即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

日本語のこだわり

2008年03月22日 21時58分23秒 | 雑感
僕が絶対にだめなもの、許せないもののひとつに、こんなものが。

食べれる、寝れる、見れる、出れる。

いわゆる、『らぬき言葉』って言うんですか?

最近はもうこういう言い方は別に間違いでもなく、若い人ばかりでなく、普通に使っていますよね。

若い人は、
『「食べられる」と聞いたら、すぐさま、「動物に?」と思ってしまい、なんか違和感を覚えてしまいます。』
という意見もあります。

日本語の乱れとか、美しい日本語とか、そんな難しい事を言うつもりはないのだけど、
どうにもこうにも古いからなのかどうか、気になる、ほっとけない、んですね。

あの凡人さん「信じれるモノ」と表記しています。

いや、別に人がどうこうはいいんですけど、自分は絶対にそういう言い方はしない、できない、と。
いくら個人的なたいしたことのない局面であっても、絶対に使えない。

間違いでないし、別にいいんだよ、と言われても、絶対にいや。
そういう日本語の使い方はしない。

なので、テレビでもブログでも、人がそう言ってると、ちょっとは気になる。
普通に通り過ぎられない。

もうそっちの方がメジャーかもしれないし、
いちいちひっかかるのは馬鹿馬鹿しいのだけど、やっぱりどうしてもひっかかる。

まずくて食べれない。
昨日は寝れなかった。
そこから出れるよ。
自分で着れるから。

高校生なんか皆がこんなんだから、
逆に僕の言葉にいちいちひっかかってるんだろうか。

このオヤジ、「食べれる」、って言えばいいのに、
いちいち「食べられる」、なんて面倒臭い言葉使ってさあ、
マジ、やってらんないよなあ。

コピーライターの川島さんはどう思ってるんだろうか?

コメント (8)    この記事についてブログを書く
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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同じです (spinoza05)
2008-03-23 20:54:25
僕も同じでら抜きことばを使うことができません。
文書などにら抜きことばがありますと
自分でわざわざ「ら」を付け加えてしまいます。

ほかに僕の日本語のこだわりといいますと
以前に『馬名の品格』という記事がありましたが
たとえばフサイチホウオーのような名前がダメです。
フサイチという冠がダメなのではなくて,
ホウオーでなくホウオウと表記してほしいのです。
返信する
や、やべぇ・・・。 (ssay)
2008-03-23 23:56:05
「ら」抜き言葉。
頭ではそうすべきと思っているのですが、実際の生活の中では、癖になっているかもしれません。
ぼくはまだ小さい子供がいるからわかるのですが、「食べれる?」なんていうのは、まだ舌足らずな子供に対する言葉使いですよね。だから、いい大人がこれを使うと違和感を感じるのです。
・・・と、理屈はわかるのですが・・・。
「寝れなかった」とか、多分言ってると思います。
いや、もう、無意識の内に。

こうなったら、先に謝っておきます。
どうもすみません
返信する
なんでなんでなんで? (振られ飛車)
2008-03-24 14:35:10
関西人には「ら抜き言葉」なんて当たり前です。むしろ積極的に使っています。

大体、「食べられる」って受動ですか?可能ですか?尊敬ですか?わからないでしょう。
関西では可能の意味で昔から使われています。

それよりもニュースで「逮捕されました」の使い方に激しく違和感を感じます。どうして犯罪者に敬語使うのかと思ってしまいます。「警察が逮捕した」と能動態にしてほしいですね。
返信する
言葉のプロとして…汗 (川島孝之(表参道の小さな広告屋から))
2008-03-25 00:21:28
こんな重大なテーマを振られると、
「寝れない」じゃないですか!

「じゃないですか」もやめたいですねー。
「私って、けっこう細かいじゃないですか」 ← そんな
まどろっこしい言い方で、いちいち同意を得るな!
せいぜい「けっこう細かいんですど」で良い。

「ら抜き表現」を、自分のブログで
一斉スキャンかけたくなりました。書いてるだろうなぁ。
返信する
コメント、ありがとうございました。 (nanapon)
2008-03-26 23:45:09
この問題、思いのほかの反響で、うれしい限りです。

★spinoza05さん、こんばんは。

>僕も同じでら抜きことばを使うことができません。文書などにら抜きことばがありますと自分でわざわざ「ら」を付け加えてしまいます。

そうですか。そこまではしないけど、自分の中では完璧に拘りがあります。

>ほかに僕の日本語のこだわりといいますと以前に『馬名の品格』という記事がありましたがたとえばフサイチホウオーのような名前がダメです。
フサイチという冠がダメなのではなくて,ホウオーでなくホウオウと表記してほしいのです。

うーん、僕はそこまでは気にしてなかったのですが、そういう説を聞くと、今後は気になっちゃいますねえ。

★ssayさん、こんばんは。

>「ら」抜き言葉。頭ではそうすべきと思っているのですが、実際の生活の中では、癖になっているかもしれません。
「寝れなかった」とか、多分言ってると思います。
いや、もう、無意識の内に。

まあ、そうなんでしょうね。わかります。

>こうなったら、先に謝っておきます。どうもすみません

いやあ、謝ってすむ問題ではないです。
謝ってすむなら警察も国語審議委員会も必要ないです。 (笑)

いやいや、別に使ってる人を責めているわけではないです。
自分の美学(おおげさ!)として、だめなだけですから。

★振られ飛車さん、こんばんは。

>関西人には「ら抜き言葉」なんて当たり前です。むしろ積極的に使っています。
大体、「食べられる」って受動ですか?可能ですか?尊敬ですか?わからないでしょう。関西では可能の意味で昔から使われています。

ここでも東西のカルチャーの違いが浮き彫りになってますね。
「食べられる」というのは、受動と可能と両方ですけど、今問題にしているのは可能の方です。

>それよりもニュースで「逮捕されました」の使い方に激しく違和感を感じます。どうして犯罪者に敬語使うのかと思ってしまいます。「警察が逮捕した」と能動態にしてほしいですね。

これは敬語じゃないんじゃないですか?単なる受動で。

★川島さん、こんばんは。

>こんな重大なテーマを振られると、「寝れない」じゃないですか!

