世間(よのなか)の繁(しげ)き仮廬(かりほ)に住み住みて
至らむ国のたづき知らずも
=巻16-3850 作者不詳=
うるさい仮住まいのようなこの世に住み続けていて、これからどんなようすの国に行き着くのか分からない。 という歌。
この歌の注に、「奈良の川原寺(かわはらでら)の仏堂にあった琴に書かれていた」とある。
川原寺は県道をはさんで橘寺の北に位置している。天智天皇が、母の斉明天皇の菩提をとむらうため飛鳥川原宮(あすかのかはらのみや)跡に建てられたのが川原寺であったが、現在はのちの時代の小堂が建っている。
発掘調査によって、一塔二金堂に三面僧房をめぐらした荘麗な伽藍だったようで、調査後はすべて埋め戻され、今はその上に創建時の伽藍配置がわかるよう整然と礎石が並べられ史跡公園のような広場になっている。
誰が歌ったかわからない歌で、たまたま寺にあった琴にこの歌が書かれていたという。消えてなくなってしまうような歌であったが、しかし世の行く末を嘆いているようすが現代にも通じるような新鮮味があるではないか。このような歌が宮廷歌人に交じって万葉集に取り上げられていることが、すばらしいことだと思う。