長内那由多のMovie Note

映画レビュー、俳優論など映画のことを中心としたブログ

『ラブバトル』

2017-10-22 | 映画レビュー(ら行)


終始、面食いっ放しだ。
ちゃんと見ていたハズだが、いつの間にか男女が殴り合う話になってる。
名もない男と女は毎日会ってはちょっとだけ話をし、あとはひたすら『ファイト・クラブ』の如く殴り合う。
カットが変わると女=サラ・フォレスティエの衣装が変わって、次の日も殴り合っている。だんだんそれがファニーに見えてくる。

男と女は所かまわず殴り合う。室内を転げまわり、外に出れば泥だらけになる。その取っ組み合いはまるでコンテンポラリーダンスのように激しく、美しい。2人は殴り合う毎に愛を確かめ、エクスタシーを貪り、満たし合っていく。

監督のジャック・ドワイヨンはこれを“普遍的な男女の物語”と言う。会話も劇的なシークエンスも削ぎ落され、完璧なコレオグラフィと美しいセリフで構成された映画文法の読後は意外や、ロマンチックコメディを見終えた時の多幸感に近い。私たちはいったいどうしたら愛し合えるのか。男と女の肉体のぶつかり合いはそんな根源的な葛藤でもあるのだ。

本作のサラ・フォレスティエを映画館で見られた事は今後、フランス映画を観続ける上で重要な瞬間になるかも知れない。アザだらけの身体で融け合う怒れる君は何より美しい。



『ラブバトル』13・仏
監督 ジャック・ドワイヨン
出演 サラ・フォレスティエ、ジェームズ・ティエレ
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『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』

2017-10-22 | 映画レビュー(さ行)


報道写真の巨匠セバスチャン・サルガドの足跡を追ったヴィム・ベンダース監督によるドキュメンタリー。2014年のアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

ブラジル奥地の少数民族、肉体労働者たち、難民と紛争…サルガドの写真には神話的で厳粛な奥行があり、さながら人類史を綴ったタペストリーのようだ。しかしアフリカでの大量虐殺を3年間に渡って追い続けた彼の精神は疲弊。祖国ブラジルへと戻った彼はそこで森林伐採によりかつての面影を失ってしまった故郷を目の当たりにする事となる。

妻の勧めで植林を始めた彼はやがて森林再生のプロジェクトへと乗り出し、その活動はモデルケースとして世界中に広まっていく。その過程は彼の心の再生であり、自然写真家へ転じるきっかけともなった。

数奇なキャリアであり、写真家という範疇を超えた彼のバイタリティに圧倒されてしまう。しかしベンダース、共同監督ジュリアーノ・リベイロはサルガドの人間性への踏み込みが足りない。サルガドを衝き動かしたオブセッションとは何だったのか?人間のあらゆる営みが地球自然の一部であると達観する自然写真家としての現在にこそ焦点を当てるべきではなかったのか。偉人への敬意がドキュメンタリーから主観性を損なわせたように見受けられた。物足りない1本である。



『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』14・仏、伊、ブラジル
監督 ヴィム・ベンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド
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『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』

2017-10-22 | 映画レビュー(あ行)


各社がアメコミ映画でしのぎを削り合う昨今のハリウッド。早々に『X-MEN』シリーズでブームに先鞭をつけた20世紀FOXは先の『ファイナルデシジョン』で批評面、興行面で失敗し、本作が製作された2009年は迷走期にあった。この前年にはワーナーが『ダークナイト』によって娯楽映画の話法を刷新。今や007シリーズまでもがシリアス・ハードな“ダークナイト方式”を踏襲している状態だ。

人気スター、ヒュー・ジャックマンの一枚看板へとシフトチェンジし、スピンオフとして仕切り直された本作にはそんな“ダークナイト方式”の影響が伺える。不死の生を受けたウルヴァリン=ローガンが南北戦争から第一次大戦、第二次大戦をかいくぐり、やがてベトナム戦争でストライカー大佐からスカウトを受ける。これまで示唆されてきた過去を脚本のデヴィッド・ベニオフ(『ゲーム・オブ・スローンズ』!)と監督のギャビン・フッドは兄弟の血の宿命も交えてシリアスに描いており、ジャックマンと兄役リーヴ・シュライバーの演技合戦にも製作陣の志向が伺える。

