土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

孝恩寺、存在感バッチリ孤高の釘無堂。

2017年06月22日 | 大阪の古寺巡り





(2017.06.18訪問)


大大阪のほぼ南端泉南市から新大和路号は貝塚市に向かいます。これから訪ねるのは孝恩寺、大大阪でも数の少ない国宝建造物の本
堂、釘無堂とも呼ばれているお堂があるのをご存知の方もいらっしゃるのでは。このお寺のもう一つのハイライトは重文仏像十九体
が一直線に並ぶ宝物館の偉容なんです。林昌寺から孝恩寺まで約十五キロ、新大和路号にとってはイチコロの距離、はや心は釘無堂
の前に立っているのでありました。





▼道路に沿った石垣に白塀、いい雰囲気ですネ。







            [ 孝恩寺 ]
            ●山号 慈眼山 (じげんざん)
            ●院号 大悲院 (だいひいん)
            ●寺号 孝恩寺 (こうおんじ) 愛称 釘無堂
            ●宗派 浄土宗 (じょうどしゅう)
            ●勅願 聖武天皇 (しょうむてんのう)
            ●開基 行基菩薩 (ぎょうきぼさつ)
            ●開創 神亀三年 (726年)
            ●本尊 阿弥陀如来立像
            ▲大阪府貝塚市木積798 Tel. 072-446-2360
            ▲拝観料 500円 ご朱印300円 宝物館拝観は事前予約のこと
            ▲南海本線「貝塚駅」乗り換え水間鉄道「水間観音駅」から水鉄バス蕎原行きで「釘無堂」下車徒歩すぐ
             阪和自動車道「貝塚IC」から北へ約3分





            ▼石段前に釘無堂の石柱。はて釘無堂とは……。







孝恩寺縁起 (孝恩寺パンフから抄出)
行基建立四十九院のひとつで、現在はこの観音堂のみを遺しているが、創建当時は七堂伽藍が甍を並べていたが、室町期の戦乱や秀
吉の根来攻めの兵火などで伽藍の大半が焼失、唯一観音堂だけが残った。その後鎌倉期に旧堂を解体再建したものが、現在の観音堂
である。この観音堂は府下最古の木造建造物で、釘を使わずに建てられたので「釘無堂」とも呼ばれている。





▼アプローチ石段。







▼山門です。







▼鐘楼です。







▼本堂 (国宝) 観音堂とも釘無堂とも呼ばれています。
 桁行五間、梁間五間、寄棟造、丸瓦と平瓦を組み合わせた本瓦葺 (行基葺)。
 河内長野観心寺の金堂と並び称されている国宝建造物。このお堂のみの境内で、孤高を保ちつつ密教仏堂としての存在感を主張し
 ているようです。







▼本堂前面。中央三間が桟唐戸、両脇間には連子窓が設えられています。







▼外陣から内陣の様子。手前の太柱は鎌倉再建当時の柱と云われているそうです。







▼須弥壇中央に本尊が祀られています。お堂の外観と内部荘厳の落差、外からは想像出来ません。







            ▼本尊阿弥陀如来立像。脇侍に観音菩薩、勢至菩薩。
             このお堂名は観音堂、しかし本尊は阿弥陀如来、なんで?







▼本堂角柱の木鼻は、これ象でしょうか。







▼前面五面の蟇股彫刻もそれぞれ変化を付けているようです。







▼これが行基葺。
 普通丸瓦を使用した本瓦葺は、丸瓦同士がぴったりはまるのに対し、こちらは瓦同士に段差が生じ、重ね合わせが見える屋根を、
 行基葺きと呼ぶそうです。行基葺の建造物は少なく、この孝恩寺観音堂の他に、奈良の元興寺極楽坊、大分の富貴寺大堂など、僅
 かしか存在していないそうです。







▼境内にはお地蔵さんも遠慮がちにお立ちです。







▼石塔三態。







            ▼真ん中の五輪塔。塔高110cm、地輪高24.6cm、幅39.4cm。
             五輪上から空輪、風輪、火輪、水輪、地輪と云うそうで、造立年月日が明らかな
             五輪塔として貴重な価値の高いものだそうです。







            ▼基壇ガッチリ、上の四輪なんか危なっかしいけど抜群のバランス。







▼木立の間にこれは納骨堂。







▼ヤッパリありました、オシマイ間近の ア ジ サ イ







▼境内の石畳。







▼最近新築されたんでしょう、新しい庫裏です。







▼庫裏前のお庭と放生池。







またも拝観失敗!

