【永田満徳(みつのり)】 日本俳句協会副会長 俳人協会幹事 俳人協会熊本県支部長 「文学の森」ZOOM俳句教室講師

「俳句大学」学長 「火神」主宰 「秋麗」同人 未来図賞/文學の森大賞受賞

第二句集『肥後の城』を読む  河西 志帆(掲載許可済)

2021年11月21日 02時13分45秒 | 第二句集『肥後の城』

第二句集『肥後の城』を読む

 

         河西 志帆

 

肩書の取れて初心の桜かな

  肩書のあり過ぎる人を信用しないんです。へそ曲がりだからかもしれません。

 

水俣やただあをあをと初夏の海

  「MINAMATA」を観ました。うかつに何かを言えないような重い気持を抱えています。

 

一踊りして歩をすすむ阿波踊

  「牛深ハイヤ節が元気だゾ」って、牛深の友がずっと前に言っていました。ハイヤ節は「ロック」ですネ。いつか必ず行ってみたいです!!

 

ペンシルの芯折れやすき夜学かな

  マゴの親友が夜学生になりました。生き生きとして通学の“陸くん” 先生がきっと好きなんですネ。

 

菜種梅雨句読点なき江戸の文

  古文書を読む講座に行ったものの、ところどころの「字」が見えただけでした。

 

月冴ゆる橋の名ごとにバス停車

  きれいな橋の名前なんでしょうネ。ちなみに、我が家は橋の横にあり、橋を渡らなければ家に入れません。泥の川ではありませんが。

 

冬深し土間が売場の蒟蒻屋

  昔は豆腐屋さんも駄菓子屋さんもでしたよ。そんな懐かしさがよみがります。

 

年迎ふ裏表なき阿蘇の山

  この山は大きくて誰にも分けへだてがないって、言っているんですネ。阿蘇に、行きましたよ。

 

寒鯉や黒透くるまで動かざる

  鯉は「血の道の薬」と母に買ってきた父。新聞紙に包まれて動かずにやってきました。

 

「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し

  これネ。読んでいて、涙がこぼれました。地が揺れて城を壊す前の年に、熊本を訪ねました。地獄温泉にも!!。

 

本震のあとの空白夏つばめ

  でっかい城、優雅な城、何度も行ったり来たりしました。熊本の友はあったかくて!!。

 

昼寝覚われに目のあり手足あり

  身体が無事だった~という安心感は嬉しくも悲しいと聞きました。

 

ぱさぱさの鶏の胸肉夏の風邪

  ああ実感ですネ。鶏さんかわいそう。

 

争いの双方黙る扇風機

  これも分かるんです。喋り倒す前に、口の中が乾くからですよネ?

 

熱帯夜溺るるごとく寝返りす

  動かないほど静かに眠っていたらしい私。このごろはひとりベットが広い。

 

慰霊の碑も埋立の地も灼けてをり

  情けない現実はいたる所に!!。悲しいネ。

 

秋うららデモの後尾に乳母車

  うばぐるまを見なくなりました。「ベビーカー」なら、家にあり(笑い)

 

夭折にも晩年のあり春の雪

  先日、「海原」(俳句誌)の新人がなくなりました。晩年があったらよかったのに。

 

揚雲雀古墳一つに人ひとり

  本当にそうですネ。何という「贄」でしょうネ。

 

扇風機語り掛けたくなるときも

  このたんたんした書きようが好きです。

 

かたつむりなにがなんでもゆくつもり

  何を考えているんでしょうネ。人間なんかにゃ、わからない。

 

対岸はバテレンの島枇杷咲きぬ

  天草にいきたしと思いながら帰りました。

 

ストーブを消して他人のごとき部屋

  年の半分上をストーブが働きます。寒いのよ。

 

寒風にぼこぼこの顔してゐたり

  九州の人の寒さって、本当かなあ。だったら、信州の私は「ぼっこぼこ」ですヨ~。

 

この町を支へし瓦礫冴返る

  悲しいですネ。ガレキとは人の暮らしのものばかり。

 

半球はつかめぬかたち天道虫

  おもしろいですネ。「天動説」なんかでも混じりそうで。

 

炎昼や身体遅れて坂下る

  魂が遅れそうとか聞くけれど、こちらの方がよく分かります。

 

原城址火箭のごと降る冬の雨

  行きたい、見たい原城!! 来年こそはと思っています。

 

ペンギンのつんのめりゆく寒さかな

  彼らのあの行動が不思議でなりません。もっといいやり方はないのかと、人間のくせに思います。

 

釣つてすぐ魚を放つや山桜

  そんな遊びはやめちまえ!!って、魚は思う。

 

