フェイスブックから

2013-11-30 23:31:29 | インポート

こんばんは~、マリーで~す。

今日はうちのおばはんも夜までずっと外出していたから、帰ってきたのも9時過ぎてたし、それからご飯を食べていろいろ後片付けをして今やっとパソコンを開いたところよ。ほんでもって明日は早起き出来たらカテドラルのミサと黙想会に行くつもりらしいの。でも起きられるかなあ、あの人、これからまだNHKの夜遅くの番組、妄想ニホン料理を見るつもりよ。あたしとしてはうちのおばはんが明日カテドラルに行けるかどうかは五分五分と思うんだわさ。所属教会じゃないからどうしてもって感じじゃないんだもん。

でも一応行けたら行くつもりだから、今夜は妄想ニホン料理が終わったらさっさと寝るつもりなのよね。そんなわけでこのブログも今朝の予定だとフェイスブックにメモのように書き込んでおいた文章をもうちょっと書き足してここに出すつもりだったのに、どういうわけか久しぶりに聖歌隊に顔をだして練習にも参加したから帰ってくるのも遅くなっちゃって、これから考えて書き足してたら、絶対また寝るのが夜中の1時、2時になるのは目に見えてるし、今日はもう朝書いたものをそのまま出して勘弁してもらうって言い出したのよ。まったくもうほんとにしょうのない人だけど、ごめんなさいね。

今朝書いたのはこれよ。ほんとはもっといろいろ付け加えるはずだったから、またそのうちにちゃんと書き直すんじゃないかしら。以前には「公園のお風呂ダヌキ」の2と3に、その辺を書いてあったんだけど、誰も理解してくれなかったもんで、あの人、そのころはカルメル会の司祭だった人に一部しか残ってなかったコピーも差し上げちゃったのよ。でもその人、カルメル会をやめちゃったくらいだからその話の意味も理解できなかったんでしょうね。あのコピーもどうなっちゃったんだか。

とにかくあの人が、自分の記憶の残り物で簡単にまとめたのがこれね。

『うちの死んだ父は、お坊さんの子だったと聞いたのは父が死んでからだった。それまでも親類の言葉などでうっすらと感じていたけれど、継母の話ではっきりした。それで子供の頃から感じていた、父のことでずっと不思議に思っていたことがみんなつながっていった。

父の戸籍上の両親と言うのは実は母方の祖父母で、姉ということになっている人が実の母親、私にはお祖母さんだ。実のお祖父さんは親類の言葉から察して法華経寺の周辺の塔中寺院のどれかの坊さんだったらしい。相手がはっきりわかっていたのは、私がまだ小さい頃はその人物も生きていたことことをそれとなく親類がにおわせていたことでもわかる。

父があまり一般的な父親ではなかった原因もそれでわかる。あの人はおそらく一生坊さんの子という自分の出自と小さいときに母親に置いていかれたことに縛られていたのだろう。父は本当にヘンテコな人だった。普通のお父さんは自分のまだ小さい娘に向かって、三界の狂人は狂せるをしらずだとかやたら難しいことを教えるか、お正月といえば、毎年の始めは家族を前に、門松や冥土の旅の一里塚と説教で始まったりするか、小さい子供にたびたび、闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば生まれぬさきの父母ぞ恋しきなどと言い聞かせるか、それらがみんな私の心の土台になっていて、おかげでキリスト教信者になってからも、聖書の言葉の理解の助けになっている。

物事は原因があって結果があるというのに、どういうわけで昔、四ッ谷の司祭たちは理由を知ろうともしないで、人の言葉に難癖をつけて、はては精神科の患者扱いする人までいたのか、いまだに納得がいかない。小さい頃から父に教えられてきた仏教の言葉が聖書の言葉の意味をわからせてくれていただけで、別に自分を大きく見せようとしていたわけではないぞ、自分も無から創造られたものだといったのは、闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば、の言葉の意味が聖書のことばでわかったからそう言ったまでだ。それがなぜ精神科の患者なのかね?全く、指導者に正しい理解力がないと信者もえらいめにあうのだ。

