アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

明日は我が身なんですがね…

2021年05月31日 | Weblog
 倉本聰さんの「歸國」を観て、あらためて「延命」について考えさせられました。
 死が迫っている人への治療は、どのように決定したらよいか…
1 本人が元気なころの意思表示が文書に残されている場合、それに従うべきか?
 亀田総合病院(千葉県鴨川市)の男性患者が「意思疎通が出来なくなった時は人工呼吸器を外してほしい」とする要望書を提出していた。その後の報道は見損ねたか?なかったか?外すと犯罪ですから…
2 本人の意思は、日々どころか数分後には変化するものではないか?心は、コロコロ変わるから、「コロコロ→ココロ」となった。変わって当然です。亀田総合病院の患者の場合は、全身の筋肉が徐々にマヒする難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)。両手足とも動かず、ほおの動きを電気信号に変えて、パソコンを通して意思を伝えることができるという…。十二分に強い意思です…。
3 本人の意思が確認できない場合は…
 (1)家族の判断で、延命を中止してもいいか?
 (2)医師の判断が入る余地はないのか?
 現行法では、人工呼吸器を外すのは殺人罪に問われる可能性がある。病院側としては、罪に問われたいはずがない。よって、「延命」し続ける…でしょうね。

 「人工呼吸器を付けないという判断と、途中で引き抜くという判断は同じ」という医療関係者の言葉も話題となりました。
 「医師は、人工呼吸器の取り外しを単に何かを外すようにしか思っていないという現実がある」「人工呼吸器を付けないことと取り外しを同列に置くこと自体が無理」などなど、この種の問題は、正解・不正解がない。何とでも言える。ただ、下品ですが、「自分に火の粉がふりかかって来ない場所で、好き勝手なことを言っている」という感じがしてなりません。
 
 私に死が迫っていたら…当然、「人工的な延命は望まない」。人間死ぬときは、必ず誰かに迷惑をかけるわけで、人工的な延命は、多くの人に多大な迷惑をかけることになる。生きている人を大切にしなければなりません。
 ただ…現行法では、人工呼吸器を付けないのも、外すのも殺人罪に問われる可能性がある。

 「歸國」の中で、老婆と少女の場面があった…
 人工呼吸器をつけられ、生かされているだけの老婆がいた。隣の病室には、寿命が残り少ない少女がいた。老婆は、少ししか動かなくなった顔の筋肉をようやく動かし、少女にお願いをした。
「私の意識が無くなり、ただ呼吸しているだけになったら、人口呼吸器のスイッチを止めてね。約束だよ」
 少女は…
「分かりました、おばあちゃん」……約束した。
 そして、老婆の意識はなくなった。少女は、人工呼吸器のスイッチを切った。
 少女は、人工呼吸器のスイッチを切ったことで、「どう責められてもいい。どうせ私もすぐにおばあちゃんのところへ行くから」。
 死に直面した老婆と少女。「もうすぐ死ぬ人」にしか、人工呼吸器のスイッチを切ることが出来ないのか?この場面で見る限りは、老婆も、少女も幸福であることは間違いありませんでしたがね。
 「歸國」の中で、現代の日本について唯一英霊が感謝したのは、この少女の行為(人工呼吸器のスイッチオフ)でした。


英国とは関係ないけど「英霊」

2021年05月30日 | Weblog
 倉本聰さん、86歳になられる。高齢を理由に、演劇活動から引退し、脚本制作に専念しておられる。「富良野演劇工場」の方は、まだあり富良野塾11期生「久保隆徳さん」に引き継いでおられるそう。倉本さんは、「東大文学部卒、頭がいい人は違う」…この頃つくずく感じます。私との最初の接点は、ニッポン放送。なぬ?「倉本さんのニッポン放送時代に、アンティークマンがニッポン放送にいたのか」って?そ、その話を始めると、自慢に次ぐ自慢になってしまいますので自重します。で、本日の本題に入ります。

 棟田博の小説、「サイパンから来た列車」をもとに、倉本聰さんが脚本を書き下ろした。 題名は、「歸國」。小説は、昭和30年発表なので、サイパン島で玉砕した師団の兵士の幽霊が10年ぶりに東京へ帰ってきた話になっています。「歸國」では、60年ぶりに帰って来たという設定。

 英霊達は、8月15日の終戦記念日の深夜、東京駅のホームに1両の軍用列車で到着。東京の親類知人を訪ねて回る。発想が奇抜だが、ストーリーは、むしろ平板。

 倉本さんは「今の発展した日本を英霊たちが見たらどうだろう。安心するだろうか。僕はがっかりするのではないかという気がしてしようがなかった」とか、「英霊の側の視点に立ったとき、今の日本の何に腹を立てるのか。それを探っていった」と…。

