虚空見つ国・・・終わりなき物語

遥か古代からの遺伝的エトランゼ。
一人だけの幻想国開拓日記。

昨日の続き

2012年02月27日 | Weblog
少し粉雪が舞っていたが、局に行ったついでに昨日の続きをやろうと、今朝はゴミ袋と紐を持って出かけた。

昨日の残りは半分もなかったが、実にまずいことをしている農家さんだと思った。
腰が悪いせいもあるだろうけど、そもそも人出が足りないのだから、もっと効率的なことを考えてやらないと、これでは益々腰が悪くなるばかりだろうと思った。
こっちも痛い。時々腰を抑える。
しかし今日はそこは一時間で終わった。

昼までには間があったのでハウスの方に寄った。ついでだからやるか、と。
あん?外の倍はあるのに三十分で終わった。手際のいいこと。けれど汗だく。
どうやらここは真面目に作っていたかららしいが、それでもやっぱり荒れ放題であることには変わりなく、ここはきちんとやればハウスだから簡単によくなる。

一件落着。
次は何を仰せつかるか。

私は貧乏だから自分の食い扶持を確保して、それ以外の時に手伝うのだ、どこでもと言うと、皆信用しない。人は余裕があるからこんなことしてるんだと思う。
違うね。金持ちなんて往々にして自分の得にならないことはしないもんさ。
得にならないことを熱心にやるのが貧乏。
分かるかな~。


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風強く

2012年02月27日 | 約束の地
わざわざ寒い日に行く必要もなさそうなものだが農園に行った。
たのまれていたビニールをはがすのだ。

ほったらかしだったのか、それともああいうものは一年でぐちゃぐちゃになるのか、
ともかく私は雑草よけぼあの黒いビニールが好きではない。張った直後の畑でも、あれを美しいと感じるか?なんとも汚らしい。収穫が終わってほったらかしの後では尚更だ。

ビニールは方々腐って破れて細かく千切れている。そうなった畑は荒れているから土の中に埋まっているものも多く、耕していると下から出てくる。
以前はあの黒いのはゴミを捨てたのかと思っていたが、雑草封じのものだったと分かった。野菜に害はないというが、私の気には入らない。ああいう農業には胸ときめかない。
労力削減、収入増加の為にはやむをえないのだろうが。
そのうち路地栽培だって姿を消すのかもしれない。

楽しい胸ときめく農がしたいなぁ。




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深窓の令嬢vs野生の女

2012年02月20日 | 約束の地
昨日はトンネルを抜けたら雪景色だった。
畑には少しも積もっていなかったが、喜び走るメチャッコと一緒の森は雪化粧で、風が吹くと粉雪が舞ってきて綺麗だった。
ああ、カメラを持ってくればよかったと思った。

気持ちよく晴れて、こんな日は昼からの方が遊んでいたら楽しいと思ったけれども、
昼からは少し早すぎるとしてもじゃがいもを植えたかったし、上の段はあまり切る気にもならずだから、主さんが切って倒していた竹の枝を落として、主にそれを昼まで焼いた。
家から持っていったものの中には萱も多かったから、昨日はなんなく濡れた木も燃えた。


さてどうせまた全部森の動物達に食べられてしまうだろう運命にジャガイモ植え終わっての帰り道、家の近くの農園主さんの所に主人と寄ってみた。
遅い昼食とかだったので、その間近くを散歩。
急な土手に上がろうとした時、靴底が滑って顔面を脳天がしびれるほど打って倒れた。
土手は土というよりはコンクリートみたいに固く、私は産まれてはじめて鼻血を流した。


まーしかし、農家だから仕方ないとは思うが、ハウスというのは見ていても、聞いていても実に楽しくない。
けれどハウスで取れるもの、特に青物野菜は路地栽培のものとは艶やかさが格段に違うという。農家の生命線みたいなものなんだろう、ハウス以外のものはほとんど用無しなんだそうだ。気候のいい時期はまだしも、冬場など比べ物にならないくらい見てくれが違うのだとか。

