長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

2016年映画ベスト10

2017-01-01 | ベスト10
1『ストレンジャー・シングス 未知の世界』
監督 マット&ロス・ダファー兄弟


 2『父を探して』
監督 アレ・アブレウ


 3『裸足の季節』
監督 デニズ・ガムゼ・エルギュベン


 4『最後の追跡』
監督 デヴィッド・マッケンジー


 5『アメリカン・スリープオーバー』
監督 デヴィッド・ロバート・ミッチェル


 6『彷徨える河』
監督 シーロ・ゲーラ


 7『この世界の片隅に』
監督 片渕須直


 8『ハドソン川の奇跡』
監督 クリント・イーストウッド


 9『10クローバーフィールド・レーン』
監督 ダン・トラクテンバーグ


 10『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
監督 ギャレス・エドワーズ


2016年が終った。
毎年「今年は全然見なかった」と言っているが、今年はこの15年で最少の84本しか見なかった。年間100本を目標にしている人間からするととても少なく感じるが、一方で海外ドラマを物凄くたくさん見た。数えてみると映画1本2時間と換算した場合55本分に相当し、結果的にこの15年で最もたくさん見た1年になったとも言える。米ドラマ界が黄金期を迎えている今、ドラマ抜きでアメリカ映画を語る事ができなくなっている。いくつかのトピックスに分けて今年を振り返ってみたい。


【ハリウッド映画の敗北】
僕は基本的にはどんな映画にも楽しむべきポイントがあり、蔑むようなレビューは書かない。年間ワーストは100本見てようやく1本出るかどうかだ。ところが今年はわずか84本しか見ていないのにワースト4を作れてしまった。以下が2016年劇場公開映画のワースト4だ。

『バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生』(ザック・スナイダー監督)
『インデペンデンス・デイ/リサージェンス』(ローランド・エメリッヒ監督)
『スーサイド・スクワッド』(デヴィッド・エアー監督)
『ジェイソン・ボーン』(ポール・グリーングラス監督)

ハリウッドの大作映画、フランチャイズものである。
いずれも共通するのが企画段階での練り込み不足だ。『ローグ・ワン』ですら夏に40パーセントも撮り直しを行い、あわやとんでもない大コケ映画になるところだった。

リーマンショック以後、ハリウッドは主に中国市場を狙って確実に当てられる大作シリーズもの、アメコミ映画の製作に偏重し、クリエイティブな冒険をしなくなってしまった。撮影、編集技術の向上によりプロダクション期間が短くなっているのも質の低下に一役買っているだろう。『スター・ウォーズ』シリーズはディズニーに買収される以前は3年毎のスパンで作られていたのに、今やわずか2年間隔である。
アメリカ映画は予算規模の大きいスタジオ映画と、作家主義の低予算インデペンデント映画に2極化し、その中間になるスタジオ主導のドラマ映画、社会派映画が作られない状態になってしまったのだ。

一方、オンデマンド配信の普及によりスポンサーや放送コードに左右されなくなったTV界は創作的制限から大きく解放され、ハリウッドが敬遠する野心的な作品が多く製作されるようになった。映画界で居場所をなくした作家監督や俳優達がこぞってTVドラマ界に流入したのはそのためだ。

そこに現れたのが『ストレンジャー・シングス』だった。
15局以上に断られ、配信サイトの雄Netflixによって陽の目を浴びた本作は80年代を舞台にしたSFモノだ。『スター・ウォーズ』やスティーブン・スピルバーグ映画へのリスペクト、オマージュが散りばめられ、僕らはかつてハリウッド映画で体験したあの高揚感、ワクワクドキドキを取り戻すのである。アメリカでは一大旋風を巻き起こし、今年のゴールデングローブ賞、俳優組合賞にもノミネートされた。2016年、もっともハリウッド映画らしい作品がこの全8話のミニシリーズだったのだ。
(詳しくはこちらのサイトに寄稿しているので読んでもらいたい)

