長内那由多のMovie Note

映画レビュー、俳優論など映画のことを中心としたブログ

「ハドソン川の奇跡」

2016-10-11 | 映画レビュー(は行)


根っからの共和党支持者であり、イラク戦争中もブッシュの応援演説を行った事で話題になったクリント・イーストウッドだが、ドナルド・トランプにまで支持表明をしたのには驚かされた人も多いのではないだろうか。戦争を憎み、権力に反抗し、何よりこういうインチキな奴が嫌いなハズである(少なくとも作家性からはそう読み取れる)イーストウッドの不思議なパラレルは彼の魅力の1つでもあるのだが、本作を見ると彼が支持しているのは清く正しいアメリカの保守性である事がわかる。

2009年に発生したハドソン川への旅客機不時着事故の内幕を描く本作でとりわけ素晴らしいのはその時、その場所に居合わせた人々をスケッチするイーストウッドの描写力だ。誰もがわずかな出番ながらモブとして埋もれず、一人一人が顔のあるキャラクターとして印象付けられていく。そして素晴らしく冷静で頼もしく勇敢なCA、サリー機長らのプロフェッショナリズムによって危機は脱せられる。

それは単なる奇跡の生還劇でも九死に一生スペシャルでもない。アメリカ人の9.11という悪夢の克服だ。“ハドソン川の奇跡”を目の当たりにした市井の人々をスケッチしながらイーストウッドはそこに今、まさに分断されようとしているアメリカが本来、国是としてきた普遍の団結心を見出しているのである。

面白い事にイーストウッドはサリーを自身の作家性に引き寄せた。イーストウッド映画の主人公達は決してヒーローになるために英雄的行為を取るような事はしない、寡黙で孤独な男達だ。イーストウッド風の苦み走った表情で余裕の名演を披露するトム・ハンクスを得た事によってイーストウッドは古びる事のない作家性をフィルムに刻印し、トランプのような口先男では成し得ないプロフェッショナリズムの勝利を賛歌するのである。

上映時間はわずか96分。食傷感もなければ、物足りなさもない。それなのにこの豊かな余韻、行間の味わいはどこから生まれてくるのだろう。こんな傑作が出てくるからアメリカ映画は面白いのだ。


「ハドソン川の奇跡」16・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー
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