そんな種類のことが積み重なって他の司祭たちや司教にも真相は伝わらないまま何十年も過ぎて今に到ってしまったのだ。といっても、これは今はもう愚痴ではなくてただの説明だ。』

今日のところはこんな省略版だけど、あの人にすれば中山の法華経寺は7百年まえのご先祖様が富木常忍に仕えていたころからのご縁のあるお寺さんよ。今の自分があるのも法華経寺のつながりあってでは、自分の中の宗教的な部分も親やその親、ご先祖様譲りというしかないと感じてるのよねえ。まあ、そのうちまた多分ちゃんと書くんじゃないかしら。

あ、時間だからあの人、テレビ見るつもりだわ。今日はもうこれ以上進みそうもないからこれで終わりだわさ。ほんじゃ、またね。

 

 

 

 

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厳しさや怒り?恵みと憐れみ、優しさ?

2013-11-29 16:43:50 | インポート

昨日の聖書の集いで思ったこと。

こんばんは~、マリーで~す。

なんかさあ、うちのおばはんてさあ、これは面倒だと思うとすぐにあたしに振るんだけどどう思います? 

あの人、木曜日の聖書の集いに行って、そこで遥か昔の自分の経験を思い出しちゃったのよね。自分が経験したことなんだから自分で書けばいいのに、自分では客観的になれないから頼む、お願いとかって、またいつもとおなじであたしに押しつけるんだわさ。まったく、たまったもんじゃないわよ。

しょうがないから、あたしが話すけどさ、もう、ほんとに昔の話よね。あの人、昔々、十代の終わりころにプロテスタントの教会に通い始めてそこで洗礼を受けたのよ。本当はもっと昔、子供のころに出会ったキリスト教はカトリックだったんだけど、お家の近くのカトリック教会は市川教会で、行ったこともないし、知ってる人もいないし、そのころの市川教会っていくら電話してもいつも誰も出ない教会だったの。後でわかったんだけどそのころの主任神父さまは病気療養中だったらしいの。

そんなんで、あの人が電話であちこち尋ねてみて、親切に応対してくれてここに行ってみようって思ったのがプロテスタントの教会だったの。でもってそこに通って聖書の勉強をして洗礼を受けてキリスト教の信者の生活をはじめてから何年かたって、同じ教派の家に近い教会に移ったのね。若い牧師夫妻とほんの数人の信者のまだ開拓伝道を始めたばかりの教会だったのよ。そこでの数年であの人、自分が子供の頃に教わったキリスト教とプロテスタントのキリスト教とはかなり違うじゃないかって思い始めて、これじゃないって、カトリックに改宗する決心をしたの。

それで四ツ谷の大学や教会の講座に通い始めたの。カトリックとプロテスタントじゃ、いくつか考え方が違うところがあるのよね。うちのおばはんには、カトリックで強調する「愛」というのがどうもよくわからなかったのよ。どっちかっていうと日本語では「愛」っていうことばはなんか男女関係とかのイメージのほうが強いじゃないの。本来の日本語のイメージだったら、慈悲とか慈しみとかのほうがぴんとくるっていうの。でもとにかく教会用語だからそのまま使うけど違和感たっぷりだったみたいよ。

プロテスタントの教会で教えられた神様のイメージがまた、父なる神様は、厳しい裁き主の神様、怒りの神様の面が強調されてたの。これが問題よ。カトリックでは神様の愛のほうが強調されてるし、あの人もあの頃は、この二つのイメージをどこでどう調和させればいいのかわからなかったの。

そんなころにあるきっかけで、小さな赤ちゃんの姿のイエスさまのご像に出会って、毎日のように通ってそのご像を眺めて考えてたの。なんでこの赤ちゃんはニコニコ笑ってるの? この赤ちゃんは大きくなったら人々に苦しめられて、十字架に磔にされて殺されていくのに。それなのにニコニコ笑って、まるで抱っこして頂戴といっているように両手を差し出して、自分を苦しめる人々を信用しきっているような姿。だいたい、なんで赤ちゃんの姿なの?

