この前は、ブログを書いていて
どんどん過激になっていることは、自分でも気づいていました。
実は、私がこのブログを書き始めたのは2008年の5月でしたが
その少し前から、やはりご主人がギャンブル依存症ということで
ブログを書かれている女性がおられました。
その方のブログを読ませていただき
1、2回ですが、コメントもやり取りしました。
それから様々なことがあったけれど
ここ数年はブログの更新も少なくなって
穏やかに暮らしておられるようで
本当によかったと胸をなでおろしていました。
が、つい最近「やっぱりだめでした」という趣旨の記事が投稿されて
彼女が味わった失望、どうしようもない無力感を思うと
私も過去に何回も経験した感情だったので
自分自身の記憶もフラッシュバックしてしまいました。
彼女だけではありません。前にももうお一人
本当にがんばって、がんばって家族を再生しようとして力尽き
離婚を決断された方がおられて
その時も「なんで」という、本当にやりきれない思いでした。
そのやり場のない悔しさが
爆発的な怒りに変わって、映画の話に絡めて
「危ないものには絶対に近づくな」みたいな結論になりました。
私たちと同じような「何度やり直しても繰り返す
ギャンブルと借金の無限ループ」に絶望し、途方にくれている人は
実は一人や二人ではなく、ギャンブル依存症者が600万人と
言われているのですから、水面下ではかなりの数になるはずです。
改めて、依存症というのは、本当に恐ろしい病気だと思います。
薬物やギャンブルは、なる人は、たった一回の経験でも依存症になります。
けれどなってしまったら、一生治るということはありません。
たまに依存症のブログで「治る」と書かれているものが
ありますが、「治る」と書いている人は
実は、依存症についての正しい知識がない人です。
依存症の人にできるのは「回復する」こと。
即ち「今日一日は○○をやらない」という一日を
ずっと続けていくということです。
その回復を助ける方法はいくつかありますが
これなら万人に効果があるという確立した方法は
残念ながらありません。
依存症者への家族のアプローチにしても
たとえば「依存者をコントロールするのを止める」
つまり自助グループへ行けとか、カウンセリングを受けろとか
家族が命令や指示をするのは意味がないし、間違っている
依存症者の問題から手を話せないのは共依存だと言われる一方で
回復は、家族の支えがなければ難しいと言われる。
もう、どうすりゃいいのというのが現状なのです。
それでも一人でも多くの人が
何らかの手段で回復につながってほしいから
たとえ1000人の内の一人でも
回復に取り組むことができて
家族が、失った未来への希望を取り戻すことができるならと
最近はこのブログではあまり悲観的なことは
書かないように気をつけてきました。
けれども、本当にがんばってきた家族が
打ちのめされているのを見ると
「私たちだけが悪いわけではない。
私たちはある意味、今の社会の仕組みの犠牲者でもある」ということを
つい書かずにはいられなくなるわけです。
と同時に、依存症に限らず、落とし穴はどこにでもあるということへの
危機感と知識を持ってもらえたらと、心から思っています。
川崎の事件は、犯人とおぼしき少年グループが逮捕されたと報じられました。
実はアメリカは、日本の生活保護にあたるフードスタンプの受給者が
2012年で4670万人(日本が約200万人)という格差大国で
その貧困を背景に、青少年がギャングという組織を形成し
暴力や殺人、薬物の売買など様々な犯罪を犯していて
地域によっては、もはやそれが日常になっています。
日本でも何らかの理由で、学校や社会からドロップアウトした青少年が
男女を問わず集団化し、殺人などの残虐な事件を起こす事例が
近年増え始めています。
さらにそういう若者たちに、良くない大人たちが関与して
ドラッグの売買などをやらせるようになったりすれば
そこにさらに薬物依存の問題も絡んで
日本もあっという間に、アメリカと変わらぬ犯罪大国になりそうです。
私は、もともと究極のマイナー思考ですから
書けば書くほど、ろくな予測にはなりませんが
それが妄想ではなく、現実であることを
今回の事件は、示唆してくれているように思えるのです。
それもこれも、本来しっかり規制すべきものを規制もできないような
社会のあり方が大きく関係していると思うのですが
そこを何とかすることは、おそらくできません。
依存症の問題にしろ、子どもたちの未来にしろ
現実をしっかり理解して
自衛できることは自衛する。
悲劇に巻き込まれないための唯一の手段は
多分それしかないのです。
どんどん過激になっていることは、自分でも気づいていました。