しかし、マーベル(ディズニー)に比べ、映画として圧倒的に面白味に欠けるのはコミックゆかりのキャラクターを持ち出せても役者の魅力につながらない、イベントムービーとしての地味さのせいではないだろうか。自作発のスターまで輩出(クリス・エヴァンス、クリス・ヘムズワース)できてしまったマーベルには何より映画はスターものという矜持と愛がある。本作ではいくら格好をつけてガンビット(大コケフラグ俳優テイラー・キッチュ)、デッドプール(この後も苦節が続いたライアン・レイノルズ)が出てきても一向にワクワクしない。シュライバー演じるセイバートゥースは『ファイナル・デシジョン』でプロレスラーが演じた筋肉バカの悪役だった。統一感のない、あまりにいい加減な製作体制はこの時期のFOXの特徴であり、コミックファンは彼らの原作への愛を疑ったのだ。

アメコミキャラとは言わば長年愛されてきたスターである。
『X-MENファースト・ジェネレーション』でようやくテコ入れを始めたFOXはジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ヒュー・ジャックマン、レイアン・レイノルズら役に見合った素晴らしい俳優を得て、ようやくマーベルに拮抗し始めるのである。


『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』09・米
監督 ギャヴィン・フッド
出演 ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュライバー、ダニー・ヒューストン、テイラー・キッチュ、ライアン・レイノルズ
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『ウルヴァリン:SAMURAI』

2017-10-17 | 映画レビュー(あ行)


単独スピンオフとしてスタートしたウルヴァリンシリーズの第2弾。
“ダークナイト方式”が不発に終わった前作から一転、ならばとウルヴァリンが日本へ渡り、なんと結婚までする原作の人気エピソードをピックアップした。さながらジェームズ・ボンドが日本にやってきた『007は2度死ぬ』のような珍味も漂う異色編となっている。

監督はオールジャンルからついにはアメコミにまで進出し、後に本作の続編『ローガン』を傑作に仕上げた職人ジェームズ・マンゴールド。ヤクザ映画から小津映画まで日本映画の伝統をアメコミにマッシュアップしている。ウルヴァリンが逃走の末、(渋谷あたりの)ラブホテルに入ってしまうシーンは今後のマーヴェル映画には出てこない珍場面だろう。

シチェーションの面白さだけではなく、作品の魅力を日本人キャストが担っているのが嬉しい。ヒュー・ジャックマンの一枚看板ではあるが皆、引けを取らない存在感だ。
ローガンのボディガードを買って出るユキオ役福島リラの目には大役をモノにした気迫があり、動きに抜群のキレがある。敵役の真田広之は気品と貫禄でジャックマンすら圧倒。2人の“死の舞踏”は本作最高のシーンだ。
ウルヴァリンの運命の女となるマリコ役TAOは演技初体験の未熟さはあるものの、それを補って余りある謎めいた翳りがある。本作をきっかけに『ハンニバル』『高い城の男』と引っ張りだこなのも頷ける。ひょっとしたら今後、さらなる大役を得るかも知れない。

イマイチ振りが甘い20世紀FOXのマーヴェル映画群だったが、続く『デッドプール』からあえてR指定とする事で大人の映画へとグレードアップする事に成功。完結編『ローガン』が大傑作として有終の美を飾る事となった。


『ウルヴァリン:SAMURAI』13・米
監督 ジェームズ・マンゴールド
出演 ヒュー・ジャックマン、TAO、福島リラ、真田広之
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『オザークへようこそ』

2017-10-10 | 海外ドラマ
※ネタバレ注意!このレビューは物語の結末に触れています※


主人公マーティ・バード(ジェイソン・ベイトマン)は腕利きのファンドマネージャーだ。
妻と二人の子供に囲まれた幸せな家庭。順風満帆な人生…。

いいや、Netflixオリジナルドラマ『オザークへようこそ』はそんな生温いイントロダクションからはスタートしない。
マーティは長年、自ら経営する投資会社を隠れ蓑にメキシコ麻薬カルテルの資金洗浄をやってきた。ところが共同経営者のブルースがやらかしたらしい。組織の幹部デルはマーティ達が金をネコババしたと尋問してくる。カルテルのヤバさは『ブレイキング・バッド』や『ボーダーライン』を見てきた人なら重々、承知のハズだ。1つでもボタンをかけ間違えたら殺される。それも普通の殺され方じゃない。この世で考えうる最も悲惨な殺され方をするのだ。

デルはブルースらを皆殺しにし、ドラム缶へ放り込む。
液体入りのドラム缶の正体は『ブレイキング・バッド』でもお馴染み、必殺のフッ化水素だ。カルテルはあれで人間を“透明”にする。

『オザークへようこそ』は『ブレイキング・バッド』をいきなりシーズン3から見始めたようなトップギアで始まる。
マーティはとっさにブルースから渡された旅行パンフをポケットから取り出した。
「オザークならもっと多額の金を洗浄できる!」


【魔窟オザーク】
オザークとは米ミズーリ、オクラホマ、アーカンソー州にまたがる地域だ。風光明媚な湖畔の別荘地域は都市部の富裕層が夏を過ごす場所であり、本作では観光業が地域の大きな収入源を占めている事がわかる。アイルランド系の移民の子孫が多く、共和党支持の保守的な風土らしい。

