虚空見つ国・・・終わりなき物語

遥か古代からの遺伝的エトランゼ。
一人だけの幻想国開拓日記。

月明かりの人

2008年04月24日 | Weblog
北方の国の白夜はこのようであろうかと、

ガラス越しにうつる月明りに幾度も目覚めながら、

吹雪の日にも滝に坐り続けた人を、真夜中、ふいに思い出した。

わたしはその人を勝手に「月明かりの人」と名付け呼んでいたが、

桜の季節にはいっそうその人の剣舞の姿は美しかろうと、

蒲団の中からカーテン越しにぼんやりとうつる月の姿を見ていた。

わたしは女で、月明かりの人は男だけど、

姿形もそっくりのもう一人の自分がそこにいるのではないかと、

あの日、立ち止まったのだった。

似ている!

その人もそう思った。




袴姿で舞う劇は、月よりの使者が書かせたもの。

かぐや姫を信ずる人は、月明かりに涙する。

その舞いは、月夜、

花びらの下で舞うがもっとも美しい。




狼は大神。

夜寝ないあの人は、

このような月の夜は、空を見上げたに違いない。








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一流の人

2008年04月24日 | Weblog
本当は悟った人というべきなのかもしれないと思うけれど、
厳かな人から受ける印象はそんな感じではなかった。
Oさんに連れられて行ってからのち、二度ばかり行ったけれど、ビルの上に住むお年寄りをわざわざ呼んでもらう理由はなにもなく、店内だけ見て帰った。
あの頃、あそこには仙道を習いに矢野関係の若い人達もよく来ていたから、
ややこしいのには逢いたくないというのもあった。
仙女様は本格的自動書記でその名を頂いた日本最後の方だけど、頂いたからと言って、
あの若い人達のように自分を特別のようには言うことはない。
比ぶべきもない、どこまでも自然体。
実践なき言葉は絶対に認めない厳しさもまた良い。

たくさんの本に埋もれ、新聞も切り抜いておられたので、
「本は出版されないんですか?」と話の最中にお聞きすると、
「どうして私が書く必要があるんです。私の知ってる事はすでにこうしてどこにでも書かれています」と言われた。
ビジネス教祖みたいな人達の本が毎年ごまんと出されることや、誰にでも書けそうなエッセイに辟易している私は、それを聞いて大満足だった。
私だとてこういう世界にいれば、本を出したい人の気持ちは分からぬではないが、
書物にうるさい私にしてみれば、資源の無駄使い甚だしい世の中だ。

流石の言葉に大満足していたら、
Oも私も体がぽかぽかぽかぽかして来て顔を見合わせた。
備長炭水を飲んだからではなく、
ビルが基礎段階で半永久備長炭を敷き詰めて建てられているからとのことだった。

惜しげもなく会社をやめ、せっせと働いて貯めたお金で、本当の自然農に取り組む方を支援し、膨大な土地を買って自然農をしたい人に開放し、自分でも一人で実践をされる方。

Oさんと行った日、話の途中で、丸のままの直径10センチ、長さ20センチの備長炭が、つくっている人から、まずは使ってみて下さいと届けられてきた。その人の支援もされていたようで、枯れていた花が生き返ってもう一ヶ月もたつのにこんなに咲いていると、
小さな花瓶をあちらこちら指差された。

私は備長炭を買って帰り水に入れた。
しおれた野菜を浸けたらぴんぴんと生き返った。







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朝陽を受ける未来

2008年04月24日 | Weblog
赤目の自然塾に行ってきました。
あそこは学びたい人に田畑を無料開放し、教えも無料、駐車場も無料、太陽も無料、
川口先生たちは本当に良いことをされていると思います。
それを関東で、八ヶ岳で、四国で、この関西で、どのように展開していくのかは、
その人次第ですが、皆さん、顔が明るいです。

30代の男女が圧倒的に多く、
ああいう所に行って、若い人の一生懸命の明るい顔をみていると、
日本の未来も捨てたもんじゃないって思います。


私は・・・米や野菜は植えたいけれど、
やっぱり、分かってはいたことだけど、田畑に立っても胸はときめかないのですね~。
困ったことですね~。
何が胸ときめくか知ってるってことはあきませんね~。
でも、楽しみながら苗床つくりましょう。



田畑を見渡すと自然のままでも、すぐそことこことは麦の生育度が随分違っていました。
朝陽を浴びたか浴びないかの違いなんだそうです。

なるほど!