老犬の背より息する残暑かな

  家に黒ラブ(黒ラブラドールの略)がいます。肩で息しています。

 

大阿蘇を踏石として月昇る

  この尊い山を踏めるのは月なら許されそうですネ。

 

今は亡き犬の首輪や日脚伸ぶ

  こんな日が来るのが怖いです。従順すぎる犬って、倖せなんだろうかって、いつも思う。

 

戦死者に敵味方なし日の盛

  モハメド・アリが言った言葉を想い出します。

 

夜学果て居残りの子の机拭く

  定時制の先生と仲良しでした。バスケの練習を終えると、教室に灯りがついたんです。

 

指につく粘着テープ憂国忌

  絶品の句ですネ。忘れません。

 

阿蘇見ゆる丘まで歩く師走かな

  阿蘇は大きかった。バスから降りて、熊本の友のあとを追い、山を登ってゆきました。霧と雨で手が冷え更に寒くなってきました。今はどうなっているんでしょうか。夢のような、本当のような阿蘇でした。

 

句集ありがとうございます。

思いのままに書いて、楽しませて頂きました。

感謝を込めて!!

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三島由紀夫の筆名、ペンネーム (蓮田善明)(【『花ざかりの森』)

2021年11月18日 12時20分29秒 | 三島由紀夫

三島由紀夫の筆名、ペンネーム

~『花ざかりの森』自筆原稿を手掛かりに~

               永田満徳

 三島由紀夫の『花ざかりの森』などの初期四作品の原稿が見つかった。長らく所在が掴めなかったものである。所有していたのは蓮田善明の長男、晶一氏、今は、くまもと文学・歴史館に寄贈されている。

 特に注目すべきは、『花ざかりの森』の署名である。本名の「平岡公威」と書いた後、二本の線で消して、「三島由紀夫」と書き直している。ちなみに、三島由紀夫の本名は平岡公威。一六歳の時から「三島由紀夫」という筆名、つまりペンネームを使っていたことになる。

 植木(現・北区植木町)の蓮田善明夫人敏子さん宅に蓮田善明のことを取材するために再三訪れた折に、敏子未亡人から直接三島由紀夫というペンネームは、「文芸文化」の同人たちが集合していた蓮田善明宅で決ったということを聞いていた。三島由紀夫と知り合いであり、蓮田善明のことを詳しく知りたいと言っていたことから蓮田敏子さん宅に案内した福島次郎は、すでに『剣と寒紅 三島由紀夫』(文藝春秋、1998.03)で、その折のことを「私が、座敷にお茶を持っていった、恰度その時、主人が、じゃ、三島由紀夫に決定しますが、みんな異存はありませんかと言い、賛成の拍手がおきておりました」と書いている。蓮田敏子さんは蓮田善明による「三島由紀夫」のペンネーム決定の場面を語っているのである。

 私は私なりに、いずれ公に発表してみたいと考えていた。しかし、公にするには確証が持てないでいた。そこに、『花ざかりの森』の原稿の発見である。蓮田敏子さんの話と今回見つかった「花ざかりの森」の署名の跡とを総合して考えると、「三島由紀夫」のペンネーム誕生の瞬間を鮮やかに復元できる。

 清水文雄の証言では、三島由紀夫はペンネームで発表することに難色を示していたということである、そのことから、『花ざかりの森』を「平岡公威」と署名したまま持参したと思われる。しかし、蓮田敏子さんの証言にあるように、蓮田善明が「三島由紀夫」に決定した後に、三島由紀夫はその場で、「花ざかりの森」の表紙に「三島由紀夫」と署名したのである。「平岡公威」から「三島由紀夫」への書き直しは、文筆家として「三島由紀夫」が誕生した瞬間を物語っている。蓮田善明が「三島由紀夫」という筆名、ペンネームの誕生に決定的に関わっていることは重要である。

 ただ、「三島由紀夫」というペンネームそのものについては、由紀夫自身、「『文芸文化』のころ」と題する文章で「三島由紀夫という筆名は、学生の身で校外の雑誌に名前を出すことを憚って、清水教授と相談して、この連載が決ったときに作った」と述べていて、学習院中等科時代の恩師、清水文雄(五木村出身)が名付けたとされている。歌人「伊藤左千夫」の名前からヒントを得たとも、静岡県の地名である「三島」を用いたとも、電話帳からいい加減に選んだとも言われている。

 

《はじめての三島由紀夫③》―三島由紀夫のペンネームの誕生―(NPO法人 くまもと文化振興会2017年3月15日発行)冒頭部分抜粋

追記:

蓮田敏子さんのお宅に伺うと、決まって、美味しいお煮しめを出して頂き、夫・蓮田善明のことを若い人が聞きに来てくれたと言わんばかりの喜びの表情をされていた。

敏子さんは一抱えもあるアルミ缶一つを傍らに置き、ここには蓮田善明の私へのラブレターが入っていると説明し、頬を緩ませていらっしゃった。

そのアルミ缶のなかに、『花ざかりの森』が入っていたと考えれば、惜しいことをしたと思っている。

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〜季語で一句 ㉔ 〜

2021年11月07日 10時25分48秒 | 月刊誌「くまがわ春秋」

俳句大学投句欄よりお知らせ!