○ 金に狂い、倫理観を失った日本人
○ 近くにいてもメールで会話する日本人
○ 崩壊した家庭
○ 乱開発で喪失した故郷
○ 使えるもの、食べられるものが廃棄されているゴミ処理場
○ 病院の生命維持装置で生かされる人間

 これらの日本の現状を、英霊たちは歓迎し、感心し、安心して南の海へ帰るか?
 戦後60年間で変貌した日本人への批判…ともとれるが…私としては、批判ではなく、現状は現状として受け入れ、「これでいいのか?忘れているものはないのか?」と、再考、熟考を促しているととらえました。
 ありがたかったのは、英霊が出てきているにもかかわらず反戦を出さず、人物に焦点を当てていること。観ていて気楽でした。「靖国神社」も出てきますが、なんらの主張も入れずに現状を伝えていました。
 「反戦」は、敢えて強調する必要はないのです。なぜなら、日本人のほぼ全員が、「戦争反対」のはずでから。分かっているのに「反戦」を言われると、「ハイ、ゴメンナサイ」と謝るしかありません。それは、重くてめんどうくさいです。

 英霊達は、帰り際に、「自分たちの犠牲を犬死にしないでくれ」と…どうしたらいいでしょうか?この答えは、私の持論の中の十八番にあります。
 「日本人が、高い倫理観と高い学力を身につけること」です。

 私が、「歸國」から得た素晴らしい言葉があります。「貧幸(ひんこう)」です。広辞苑には載っていません(いちいち調べるあたりが、アンティークマンたる所以でもありましてね)。この言葉との邂逅は衝撃的です。「貧しい幸せ」「貧しくとも幸せ」「貧しいことが幸せ」…どのように捉えてもいいでしょう。

 「日本は豊かになったが、日本人は貧乏になった…」日本人も豊かにならなければ!そのためには、高い倫理観と高い学力を身につけなければなりません。
 「便利」とはどういうことか?「サボルこと」。…つまり、便利を求めると人間は貧しくなっていく…。


マイブームは倉本さん…黒板五郎ロス

2021年05月29日 | Weblog
 黒板五郎ロスで、「北の国から」やら、倉本さんの書いたものを引っ張り出したり…しております。10年前は、倉本聰さんの(当時の)新作舞台「歸國(きこく…旧字体の帰と国)」を観劇しました。北海道富良野市にあった(今もある?)「富良野演劇工場」へ行ったのですがね。
 富良野演劇工場へは、車で向かったのですがね。 田園地帯を走っている私の車の前を、路線バスが走っていました。

 バス停で、路線バスから一人の老婆が降りました。大きめの荷物を持ち、確かな足取りで、発車したバスを追いかける方向へ歩きだしました。カーブにさしかかりバスは見えなくなりました。その時、老婆は、前屈みで進行方向を見ました。進行方向から、10歳ぐらいの少女が、両手を上げて老婆を迎えに駆けてきました。
 私の車は2人を追い越しました。そして、少女の家の前を通ったのですが…どうして少女の家だと分かったのかって?だって、ほかに家が見えなかったから。家を見ると少女の母親が、窓から道路をのぞいていました。
 ただこれだけの話ですが、「いいものを見せてもらった。『歸國』を観なくてもいいかな」とさえ思いました。