実は、私がこのブログを書き始めたのは2008年の5月でしたが
その少し前から、やはりご主人がギャンブル依存症ということで
ブログを書かれている女性がおられました。
その方のブログを読ませていただき
1、2回ですが、コメントもやり取りしました。
それから様々なことがあったけれど
ここ数年はブログの更新も少なくなって
穏やかに暮らしておられるようで
本当によかったと胸をなでおろしていました。
が、つい最近「やっぱりだめでした」という趣旨の記事が投稿されて
彼女が味わった失望、どうしようもない無力感を思うと
私も過去に何回も経験した感情だったので
自分自身の記憶もフラッシュバックしてしまいました。
彼女だけではありません。前にももうお一人
本当にがんばって、がんばって家族を再生しようとして力尽き
離婚を決断された方がおられて
その時も「なんで」という、本当にやりきれない思いでした。
そのやり場のない悔しさが
爆発的な怒りに変わって、映画の話に絡めて
「危ないものには絶対に近づくな」みたいな結論になりました。
私たちと同じような「何度やり直しても繰り返す
ギャンブルと借金の無限ループ」に絶望し、途方にくれている人は
実は一人や二人ではなく、ギャンブル依存症者が600万人と
言われているのですから、水面下ではかなりの数になるはずです。
改めて、依存症というのは、本当に恐ろしい病気だと思います。
薬物やギャンブルは、なる人は、たった一回の経験でも依存症になります。
けれどなってしまったら、一生治るということはありません。
たまに依存症のブログで「治る」と書かれているものが
ありますが、「治る」と書いている人は
実は、依存症についての正しい知識がない人です。
依存症の人にできるのは「回復する」こと。
即ち「今日一日は○○をやらない」という一日を
ずっと続けていくということです。
その回復を助ける方法はいくつかありますが
これなら万人に効果があるという確立した方法は
残念ながらありません。
依存症者への家族のアプローチにしても
たとえば「依存者をコントロールするのを止める」
つまり自助グループへ行けとか、カウンセリングを受けろとか
家族が命令や指示をするのは意味がないし、間違っている
依存症者の問題から手を話せないのは共依存だと言われる一方で
回復は、家族の支えがなければ難しいと言われる。
もう、どうすりゃいいのというのが現状なのです。
それでも一人でも多くの人が
何らかの手段で回復につながってほしいから
たとえ1000人の内の一人でも
回復に取り組むことができて
家族が、失った未来への希望を取り戻すことができるならと
最近はこのブログではあまり悲観的なことは
書かないように気をつけてきました。
けれども、本当にがんばってきた家族が
打ちのめされているのを見ると
「私たちだけが悪いわけではない。
私たちはある意味、今の社会の仕組みの犠牲者でもある」ということを
つい書かずにはいられなくなるわけです。
と同時に、依存症に限らず、落とし穴はどこにでもあるということへの
危機感と知識を持ってもらえたらと、心から思っています。
川崎の事件は、犯人とおぼしき少年グループが逮捕されたと報じられました。
実はアメリカは、日本の生活保護にあたるフードスタンプの受給者が
2012年で4670万人(日本が約200万人)という格差大国で
その貧困を背景に、青少年がギャングという組織を形成し
暴力や殺人、薬物の売買など様々な犯罪を犯していて
地域によっては、もはやそれが日常になっています。
日本でも何らかの理由で、学校や社会からドロップアウトした青少年が
男女を問わず集団化し、殺人などの残虐な事件を起こす事例が
近年増え始めています。
さらにそういう若者たちに、良くない大人たちが関与して
ドラッグの売買などをやらせるようになったりすれば
そこにさらに薬物依存の問題も絡んで
日本もあっという間に、アメリカと変わらぬ犯罪大国になりそうです。
私は、もともと究極のマイナー思考ですから
書けば書くほど、ろくな予測にはなりませんが
それが妄想ではなく、現実であることを
今回の事件は、示唆してくれているように思えるのです。
それもこれも、本来しっかり規制すべきものを規制もできないような
社会のあり方が大きく関係していると思うのですが
そこを何とかすることは、おそらくできません。
依存症の問題にしろ、子どもたちの未来にしろ
現実をしっかり理解して
自衛できることは自衛する。
悲劇に巻き込まれないための唯一の手段は
多分それしかないのです。
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