そしてあるとき、はっとわかったの。天地万物の創造主である偉大な神様、この世界のすべてのものの裁き主である、恐ろしいお方がそのままの姿を見せたら人間は誰一人生きてはいられないのよね。だけど、神様は何とかして悪いことばかりしている人間たちに、ご自分のところにきてほしいってお思いだから、なんとただの赤ちゃんの姿になって地上に降りてきてくださったんだってわかったわけよ。この時になって、キリスト教でいう「愛」の意味がやっとはっきりわかったの。男女がいちゃいちゃするだけが愛じゃない、もっと深い気持ち、相手を大切にして生かしたい、守りたい、そういうのが神様の愛なんだってわかってきたのよ。

そのへんがぼんやりとわかり始めたら、若かったころのうちのおばはんにも、もうひとつ、ご聖体の意味もビビビンってわかっちゃったの。誰でも怖がらずにご自分に近づいてきてほしいと思っておいでの神様はちっちゃな赤ちゃんの姿にもなってこの地上においでになったけど、パンとぶどう酒の形にもなってくださったのよね。

神様は素直な心でご自分に近寄ってくる人たちには、怒りの神でや裁きの神じゃない、恵みと憐れみの神なのよね。怖がらないでいつでもそばに来て頂戴って、みんなによびかけてらっしゃる方なんだわ。本物の神様の「愛」とか優しさはこのお方にあるんだって、夕べ、うちのおばはん、聖書の集いで聞いたあるはなしからそんなことを思い出してたの。

もうじき待降節だし、クリスマスはすぐよ。あの赤ちゃんはどんな赤ちゃんなのか、今年はちょっと見直してみてもいいかもよ。

あの人のおかげでもう、こんな長話をしちゃったわ。今日はこのくらいでやめとくわね。 ほんじゃ、またね。

 

 

 

 

 

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おしらせ

2013-11-29 15:15:58 | インポート

写真は借り物

   

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追加)

2013-11-28 23:06:22 | インポート

このブログのデータを残すために途中からはじめたbloggerだが、昨日、今日の分はちょっとややこしい。後からの追加などもあるからで、これはいっそこちらのplalaブログにもう一度まとめて出したほうがよさそうだ。以下は、教会の責任者関係者の方々以外はお読みになってもますます誤解を広げるだけだと思うが致し方ないので公開にしておきます。順番は下から上になっております。「相棒」はアメブロに移してあります。http://ameblo.jp/rieko00-3/entry-11713704832.html

http://tosikiyonokono1.blogspot.jp/ こちらは、blogger。

 

参考資料
メモ(ツイッターから)

他の人が信じようと信じまいと、現実になぜか思いもよらない、あり得ないようなことばかり起こって、気がついたらこうなっていたんだ。とてつもない話だ。だけど恐ろしいことに証拠や証人があっては、今や逃げるに逃げられないみたい。多分日本より海外のほうがわかっているような気がする。

結局キリスト教の信仰の問題がなければ、人生まるでちがっていたかもしれない。客観的に見たら、40年近く人に利用されて生活保護で暮らすはめになって、誤解やいじめや本物の貧乏を味わう人生なんて誰が自分から望んだりするかね。気がついたらこうなっていたんだ。

朝っぱらからこんな話はなんだけど、夕べからつくづく考えて、自分の今の状態や問題の中心にあるのは信仰のことなんだとわかってきたところ。

ああ、そうか。現実的に考えないと夢でおわってしまいそう。むずかしいところだ。

それこそこちらの考えをきちんとまとめないと、どこに、誰に相談してみるかも見えてこないな、もう少し時間をかけよう。

何が出来るか、何をすべきか、ただし、ロヨラのイグナチオの方式は自分に合うと思えない。ああいうのではなくて、もう少し本来の意味の観想的な探求を望む。イグナチオの観想はあれはちょっと別のものだと感じるので。