今日は一週間のはじまりです。
朝陽よ昇れ!!







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絶対を歩く人

2008年04月24日 | Weblog
今朝は手をあわせると、禊祓い祝詞が口をついて出た。

好き勝手な私の瞑目。


子供の頃からの誇らしげな存在の絶対律。

そのもっと大きな、大きな大きな絶対律。

師を求めていた悩める拳法者に、

私は現実ここを生き、生きてそこに到達したいのだと、

断りの手紙を書いた。


ただ一人の名もなき人の言葉によって、

仕事をやめ、見捨てられた仏達を訪ね、抱き起こし禊祓い、

手をあわせてくるあなたに、どうして師が必要であろうか。

贈られてきたあなたの咲かせた花は、

すでにあなたの心のように清らではないか。

あなたこそ、絶対律のそこを生きられる人なのだと思う、と。


蛙の歌を聞き、鍬を持ち、畦道に立ち、

食べる事さえおぼつかない貧しい身なりで、

見捨てられた野仏を訪ねるあなたの事を、

詩を書かない宮沢賢治だと言った人がいた。

あなたはもうその絶対律の分った道を歩いている。








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神々の行方

2008年04月24日 | Weblog
『生駒の神々』は、あのバブル全盛期にほとんどいなくなったと、
宗教社会学のメンバー達が言っていたが、廃屋が本当に多くなり、滝は枯れている。
神々はどこに行ったのだろう。

記憶の中から蘇った寺があった。その近くには辻占いのおばあさんがいた。
近代的になったその高台の街角に、もうそんなものがある筈はなかった。
私はなぜそんな寺に行った事があるのだろう。

覚えているのは断食道場だ。これはもっと大きかったから覚えている。
あの人は桜の木の幹がフランスパンに見えたと言い、食べる話ばかりをしていた。
あの人はとても良い人だったけれど、唯物論者だったから、
説法の時間は嫌っていて、病気は遂に治らなかった。

私は枚岡神社から梅林を抜けて歩くのが好きだったけれど、
今松陰と言われる前の安岡少年は、
その枚岡神社に毎朝お参りし、そこから山の上の道を通って、
仙人の儒学を聞きに行って、学校には昼頃か、悠々と行ったのだという。
考えられないくらいの道のりだけど、昔はそんなものだったのだろう。
私は、その山の中の仙人小屋に行ってみたくて、
昔、幾度も山を歩いたけれど、そんな小屋はなくて、
それはあとでは立派になった成人教学研究所の事だと教えられたけれど、
その研究所も確かもうない。
伊与田先生が亡くなってしまわれたのだろうか。
もうずいぶん長い間おあいししないが、天風会の人にあった時は、
90過ぎてもまだ矍鑠としておられるとの事だったけれど、
なんだか、あの小さな体の坊主頭が懐かしい。

あそこにも昔は、神がおられたのだろう。
今は神を呼べるほどの者はなく、呼べばすぐに来る神だから、
どんな神だか想像に難くないが、それだとて神は神である。

多くの神々は生駒にいなくなったけれども、
司馬遼太郎の書いた歓喜天はいっそう栄え、
石切さんのお百度石はつるつるで、立ち見の密教僧は御殿に住む。
表の神はこの世的な人を幸せにすると言う。







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ただひとときだけの

2008年04月24日 | Weblog
刺繍

遠くから見ると季節はずれの八重桜かと見間違えるほど鮮やかな山の端に向かって
道路を左折しようと思った途端、空は暗雲におおわれた。

桜のように見えた花は見事なまでのつつじの刺繍だった。
奥に目をやると、こんな山の端に
重すぎる事なく、浅すぎる事なく、この地に住む人の為のみろく殿。


ぽつり、ぽつり・・・
庭を見ていると、やがて大粒の雨がいっときに降り出した。
やむなく信者さん達が使うのだろう階段の所の方に歩いて行くと、
小屋にいたおばあさんを迎えにほそおもての品のある女性が走ってきた。
雨はどんどん強くなり、
私からともなく、向こうからともなく、声をかけあい、
しばし、布教もしない信仰について、
生き、生かされている事について・・・話した。
雨はどんどん降った。
静かな時間がながれ、おばあさんが時に部屋から出てきて、
私達の話に耳を傾けた。