はは、寝れないですか?気になって何も食べれないでしょうか?

>「じゃないですか」もやめたいですねー。
「私って、けっこう細かいじゃないですか」 ← そんな
まどろっこしい言い方で、いちいち同意を得るな!
せいぜい「けっこう細かいんですど」で良い。

僕も結構細かい方じゃないですか。
思い悩むといつも寝れなくなるじゃないですか。

>「ら抜き表現」を、自分のブログで一斉スキャンかけたくなりました。書いてるだろうなぁ。

はは、たくさん書いてるんじゃないですかあ?
プロがそれでいいんですかあ?

なんて。
返信する
基本的には同感 ()
2008-03-27 12:21:33
 「ら」抜き言葉には違和感を感じます。テレビで「ら」抜き言葉を使われると、その人の教養を疑ってしまうほどで、それが解説者やコメンテーター(コメンテイター?)だと、解説内容まで否定してしまいたくなります。
 また、「~じゃないですかぁ」と言われると、「そんなこと知らん」と突っ込みたくなります。同意を強要されるのはいい感じがしません。
 ついでに言わせていただくと、「全然、大丈夫」などと言われると、拍子が抜けます。ただ、辞書にも俗語として「全然いい」と言う表現が載っていました。
 さらに、「感動して、鳥肌が立つ」と言う表現も、違和感を感じます。本来鳥肌が立つのは、恐怖や嫌悪感に伴う生理現象なので、正確には誤った表現だと思いますが、それを超越する感動としての誇張表現として使われていると解釈すればいいのでしょうか。

 さて、「ら」抜き言葉ですが、仕方ないとも思っています(私個人は嫌なのですが)。
 言葉は、少しずつ変わってきているので、「ら」抜き言葉もその流れの一つなのではないでしょうか。
 敬語もだんだん簡略化されてきています(古典を始めて勉強した時、敬語だけで挫折しそうになりました)。難しくて誤解されるよりは簡単な方がいいように思います(あまり簡略化すると味気ない言語になってしまいますが)。
 適切なたとえではありませんが、「AさんにはB(役職など)は役不足だ」と言う表現は、誤解されやすいので、使わない方がいいと思います。
 だから、振られ飛車さんの意見も一理あると思います。そもそも、助動詞の「れる・られる」に4つの意味(自発・可能・尊敬・受身)を持たせるのが、ややこしさの根源です。
 だから、可能だけでも、「れる」に固定した方が分かりやすい。「食べられる」と言う表現は、「可能・尊敬・受動」の可能性があって、いちいち考えるよりは、可能の場合は「食べれる」と表現した方が、聞き手もストレートに「可能」と理解できると言うわけです。
 あと、「逮捕されました」というのは、「食事されました」という尊敬表現と語感が同じだから、表現としては間違っていないけれど、イメージとして紛らわしいのです。

【これ以降は、私が申すまでもないことですし、完全に正しいか自信がありません。確認のためです】

 そもそも、「れる」は五段活用、「られる」は上一段、下一段活用と使い分けることに紛らわしさの根源があります。それが、「走る」のようなラ行五段活用の場合「走られる」と活用され、「走ら」+「れる」なのか、「走」+「られる」なのか混乱してしまいます。
 さらに、五段活用はそれに対応した可能動詞が存在します。それが、輪をかけてややこしくしています。
 「走る」に対して「走れる」と言う可能動詞があります。だから、「走る」に関しては「走られる」(走ら+れる)でも、「走れる」でもどちらでもよいわけです。
 「行く」の場合は、五段活用ですから「行かれる」「行ける」は適切で、「行けれる」は誤り。
 それの影響で、「寝れる」もOKのような気がしますが、「寝る」は下一段活用なので「寝+られる」が正しく、「寝+れる」は誤りになります。
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もともとは (振られ飛車)
2008-04-01 15:42:55
「ら」抜きことばは、関西の方言だったのではないでしょうか。大阪出身者が多いプロ野球界で談話に多用され(清原や元木を想起してください)、これがマスコミを通して世の中に流れ出したのではと思っています。

「行けれる」は使いませんが、「寝れる」は使ってしまいますね。それよりもIMEがどちらも変換候補にしているのが恐ろしいです。
返信する
コメント、ありがとうございました。 (nanapon)
2008-04-02 23:20:33
振られ飛車さん、こんばんは。

>「ら」抜きことばは、関西の方言だったのではないでしょうか。大阪出身者が多いプロ野球界で談話に多用され(清原や元木を想起してください)、これがマスコミを通して世の中に流れ出したのではと思っています。

そうなんですか。。。明治時代から使われていたという説もありますけど。

>「行けれる」は使いませんが、「寝れる」は使ってしまいますね。それよりもIMEがどちらも変換候補にしているのが恐ろしいです。

そうですか。まあそれほど一般的になっているのでしょう。またこのネタ、記事にします。
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