▼孝恩寺のハイライトはこの宝物殿。うーん扉は固く閉じられたまま。



重文仏19体が並ぶ圧巻の宝物殿は事前予約が必要とのこと、しかも6月(梅雨時)から9月一杯は閉館とのことです。





そこでなんとかこの19体を拝観したい、なんとかしましょう取り敢えず6体を。

▼聖観音立像                   ▼薬師如来立像                  ▼文殊菩薩立像







▼十一面観音立像                 ▼普賢菩薩立像                  ▼聖観音立像



孝恩寺宝物館には上記のほか13体が一直線に並べられているんです。
(写真は貝塚市貝塚の文化財HPからお借りしました )
http://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tyoukoku/index.html





▼御朱印です。国宝釘無堂外縁に置いて撮りました。







またも事前確認を怠った罰が当りました。それにしても重文仏19体が一直線に並ぶのは壮観でしょうネ。
それにも況して貝塚市「貝塚の文化財」ホームページは素晴らしいホームページです。仏像一体一体の親切丁寧な説明は読んでいて
時間を忘れさす説得力があり、こんな完璧なホームページにはお目にかかったことはありません。願わくばもう少し写真が大きけれ
ばなお完璧。これでもう孝恩寺を訪ねることはナイでしょう、ウンニャ仏像は実像を拝見してこそなんで、10月になれば再度訪問し
たいと思っています。

孝恩寺これにて オ シ マ イ





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林昌寺、重森三玲さん作庭「法林の庭」のお寺です。

2017年06月20日 | 大阪の古寺巡り





(2017.06.18訪問)


我が大大阪にも、名勝庭園を持つ古刹や歴史に埋もれた古刹がさりげなく地域に根ざしています。今日はその大大阪のほぼ南端、泉
南市に向って新大和路号は阪和道を颯爽(チンタラではありませんヨ)と走っているのであります。かっての迷車大和路号は速く走
るのは苦手で、ナビがアホでした。新大和路号は見違える走りで、相当ニッサンにイヤミを云ったせいかナビもワンランクUP、今の
ところまずまずです。クルマのことはどうでもいいんです、訪ねる先は泉南市の躑蠋山林昌寺、あの重森三玲さん作庭の名庭園があ
るんです。山号が躑蠋山と云うぐらいですのでツツジの名庭かな、いやツツジはもうお仕舞のはずだけど……。





▼境内入口からして、ツツジの刈り込み「青海波」ですネ。しかしツツジも青葉もナイ茶色。
 右の参道を行きます。右側は紫陽花が……、







[ 林昌寺 ]
●山号 躑蠋山 (つつじさん)
●寺号 林昌寺 (りんしょうじ) 愛称 岡大師 (おかだいし)
●宗派 真言宗御室派 (しんごんしゅうおむろは)
●勅願 聖武天皇 (しょうむてんのう)
●開基 行基菩薩 (ぎょうきぼさつ)
●開創 天平年間 (729~749年)
●本尊 阿弥陀如来立像
▲大阪府泉南市信達岡中395 Tel. 072-483-2705
▲拝観料 通常無料 ご朱印300円
▲JR阪和線「和泉砂川駅」から徒歩約30分
 阪和自動車道「泉南IC」から北へ約2km10分





▼参道右斜面を利用して紫陽花苑が広がってます。すでに花数は少なく、色褪せオシマイの時期が来たようです。
 この広さを見るとこのお寺、花はツツジだけではないようですヨ。







