ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

ミシェル・ペトルチアーニ (Michel Petrucciani)

2007年05月20日 | 名盤


 ミシェル・ペトルチアーニが、先天性の骨形成不全という障害を持っていたことはあまりにも有名です。
 成人したミシェルの身長は1mほどしかなかったばかりか、骨がとても脆かったそうです。このためミシェルは演奏中に指を骨折したこともあったそうですし、歩くことにも慎重にならざるを得なかったといいます。医者からは「とても長生きはできない」と言われていました。事実、彼は1999年に36歳の若さで亡くなりました。
 さて、ミシェルは障害を持ちながらピアノを弾いていたから有名になったのでしょうか。
 いや、断じてそうではないと思います。
 素晴らしい音楽を奏でたからこそ、ピアニストとして正当な評価を得たのだと思います。


 ミシェルのタッチは力強く、その音色には曇りがありません。彼の弾くピアノは明快で、非常にスケールが大きく、時にはユーモラスでさえあります。
 おそらくミシェル・ペトルチアーニという人間は、ユーモアがあり、バイタリティにあふれているのではないでしょうか。そして、その人間性が彼の音楽にわかりやすく反映されているのではないか、と思えて仕方がないのです。


     


 自分の障害を真正面から見据え、受け入れるには、大きな葛藤に苛まされたかもしれません。また、長くは生きられないであろう自分の人生を思う時、彼は精神的にも追い込まれたことがあったかもしれません。しかしなぜ彼はあのような明るくユーモラスな演奏ができたのでしょうか。とても不思議です。
 だから、ぼくは、彼の身体的状況よりも、彼の持つ精神面の強さや、価値観、哲学などに興味を抱いてしまうのです。


 この「ミシェル・ペトルチアーニ」というアルバム(ジャケットの縁取りが赤いところから通称『赤ペト』と言われている)は、彼が19歳の時に発表した、初リーダー作です。
 ジェニー・クラークとアルド・ロマーノという、ヨーロッパ屈指の名手と言われる二人に支えられて、ミシェルは、障害を持っているかどうかということなどを超越した、素晴らしいピアノを聴かせてくれます。とくに、力強さにあふれたタッチから生み出す音色は、切れ味鋭く瑞々しい。そのうえ、ペトルチアーニならではの温もりに満ちています。


 オープニングの「オマージュ・ア・エネルラム・アトセニグ」から、ビル・エヴァンスを思わせるような雰囲気のピアノが聴こえてきます。ベテラン二人に臆することなく、伸び伸びとプレイしているようです。
 ゆるやかなテンポで演奏される「酒とバラの日々」では、音の空間を巧みに生かして、美しいメロディー・ラインとヴォイシングを際立たせています。
 3曲目の「クリスマス・ドリーム」、これはぼくがこのアルバムの中で一番好きな曲です。スピーディーな明るいワルツで、とてもメロディアス。ハッピーな気持ちになれる曲です。





 4曲目「ジャスト・ア・モーメント」では、緊張度の高い、高揚した演奏が聴かれます。ドラムがピアノに煽られて、次第にハイ・テンションになるのが面白い。
 続くジャズ・ボッサ風の「ガティット」は、不思議な浮遊感があります。変幻自在にピアノに絡んでゆくクラークのベース、とてもユニークです。
 ラストはスタンダードの「チェロキー」。ドラム・ソロから始まり、次第にメロディー・ラインを浮き上がらせています。超高速で飛ばす三人の演奏はとても爽快です。


 ミシェルのアルバムを聴く時、やはり短かったミシェルの生涯にも思いをはせます。
 しかし短い生涯だったからといって、彼が不幸だと考えるのは間違いだと思います。
 ミシェルは普通の人の倍のスピードで人生を駆け抜けていったのではないでしょうか。
 きっとそれは、実に濃く凝縮された、充実した一生だったのだろうと思うのです。



◆ミシェル・ペトルチアーニ/Michel Petrucciani
  ■演奏
    ミシェル・ペトルチアーニ/Michel Petrucciani (piano)
  ■リリース
    1981年
  ■録音
    1981年4月3日、4日 スピッツバーゲン・スタジオ(オランダ)
  ■レーベル
    Owl Records
  ■プロデュース
    Jean-Jacques Pussiau & François Lemaire
  ■収録曲
   [side A]
    ① オマージュ・ア・エネルラム・アトセニグ/Hommage À Enelram Atsenig (Michel Petrucciani)
    ② 酒とバラの日々/The Days of Wine and Roses (Johnny Mercer, Henry Mancini)
    ③ クリスマス・ドリームス/Christmas Dreams (Aldo Romano)
   [side B]
    ④ ジャスト・ア・モーメント/Juste un Moment (Michel Petrucciani)
    ⑤ ガティット/Gattito (Aldo Romano) 
    ⑥ チェロキー/Cherokee (Ray Noble)
  ■録音メンバー
    ミシェル・ペトルチアーニ/Michel Petrucciani (piano)
    ジャン-フランソワ・ジェニー・クラーク/Jean-François Jenny Clark (bass)
    アルド・ロマーノ/Aldo Romano (drums)




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4 コメント

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ペトちゃんですか (カルロス)
2007-05-21 00:31:55
このアルバム(赤ペトって言うんですね)は学生時代に聴きましたけど、スピーディなタッチにビックリしましたね。
その後なにかのライブの映像も見たけど、またそれにビックリでした。
ミシェルがもしも普通の身体を持っていたら、その音楽はどうなっていたのか・・・っていうことを思いました。
ビデオで (けい)
2007-05-21 09:36:55
彼が地元でコンサートをしたときには、わたしは遠い場所にいたので、聞けませんでした。また地元に戻ってきて数年後、そのときの演奏ビデオをミントンハウスのマスターが貸してくれました。
驚きと感動が体を駆け巡りました。彼の手はどうなっているのだろう?ピアノの前の彼が大きく感じられました。広い世界を感じました。何か生きる喜びのようなものを感じました。
MINAGIさんが書くように凝縮された濃い一生だったと確信しています。
カルロスさん (MINAGI)
2007-05-21 11:22:51
 障害のあるミシェルが弾いている、という先入観なしに聴いても力強くて明るいタッチなんですよね。

>ミシェルがもしも普通の身体を持っていたら
 う~ん、難しいIFですね~。正直、ハンディをバネに猛練習したから大成した、とも考えられるし、体のことは関係なくピアノを弾きたいという願いが強かったから大成したとも考えられますしね。
 ぼくは、ミシェルが普通の体でも、同じように弾けていただろうなあ、と思いたいです(^^)
 
けいさん (MINAGI)
2007-05-21 11:36:03
ミシェルはそちらの方へも行かれてたんですね(^^)
ビデオを見ることができて良かったですね~
CDを聴いても感動するのに、映像まで見ることができたら感動もひとしおだったでしょう。
ミシェルの手のサイズは普通の成人と同じくらいあったので、ピアノを手で弾くこと自体は普通にできたそうですよ。
韓国にも両手の指が二本ずつしかないピアニスト、イ・ヒアさんが活躍されていますが、ふたりに共通して言えることは、障害があることを不幸だとは思っていないところだと思うんです。仰る通り、まさに「何か生きる喜び」を感じながら弾いているのだと思います。
ともかく、ミシェルは偉大なピアニストですよね。

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