 瑞々しい感性の持ち主である私は(自分のことを褒めるなって?!)、この老婆、少女、母親の今朝からの様子が手に取るように分かりましたねえ。再現してみますと…

 老婆は、嫁いだ娘と孫(女の子)に会うために、路線バスで出かけました。車で送ってもらうのではなく、自力で行ける「路線バス」を利用…時代を遡上しているような懐かしさがあります。前日、孫への土産に、スーパーで袋菓子を数種類買ったことでしょう。「かりんとう」「かっぱえびせん」「板チョコ」…老婆の年代では、菓子といえば「かりんとう」です。あと、当時流行の「かっぱえびせん」。おばあちゃんでも、「かっぱえびせん」のようなハイカラなお菓子を知っているところを見せなければね。板チョコは…戦争を体験している老婆にとって、特別のもの。孫は必ず喜んでくれる…!(書いているだけで、ジワーっと涙か出てきます)
 家を出る前に電話した。
「11時のバスで行くからぁ」
 孫は、落ち着かない。老婆がバスに乗った時刻から、玄関を出たり入ったり。ワクワクドキドキ、すっかり有頂天です。
「まだ、着かないから!(家に)入ってなさい」母親が台所から叫んでいた。母親は、お昼に一緒に食べる料理の下ごしらえをしていた。日曜日の昼食は麺類が主体だが、この日は「イカメシ」を作ることにした。イカは昨日から、小ぶりの冷凍物を買っておいた。
 そして、少女の家の前をバスが通過していった。
「あ!バスが行った。婆ちゃん降りたね。迎えに行ってくる!」少女は、小走りにバス停へ向かった。母親も、台所から手を拭きながらでてきて、老婆(自分の母親)を迎えるべく窓から顔をだした。
 日本に、このようなあたたかい三代(母・娘・孫)がある。ぽつんと一軒だけある、裕福とは思えない農家。たとえ金銭的に貧しいとしても、この日はこれから世界一幸せな時間が訪れるのです。

 タイトルは忘れてしまいましたが、太宰治に次のような小説がありました。
 灯台守の家へ侵入しようとしていた強盗がいた。窓から中の様子をうかがうと、一家3人が楽しそうに食事をしていた。強盗は、「この楽しそうな空間を乱してはいけない」と、一瞬侵入をためらいました。そのとき、大波にさらわれ、強盗は死んでしまいました…。

 楽しい団らん、仲良し家族は、強盗にさえ犯行を躊躇させる力があるのです。
 私も強盗同様、「あたたかい三代」を乱すつもりはありません。嬉しかった。おじゃまして一緒にイカメシを食べたかったです。
 なぬ?質問?「富良野には海はないのに、なぜい『イカメシ』なのですか?『豚丼』ではダメなんですか』って?そ、それは…その昔、初めてイカめしを食べた母(老婆)が、「うめえなこれ、初めて食った」と喜んでいた姿を、娘である少女の母親が覚えていたからです。
 なぬ?まだ質問があるって?「歸國はどうなってるか」って?き、歸國は、次回…。


今の私は「生涯バランス」の結果…

2021年05月28日 | Weblog
 「褒めて育てる」これ、いまや日本の常識。家庭教育も、学校教育も、「褒めろ!褒めろ!」の大合唱。確かに、大人でも褒められると悪い気はしない。「褒める」は、特に今始まったことではない。江戸落語にも、上方落語にも、「子ほめ」というのがある。

 江戸落語の、「子ほめ」は…
 八五郎は、仲間の竹さんに赤ん坊が生まれたので、祝いに行けば酒をおごってもらえると考えた。八五郎は御隠居に、「赤ん坊のほめ方はどうすればいいか」質問した。
 御隠居は、「これはあなた様のお子さまでございますか。あなたのおじいさまに似て御長命の相でいらっしゃる。栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳し、蛇は寸にしてその気を表すと言います。私も早く、こんなお子さまにあやかりたい」と、言えば良いとアドヴァイスした。
 自信満々の八五郎は、竹さんを訪れた。しかし、いざ褒める段になって台詞が出てこない。
 「おじいさまに長命丸飲ませたそうですね。洗濯は二晩でも乾かず、ジャワスマトラは南方だ」
 この落語のオチは…
 パニックになった八五郎、年齢を尋ねて、「若い!」と褒めよう、最後の手段だ。 「で、お子さまは、おいくつですか?」竹さんが、「一つ(数え年)」と答えた。そこで八五郎、「一つにしちゃあ若い、どう見てもタダだ」

 悪気はないのであろうが、お産のお祝いに行って、「鼻がつぶれてる」「しわくちゃだね」「鼻の頭の黄色のブツブツはぁ、なに?」「頭の形、おかしくない?」などと感想を述べる人がいる。生まれて間もない赤ん坊は、皆、鼻がつぶれて、しわくちゃで、鼻の頭にブツブツがあって、頭の形が長ひょろいのです。猿っ子のようでも親は、「可愛くて、可愛くてしょうがない」のです。猿っ子って、フィギュアスケートの技かって?それは、「サルコウ」、元フィギュアスケート選手の織田さんの得意技でした。

 私は、お産のお祝いで、赤ちゃんを褒める時には、親が気に障る表現をしないように心がけています。え?誰でもそうだろうって?中には、無神経な人もいるんですよ…。
 し、しかし、BUT!ベトナムでは、1歳未満の赤ちゃんに対して、「カワイイ」「キレイダ」などと褒めるのはタブーになっているンです。
 ど、どうして?
 小さい頃、人から褒められていい思いをすると…
 「神様が、運・不運のバランスをとるために、将来その子に不運をもたらす」と、考えるためだという。ベトナムでは神様がバランスをとる!新鮮に驚きましたねえ。
 こ、これは、結構知られていることらしく、カミサンも興奮する私をいぶかしげに見て、「神のバランスでしょ」と、あっさり。神様って、バランスをとるんだあ!それなら、私の現状はバランスの結果のものなのか…子供の頃褒められすぎたからなあ…