林昌寺縁起 (林昌寺パンフから抄出)
行基菩薩によって建てられた畿内四十九院の一院として当山は開山されました。当初は菩提院岡寺と称されていましたが、平安時代
後期堀河天皇行幸のおり、見事な山ツツジをご覧になり、宝林繁昌の勝地なりと山号を躑蠋山、寺号を林昌とし躑蠋山林昌寺と勅号。
その後創建当時からから偉容を誇っていた大伽藍は信長兵火により悉く灰燼に帰した。現存の諸堂は江戸期に建立されたものです。





▼少々上りですが、いい感じの参道です。







▼山門が見えてきました。

       





▼山門です。境内で何か工事中みたいですね。







            ▼ドーンと貫禄の寺号石柱。山号は躑蠋山。







▼アーア何と云うことでしょう、本堂絶賛修復工事中! ショックNo1







▼手水舎。







            ▼ここと思えばまたあちら、大変ですネ空海さん。







▼観音堂大悲閣。三間二間の小さいお堂ですが、阪和西国第二十八番札所です。内部には西国三十三所の本尊が……、







▼大悲閣と書かれた縦長の扁額。この形状は珍しい。と思います。







▼須弥壇に並ぶ西国三十三所の本尊ですが、観音さんゴメン、ヒドイ写真になりました。







▼振り返って山手を見ると鐘楼がツツジの海に浮かんでます。







サテそれでは「法林の庭」オンパレードといきますか。
昭和の名作庭家、重森三玲さんが昭和三十六年に山の傾斜を利用して作庭したツツジと石で構成された「法林の庭」
当寺は阪和西国第二十八番札所であるところから和歌山産青石二十八個、ツツジを青海波風に島組し、中央に本尊石を置き、全体で
極楽浄土を表現する意図のもと作庭されたのがこの「法林の庭」です。


▼「法林の庭」ほぼ全景。ツツジの面影どこにある! 
 ツツジの花が終わればさぞや緑に覆われているだろうと、かってに思ってたら茶色の世界。この茶色にショックNo2







▼実はこんな緑を想像してたんです。(写真は泉南市観光ガイド恋するせんなんHPからお借りしました)







▼ツツジ花咲くピンクの世界も素晴らしいだろうな。例えば下のような。







▼ピンクに染まりつつある青海波。(写真は泉南市観光ガイド恋するせんなんHPからお借りしました)







▼放生池というんでしょうか、池も映えません。     













▼やけくそで蘇鉄の間から覗いた鐘楼。







▼ツツジに囲まれた本尊石。迷路のような刈り込みの間の道、歩くことが出来るんですヨ。              













▼蘇鉄と宝篋印塔。







            ▼基壇五段のフォルム抜群の宝篋印塔。







▼「法林の庭」の横を通って少し上ってみましょう。道端に名残紫陽花と青もみじ。







▼上を見ると緑のツツジ。ここは葉っぱを刈ってないようです。







▼石段先に薬師堂。このお堂も小さいながら、内部が凄い。







▼須弥壇上に仏がズラリ。







本尊薬師三尊。中央お薬師如来坐像、右日光菩薩、左月光菩薩が祀られています。







            ▼本尊薬師如来坐像。堂外から格子ガラス越に撮りましたのでお像の詳細は不明ですが、
             お像と台座、蓮台、光背とも同時期の作像でしょう。
             金箔金泥共に一切の欠損がないので新しいお像だと思われます。







▼高台から境内。







▼子安地蔵さんもおられます。







▼一番の高台に地蔵堂。堂内は窺うことは出来ません。







▼新しい扁額が掛けられています。







▼屋根の宝珠と鬼瓦。







▼地蔵堂。







▼名残の紫陽花。







▼庫裏にご朱印を戴きに。







▼ご朱印です。






「法林の庭」お庭としての素晴らしさは充分感じますが、シーズン外れの淋しさも感じる「法林の庭」でした。花々には旬があるの
は当たり前、自然の美を求めて止まない方々にとっての端境期とは、名勝名庭へは行く気もしないんでしょうか。今日の林昌寺、ご
夫婦一組だけ、これだけ見事なお庭「法林の庭」も色が無けりゃタダの庭なのか。と思うほど人もいないし、茶色の庭はボクにとっ
ても負のインパクト大でした。
お庭や花々を特に求めないボクでも、このお庭へはツツジの旬にはもう一度是非訪ねたいと思った「法林の庭」林昌寺でした。