ちなみに今年見た海外ドラマは以下である⇓
『ハウス・オブ・カード』シーズン3、4(各13話)
出演 ケヴィン・スペイシー、ロビン・ライト
詳しくはこちら


『ファーゴ』シーズン1、2(各10話)
出演 マーティン・フリーマン、ビリー・ボブ・ソーントン、キルスティン・ダンスト
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『ナイト・マネジャー』(8話)
出演 トム・ヒドルストン、エリザベス・デビッキ、ヒュー・ローリー
監督 スサンネ・ビア
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『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』(10話)
出演 サラ・ポールソン、キューバ・グッティングJr.、ジョン・トラボルタ
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『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン1~4(各10話)


『アンブレイカブル・キミー・シュミット』シーズン1、2(各13話)
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『11/22/63』(9話)
出演 ジェームズ・フランコ、サラ・ガドン、クリス・クーパー
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どの作品にも共通するのがドラマシリーズという枠を使ったストーリーテリングの豊かさである。
例えば『ローグ・ワン』は後半、が然盛り上がる快作だが人物描写の面では今一つ、どころか2つも3つも足りない印象だった。
しかし『ゲーム・オブ・スローンズ』に至っては人物描写はもちろん、スペクタクル場面においても映画と同様の予算規模でやり遂げており、もはやそんじょそこらのハリウッド映画は自宅鑑賞をしても余暇の慰みにはならない状態である。

ロクな娯楽映画がなかった2016年、ハリウッド映画が敗北したと言っていいのではないだろうか。


【ホラー映画の躍進】

 その一方で、予算は少なくても上映館数は多いホラー映画が批評面でも興行面でもハリウッドを支えた事は重要なトピックスだ。2015年の『イット・フォローズ』、2016年の『10クローバーフィールド・レーン』、『ドント・ブリーズ』はいずれもこけおどしのショック音に頼らず、洗練された演出で恐怖を煽る傑作だった。怖がりなばかりに
『ライト/オフ』『死霊館/エンフィールド事件』を見逃したのが惜しい。


【オバマからトランプへ‐分断されるアメリカ】
 アメリカのみならず、世界中がヘイト禍に巻き込まれた1年だった。民族対立を煽り、その憎しみを原動力に大統領に当選したドナルド・トランプの旋風はその最もたる象徴である。この吹き荒ぶヘイトの風を数年前から感じ取っていたように思える作品が何本かあり、フィルムメイカーの今後を語る上で非常に重要である。ナショナリズムの危うさを見破っていたスピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』、アメリカの差別の歴史を密室劇に凝縮したタランティーノの『ヘイトフル・エイト』、動物アニメの姿を借りてファシズムへ容易く傾倒する社会に警鐘を鳴らした『ズートピア』、ヒーロー軍団が正義の意味を見失って分断する『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』、違いを受け入れる多様性について描いた意外な続編『ファインディング・ドリー』、リーマンショック後に居場所をなくした下層のあがきを描く『最後の追跡』がそれである。またホラー映画だが『ドント・ブリーズ』は自動車産業の荒廃によってスラムとなったデトロイトを舞台に下層の若者と老人がエゴをぶつけ合う映画であり、このデトロイトら“ラストベルト”と呼ばれる地域の人々がトランプの当選を大きく後押しした事実も忘れてはならない。

またミニシリーズである『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』は妻殺しの容疑で裁判にかけられた人気スター、O・J・シンプソンの“世紀の裁判”を描いているが、主眼はLA暴動以来の火薬庫となった裁判を中心にした群像劇であり、アメリカを取り巻くあらゆる差別構造が浮かび上がる傑作社会派ドラマである。近過去の事件を再解釈し、この時勢にリリースできたクリエイター達の嗅覚の的確さに唸らずにはいられない。


 そんな中、ニューヨーカー達が9.11のトラウマを払拭する事になった『ハドソン川の奇跡』で分断の時代に団結を説くイーストウッドの正しい保守性はこの作家の底知れない魅力を再証明した。