 ともあれ、お産祝いに行って赤ちゃんを褒めてきた私は、とんでもないことをしてきたことになる。少なくても、ベトナムでは赤ちゃんを褒めないようにしなければ…。


食事は「モーモー」だけ…

2021年05月27日 | Weblog
 もう、2年以上も旅行に行ってません。コロナが明けて旅行できる日が来るのが先か、寝たきりになるのが先か…。

    ヨハネスブルグのように、「間違いなく殺されます」という都市に比べると、北京は、かなり安全な都市でした。それでも「深夜出歩くな」と、何度か注意されました。しかしこれは北京に限ったことではなく、どこの都市でも深夜は危険です。「深夜は、タクシーに乗るな」とも言われました。深夜にタクシーに乗って殺害された人は、年間約300人だそうです。うーん!説得力あるなあ。10日間に、8人が殺されているってことですね。

 タイでは、タクシン派は赤、反タクシンは黄、軍隊は緑、警察は青というように服装が色分けされておりました。よって、旅行者は、赤・黄・緑・青の洋服を避けなければならなかったですねぇ。タイへ行くときの服の色は、「黒か白」が無難ということ。
 中国では、黒が嫌われます。かといって、白のスーツとかは、持っていない(普通の人は、白いスーツなど持たないと思うのですが…)。上から下まで黒っぽい服装で北京へ行ってきましたが、石を投げられることもありませんでした。

 北京に、「物乞い」がおりました。私が見たのは、ただ手を出して、「金をくれ」という、元手のかからない正当な物乞い。
 北京に物乞いがいる。「財産の共有」が方針のはずの党が支配する国ですよね。その首都に、「物乞い」がいるわけで…。
 「財産の共有」の国の所得格差が凄いことになっているのです。「巨大格差」という表現もあります。
 中国都市部における一人当たり年間所得は、約22万3千円。農村部では約6万7千円。都市部と農村部での収入格差は年間約15万6千円と約3.3倍にまで拡大しています。この格差、15年以上も変わっていないってんだら…。
 2DKのマンションは、1,000万~3,000万円。このようなマンションを買うことが出来る階層もいる…。サラリーマンがマンションを買うのは至難の業。
 「フートンの状況」やら「中国農村部」と、「1,000万~3,000万円のマンション」・・・巨大格差です!

 都市整備や再開発で、フートン(胡同)が取り壊されていると聞いていました。「フートンを見ることは出来ないだろう」と、思っていました。ところが、なんとなんと、北京一の繁華街「王府井」でも、一本裏通りへ入ると、「フートン」がありました。
 フートンは、古くからの北京の街並みを留めているので、観光スポットとして海外からの観光客の人気が高いのだそうで…。私も、大変興味がありました。入ってみたのですが、「なに見てるんだ!コラ!」と、叱られそうで…少し入っただけで退散しました。フートン地区は、今も、「共同トイレ」「台所なし」でしょう。共同トイレは、壁なしトイレが普通。
 フートンに住んでいる人たちにとって、1,000万円のマンション…。想像すらできないんじゃないでしょうか。
 支援を要する貧困層は1億人。このうち、約2,200万人は、年収が1万円に満たない。年収ですよ!月収じゃないんです。

 少し前ですが、NHKスペシャルで、上海から列車で1泊2日内陸へ入った、「中国最貧の村」を取材した番組がありました。驚くべき事実の連続…この村は、ほとんどの家庭が年収1万円に満たない状況。子供達は、「勉強に次ぐ勉強!」中・高生の寄宿舎では、午前4時30分から、夜の12時まで、「勉強、勉強」。極貧から抜け出すのには、勉強するしかない。日本の子供達がこれだけ勉強したら…するわけないですね。
 寄宿舎に入っている子供達の食事は、「モーモー」。牛肉かって?そんなはずないでしょう。粉を練って焼いたと思われる、固いパンのようなものが、モーモー。1週間分のモーモーが支給され、それだけを食べる。ミルク?おかず?あるわけない。モーモーだけが食べ物。自分への割り当てを食べ尽くしたら、その週は、食事なしなので、計画的に食べなければならない。