今この年齢、この健康状態で可能なことって何だろう。持ち合わせている頂き物の才能、能力も考慮する必要がある。まあ、この年齢では耐用年数、賞味期限もあまり長くはないけど、ここまできたということは何か意味があるはず。

だから、この30数年、ずいぶんひどい目にもあってるけど、それでも続いている。ほしいものがこの世のものじゃないから耐えられたんだ。と言うことは、この先もその路線でいくしかないような気がする

空には憧れないけど、子供の頃から、永遠というものに憧れてたの。お金も物も永遠じゃない、そんなものはほしくない、終わりのないものがほしいの。それでいつのまにか今の自分があるの。

以上、これって何十年も前から言ってるのに四ツ谷は誰もきいてくれなかったんだよなあ。

 

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相棒12-7

2013-11-27 22:42:13 | インポート

こんばんは~、今日は水曜日だけどマリーで~す。

水曜日の相棒のある日にお前さんが出てくるとはいったいどうしたんだって? 別にたいしたこともないんだけど、うちのおばはんが昨日のことがあるからさ、あたしにあれからどうなったか、簡単に話してほしいって言うから、先にその話をしてたの。ほんでもって木曜日の今朝は相棒のはなしだけにまとめたのよ。

 今日の相棒のタイトルは「目撃者」。内容はいつもとおなじく各自ご自分でみたほうがいいから、くわしいことは言わないけど、今日の話では、右京・カイトのコンビと伊丹・芹沢コンビがそれぞれに捜査を進めていくうちに過去の真実が浮かび上がっていくところも面白くて、合間合間に中園参事官や、暇課長にたち米沢さんがいつものようにチョコチョコ絡んで話を盛り上げているの。

でもって最後のほうの右京さんの怒りがほとばしる場面、ドキッとして、なんか忘れられない感じよ。話の全体の構成がよかったと思うな。そんなわけで、なんか今日は説明もあっさりでごめんなさいね。

うちのおばはん自身も明日もう一度ビデオで見直すつもりなのよ。なんたって、途中、見損なった部分もあるし、今日の話、もう一回見ないと登場人物の関係がごちゃごちゃしちゃってるのよね。だからとりあえずこんなとこで今日はおしまいよ。

ほんじゃ、またね。

※ 元のそのままの文章とか、ツイッター、フェイスブックからのメモとかはbloggerを見てね。

    http://tosikiyonokono1.blogspot.jp/

 

 


 

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今夜は相棒、でもその前に

2013-11-27 17:45:48 | インポート

北海道釧路市動物園から秋田の男鹿水族館に嫁入りしたホッキョウクグマ、クルミの子供のミルク、来年1月後半にお母さんのクルミのいた釧路市動物園に移動します。雄のユキオは上野動物園に帰って来るそうで、上野も釧路もホッキョクグマが2頭ずつになります。

北海道のお友達のブログに詳しい話が出ているのでこちらをどうぞ。

        http://blogs.yahoo.co.jp/yo10101024ko

うれしいような、でももうちょっとミルクがお母さんのそばにいられたらよかったのにという気持ちも。

 

 

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この場合、責任者はどこになるのだろうか?

2013-11-26 19:26:57 | インポート

本日の頭痛の種

     

帰宅してみるとポストに福祉事務所からのお手紙が。中身は生活保護費返還金の返納について(催促)。丸井の過払い金が入ってきたおかげで半分は返したものの、まだ半分残っているので返すようにという催促状です。

でもねえ、返せれば返してるのよ。返せないから溜まってしまっているのではないですか。しかも、どう考えてもこのお金、本来ならこの状況を作ったどこかの誰かさんたちが払うのが本当ではないのですか。まあ、今、まだこちらもその場合、どこの誰に相談に行けばよいのかがよくわからないので動き出していないのでどうしようもありませんけど。ただ、今の状態でこのままというのはないと思いながら、自分から動き出すのが苦手な当方、内心、困っているところでもあります。