〜季語で一句 ㉔ 〜

◆『くまがわ春秋』11月号が発行されました。

◆Facebook「俳句大学投句欄」で、毎週の週末に募集しているページからの転載です。

◆お求めは下記までご連絡下さい。

(info@hitoyoshi.co.jp ☎0966-23-3759)

 

「くまがわ春秋」 【季語で一句】(R3・11月号)

永田満徳:選評・野島正則:季語説明

鰯雲(いわしぐも)    「秋-天文」

 

土谷純一

  •  

鰯雲口ずさみたるみすゞの詩

【永田満徳評】

「鰯雲」の句は別の何かと対比させる句が多い。掲句は、「朝焼小焼だ」(金子みすゞ「大漁」)という「みすゞの詩」と、朝焼けに広がる「鰯雲」とを取合わせて、爽やかな秋の朝の雰囲気をうまく詠んでいる。

【季語の説明】

「鰯雲」はいずれも高度5000〜1万5000キロ程度にできる「巻積雲」の俗称で、秋を代表する雲である。上空の高いところに発生し、雲のかけらが魚の鱗のように、さざ波のように規則的に配列した美しい雲である。鰯雲は雲が薄く、太陽が透けるため陰ができない。「うろこ雲」、「鯖雲」など様々に呼ばれている。

 

 

新酒(しんしゅ《しんしゆ》) 「秋-生活」

 

山野邉 茂

  •  

今年酒講釈長き下戸とゐて

【永田満徳評】

「新酒」はフレッシュ感があって、酒好きにはたまらない。掲句は、「下戸」が思いの外、「今年酒」に詳しいのに驚くとともに、「下戸」は「下戸」なりに酒を飲めない分、自慢したくなる心理をよく捉えている。

【季語の説明】

日本酒は昔からの習慣で、秋に収穫したお米を使って、冬から春にかけて造られることが一般的で、新米で造られた日本酒が各蔵から出揃うのは10月から3月頃である。「新酒」はこの年に収穫された新米で造られたお酒という意味で使われ、新酒は秋の季語とされるのは新米の収穫を祝う意味も含まれている。

 

 

柿(かき)        「秋―植物」

 

野島正則

  •  

地球てふ時限爆弾熟柿落つ 

【永田満徳評】

文明の進歩ともに自然破壊に向かう地球は「時限爆弾」と言っていい。掲句は、ぐちゃぐちゃになった地球を「熟柿」に見立て、破滅する様子を「落つ」といったところがよく、身につまされる警世句である。

【季語の説明】

「柿」は日本古来の植物。農家の庭先に実る柿に郷愁を覚え、日本の風土に根づいた秋のくだものとなっている。栄養価が高く、健康食品として優れている。柿には渋柿と甘柿があり、甘くなるまで熟したものが熟柿である。木守柿は梢に一、二個捥がずに残しておくもので、翌年もよく実るようにというおまじないである。

   

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第二句集『肥後の城』を読む・辻村麻乃

2021年11月02日 23時14分29秒 | 第二句集『肥後の城』

この度は『肥後の城』 ご恵贈賜り有難う御座いました。

句集全体を読ませて頂いて、お会いした印象以上に満徳様の人となり、人生が表れていて、好きな句を見つけて付箋を貼るごとにどんどん親しくなれるような嬉しさがありました。 

まやさんが、帯文に書かれていたように熱情を十七音からわたしも感じ、更に阿蘇に潜むマグマのような熱き血潮が句の隅々まで届いていると感銘しました。 

中でも、五感を生かして日常をさらりと詠んだ発見の句や、美しい景色を詠まれた句の調べもよく「花筏鯉の尾鰭に崩れけり」の格調高さ、「かたつむりなにがなんでもゆくつもり」の平仮名遣いの斬新さ、「コスモスの揺れては空の蒼ざむる」の詩情、特に「芒原けものになつて駆けようか」が好きでした。 本能の中の野性が目覚める瞬間、少年のような目をした作者が生き生きと想像力を芒野原に駆け巡らすそんな印象を受けました。 「むごかぞと兄の一言雨出水」のむごかぞとは方言でしょうか?「酷いぞ」みたいな意味に取りました。 他に惹かれた句を挙げて御礼と代えさせて頂きます。 益々のご活躍をお祈りいたします。            