 どうして巨大格差が出来たか?説明するには、毛沢東までさかのぼらなければなりません。現在も、都市部と農村部では、「戸籍が違う」。なぜ?その弊害は?…数十ページが必要ですので割愛。

 最貧の村に肥満の子は、いるのか?肥満になりようがないです!モーモー箱に入っているモーモーだけですから。
 北京動物園に遠足に来ていた小学生…肥満が目立ちました。一人っ子政策のため、親たちは、蝶よ花よと、ワガママ放題に育てる。そのように育てられている男の子は、「小皇帝」と呼ばれ、女の子は、「小公主」と呼ばれている。
 小皇帝と、小公主は、「月光族」になる。月光仮面なら、「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている、正義の味方でいい人」。
 月光族は、月光仮面と何ら関係ない。「いつまでも親のスネをカジったり、親と同居し、自分の収入は自分で全て使う」そういう若者たちのこと。
 最貧の村から抜け出せない若者達(農村の戸籍)と月光族(都市部の戸籍)、この巨大格差…。現状のままでは、ますます拡大します。縮まることはありません。


まだ立証されてませんがね…

2021年05月26日 | Weblog
 「シャボノ」は、ベネズエラ南部からブラジル北部に住む「ヤノマミ族」の円形集合住宅。「また円形集合住宅か」って?生きている限り、たびたび話題にしますよ!
 私は、「シャボノ」と、中国の福建省と広東省の省境にある、「福建の土楼」が、無関係とは思えないわけで…。まだその珍説にこだわっているんだなって?私の説は、立証されていないだけで、限りなく真実に近いものばかりですよ!自信があるから開陳しているのです。このような仮説、のちに立証されたときに、「誰が最初に仮説を立てたのか」が、問題になります。その点、このような形で公開しておくと、時間的なことが明確ですからトラブルが回避されるのです。

 シャノボも福建の土楼も、巨大円形の集団住居であり、中央が広場になっているという点で共通しています。航空写真を見れば、そっくりです。円形だけでなく、「方形のものもまれに混じる」…この点でも一致しています。

 福建の土楼は、4世紀初頭に客家(はっか:漢民族なのですが、独特の習俗を持ち、言語も独自のものをもっていた人たち)が建てました。倭寇の襲撃から守るために円楼にしたのです。円は、死角が少ないので、守りやすい。円楼は、日照や広さに不平等がない…これも注意すべき点です。

 我が家の二男は、ボストンの、「ブリガム&ウイミンズホスピタル」で生まれました。誕生後、母子で、数日入院していたのですが、病院のビルディングが円筒型。病室は円周にあり、中央にナースステーション。ナースが、どの病室へ行くにも平等な時間で行くことが出来る。「どの患者にも同等のメディカルサービスを」と、いうことを追求すると、当然「円形の病棟」に行き着くわけです。福建土楼やシャボノの考え方が、現代世界最高といわれている「ブリガム&ウイミンズホスピタル」のコンセプトと共通する。なぜか嬉しい。

 客家の流れをくむ人々が、ユーラシア大陸から、陸続きとなっていたベーリング海峡を通ってアメリカ大陸に渡った。そして、オリノコ川の上流に着いた。
 インカ帝国が13世紀の成立ですから、4世紀にベーリング海峡を渡った客家が、13世紀ころまでに、オリノコ川の上流、コロンビアとブラジルの国境付近のジャングルにシャボノを作って住み着いた。時間の考証として何ら矛盾がない。

 客家の子孫がヤノマミ族になったと考えています。
 根拠の第一は、シャボノですが、シャボノのほかに、人種的なことも挙げられます。ヤノマミ族は、南米の他のインディオと違う顔をしているのです。現在の東アジアのモンゴロイド、つまり日本人や中国人と良く似ているのです。裸族ですが、流行の洋服を着せ、顔に刺した焼き鳥の串のようなものを抜くと、誰もヤノマミ族とは思わないでしょう。そのまま原宿を歩かせても、なんの違和感もありませんよ。
 
 客家の子孫がヤノマミ族説は、この100年以内にDNA鑑定で立証されるでしょう。なぜ100年もかかるのか?NHKが、ヤノマミ族の取材許可を得るのに10年かかっています。シャボノへ入り込まなければ、DNA鑑定に必要なものを採集出来ません。年月がかかります。


「故障中」「消滅中」・・・日本語としてどうよ?