このお金はちょうど6、7年前にパソコンを使って自分の情報発信をしてみたらどうかと考え、パソコンや周辺機器を買い、パソコンスクールに使い方を習いにいったりしてかかった費用と同じくらいの金額です。これはどうしても必要だったお金なので、何を言われようとかまいません。だってこういう基礎的なお金こそ自己投資というもので、それがなければそれまでのように手書きの手紙で一部の方にだけお見せしているのでは、残念なことに利用されるだけで、こちらの存在はいつまでたっても浮び上がりませんでしたから。

このところ払えなくなっている理由は簡単。分割でも返済の支払額が1ヶ月に4千円になった頃から、襤褸になってきた下着さえなかなか買い換えられないような本物のボンビーになっているというだけのこと。支払うものはほかにもいくつもあるので削れるものは食費だけ。パソコンやケータイはこれが使えないと、何とか自分の存在を伝えようと努力の結果のブログなども書けません。これがあるからこそ、何とか話が伝わったのではありませんか、これは削れません。

あの亡くなった方は、何でもかんでもご自分の都合によいように話を持っていかれる悪い癖がおありでしたから、杉並区についてもかかわりのある方々や組織の何もかもに影響力を発揮しておいででした。真実は隠され、一部の方に都合のよいように変えられています。それだけではなくて、あまり言いたくはありませんが、どうも人の心は、出る杭は何とかして引っ込めたくなるもののようです。誹謗中傷は当たり前、目立つ奴は足をひっぱれ、というのが世の常、いや、宗教の世界の中でもです。

こんな話は愚痴にしかならないのでやめておきますが、とにかく、このお金、とりあえずは月に2千円で新しい納付計画書を出しましたけど、そのまま放っておかれてはこちらも困ります。これは黙っていられないので公開にすることにしました。

あ、まだもうひとつあります。福祉事務所の担当者というのはどういう権限で生活保護受給者のこういう支払額などを決めるのでしょう。こちらの生活の現実をちっとも見ていない担当者が決めていては払いきれません。あちらは無理にでも直接毎月4千円引くつもりなんですよ。四ツ谷はどうして全然なにもしてくれないのですか。ホームレスの方たちなら目立つからご自分たちの宣伝にもなるけど、おばはんの一人くらいじゃ何の得にもならないとでもいうのでしょうか。

以上、なんとも情けない話で申し訳ありませんけど、これは黙ってはいられません。

 

 

 

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素人は悲しい

2013-11-25 22:32:33 | インポート

機械音痴の当方がパソコンを何とか使えているのは、つくづく奇跡ではないかと思う。しかしそれにしても、いまいましいのは、こちらの意思を無視して自分の会社の製品を押し付けようとあれこれパソコンを内側からいじるクッキーどもだ。

先日のリカバリーではデスクの分割が出来なかったので、今日は半日かけてリカバリーのやり直しをした。ウォークマンとつながらないのは困るのだ。ところがおかしい。機械がソニーを認識しない、おかしいおかしいと、何度も見直した揚句、ソニー製品と競合するリアルプレイヤーが邪魔をしているのに気がついた。

またもリカバリーと、出来る限り、外部からの手出しで起こっている機械の異常は回復させ、やっと何とかウォークマンをこの機械で使えるようにして気がつけばこの時間。

機械に強い人がうらやましいとつくづく思ったものだ。しかし、皆様もパソコンではこんなことに出会っているのでしょうか。当方のパソコンはどれもこれも怪しいパソコンなのはいったいどういうことなのでしょうか、ときいてみたい気がしている。

そんなわけでくたびれてしまって、いつものようなブログも書けず、状況報告でおしまい。どうもすみません。

 

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フェイスブックから富士山とかぐや姫

2013-11-24 21:34:19 | インポート

NHKのEテレで今日の古典芸能の時間は、能の富士山。説明を聞いてびっくり。富士山にはなんとかぐや姫が関係しているのか。かぐや姫がこんなところにも登場するとは恥ずかしながら知らなかった。なるほど、遥か昔からかぐや姫の物語は様々な形で日本人の心に伝えられているのだなあ。なぜ今、高畑監督がかぐや姫か、なんとなくわかるような気がした。

 おまけにもうひとつびっくりしたのは、今日のgoogleさんの絵。今日が誕生日の人はケーキの山でお祝いって、甘いお菓子の好きな人はよろこんでしまう趣向。うれしいな、こんなの初めてよね?