辻村麻乃・「篠」主宰

肥後の城 永田満徳句集より

さへづりの粒立ちて来る力石

衣擦れのして運ばるる夏料理

月光や阿蘇のそこひの千枚田

風あればさすらふ心地ゑのこ草

冬籠あれこれ繋ぐコンセント

生垣に鳩潜り込む雨水かな

熊蟬のここぞとばかり鳴きはじむ

象の鼻地に垂れてゐる残暑かな

曲りても曲りても花肥後の城

夏蒲団地震の伝はる背骨かな

紫陽花や壊れしままの道祖神

ばさばさの鷄の胸肉夏の風邪

宵闇を誘ひだしたる踊かな

庭一杯菊を咲かせて老いにけり

春の雪いづれの過去のひとひらか

我もまた闇のひとつや螢舞ふ

大阿蘇の地霊鎮むる泉かな

街の灯の一つに我が家秋の暮

一条のひかりの鮎を釣りにけり

菖蒲湯に沈み明日をうたがはず

ゆつたりと波打ちてをり月見舟

寒日和窓てふ窓に阿蘇五岳

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第二句集『肥後の城』を読む・仙田洋子

2021年11月02日 21時35分00秒 | 第二句集『肥後の城』
「俳句大学」学長、永田満徳さんより、第二句集『肥後の城』をいただきました。どうもありがとうございました。
大地震、集中豪雨で甚大な被害を受けた熊本県への思い。雄大な阿蘇への思い。帯文でも、奥坂まやさんが「この句集は、傷ついた故山に捧げる、ひたむきな思いの披瀝に他ならない」と書いておられます。
 
  月光や阿蘇のそこひの千枚田
  天草のとろりと暮れぬ濁り酒(とろりと、がいいですね)
  春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ
       (あるかなきかの、がうまい!と思いました)
  夏蒲団地震の伝はる背骨かな
  本震のあとの空白夏つばめ
  阿蘇越ゆる春満月を迎へけり
  大阿蘇の地霊鎮むる泉かな
  ぱつくりと二百十日の噴火口
  秋雲を束ねてゐたる阿蘇五岳
  水源は阿蘇の峰々通し鴨
  大阿蘇を踏石として月昇る
  むごかぞと兄の一言梅雨出水
 
しかしながら、この句集は故郷への思いだけではなく、多彩な面を持っています。
例えば、次のようなユーモアに満ちた句を見逃すわけにはいきません。
 
  髭剃りて髭残りたる師走かな
  あめんぼのながれながれてもどりけり
  象の鼻地に垂れてゐる残暑かな
  荒梅雨や呵呵大笑の喉仏
  昼寝覚われに目のあり手足あり
  どら焼きの一個をあます暮春かな
  扇風機語り掛けたくなるときも
  追はざれば振り返る猫漱石忌
  声大き人来て揃ふ四日かな
  春筍の目覚めぬままに掘られけり
  立秋やどの神となく手を合はす
  葉牡丹の客より多く並びをり
  うららかや豚はしつぽを振りつづけ
  大鯰口よりおうと浮かびけり
 
次のような詩情溢れる句も見受けられます。
 
  春の雪いづれの過去のひとひらか
  コスモスの揺れては空の蒼ざむる
  一条のひかりの鮎を釣りにけり
  とんばうの骸は風となりにけり
  芒原けものになつて駆けようか
 
対象をとらえる感覚の確かさにも瞠目しました。
 
  衣擦れのして運ばるる夏料理
  どんどの火灰になるまで息づけり
  城下町みづうみのごと霞みけり
  掛声の空に伸びゆく秋祭
  青潮にこぼるる万の椿かな
  一振りの音の確かな種袋
  身ほとりに煙のごとき春蚊かな
  ペンギンのつんのめりゆく寒さかな
  てふてふのくんづほぐれつもつれざる
         (平仮名がユーモアも生んでいますね)
 
そして人生諷詠や家族を思う温かい句も。
  
  制服をどさりと脱ぐや卒業子
  母のあと追ふごと銀杏落葉舞ふ
  そこここに父の足音栗拾ふ
  街の灯の一つに我が家秋の暮
  墓守といふ生涯や冬日向
  炭つぐや後ろ楯なき立志伝
  薩摩芋ほかつと割つて昭和の日
  今は亡き犬の首輪や日脚伸ぶ
 
機会がありましたら、秋の夜長にご一読を!
 
仙田洋子
 
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