ははん、野生の女と深窓の令嬢くらい違うんだ そう思った。
今売られているもののほとんどがお嬢様野菜だというから、もやしみたいなもやしっ子といわれた時代があったことを思い出して、道理で近頃は根無し芯無しみたいな人間が多い筈だと、ジローのハウスのほうれん草を思い出した。

今の時代、やむないことではあるけれど、やっぱり山菜みたいな野菜作りは魅力的だとの思いをあらたにした。


                


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国家再構築

2012年02月13日 | Weblog
たいそうなタイトルだこと。

何をどう改革しようとも、年金制度はいつかは破綻する、だろう。
年金廃止なんて、暴動が起きかねない話ではあるが、その場しのぎの政策より、年金の貰えない社会を考えるほうが将来の役にたちそうではないか。

本当にことを言い議論する政治家よ、現れよ!

また国は少子高齢化時代の諸問題云々と言いながら、肝要の多産政策というのはちっともない。子は国の宝ならば、子供の面倒は国が見るという何らかの策がなければならない。
学校教育云々以前の話である。
日本もいつかはオランダのように、体外受精児何万人、何十万人という国になっていくのだろうか?
一方でバーレーン未来都市。今世紀のシルクロード計画。
これある限りは原油暴落シナリオ描く財閥はいないと読む。
宇宙時代到来?


姪っ子の中でも一番の美人姪っ子は、何年も不妊治療に通っていた。どこがどう悪いのか、何度も何度も手術をして、お腹は縫い傷だらけなんだそうだ。
でいつからか体外受精。何年かの間に一度流産したらしい。
そこで今度は安定期に入って、間違いなしという所で発表ということになったらしく、
それがこの春出産だという。
喜んでいいのか・・・
私にはなんともはやそこまでして子供を産まなくてもと、悲しいことに思えるが、国にも親にも貢献はするかな?まー自分がどうしても欲しかったのだろうから、他人の出る幕ではないけれど。

出産日は医師の判断次第で、帝王切開となる。
姪っ子は不妊治療にはじまって、このお産までの間に、自分が二十年以上も働いて蓄えたお金の全額を使うことになる。足が出たぶんは当然実家なり、嫁ぎ先なりのからの持ち出しとなる。
この家族は特に貧しくはないからこうして出産にいたることが出来たが、
医学が発達しても、最先端技術の恩恵には金持ちしかあずかれないのは今も昔も変わらずである。


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連休に遊ぶ

2012年02月13日 | 約束の地
しばらくぶりの森。
茶目っ子は早速何かをみつけたようだ。前足を上げた。



焼くものはさしてないからゆっくりだ。
向うの、わざわざ残しておいた竹は主さんが切った。
明るく広くはなるけれど、それ以外に意味はないし、芸術性も失われる。



そしてまだとても燃やせない。何か使い道を考えよう。
主さんは私達が火を消し終わった頃来たが、
またどこかを切るつもりらしくチェーンソーを持っていた。
主さんの山だから主さんの自由。
でも、私達がやってるから主さんも来る、多分。
世の中はそういうもんだ といっても主人はぐずる。
わらびのシーズンは楽しみだけれど、ここももう終わりだし、今度は近くでいい土地に巡り会うかもしれないし、まーいいじゃないの と、焼き芋を食べながら話す。

ここ二日はいい天気で、今年は珍しくもどこにも雪は積もっていなかった。
今年は気のせいではなく暖かい。
日本海側は近年にない積雪量らしいが、ここいらは今年はフロントガラスも滅多には凍らず、報道だけ聞いて、今年は寒いと言っている人がいる。気温は低いのかもしれないが、
今年はここいらは随分凌ぎ易い。



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生涯で一番苦しかった時を経て

2012年02月08日 | Weblog
ドラマを見ていて思いだした。母のことだ。もう苦しみはなかった時代か?
幾つの時のことだったか・・・もう忘れた。十五の時だったか、十八の時だったか。

