分かるわけがないじゃないか、大迷惑もいいところだ。問題は私が非常に周りに敏感な人間でそういう状況に耐えられなかったことだ。

とにかくそのときは、これは誰かに伝えなくてはいけないと感じたから、何かソ連が気になると手紙を書いたのだ。このままでいけば、ファティマのマリア様の予言は実現してしまうと感じたからだ。するとちょうどあのチェルノブイリ事故が当時はソ連領だったチェルノブイリで起こり、おかげで状況が一変して、その時点では一番心配されていた米ソ間の対立からの核戦争勃発の危機はとりあえず消えて、その後の世界の歩みは現在に至っている。誰がどこでどう動いてこうなったかは想像がつくが今はすでに故人となった方々をたたき起こすつもりはない。多分そのすべての背景においでになるのは神様だ。

ただ、今は当時を全く知らない方々ばかりになって、私をただの予知能力者か何かと一緒にしてお金儲けに利用しようという連中はまだ生き残っているが昔のようではないのがありがたい。お生憎様だ、こちらはそういう世俗的な能力は持ち合わせてはいないのだ。持っていたら誰が生活保護に甘んじるかね。とにかく私が求めていたのは神様ご自身であって現世利益ではないのだ。

この先も人類はどこまでいってもあまり進歩しないから戦争や不和は絶えそうもないのが心配だ。ただNHKの用語を借りるなら、今は大地動乱の時代。もっと怖いのは自然災害かもしれない。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。