最近ではジェニファー・ローレンスの出世作『ウィンターズ・ボーン』の舞台にもなった。
『ウィンターズ・ボーン』ではトレーラーハウス育ちのヒロインが幼い姉弟を食べさせるため、失踪した父親を探しだそうとする。ところが閉鎖的な地域コミュニティは彼女の行動を良く思っていない。なぜならこの地方は覚醒剤製造の一大産地だからだ。彼女が真相に近づくにつれ、大人たちは彼女を妨害し、殺そうとする。

彼ら低所得の白人層がドナルド・トランプの大統領当選の原動力ともなった。
生まれ故郷から出る事ができず、都市部層への羨望が今日のアメリカ分断の一因とも言われている。

マーティからすればこんな鄙びた観光地は口先三寸で資金洗浄できるチョロい田舎のはずだった。
ところが、この町は前述『ウィンターズ・ボーン』にも登場した覚醒剤製造を生業とする一大犯罪組織の温床だ。

古今東西、映画は常識の及ばない“コワイ田舎”を描いてきたが、オザークもぜひその系譜に加えるべきだ。カルテルを騙して何とか逃げ込んできたマーティだったが、彼の小賢しさはこの地で一切通用せず、身の毛もよだつ事態に発展していく。このドラマを見たらオザークにだけは絶対に行きたくないと震え上がるはずだ(特にレモネードを勧められたら死を覚悟した方がいい)。

↑毎回異なるタイトルデザイン。キーワードとなるアイテムが絵文字となっている。


【隠されていた才能“ジェイソン・ベイトマン”と充実のキャストアンサンブル】

驚くべきは主演に加え、計4話の監督を務めたジェイソン・ベイトマンの才能だ。
これまで主にコメディ作品で活躍してきた彼は、騒動に巻き込まれる小市民をポーカーフェイスで演じているのが印象的だった。本作ではその独特の芸風が演出面でもシニカルなユーモアセンスとして発揮されており、リアルな犯罪ドラマに絶妙な相性でマッチしている。第1話での娼婦とのカーセックスや、シーズン終盤の赤ん坊など、思わず身を乗り出してしまう印象的な場面は全て彼の監督回だ。まさに裏金の如く隠されていたベイトマンの才能が世に出てきただけでも本作の意義は大きい。

彼の妻役にはローラ・リニーが扮している。
オスカーノミネート3回の記録を持つ名女優の1人だが、ご多分に漏れず近年の映画界では活躍の場を得る事が出来ていなかった。夫マーティとの不和を抱えながら家族のために資金洗浄していく妻ウェンディ役はその実力に見合った魅力的な役柄だ。彼女の苦しみ、葛藤が明らかになる全編回想の第8話『万華鏡』はシーズン終盤に挿入された事で、ドラマが『ブレイキング・バッド』とは異なる奈落へ雪崩を打ち始めている事を僕らは知る。ともすれば物語の停滞に繋がり得ない回想という手法をこれほど効果的に使ったドラマは近年なく、その屋台骨こそ彼女なのだ。

またマーティを陥れようと狙う少女ルースに扮したジュリア・ガーナーは印象的なブレイクスルーだ。
カーリーヘアがキュートな彼女は、誰よりも悪知恵に長けた恐るべき相手であり、そんな彼女に転機が訪れる第6話『ルースの物語』から見せる繊細な心理の変遷が素晴らしかった。これからが楽しみな新鋭だ。



【そして“壁”が出来上がった】
本作も時代の空気を的確に読み取った“現在=いま”のドラマだ。
窮地のマーティはカルテルの幹部デルとオザークの麻薬王ジェイコブを引き合わせ、口八丁で一大ビジネスの商談をまとめ上げる。これで何とか自分の命はつながった。当面は金を洗っていれば何とかなるハズだ。
ところが、去り際にデルがこぼした「この田舎者が…」。

ズドン!
デルの頭が粉々に吹き飛んだ。ぶっ放したのはジェイコブの妻だ。
「バカにするのは許さないよ」

ここまでの話がパァだ。
オザークとメキシコカルテルの間に“壁”が出来上がってしまった。

オザークに都会の論理は通用しない。
口先で自分達を搾取するばかりの都会の連中には屈しない。
そんな「思い知らせてやれ」という怨嗟がトランプ誕生を後押ししたのではないだろうか。

果たしてマーティは魔窟オザークから脱出できるのか?
まだまだ『ブレイキング・バッド』の(優れた)フォロワーの域は出ない印象だが、来年リリース予定のシーズン2で大化けしそうだ。

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