人生で一度だけ、死のうとしたのだそうだ。
あの時、あの子はなぜ、帰ろう、帰ろうって手を力いっぱい引っ張ったんだろう。
子供心に何かを感じたんだろう。
母は笑ってそう言った。
手をひっぱったのは幼かった兄。二人の子供の手をひいて、一人を背負って、橋の上に立ったそうだ。
どこの川か、聞かずに私は黙って聞いていた。
まったく、母のこんな話を聞くのはいつも私の役目だった。
母はまだ多分二十五歳くらいだっただろう。黙って聞く以外、私に出来ることはなかった。
幼い兄に手をひっぱられて、そこでハッと目が覚めて、生きよう、生きなければ!
この子達を育てなければ・・・そう思ったそうだ。

けれど私は知っている。二十歳の頃が、二十五の頃が一番苦しかったわけではない。
それ以降の方が、ずっとずっと苦しかった。苦しかった筈だ。だから心臓も破れた。
けれど母にそれを乗り越える力があった。その力を与えた者達がいて、二度と死ぬことは考えなかった。自分にとって最も苦しい時を生き抜いた者は、もう苦しみから逃れる為に死ぬことは考えない。

時はまたそれからも過ぎ去って、お前達が誇りだと言った。
誰一人死なさず育てた。それが自分の誇りだと言った。
人が見た苦しい時期と、自分が一番苦しかった時期は違う。

私は一人の人間として、母の生き方が必ずしも良かったとは思わない。
母のように生きたいとも思わない。けれど母は私の人生最初の師で、今の自分よりいかに年若くとも、一生、尊敬せずにはいられない私の母なのである。



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猫が取り持つ縁

2012年02月07日 | Weblog
猫は幸せを運んでくる。
真冬、コートの襟をたてなければ歩けないような寒い真夜中。一匹の小さな野良猫が私達の後ろをずっとずっとついて来た日が昔あった。
次にその二年後くらいに、真昼、へなへなと倒れこむように、私の膝に飛び乗って眠りこけてしまった子猫がいた。その頃から私はそう思うようになった。

さて、我が家で一番の器量よしだった黒猫がいなくなって半年以上もたってしまったが、家出なのかなんなのか、やっぱり半年以上も帰って来ない猫を探している人がいた。
一匹だけならともかくも四匹も次々にいなくなってしまったそうなのだ。
我が家に原っぱから入ってくる猫かもしれないというので、捕獲機を預かったのだ。
かかってくれた猫は、人違いならぬ猫違いだったが、かかるたびに来てもらうのも相手さんの仕事によっては大変だろうと思っていると、農園のパートにでかけておられるんだとか。
話を聞いてみると、なんとその農園というのが、勿体無くもその大部分を、諸事情でほったらかしにせざるを得ない状態なんだそうで、私は聞いて咄嗟に喜んだ。
なぜって、ハウスなんかに興味はないが、もしものすごく荒れた土地があれば、そこを開墾させてくれないかなぁと思ったのだ。勿論ただでいいのだ。

というわけで、猫とのことで知り合った人ではあるけれど、農園主さんにあわせてもらいたいな~と勝手なことを思っている。
荒れた土地に鍬を入れるって、ちょっと楽しいって思っている。
近いし。


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人生の目的は

2012年02月02日 | Weblog
神をみつけること

なんである。

神よ!神よ!神よ!

と、久々詩を朗読しようと思ったけれど、続きを思い出そうとしているうちに、
神が具現化された親子の龍は霧散してしまった。いや、龍と思いたかっただけで、あれは鯨だったかもしれない。
なんのこっちゃ!しかし似ていた。

四時前の十分か二十分か、強烈に吹き付けた雪ももうほとんど跡形なく、
溶けて屋根から滴り落ちる音ももうやんだ。
私はヨガナンダジを閉じる。

さて今日は夜に、吉本の本にしては珍しくも、買ってから何年も放置していた『而シテ』を読むのだ~。なんとなく昨夜から読みたい気分。

なぜかしら?
なぜだろう?

ゆるぎない人の眼差しの美しさよ!


強いって綺麗なことだ

綺麗って いちばん 強い ことだ



なつかしい、ね。



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