【2015~2016年‐ネオウーマンリヴ映画】
 2016年のヘイト禍に先立って、2015年から印象的な女性映画が多かったように思い、僕は“ネオウーマンリヴ映画”と名付けている。LGBTを扱った『キャロル』『リリーのすべて』、アカデミー賞を賑わした『ルーム』、ジャンル映画の形態を借りた『エクス・マキナ』『10クローバーフィールド・レーン』『ガール・オン・ザ・トレイン』、トルコ映画『裸足の季節』が見せた『マッドマックス/怒りのデス・ロード』との呼応も面白かった。


 シアーシャ・ローナンが一世一代の当たり役を得た『ブルックリン』も忘れ難い一品。アイルランド移民の少女を主人公にした青春モノの姿を借りて、根底には移民国家アメリカのルーツを描いており、やはり“現在=いま”の映画である。


【見逃した邦画群‐アニメも当たり年】
近年稀に見る邦画の当たり年であり、“観なきゃヤバイ”というムーブメントを肌身に感じながらも見たのは『シン・ゴジラ』『君の名は。』『この世界の片隅に』の3本だけという体たらくだった。ドラマをこのペースで見ていればカバー仕切れないのも無理はないか。ここはもう少し、腰を軽くしたいのだけどね。


【2016ベストアクト】

男優は今、一番出演作の多いドーナル・グリーソンを青田買い。『フォースの覚醒』『エクス・マキナ』『ブルックリン』と八面六臂の活躍。線の細い草食系かと思いきや、『レヴェナント』での軍人役はワイルドな存在感。今後、本塁打を飛ばしそうな予感。


 ベテランでは近年、良い仕事の続いているジョン・グッドマンの名前を挙げておきたい。どうかしちゃってる変質者を演じた『10クローバーフィールド・レーン』での狂気はブレイク作『バートン・フィンク』を彷彿とさせ、この俳優の本領である。方や『トランボ』のヤクザ気質な映画屋役は短い出番ながら胸のすく助演の鑑であった。


 女優は
『キャロル』のルーニー・マーラを挙げたい。未だ熱演が良しとされるアメリカ映画界において、佇まいと目線で見せる彼女の静かな演技は貴重だ。次回作はレオス・カラックス新作という作品選択眼も最高である。


 同じ若手ではオールジャンルをこなすエミリー・ブラントの万能っぷりに今年も驚かされた(『ボーダーライン』『ガール・オン・ザ・トレイン』)。


ドラマではベテラン勢の名演にアメリカ俳優陣の層の厚さを見せつけられた。
 『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』でマーシャ・クラーク検事を演じたサラ・ポールソンは既に今年の賞レースを席巻しているように、2016年を代表する最高の演技である。燃えるような正義感がヘイト禍に巻き込まれ、次第に弱さを露呈していく第6話の非常に精緻な演技を見る事ができたのは至福であった。近年映画界でも活躍しており、『それでも夜は明ける』ではファスベンダーの妻役、『キャロル』ではケイト・ブランシェットの友人役で印象を残している。2017年はサンドラ・ブロックら大物女優が勢ぞろいするオールスター映画
『オーシャンズ8』にも招聘されており、TV界の大女優といった扱いである。



駆け足だが、以上が2016年の所感である(今後、加筆修正するかもしれないが、こんな所だろう)。
2015年の外国映画は豊作だったが、今年日本で見る事のできた2016年製作のアメリカ映画は不作だった。
何を見ても取り立てて面白いとは思えず、ドラマの方が断然上と感じる事が多かった。

 2017年、洋画は新年早々アカデミー賞関連の傑作群の公開が控えており、総じて2016年のアメリカ映画が悪かったのではなく、公開時期の問題だったと思いたい。とはいえ、日本での洋画興行は年々厳しい様子で、話題作がどんどんDVDスルーになっているのはショックだ。ベストテン4位の『最後の追跡』も間違いなくアカデミー賞に絡んでくるような傑作だが、日本では既にNetflixによって配信されている。早く見られるのは嬉しいが、洋画ファンとしては先細り感をジリジリ感じている今日この頃である。今年はどんな1年になるのだろう?
 
 
 

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