林昌寺これにて オ シ マ イ

次に訪ねる大大阪の名刹は、あの国宝観音堂と重文仏ズラリの古刹です。





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一心寺、ジャカランダの花、初めて見ました。

2017年06月17日 | 大阪の古寺巡り






(2017.06.16訪問)


ハルカスの36階へお使いに行った帰り、谷町筋を歩いていると「ジャカランダが咲いてます」のサイン。
「なにジャカランダって」ということでジャカランダの咲いているお寺、一心寺へ早速立ち寄ってみました。


▼このノッポビルの36階へお使いに行ったんです。手前のパープルの花がジャカランダ。 






            [ 一心寺 ]
            ●山号 坂松山 (ばんしょうざん)
            ●院号 高岳院 (こうがくいん)
            ●寺号 一心寺 (いっしんじ)
            ●宗派 浄土宗 (じょうどしゅう)
            ●開基 法然上人 (ほうねんしょうにん)
            ●開創 文治元年 (1185年)
            ●本尊 阿弥陀如来
            ▲大阪市天王寺区逢阪2丁目8-69 Tel. 06-6771-0444
            ▲拝観料 通常無料
            ▲時間 9:00~16:00
            ▲http://www.isshinji.or.jp
            ▲JR環状線「天王寺駅」谷町筋北へ徒歩約15分
             地下鉄 御堂筋線「天王寺駅」谷町筋北へ徒歩約15分
             地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」谷町筋南へ徒歩約15分





            ▼一心寺シンボルタワー。







▼スチールオブジェ、実は山門です。左右に仁王さんもいます。







▼第十四期骨佛開眼にジャストタイミングでした。

       





▼本堂前に何やら人だかり。







▼真新しい仏像が見えます。







▼お参りの人が引っ切りなし。







▼煙が目にしみる、オネーサン?のけぞってます。







▼第十四期骨佛お披露目、境内出開帳と云うそうです。







            ▼お顔をのぞいては無彩色のお像。台座や光背の彩色は優しい色合いです。



骨佛とは(一心寺HPから抄出)
遺骨で仏様を造る。一心寺でこの前代未聞のしきたりが始まったのは明治二十年です。安政三年、年中無休でおせがきの法要を営む
常施餓鬼法要が始まりました。納骨されたご遺骨を丁重にお祀りするためにお骨佛の造立が発願されたのです。多くの人々に礼拝さ
れる仏様を、遺族にとっては何より尊い故人のご遺骨でもって造立する。お骨佛を拝めば故人に供養するのと同時に、仏様を礼拝供
養することになるのです。まさに仏様への崇拝と先祖供養の精神が融合した、真に妙なる功徳の仏様、それが一心寺のお骨佛様なの
です。第1期造立以来、120年以上の歴史をもち、およそ200万人にもおよぶ故人が、阿弥陀仏のお姿になって一心寺の納骨堂に鎮座
ましますお骨佛様。平成十七年には、その信仰習俗に対し、大阪市の無形民俗文化財にも指定されています。





▼開山堂。開祖法然上人をお祀りしています。







▼鐘楼。







▼八角屋根の念仏堂。お寺の諸事受付です。異型の相輪が青空に映えますネ。







ジャカランダ満開。ジャカランダって世界三大花木の一つだそうですネ。

▼ハルカスとジャカランダ。







▼花位置が高すぎてコンデジではロングが届かずアップが撮れません。

























▼ノウゼンカズラとジャカランダ。






ジャカランダの花は初めて見ました。やさしいパープルが印象的な花ですネ。
ジャカランダは熱帯アメリカ原産で、ノウセンカズラ科、日本では成育が難しいとされ、花をつけることは大変に珍しいそうです。
最後のカットはそのノウセンカズラのオレンジとジャカランダのパープルのコラボです。
骨佛とジャカランダ、異色取り合わせに納得の一刻でした。