・・・・
・・・・やがて、「お帰りになりましたよ」
と、この家の主が外から帰って来た事を告げる声が奥からした。
「あ、では」と、私が言うと、
雨は小粒に変った。
「良かったですね。では、失礼して・・」
その人は合掌をして、奥に入って行かれた。



歩いて、下って行くと、
空は・・・不思議に、もうすっかり晴れ渡っていた。














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大地に根を張るもの

2008年04月24日 | Weblog
自然にほおっておくなら、
その植物はその植物に適した環境に生息している筈で、
動物だけでなく、そこに住む人々も又その土地に最も適した人達が
最初に配置された・・・。
その大地の恵みが、人間の特徴をつくる。

悪意はなくても、自然でない事をいっぱいするのが人間で、
今や、なにが、どこに生息するのが自然なのかよく分からないが、
私個人は昔の修験道のような食が最もいいのではないかと思っているので、
今、私は農で食べる必要はないし、
その地には何が根付いてくれるか、
その根付くものを実験してみようという感じだ。

太陽の温もり、空気の中の微細なものを受けて、
大地にしっかり根付いたもの。
根っこのしっかりしたものをいただく事により、
根っこのしっかりした人間がつくられていくのだと思う。


私は、病気ではないけれど、病気かと思うくらいヘンな遺伝を持っていて、
実に見てくれが悪い。
本人は案外けろっとしているのに、人は随分心配してくれて、
それを治す為に体に良いとするものを多くためしたけれど、
逆に死にそうになった事もあった。
それが遺伝だという事が長男が十八を過ぎた頃、分かった。
ながい時をかけて作られた草食動物の遺伝が頑固に残っているのだろう。






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美しいものにふれていたくて・・・『Liddll』

2008年04月24日 | Weblog

何者でもない

そのことがね けっこう気に入ってる


詩人でもない
     
画家でもない
       
音楽家でもない


 
 すごいな・・・ ここの秋は


画家だったら 描かなければならない
    
詩人だったら 言葉があふれてしまうだろ
     
音楽家は 感情の一えだも 葉っぱの一枚さえも音に変えてしまうんだ


 そういうミューズたちを必要としないってこと

 俺は けっこう気に入ってる


     
        
        
        樹々は樹々のままに

          水は水のままに

            想いは想いのままに









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時よ、恋い!!

2008年04月24日 | 約束の地
近江八幡にエコ村というのが出来るらしい。
某大学の教授が考え出したことらしいが、プラトン以来の学者の考えそうなことだねー。
学者でなく企業家になったらどういうのになったかって想像できそうな企業家達に協力してもらって
出来る村作り。
世の中ひっぱっていくのはいつもああいう感じ。
まー、あんなもんでしょ。
つまんないよねー。
そこに群がって住みたがる人間は、本当はどこにでも住めるでしょうに。
おお、つまんない、つまんない。


胸ときめかない!
恋がしたい!!


『おお、時よ 恋い! 陶酔の 時よ 恋い!』








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忘れられぬ光景

2008年04月24日 | 約束の地
私には一人が似合う。いつだって一人が一番似合った。
けれど、そこに誰かがいて、私は隅でそれをおだやかな目で見ている。そんな一人がいい。

私に一つの忘れられぬ光景があって、
そこには誰がいて、なぜそれが成り立っていたかを考える。
考えずとも分かること。
そういう者だけがあそこにいた。

ある朝、ラッシュアワーの流れの中で、
ふと顔をあげると、美し原のポスターがあった。
大好きな山も忘れるほどに、
詩の本もひらかないほどに、
恋や友情さえ思い出さずにいられるほどに
生きていた。

そこには濃紺のスーツに缶ピーの似合う男の中の男がいて、
時に赤ちゃんみたいな無邪気なその人の世界に退屈なんてものはありそうにもなかった。
私達は一つのパンを分け合って食べた。


夢の再現?
否。
あれは想い出だ。
もうあの人達はいない。






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