2021年05月25日 | Weblog
 杖をついて畑へ行き、1時間ほど作業をしています。「しゃがむ」という動作ができないので、土に寝転がって作業をします。時々そのまま寝ます。通りがかりの人が、ひそひそと「寝てるの?倒れてるの?生きてるの?」などと話しています。
 そんな毎日です。で、当面の敵は、「アリ」です。畑に巣をつくるので、作物が枯れていく。「アリの巣コロリ」では効かない。そこでカミサンに貯金を下ろして買ってもらったのが、「アリの巣消滅中」という名の農業用薬剤。薬剤の名前だから、どうってことないのですが、「消滅中」に引っかかる。これって正しい日本語なのか?
 食事中、上映中、面会中…これらは正しいと思う。死亡中、感動中、卒業中…これらは、おかしい!

 日本語は、中国語ほどではないにしても難しい。それをさらに難しくしてくださるのが、言語学者の皆さん。動詞と名の付くものが多すぎて、どうしようもない。
 動詞の分類…結合価・相・意志・視点による分類…もうこれだけで重い。
 そしてそれぞれの分類に…他動詞・二重他動詞・再帰動詞・能格動詞・状態動詞…活動動詞・意志動詞・無意志動詞・主体動作動詞…あるわあるわ!
 なぬ?「どさくさ紛れに適当に作っているんじゃないのか」って?いえいえ、全て本当にあります。ここには挙げませんでしたが、私の好きな動詞に、「主体動作客体変化動詞」などという動詞もあるんですよ。

 さて、「消滅中」を何とかしなければなりません。金田一春彦さんの分類(四分類)の、継続動詞かどうかを持ち出すのがよさそう。「…中」を付けると進行形になる動詞が継続動詞。
「営業する」に「中」をつけると、「営業中」確かに進行形になっている。

 しばしば話題に乗るのが、「故障中」。おかしいか、おかしくないか。
 <故障中はおかしいという理由>
1 継続動詞ではないから。(「故障する」は、瞬間動詞だから)
2 「~中」は、人間の動作の継続。故障中は…何もしていない。

 <故障中、「いいじゃないの!」の言い分>
 故障中は、「これから修理しますよ」という意思表示。修理する気がない場合は、単に「故障」だべ。

 故障しているものが意思表示?自販機が意思表示するのかぁ?…どうやら、「故障中は正しいと言う説」は、不利ですね。

 さて、「消滅中」は、どうなんだ?継続動詞か瞬間動詞かとなると…瞬間動詞ですね。正しいとは言えない…しかしBUT!「アリの巣消滅中」の場合、アリに薬剤を振りかけた段階で消滅作戦開始。そのアリが、薬剤を巣の中へ運び込む形になる。運び込まれた薬剤で、卵が死に、アリの巣全体が消滅する。作戦開始から終了まで期間がある…このように考えると、継続動詞になりませんか?
 「人が主体の動作の継続ではないから、正しいとは言えないよ!」とのツッコミ。反論として…よーく考えると、薬剤を散布するのは「人」なんですよねえ?
 「消滅中」に、「これからアリをやっつけるぞ、という強い意思表示が表れているか?」回答します。「はーい!表れていまーす!」
 と、いうことで、「消滅中」は日本語としておかしくないことに決めました。


ライチョウは美味ぃらしい…

2021年05月23日 | Weblog
 ハゲコウ…身長150cm。両翼を広げた長さの最高記録は、「406cm」。大きな鳥です。地球上の全ての鳥が、「食用可」ですから、ハゲコウなど絶滅寸前かと思いきや、それほど緊迫していないぃ…らしい。ハゲコウより、心配しなければならないのは、「絶品」と評判の「ライチョウ」でしょう。
 なぬ?「日本の特別天然記念物『ライチョウ』を食う奴がいるのか」って?に、日本人は食べないでしょうがぁ。今、ニホンライチョウ絶滅の危機は、「地球温暖化」によるもの…。どう関係があるかって?温暖化で、サルやシカが高山まで登って来るようになった。そして、ライチョウの餌である高山植物を食べてしまうからです。あと、天敵の生息域とかぶってしまう、これらが激減の理由。
 2007年に、「絶滅した」という情報が流れましたが、2008年荷は、「生息が再確認された」と。それにしても、絶滅は時間の問題。

 ライチョウは、氷河期から生きてきた鳥。氷河が後退する際に、高地に取り残されたと考えられています。
 中国の場合、ライチョウの餌の心配じゃなくて、ライチョウを餌にする心配が必要かと。ライチョウは、「八珍」のひとつです。
 なぬ?「八珍にライチョウは見つけられなかった」って?実は、「八珍」は、古代王朝(たとえば、周は紀元前1046年頃~紀元前256年)のころからのもので、時代により変化しつずけてきたわけでぇ…「珍用八物」、「八珍之齊」なんてのもある。
 満漢全席には、「陸八珍」「海八珍」「山八珍」…!ですから、「八珍とは、八つだ」とは言えないのです。ちなみに、ライチョウは、「陸八珍」に挙げられています。
 なぬ?「八珍には、龍や鳳凰、猩々や河童なども入っているんじゃないか」って?そ、そういう下手物というか、実在しないものは含まれておりませんからっ!

