紫匂う花房の<最終話>

2017-04-24 | ss(紫匂う花房の)
※<原作8巻その後>をイメージしたお話です。ネタばれ要素を多く含みますので閲覧ご注意下さい。※



「何だか私は瑠璃姫に嫌われてしまったようですね」

しばらくの沈黙の後、鷹男は言い、続けて

「少しあなたは・・・変わられてしまったようだ」

ポツリと寂しそうに呟いた。

あたしは鷹男の顔を静かに見返しながら

(あぁ、そうか、そうだったんだ・・)

と妙に納得してしまっていた。

鷹男は、自分に惹かれている瑠璃姫、が好きだったんだ。

自分を憎からず思ってくれてて、それで更には元気いっぱいでノリが良い瑠璃姫。

そういやいつだったかも、あたしのこと<楽しいから退屈しない姫だ>とか何とか言ってたものね。

だけど、あたしだっていつも元気いっぱいなわけじゃないし、ノリがいいわけじゃない。

やっぱり鷹男は決して深い所であたしを理解してくれてるわけじゃないのよね。

まぁ、理解して欲しいってわけでもないんだけど。

「別に・・・嫌ってるわけではないわよ」

誤魔化すとか慰めるとか、そう言う気持ちからじゃなく、あたしは言った。

鷹男のことが嫌いなわけじゃないと言うのはあたしの本心だった。

だけど、じゃあ積極的に好きかと言われればまたそれも違くて、結局、あたしも鷹男のことは深い所で理解してないし、する気もないのだった。

「変わったのかどうかは自分じゃよくわからないけど・・。でも、うん・・・少し、変わったのかも知れないわ。色々あったし」

「・・・」

「いつまでも鷹男の、・・ううん、今上帝の御世が続くことを祈っているわ。宮廷で働く高彬を支えることで、あたしなりに世の平安に貢献するつもり」

「瑠璃さま・・」

藤宮さまがハッとしたように身を乗り出され、今上帝はそれを制すると、黙ったまま長いことあたしを見ていた。




*******




「どうだったかい?今上は」

夜になりやってきた高彬は円座に腰を下ろすなり、開口一番、そう聞いてきた。

「特に極秘で話しがあるとか、そう言うことではなかったわ」

白湯を手渡してやりながら言うと、高彬はそれを片手で受け取りながら

「そうか。それなら良かった」

ホッとしたように頷いた。

「藤宮さまもお元気そうだったし何よりだったわ」

「うん」

「鷹男も相変わらず凛々しくて格好良かったし、高彬たち臣下が心酔しちゃうのもわかるなぁって感じだった」

「・・うん」

「でも、あたしにはそれだけよ。『あぁ、格好いい帝だなぁ』『これだけ格好良ければ、女官も仕え甲斐があるってもんよね』って思うだけ」

高彬は小さく笑うと

「相変わらず瑠璃さんの好みってよく分からないな・・」

なんて言っている。

「何言ってるのよ。あたしの好みは、スバリ、目の前にいる人じゃない」

高彬の胸の辺りを指でトンと突いてやると

「え」

と焦ったように言い、そうして白湯の入った杯を取り落としそうになっている。

「何が『え』よ」

カッコいい人が、高彬を置いて他に誰がいるって言うのよ。

有能で情に厚くて腕が立って優しくて、そうして誰よりもあたしを理解してくれてる人。

理解しようと努力してくれてる人。

こんなイイ男、他にいるもんですか。

「あたしねぇ、高彬」

「うん」

「高彬と結婚するって決まった時『いい殿方掴まえたなー、我ながらでかした!』なーんて思ってたの」

「え、何だよ、それ」

高彬はおかしそうに笑い

「その時はね、今思えば、案外、軽い気持ちでそう思ってたのよ。でも、今は本当に心の底からそう思ってる」

「・・・」

「いい殿方掴まえたなー、あたしにはもったいないくらいだなーって」

高彬は白湯を置くと、ズリズリとあたしを引き寄せ、内緒話をするような近さで

「掴まえた、なんて心外だな。ぼくが瑠璃さんを掴まえたつもりなんだけど」

拗ねたような顔を作って見せた。

だけど、少しすると気を取り直したように

「瑠璃さんがこの先も『我ながらでかした!』と思えるように、ぼくも精進するよ」

なんて言い、にっこりとあたしの顔を覗き込んでくる。

「あたしも頑張るわ」

ぐっと握り拳を作って見せると

「いや、瑠璃さんは頑張らないでいい。普通でいいよ、普通で」

高彬はぎょっとしたように言い、2人で笑い合ってしまう。

あー、幸せだー。

ずっとこうやって高彬と笑っていたい。

疾風怒濤も波乱万丈も、もうコリゴリ。

「瑠璃さん」

高彬があたしの肩に手を回してきた。

高彬の顔が段々と近づいてきて、肩に感じる指の力も増してきて───

あたしはゆっくりと目を閉じる。

好きな人がいて、その人に想われて。

これぞ、人生の春よ。

春───。




<終>



~お付き合いいただきありがとうございました。


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