 

 

 

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王であるキリスト

2013-11-23 23:06:29 | インポート

こんばんは~、マリーで~す。

今日はねえ、うちのおばはんがすっかりへたばっていて、もう、どうしてもお願いだからって拝み倒されちゃって、しょうがないから連続で登場よ。あの人、やっぱりあんまり具合よくないみたいよ。今日もちょっと寒かったからかも。

明日の日曜日はカトリック教会では「王であるキリスト」のお祝いで、教会の年間の暦じゃ一年の最後なのよね。王さまっていってもこの王様は普通の人間の世界の王さまとは一味も二味も違う、普通のこの世界のえらい人みたいなお金とか権力とかで世界を支配する王さまじゃないのよね。

普通の人の目にはちゃんと見えてなかったりするんだけど、この王さまの宮殿は日本にもいくつもあるのよ。今年は長崎の教会群の名前は世界遺産に上がらなかったけれど、あの長崎の明治時代の禁教令が廃止されて、それまでひっそりと隠れていたキリシタンの末裔たちが表に姿をあらわして、宣教師たちと一緒に、自分たちで石を積んだり、木を切り出したりして作っていったいくつもの小さな教会、あれこそは真の王の宮殿なんじゃないの。

今は時代も変わってこの世界の歴史も人の動きもみんな変わって、下手をすると本当に大切なものが忘れられそうな時代になっちゃってるけど、そんなもんじゃないと思うのよね。

世界が東西にわかれて、核戦争の恐怖におびえていたのが、今は世界を動かしているのは経済活動で、お金のある人とない人、いや国と国でさえ、経済力のあるとないとで、格差からこぼれ落ちた人たちの不満が新しいテロや戦争の火種になっている時代に変わってきたけど、結局のところこの時代もそのうち変わっていくと思うのよね。歴史を見ればいつの時代だってそうでしょう。

人は正義とか公平を求めるけど、人間自体の中にある自分さえよければの思いは、この世では決してなくならないんだと思うのよ。それは人間がどこまで言っても罪深い存在だからだし、それだからこそ、本当の王さまが人類を何とかして助けたいって地上に降りてきて人間の一人になって一緒に生きて、死んでくださったんじゃないの。この王さまの国は目には見えないけど世界中に広がっているし、時間も空間も超えて今もここにあるんだけど、みんな気がつかないんだわ。

いつまでこんな状態が続くのかよくわからないけど、聖書にはちゃんといつかは終わりが来るって書いてあるのもほんとよ。よくわかんないんだけど、とにかくどんな大変な時代や環境でもいつかは終わるんだし、それならいつもの毎日を、いつ終わってもいいようにちゃんと生きていたほうがいいと思わない?いつかは誰もが大きな大きなお方の前に出ることになるんだと思うのよ。

あたしはただのケータイだし、ただの生意気に聞こえてもしょうがないけど、なんかさあ、生きとし、生けるもの、命のあるもの、ないもの、そんなこと関係なしにこの世に存在しているものはすべて、大きな大きなお方に支えられて生まれてきて存在してるんだと思うの。本当の王さまはいつの時代のどんな世界ででも、すべての人間に自分のことだけじゃなくてほかの人にも目を向けてほしい、心を配ってほしいって思ってらっしゃるのを忘れちゃいけないんじゃないのかしら。

なんか真面目くさった話になっちゃったからこのへんでやめとくわね。明日はうちのおばはん、調子がよくなってるといいんだけどね。まあ、そんなところよ。ほんじゃ、またね。

 

 

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