 中国では、ライチョウは、「超高値」で取引されるのだそう。
 決まった仕事を持っている25歳の中国人の月給は、約6~10万円だという(日本人現地採用の場合、約15~20万円)。鉄くずを拾って暮らす中国人の場合、早朝から日没まで働いて約450円の収入。私が、レストランで注文したビールも、450円(30元)でした…ほんの数分で、1本飲んでしまいましたがね。中国の場合、鉄クズを探すより、ライチョウを捕まえた方がはるかに高収入…。温暖化以外の絶滅の原因は乱獲でしょうね。

 ライチョウが、保護を求めて我が町へ来たら、私は私財をなげうって助けます!「ライチョウが、我が町へライチョウ(来町)!」なんちゃって。



レッサーパンダが歯根膿瘍に?歯槽膿漏じゃないんだぁ!

2021年05月22日 | Weblog
 千葉市動物公園 入園料は、大人(高校生以上)700円。中学生以下は無料。おっと、入園料の話ではありませんで…。グラントシマウマ「カイチヨ」を展示場への「馴致訓練(じゅんちくんれん)」を行っていたところ、突然興奮して走りはじめ、フェンスへ激突。カイチョは、頭部打撲による死亡。はるばる日本へ来て、動物園で激突死。気の毒です。 なぬ?「馴致訓練が耳新しい」って?動物園のシマウマの馴致訓練は、私も聞いたことがありませんでした、一般的には、「競走馬の世界で用いられている言葉。『騎乗馴致(乗りならし)』の意味で使われることが多い」です。

 千葉市動物公園には、チーターがいるんです。なぬ「水前寺清子が動物園にいるのか」って?いえいえ、本物のチーターです。しかも5頭も!
 有名なのは、レッサーパンダの「風太くん」。2本足で立ち上がる姿で人気がありました。風太君は、「右上顎の歯根膿瘍を起因とする右頬の皮下膿瘍」ということで、およそ4か月間も「展示」を休んでおりました。このほど、復活しました!

 で、私が、千葉市動物公園を知ったのは、シマウマでもチーターでも風太くんでもなく、「ハゲ公」でした。テレビのニュースで、「千葉市動物公園…ハゲ公、ハゲ公!」と。マスメディアを使って、私をバカにしやがって!確かに、髪の毛は薄くなっておりますが、正面からバカにされるとはっ!よくよく聞けば、「ハゲコウ」という鳥だという。千葉市動物公園から逃げ出し、3日後に捕獲されて一躍有名になった大型鳥。逃げ出したのなら逃げ切ってほしかった。「アフリカハゲコウ」という種類なのだそうだから、アフリカまで逃げると、もっと話題が盛り上がったのに。3日後に捕まる…明智光秀を彷彿しましたよ。まったく、根性がないんだから!
 逃げたハゲコウの愛称が、「アフリン」。ふざけた名前です。「あっ!不倫」とは。逃げずに待っていた雄は、「アフロン」という愛称。なぬ?「アフロンって、フライパンなどの表面に加工されているアレか」って? あれは、テフロン!

 ハゲコウ…その名前の響きは、私にとって他人とは思えない。身長150cm。両翼を広げた長さの最高記録は、1934年に中央アフリカで捕獲されたもので、「406cm」。ハゲコウは、ハゲタカ同様頭に羽毛がない。ハゲだったんだぁ!
 動物の死骸を頭を突っ込んで食べるので、羽毛があるとバクテリアが付着して不潔になる。ハゲであれば、頭に付いたバクテリアを日光消毒できる…。生きる知恵で、ハゲにしていたとは!私も、これ使わせていただこうかな。
 「おじさんどうしてハゲなの?」
 「お、おじさんはね、動物の死骸を頭を突っ込んで食べるんだ。髪があるとバクテリアがついて不潔になるのさ。すぐに日光消毒できるようにハゲさせているんだよっ!」
 「動物の死骸を食べてる?おじさん一体何者なの?」
 「ア、アンティ…。そういうあなただって、お肉を食べるでしょ!アレは、動物の・・・」
 やっぱ、日光消毒ネタを使うのやめときます。品性に欠けます。

ジャガタラから来ました!