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矢田寺、天下の紫陽花寺。

2017年06月15日 | 奈良の古寺巡り





(2017.06.10訪問)
郡山第二弾は、あじさいの寺矢田寺です。慈光院から西へ10分余り、矢田山系の中腹にあるあじさい寺を訪ねます。参道手前から参
詣の人が急に増えたように感じ、駐車場を探すのに四苦八苦、花の寺はやはり人気があるようですネ。
侘び寂び閑のお寺から、花のある華やかなお寺へ、それにしてもピーカンの今日、生き生きとした元気なあじさいを見ることが出来
るのでしょうか。





▼あじさい寺の今。
受付のオネーサンとの会話「満開かな」「そうですねぇ~50パーくらいでしょうか」「そんなんで500円とるの」「もちろんでーす」







[ 矢田寺 ]
●山号 矢田山 (やたさん)
●寺号 矢田寺 (やたでら) 正式名称 金剛山寺( こんごうせんじ)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
●勅願 天武天皇 (てんむてんのう)
●開基 智通僧正 (ちつうそうじょう)
●開創 天武九年 (680年)
●本尊 地蔵菩薩立像
▲大和郡山市矢田町3549 Tel. 0743-53-1445
▲拝観料 通常無料 紫陽花時期6月上旬~7月上旬 500円 ご朱印300円
▲時間 8:30~17:00
▲http://www.yatadera.or.jp/
▲近鉄橿原線「近鉄郡山駅」駅下車 奈良交通バス「矢田寺」下車
  西名阪自動車道「大和まほろばスマートIC」から北北西へ20分
        
         「法隆寺インター」から北北東へ25分             
  第二阪奈道路 「中町ランプ」から南へ25分 





▼境内マップです。なかなかのもんです、一生懸命描いたんでしょうネ、ベリーグー!







矢田寺縁起 (矢田寺 HPから抄出)
今から約1300年前、大海人皇子 (天武天皇) が、 壬申の乱戦勝祈願のため矢田山に登られ、即位後の白鳳四年、智通僧上に勅せられ、
七堂伽欄四十八カ所坊を造営されたのが当山の開基です。当初は十一面観世音菩薩と吉祥天女を本尊としていましたが、 弘仁年間に、
満米上人により地蔵菩薩が安置されて以来、地蔵信仰の中心地として栄えてきました。





            ▼金剛山寺が本名です。







▼山門。何やらイヤーな感じ、石段があるじゃないですか。

       





▼参道石段。何やらイヤーな感じ、相当長そうじゃないですか。
 何度か訪ねているこのお寺、このイヤ〜な石段の記憶がないんです。記憶が飛んだか、はたまた○○のはじまりか。







▼本堂手前、紫陽花に囲まれたみそ嘗地蔵。別名地蔵寺の名があるこのお寺、本尊を初めとして境内には沢山おられます。







▼本堂です。桁裄七間、梁間七間、入母屋造、本瓦葺、三間向拝付。平成大修理の後平成十五年落慶。
 濃朱が落ち着きを醸しています。いい色になってきました。







▼三間向拝。







▼外陣に掛る寺号が書かれた大きな扁額。







▼内陣の様子。内陣拝観料別途500円。







            ▼三尊形式の本尊地蔵菩薩立像 (重文)。像高161.9cm、木造、彩色、彫眼。平安時代初期。
             通常お地蔵さんは右手に錫杖をお持ちですが、この方は持たずに施無畏、与願印の印相で
             左手に宝珠をお持ちです。「矢田型地蔵」と呼ばれているそうです。



             (本尊写真はネットより借用)





