いまどきの主婦の目

秋の壁紙にかえました。(2020.9)

<母性>の必要を感じた週末

2018-02-19 12:20:51 | コミュニケーション
最近、自分には<母性>的なものが不足(欠落)してるなぁ、と感じることが多い、今日この頃です。


会社員をやって20年。
いろいろな仕事に携わってきたけれど、
つまるところは自分は<問題解決>のための
訓練•経験ばかり積んできた気がします。
昔、何かの研修を受けた時、講師の方が

「自分の子どもや奥さんが話しかけてきた時に
つい、問題解決モードで対応して、嫌われます」

と話されてたのがものすごく印象に残ってますが、全く笑えないです。


これって職業病かと思っていたけど、、、
そういえば大学時代、これから留学するSちゃんから

「oikoちゃんは、自分自身のことはなんでも自分で解決してしまう強い人だけど、困ったら(そばにはいないけど)、いつでも相談してくれていいんだからね」

と言われたことを思い出した。
自分は<優柔不断>で<決断か遅い>と思っていたので、言われた時は心底ビックリしたのですが、20年経って改めて噛み締めてみると、そうかもしれぬと。


私は一人っ子でのびのびと育ってきたこともあり、本質的にはワガママで、「自分はこうしたい」とか、好きキライが割とハッキリしてるんだと思う。

で、自分の気持ちに対して、状況がそれを許さない時、多分悩まない。そうでなくて、すぐに<問題解決モード>が発動するんだと思う。子どもの頃から。つまり、「どうしたら、自分の気持ちに近づけるか」をめちゃくちゃ考える。割と諦めの悪い方なので、そこは結構しつこく何回転でも考えちゃう。例えば

「めんどくさくて、やりたくない」と思ったら、
めんどくさい気持ちは絶対に否定しなくって(笑)、「どうしたらラクできるか」をアホみたいに考えちゃうみたいな。←考えてる暇にやった方が早いじゃん、めんどくさい奴。

でもこれは、あくまでも私の思考パターン。
むしろ、こんな奴の方が珍しいのかもしれない。

まずは、そういう<困っている状況>を<一緒に共感してほしい>という方がフツーの感覚なのではないかと。メンタル系やコミュニケーション系の研修もいっぱい受けてるので、もちろん知識としてわかってはいるけど、自分自身がこういう性分なので、やっぱり<共感>を積極的にコミュニケートするのが本当に下手だなぁと思う。


もちろん、<相手の困ってる状況>は受け止めてるし、<本当はどうしたいのか?>を理解•尊重しようと努めてる。ただ、それは、私の中で処理し終わってしまっていて、表に出てくることばは、
<本当はどうしたい>を叶えるための問題解決モードのコトバになってしまう。

これではいかんなぁ、、、と。


最後に。
なぜこんな気持ちになったかを書き留めておきます。

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本日、7/16のFオケ演奏会に出ることを決めました。

12/24
演奏会日程を聞き、参加はかなり厳しいと思う。

1/7
プログラムを聞き、すべて新曲(曲すら知らない)と知り、残念だがキャパオーバーだから、降りようと思う。

1/24
練習日程を聞き、ほとんどの練習に参加は可能と分かる。出たい気持ちと、常識的に考えてキャパオーバーでぐらつく

2/3
乗り番アンケートに保留回答。
この時点では70パーセントくらい、降りる方向だった。



今回の検討ポイントは、すでに出演を決めている演奏会(4月末 代理コンマス。6月末。8月頭 コンマス。8月末。12月中 コンマス予定)に悪影響を与えず、もちろんオケ以外の生活を破綻させずにどうしたらやり切れるか?ということでした。
完全に私自身のタイムマネジメントの問題で、
他の人に相談する余地のない問題です。


こんな私、そんな状況であっても
最終的な決定を後押ししたのは、
問題とは全然違う部分で、いろんな人からいただいたコトバたちだったことに、自分自身が少々驚いています。

もし、自分が逆の立場なら、
「本人の気持ちを最優先して、静かに待つ」
という態度だったはず。

が、今までの自分が
「判断の邪魔になるかも。重荷になるかも。
それに、問題解決に直接的につながるわけじゃないし」と自分の中に呑み込んできた言葉を、
怖れずにもっと出してみることもだいじなんじゃないか、という気持ちになったので、
記憶が新鮮なうちに書き留めておくことにした次第です。







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