紫は灰さすものぞ海石榴市(つばいち)の
八十(やそ)の街(ちまた)に逢へる子や誰(た)れ
=巻12-3101 作者未詳=
海石榴市の、多くの道が行き交う辻で出逢ったあなたは一体誰か、名を名乗りなさい。という意味。
「紫は 灰さすものそ」は海石榴市にかかる序詞。紫草の汁には、椿(海石榴)の灰を入れて染めるという。
「海石榴市」は奈良県桜井市金屋にあったとされる。
“名を問う”というのは求愛の意思表示だという。昔は市は”歌垣の場”でもあり男性が行きずりの女性を、ナンパしていたようだ。
この歌の返歌に、女の方から、
たらちねの 母が呼ぶ名を 申さねど
道行き人を 誰と知りてか
=巻12-3102 作者未詳=
いま会ったばかりの道行き人、どこの誰ともわからない人に、私の名前を教えることができますかと反発する。
この二首は実際に特定の二人で交わされたものなどではなく、
長いあいだ歌垣の場に伝えられて皆が歌い合った歌なのだろう。
難波津から大和川を遡行してきた舟運の終着地が初瀬川の港であった金屋で、
仏教伝来の百済の使節がこの港に上陸し、すぐ南方の磯城嶋金刺宮に向かったとされている。ここから北へ伸びる道が山辺の道である。
ここ海石榴市は仏教伝来の地でもあり、街道が交差し賑わう市として栄えたのである。