            ▼内陣の板襖絵「羅漢図」。



            (写真は矢田寺ハガキを複写)





▼本堂側面。







▼鐘楼。境内一の貫禄、袴腰の重層、入母屋造、本瓦葺。屋根の傾斜が半端じゃありません。







▼梵鐘 (重文)。寛元四年在銘、鎌倉時代。







▼閻魔堂。このお堂も特別公開中。本尊木造閻魔倚像。







▼蓮花池。蓮は姿無し、そのかわりミズカンナの葉が池面をうめていました。







▼六地蔵。







▼開山堂。開基智通僧正をお祀りしているそうですが、堂内を窺うことが出来ません。







▼春日神社 (重文)。矢田寺の鎮守社。







▼板碑が集められています。







▼御影堂。方三間、入母屋造、銅板葺、一間向拝付。
 本堂裏山をしばらく上ると広場にポツンと建ってます。天武天皇をお祀りしているそうですが、これはお気の毒としか云えず疎外
 感ありあり、隣に見えるのはトタン小屋ですよ。







天下のあじさい園へ行ってみましょう。
園は回遊路が巡っています。この咲き具合でも人の列が途切れません。



















































あじさいはいいとこ撮りをしても、マダマダの感じ。今週末頃から見頃になるようですよ。





▼御朱印です。

               



矢田寺これにて オ シ マ イ





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慈光院、武家茶道石州流の家元。

2017年06月12日 | 奈良の古寺巡り





(2017.06.10訪問)



新大和路号で大和路を走らずして何が大和路号や、ということで今日は郡山にやってきました。郡山の町中はドライバーにとって誠
に走りにくい町、出来るならば走りたくない町。そんな町に名刹古刹が点在してるのは一種の皮肉かとも思われる町でもありますネ。
今日はそんな郡山の判り易いところにある慈光院を先ず訪ねてみました。お寺らしくないお寺、お寺全体が茶席のようなお寺、お庭
の美とそこで戴くお茶の深~い意味、茶道無作法なボクでも何かを感じることが出来るのでしょうか。キット無理ですネ。



▼書院。寺全体を茶席として演出する茅葺きお堂。

 





            [ 慈光院 ]
            ●山号 円通山 (えんつうざん)
            ●寺号 慈光院 (じこういん)
            ●宗派 臨済宗大徳寺派 (りんざいしゅうだいとくじは)
            ●開基 片桐石見守貞昌 (片桐石州)
            ●開山 玉舟宗坂 (大徹明應禅師)(ぎょくしゅうそうばん)
            ●開創 寛文三年 (1663年)
            ●本尊 釈迦如来坐像
            ▲奈良県大和郡山市小泉町865番地  Tel. 0743-53-3004
            ▲拝観料 1000円(抹茶付) ご朱印300円
            ▲時間 9:00~17:00
            ▲http://www1.kcn.ne.jp/~jikoin/
            ▲JR線大和路線 「大和小泉」駅下車 徒歩18分
    
              近鉄橿原線『近鉄郡山駅』駅下車 法隆寺行きバス行「片桐西小学校」下車
              西名阪自動車道「大和まほろばスマートIC」から北北西へ10分
        
                     「法隆寺インター」から北北東へ15分             
              第二阪奈道路 「中町ランプ」から南へ15分 





            ▼茶道石州流、皆様ご存知?







慈光院縁起 (慈光院HPから抄出)
寛文三年大和小泉藩二代目藩主の片桐石見守貞昌が初代藩主であるの菩提寺として自分の領地内に、大徳寺百八十五世玉舟和尚を開
山に迎え建立した臨済宗大徳寺派の寺院。寺としてよりも境内全体が一つの茶席として造られており、表の門や建物までの道、座敷
や庭園、そして露地を通って小間の席という茶の湯で人を招く場合に必要な場所ひと揃え全部が、一人の演出そのまま三百年を越え
て眼にすることができるということは、全国的に見ても貴重な場所となっている。





▼全山茶席の総入口。簡素な門に石柱が二基。







▼鍵形参道に複雑なこぼれ陽。

       