2021年05月21日 | Weblog
 似非農民ながら業務を開始したいのですがぁ…今年は、ダメです。畑まで歩いて行くのがきつい。農業は、おもしろいのですがねぇ。
 子供時代の昼食は、ジャガイモとカボチャでした。なぬ?「またその話か」って?こ、この話は後世に語り継ぐべき話ですからっ!毎日、毎日「イモとカボチャ」が続く…。食料が少ない時代でしたから、食べられるだけで幸福でした。
 当時は、イモを、「安価なだけの食べ物」としか思っていませんでした。ところが、ビタミンやデンプンが豊富、アラウンド古稀世代(アラコキ?)が元気な理由は、「幼少年期にジャガイモをたくさん食べたから」であると思います。

 トンガ王国、皆さんデカイ!主食はキャッサバ(タピオカ)、タロイモ、ヤムイモ、クマラ(サツマイモ)、イモを大量に摂取している。大きくなるし、強くなる。ラグビー王国になっているのも当然。力士になった人もおりました。イモの力です。

 「ジャガイモは、根ですか茎ですか?」小学校で習いました。ダイコン、レンコン、タマネギについても、食用部分が、「根か茎か?」と、問われたものです。それを知って何の役に立つのか?いまだに不明。レンコンは、「蓮根」と書くので「根」だろうと思ったら「食用部分は茎」。ダイコンのダイコンオロシにする部分(ダイコンの場合、葉も可食部位なので区別のためこのように書きました)は、細い根が出ている。根から根は出ないだろうから、「茎」だと思ったら、「根」だそうで…。子供ながらに、「野菜の可食部分の不思議」を感じたものでした。
 ジャガイモの食べるところは、地下の茎の部分(塊茎)。茎には見えませんがね。

 30年ほど前、チチカカ湖の辺りでジャガイモが栽培されていることを知りました。栽培しているどころか、ジャガイモの原産地だという。
 どうやって日本へやって来たか?「南米アンデス山脈の高地→スペイン人によりヨーロッパにもたらされた(16世紀)→16世紀末、オランダ人によって日本へ」こんな感じでしょう。

 なぜ、ジャガイモという名が付いたか?私の両親は、「ジャガタラから来たイモなので、ジャガタライモと呼ばれていた。訛って、ジャガイモになった」と、教えてくれました。当時、「ジャガタラ」がどこにあるのか知りませんでしたが、妙に納得しておりました。ジャガタラは、「ジャカルタ」のこと。
 南米→ヨーロッパ→日本というルートにジャカルタは出てこない。どうして、ジャカルタか?日本へ来る際、ヨーロッパ→(海路)→ジャカルタ→日本だった。私の両親は、ジャガイモの名前の由来については詳しかったわけです。今さらながら、「凄いぞ、私の両親!」と思います。

 それから…「わけが分からない」時に使う、「チンプンカン」に、枕詞がありまして…「アンプラ、カンプラ、チンプンカン」という。ギャグなのか…?これも両親に教わったのですが、「アンプラ」も「カンプラ」も、オランダ語の「ジャガイモ」のこと。ジャガイモ…ルーツからオランダ語の言い方まで、田舎在住庶民の暮らしに入っていたのです。眼から、アンプラ大のウロコが落ちましたよ!

 ジャガイモにまつわる学習は、感動の連続です。地中に実が成る(茎が成る?)ため、寒冷にめっぽう強い。冷害で米が収穫できなくても、ジャガイモは大丈夫。地中だから、カラスに荒らされることもない。地域によっては、複数回の栽培が可能。そのため、「二度イモ」「三度イモ」という名称すらある。さすが、世界の四大作物だけのことはあります。世界の四大作物は、「麦、米、ジャガイモ、トウモロコシ」。アダム・スミスも国富論の中で、ジャガイモに対し、「最大限の賛辞(早い話が礼賛)」を贈っています。

 なぬ?「ジャガイモが凄いのは分かったが、それとアンティークマンの『似非農民失業』と何か関係があるのか」って?全く関係なかったですね。
 ただ…人を小馬鹿にする「イモ!」は、「ダサイ」「田舎くさい」「ハゲ」「とろい」というイメージからです。「イモ」は凄いんだぞ!ということで、よろしくお願いいたします。「この、イモがぁ!」は、ほめ言葉に…ならないね。以上、イモによるジャガイモ礼賛でした。