箱根 旅館「山海楼」
伊丹達が炎上する旅館の中を駆け抜ける。
火災と逃げまとう人々で周囲は既に混乱状態だ。
「本気で正気を疑いたくなりますね!
一般人が大勢いるというのに巻き込むなんて!!」
栗林が悪態を口にしながら先頭を走る。
手には鹵獲した敵の銃を持っている。
「それだけする価値があるからでは、ボーゼスさん達には。
何せ総理にスキャンダルネタを突き付けて特戦群の護衛を引かせたぐらいですから」
ピニャとボーゼスを守る位置で移動している富田が相槌を打つ。
やはり手には支給された護衛の拳銃ではなく鹵獲した機関銃を持っている。
そして無意識だと思われるがピニャ殿下を差し置いて「ボーゼスさん達」と富田は口にした。
「そしてトラック突入から始まった一斉襲撃で、
拳銃ぐらいしかない俺たちはそれで一巻の終わりだったが…いや、ホント。ロウリィが居てくれて助かった」
伊丹がそう回顧すると共にロウリィという名の少女に視線を移動させた。
「あははははは、
あははははは、
あははははははーーーー!!!」
栗林よりもさらに前を走るロウリィは目の前に現れた敵、
賓客の拉致を企んだ特殊部隊の隊員を続々を血祭りに上げていた。
室内戦のため殆ど遭遇戦でしかも距離が近いため、
ロウリィが戦斧を振るごとに一方的な虐殺劇とミンチミートが大量生産されつつあった。
拳銃程度の武装しかなかった伊丹が生き残り、
さらに武装を強化できたのもロウリィがこうして暴れているお陰である。
「石仮面か何かかな、ロウリィは?」
「うーん、石仮面というよりオフレッサーよねあの子」
「石器時代の勇者か、戦斧だからか?
言われてみればそうだな…って梨沙、無理するな!」
襲撃とロウリィの虐殺劇場で気を失い、
伊丹が脇で抱えていた元妻が意識を取り戻す。
「あー大丈夫大丈夫、
段々見慣れて来たし先輩が担いでくれているから、大丈夫」
「ならいいけど……。
いやいや、良くない。まったく良くない!」
元妻の発言に伊丹が真っ向から反論する。
「いいか、梨沙。
慣れたからってあまり見るんじゃないぞ」
「…わかったよ、先輩」
自衛官の自分はともかく、
元妻がそうした光景には慣れてほしくない。
その伊丹の願いに梨沙が素直に頷いた。
(それにしても、ここまで逃げる道中で出会った連中は中国、
ロシア、韓国、アメリカと随分と国際色豊かな上にお互い潰しあっているみたいだし無茶苦茶だ)
僅かな服装の違いと出てきた言語の違いからこの襲撃に関わった国を伊丹は推測する。
さらに特地の賓客を狙いつつも互いを潰しあっている事実から事情を朧気ながら理解する。
(だから特殊作戦群の護衛は完ぺきだった。
中露、米韓で組んでいたとは言え両陣営内部では、
互いを出し抜くことしか考えていなかったからうまく各個撃破したんだな)
いくら数が多いといえ、
各国の特殊部隊はバラバラ行動していたため、
護衛である特殊作戦群に一方的に撃退されそのまま全滅しても可笑しくなかったが、
(そして追い詰められた敵は、政治的手段。
総理にスキャンダルネタを提示することで解決しようとした)
だからこそ中国の、
「護衛を引かさないと与党崩壊レベルのスキャンダルをばらす」という脅しが発生し、
総理の機転で「特地の人間が抵抗してもこっちの責任ではない」という言質を勝ち取り、
オタ友人にして上司の防衛大臣を経由して伊丹に「ゴスコリ少女を敵特殊部隊に嗾ける」
という要請に答えた結果が今の状況であった。
(だが民間人を巻き込む作戦なんてしやがって!)
しかし、特殊部隊が襲撃する直前。
無人のタンクローリが旅館を直撃し大規模な火災が発生。
混乱の渦中に落とされ、
その混乱に乗じる形で中国の特殊部隊が突入。
いくらロウリィが無双していたとはいえ、混乱の中では流石にうまく行かず。
伊丹達自衛官は命を落とし、
賓客は奪われる寸前であったが、
各国の足並みが揃っていなかったのが伊丹達の命を繋いだ。
が、自分が生きながらえたことよりも、
民間人を巻き込むこと前提のやり方に伊丹は怒りを覚えおり、
必ず任務を達成し、敵の目論見を粉砕することを誓った。
「っ…!」
「!?」
その時だった。
伊丹の左横で特殊部隊の戦闘員が視界に入った。
通路脇の廊下にいたため先頭を走るロウリィの魔の手から逃れたのだろう。
伊丹は咄嗟に銃を構えようとするが、
(しまった!梨沙が邪魔で間に合わない!)
左わきに抱える元妻のせいで突発的な対応ができない。
対して相手は伊丹が体の向きを変えたり、逃げるよりも早く発射できる態勢にあった。
(せめて梨沙だけでも…!!)
間に合わないと覚悟した伊丹が、
背中を敵に向けて庇うように体を動かし、その時に備えた―――。
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