▼アートだねぇ、むき出しの根の壁。







▼片桐且元の茨木城から貰い受けた楼門。







▼楼門からチラッと見える書院。







▼開放された初夏の書院のお部屋。右が十二畳、左手前八畳、奥六畳。







▼十二畳の床。白紫陽花がキリッと床格を上げているようです。







▼書院扁額。サテなんて書いてあるでしょう、開山玉舟宗坂の書で「聚遠」と書かれています。
 お茶を楽しみに遠方からもドンドンいらっしゃいという意味らしいです。







▼名勝庭園を書院から。大小の丸刈り込みを用い周辺環境との調和を、禅寺庭園にしては石を用いず多種の樹々を使い、茶席の庭と
 して季節毎の風情演出を構成したお庭になっている。そうです。







▼名残五月を前にしてお抹茶をいただく。茶の湯の深さを改めて思う、思うが判らない。







▼名残五月。残念でした五月(さつき)は五月(ごがつ)の下旬が見頃ですよ、とお寺のオネーサン。







▼目を転じて東を見ると、大和青垣の峰々が連なり、古代大和の繁栄を想う。
 紹保和尚曰く、「青垣の真ん中の窪みから満月が昇ります。中秋の名月の鑑賞会があるので是非いらっしゃい」
 シマッタ何時か聞き漏らしました。







▼東のお庭の片隅に「角ばらず」手水鉢 (重文)。







▼もう一度南を見ると大刈り込みが目前に。これは五月の刈り込みではなく、数十種類の樹々の寄植え。
 目前の大刈り込み、この位置にあるのは深~い意味があるんです。







▼大刈り込みの手前に「独坐」手水鉢 (重文)。







名勝庭園を歩いてみましょう。

▼名残五月を通して書院です。誰がどう見ても茅葺き農家ですネ。
 慈光院の中心的な建物であるが、寺全体を茶席として演出するときに茅葺きの農家風の外観というのは、堂々とした荘厳なお堂に
 は表せない大きな意味合いを有している。 (慈光院HPから抄出)







▼お庭の高台に観音堂。







▼小さな池に小さなお社。







▼お稲荷さんも祀られています。







それでは書院茶室を見てみましょう。

▼高林庵茶室 (重文)。左奥が「亭主床」片桐石州の席。







▼閑茶室 (重文)。躙り口がなく廊下から入る形。茶室の奥、壁丸窓の映り込み見えます? 

               





▼閑茶室前に「女の字」手水鉢 (重文)。







▼書院から見た方丈です。







▼渡り廊下の窓の設え。ここで和尚が「儂の写真撮ってくれへんか」と5カットほど、ナニするんでしょうネ。







▼方丈。
 元々慈光院にこのような別棟の本堂があったわけではなく、現在書院と呼んでいる建物が方丈で、そこに本尊釈迦如来だけが祀ら
 れていたと思われる。それが後になって開山と石州の座像が移されてきたことで、書院の北側に小さい仮のお堂を付け足してお祀
 りすることとなった。 (慈光院HPから抄出)







▼扁額。







▼方丈仏壇。中央ご本尊は釈迦如来坐像。右に開山玉舟和尚、左開基片桐石見守貞昌 (石州) が祀られています。







▼天井には入江正巳画伯作の墨絵雲龍図。







▼中庭から書院。右は五葉松。







▼中庭と庫裡。







▼ご朱印です。







ここにお坐りと紹保和尚が促して下さった書院の八畳の間の柱前。ここが慈光院の特等席やということで、二人でというより和尚の
独り舞台、開基石州や叔父且元の話、この位置から見る南面の庭と東面の庭が最高や、というその意味、味のある話し振りはさすが
でした。 紹保和尚、長時間お付き合いくださりありがとうございました。                       合掌

茶道とは、抹茶のほろ苦さからその精神の奥深さを知る、それ何、余計判らんヤッパリ無理ですネ。
慈光院 オ シ マ イ





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