長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ヘイトフル・エイト』

2016-11-03 | 映画レビュー(へ)

 脚本流出により激怒したタランティーノが製作を取りやめた後、キャストが揃っての公開リーディングを経て完成に到るといういう紆余曲折は聞き及んでいたが、どうにも期待値が上がらなかったのは過大評価気味の『ジャンゴ』に続いてまたしても西部劇を選んだタラのエクスプロイテーション映画への偏愛が受け容れられなかったからだ。ところがフタを開けてみればこれは“西部劇”というより、むしろ“時代劇”であり、現代を風刺する社会派映画ではないか!スカした編集も遊び心タップリの選曲も封印し、“タランティーノ一座”とでも言うべき常連オールスターキャストに膨大な台詞を与えて、さながら舞台劇のような腰の据わりようである。成熟ぶりが感じられる充実の168分だ。

西部劇だが舞台は雪深い山奥、音楽はタラ念願かなってのエンニオ・モリコーネの書き下ろし…という符合からもセルジオ・コルブッチ監督の異色傑作『殺しが静かにやって来る』を彷彿とさせる。当時のマカロニウエスタンの定型を全てひっくり返したこの作品はそもそも西部開拓時代が殺戮の上に築かれ、今のアメリカ史を形成していると看破していたワケだが、タランティーノもギャング団の女首領を護送するという西部劇の基本構造をなぞりながらアメリカの人種問題、憎しみの根幹構造を描こうとしている。

吹雪の夜を雪山で過ごす事になったメンバーは8人。
南北戦争に従事し、白人を皆殺しにした賞金稼ぎサミュエル・L・ジャクソン叔父貴が主役だ。タランティーノマジックで初のオスカー候補に挙がったジェニファー・ジェイソン・リーがその怪優ぶりを久々に発揮。彼女を護送する処刑人カート・ラッセルは女であろうとしたたかに殴りつけ、出くわす連中全員が賞金を狙った悪党ではないかと疑心暗鬼にとらわれ、銃を振りかざす。

方や椅子に座り続ける老人ブルース・ダーンが南軍の将軍であると気付くや、サミュエル演じるウォーレンはその残忍性を露にする。2幕目のクライマックス、サミュエル叔父貴がドゥ・ザ・ライト・シングをぶちかます大怪演はこの俳優のおそるべき本領であり、今年の“ホワイトオスカー”によって見過ごされた2015年のベストパフォーマンスの1つだ。白人対黒人、変わるどころか過去に立ち返ろうとすらしている昨今の風潮の根源を南北戦争時代に見出しているのである。

 怨嗟の声がとぐろを巻き始めてからの後半はタラの真骨頂だ。ティム・ロス、マイケル・マドセンも揃えば当然『レザボア・ドッグス』の嬉しいデジャヴだが、ひょっこり顔を出すチャニング・テイタムがチャーミングでしっかり馴染む。そしてカタルシスを度外視した幕切れ…タラは本作の公開当時、白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件に強く抗議していた。心温まるリンカーンの(ニセ)手紙のナレーションとは裏腹に、このラストにはアメリカの持つヴィジランティズム、マチズモ、リバタリアニズムに対する強いアンチテーゼがあるのだ。


『ヘイトフル・エイト』15・米
監督 クエンティン・タランティーノ
出演 サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン、チャニング・テイタム
 

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